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第一部 早春の長い一日 第一章 変身

 あれ、なんだかやけに暗いな。 起きる時間を間違えたかな。 でもずいぶん寝た気がするんだけど。 せっかくいい夢の最中だったのに。 でも、なんだか思い出せないな。 いったい何の夢を俺は見ていたのだろう。 キラキラして、素敵な香りのするちょうど両掌に収まるくらいの何かを目の前に・・・ あれはなんだったんだろう? 思い出すとよだれが出てくる。 食べ物だな、たぶん。 果物か何か・・・ でも、あんなに心が奪われるほどの果物ってなんだろう? まあ、夢だから本当にあるものじゃないし。 でもなんでそんな夢を? まあ、いいや、スマフォはどこだ、えっと、枕の下に置いといて、またベッドの下に落ちたかな? どれどれ、ああ、やっぱりあった。 えっと、今の時刻は、六時五十三分、やばっ、寝過ごした! いつもは窓からの日の光で起きるのに、今日は薄暗いどころか真っ暗だ。 何だろう? 日食? いや、そんなこと聞いてないし、テレビでもやってなかったよな。 ともかくだ、さっさとシャワーを浴びて、そんな時間あるか? 今日はせっかくの土曜日だってのにつまんない約束しちゃったよな。 まあ、仕方ないか、お世話になってる中田さんの頼みだもの。 断れなかったよ、さすがに。 まあ、引っ越しの手伝いっていうんだからシャワーなんかいいか。 どうせ汗臭くなるんだから。 とりあえず起きて、歯でも磨こう。 それにしても暗いな。 いくら高層ビルが隣の町に立ち並び始めたっていきなりこんなに暗くなるか? それとも雨? 今日天気悪いのかな? 天気予報でも見るか、朝いちばんテレビやってるよな? 土曜日は違うんだっけ? リモコンは? あった、あれ、テレビが映んないや。 なんでだろう? 電気代ちゃんと払ってるはずだし、コンセントは・・・ ちゃんと入っている。 スマフォがあるじゃん、本当俺ってバカ。 スマフォでホイホイッと・・・ インターネットに接続できません? なにそれ。 もうなんかすごくやな一日になりそう。 でも、電話もかかんないのかな? えっと中田さんと・・・ ツーツーツー 電話もかかんないや。 話し中? そういや震災の時とかメールは送れたって言ってたな。 ちょっと待って、なんかやばいこと起こってる? 夜中に地震があって町がめちゃくちゃになってたりとか? 昨夜は酔っぱらってエッチな動画見てそのまま寝ちゃったからな・・・ でも、そんな大きな地震が起きたらさすがの俺でも起きるでしょ。 起きないかな? とりあえず中田さんにショートメールで、『ちわっす。 今日は八時までに来てって言われてましたけど、ちょっと寝坊しちゃいまして、少し遅れます。 それでも九時までには行けますんで。 すいません。』 これで送信っと。 行ったかな? おっさっそく既読が付いたよ。 あ、返事がもう来た。 さすが自分の家の引っ越しだもの、気合入ってるよな。 何々『バカ、それどころじゃない、表見ろ!』 なにこれ、いくら会社の先輩だからってバカ呼ばわりはないと思うけど、まあ、自分じゃあそう思ってるけど、人に言われるとちょっと腹が立つな。 でも何だろう、表見ろって。 表? そういやさっきから十分くらいたってるのに外の様子が全然変わんない。 まだパンツのままだっちゅうのに。 窓からって言っても、どれどれ、何だろう、何だかやけに薄暗いな。 台風が来てたってこんなに暗くならないぞ。 よくわかんないな。 

 どんどんどんどん!

 誰だよ、こんな朝早くから、えっと、パジャマのズボンでもはくか、よいしょっと、おっととと、痛ってえ、足つっちゃったよ。 あ、あ、あ、本当痛えええ。

 どんどんどん!

「長富くん? いないの?」

「います。」

 なんだ、隣の紗奈さんじゃん。 

「早く! 早くきて!」

「はああい。」

 でも何だろう、まさか昨日のアダルトビデオの音が大きすぎたとか言われるんじゃ、いや、朝っぱらからそんなことはないよな。

「あ、おはようございます。」

 やっぱり紗奈さんはいつ見てもきれいだな。 でも朝っから何を興奮してるんだろう。 そういや、彼女も乱れたパジャマ姿だ。 髪の毛も梳いた様子もない。 胸元がちらり、Dカップはあるかな? それとも・・・

「おはようどころじゃないの。 あなた、外で何が起こってるのか知ってる?」

「いや、別に、今日はやけに暗いなあってくらいにしか・・・」

「テレビは? インターネットは?」

「いえ、それが両方ともだめで。」

「やっぱり。」

「やっぱりって、紗奈さんとこもダメなんですか?」

「私の部屋に来て!」

「突然? こんな格好で?」

「いいから、ほかに誰もいないの。」

 そうか、ここの住人のほとんどは朝が早くて週末も仕事だったりとか、明け方に帰ってきて今でも寝てる人とかばっかりだからな。

「でもいいんですか?」

「早く来て!」

 そういうと紗奈さんは俺の腕をつかみ、すぐ隣の彼女の部屋に俺を連れ込んだ。 俺はバカみたいにはしゃいで少し変なことを期待しながら彼女につれられるままに部屋に入った。

「やっぱ暗いっすね、台風でも来てるんでしたっけ?」

「窓はそっち、よく外を見て!」

 そう言われてそのまま俺は彼女に腕を引かれて窓の目の前まで来た。 

「なんかすすっぽいっていうか、窓汚れてません?」

「よく見なさい!」

 ぎゅっとつかまれた腕にようやく痛みを感じて、なんだか腹ただしく思えてきた。

「ちょっと痛いっすよ。」

「見て!」

 少しイラつきを思えながら俺は窓の外を眺めた。 どうやら窓が汚れているわけではないらしい。 よく見るとすすのようなものは濃い緑色の霧に見えた。 

「すごい、なんだかよくわかんないけど、あれっすか? 霧っていうか、靄っていうか、花粉みたいなもんなのかな・・・」

「その奥に何が見える?」

「その奥って言っても、緑のもやもやが邪魔してて・・・」

「あれ、さっきより緑が濃くなっている。」

「濃くなっている?」

「そう、私が起きた時はこんなに濃くなくってもっと薄い淡い色で、その向こうに何か太くて大きなものが・・・」

「太くて大きなもの・・・」

 なにそれって夢か欲求不満て奴じゃ・・・ 看護師さんてストレス多いっていうし・・・

「今何時?」

「えっと七時ぐらいじゃないですか? さっき六時五十何分だったから。」

「え? うそ。」

「いや、本当ですよ。 だって、さっき起きて目覚まし時計みたら・・・」

「じゃあ、でも・・・」

「どうしたんですか?」

「私、朝の四時半くらいに起きたの。 その時に目覚ましが四時半を指していたのをはっきりと覚えている。 それでカーテンの隙間からいつもよりうす暗い光が差し込んできていて、あれ何の光だろうと思って外を覗いたの。」

「はい、それで?」

「それでその何か大きなものを見て慌てて飛び出してきたはずなのに・・・」

「え? どういうことですか?」

「だ、だから今が七時なら私は二時間以上も窓のそばに立っていたことになるでしょ?」

「すいません、何だかわからないんですけど、大丈夫ですか?」

「だ、だ、だから・・・ わたしはいったい何をしていたの?」


 長富が答えに窮し、首をかしげる中、紗奈は目を凝らしてしっかりと濃い緑色に染まった外を眺めた。 紗奈の目覚まし時計はしっかりと七時十分を指していた。


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