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異世界恋愛系(短編)

結婚の決め手? 彼の笑顔を見ているとわたくしのお腹が空くからですけれど、それがなにか?

この作品は、『「僕の好きなひとはね」って、あなたの惚気は聞きたくありません。初恋を捨てようとしていたのに、デートを申し込んでくるなんてどういうつもりですか?』(https://ncode.syosetu.com/n0754ie/)と同一世界の物語です。


『「僕の好きなひとはね」〜』は、2024年2月8日よりブシロードワークス様から発売されている「悪役令嬢? いいえお転婆娘です~ざまぁなんて言いません~アンソロジーコミック2」に収録されております。


また、2024年3月8日より単話配信も開始しております。


少しでも楽しんでいただければ幸いです。

「アンバー、こちらへ来なさい。お前に紹介したいひとがいてな。家柄もいいし、年齢もつり合いが取れている。こんなに素晴らしい相手に巡り合えた幸運を喜ぶがいい」


 念入りに準備された豪華絢爛な夜会会場で、父が大声でわたくしを呼んでいた。そのご子息を自然にわたくしに紹介するために夜会を開いたはずなのに、流れもなにもあったもんじゃないわね。


「あら、お父さま。わたくしもちょうど、お父さまに紹介したいひとがおりますの。失礼してお先によろしいかしら」

「お前は何を勝手に」

「紹介いたしますわ。こちら、学園で同級生のレーンさま。今は騎士として働いていらっしゃいますの」


 ちらりと彼を見た父は、さっと上から下まで目を動かすと鼻を鳴らした。少なくとも身なりには文句がつけられなかったようね。当然だわ、本日の彼の服装はわたくしが調えているのだから。うるさい父に足元を見られるような恰好をさせるはずがないでしょう?


「それで、どこの家門だ。社交界で挨拶をした記憶がないが」

「お父さまが記憶されていないのも当然ですわ。なぜなら、レーンさまは平民の出身ですから。皆さまの覚えもめでたく、非常に前途有望な方ですの」

「それで、この男がどうした?」

「わたくし、彼と結婚いたしますので一応報告をと思いまして」


 紹介されたレーンは、普段わたくしにつけられることのない「さま」という尊称にむずがゆさを覚えたみたい。もぞもぞとなんとも居心地の悪そうな顔をしていたけれど、父の方を見ると一瞬で雰囲気を変えてみせた。父親への挨拶というのは、殿方にとっても戦いですものね。


「はじめまして。レーンと」

「はあ、平民と結婚? 冗談も休み休み言え」


 もちろん、予想通り父はレーンの挨拶を遮ってきたけれど。あらあら、すごい青筋。血管が切れて倒れるのではないかしら。


「お父さまったら。わたくし、面白くない冗談を言う趣味はありませんのよ」

「こんな平民男の何が良いと? まさか……この阿婆擦れが!」

「はあ、すべてを下品な話に結びつけるなんて。それではわたくしの用件は終わりましたので、失礼させていただきます」

「待て、話はまだ」

「レーンさま。あちらは、この日のために東の島国から特別にお取り寄せしたものです。ぜひご賞味くださいませ」


 父の顔が赤くなったり青くなったり忙しい。それなのにレーンときたら、この状況を楽しんでいるみたい。わたくしの大好きなお日さまみたいな笑顔がまぶしい。最高だわ、それでこそわたくしが見込んだ男よ。



 ***



 わたくしとレーンが出会ったのは、王立魔法学園に通っていたときのこと。お昼休みの図書室で作業をしているところに声をかけてきたのがレーンだった。


『また、お昼抜きで調べもの?』

『ちょっと窓際に立たれると邪魔だわ。影になって本が読みづらいから、やめてくださらない?』


 ため息をつきたくなるのを我慢して顔を上げれば、へにゃりと人好きのする笑顔を向けられてしまった。


『さっきから、散々声をかけていても気が付かなかったのに。やっぱり物理攻撃最強だな』

『何を言っているの。集中力が途切れちゃったじゃないの』

『それならちょうどいい。一緒にカフェテリアに行こう』

『結構よ。わたくし、お腹が空いていないから』


 そもそも彼は、男女問わず友人が多い。どうしてわたくしを誘ってきたのか、さっぱり理解できなかった。


『成長期なのに、無理な減量は良くないよ。将来、骨がスカスカになるって校医のじいさんが言っていたし』

『ちゃんと先生とお呼びなさいな』

『校医のジジイが』

『あなたというひとは』

『それで、一緒に行ってくれるの?』

『どうせ一緒に行くまで誘い続けるのでしょう?』

『俺のこと、よくわかっているね』

『でもお腹が空いていないのは事実だから、一緒にカフェテリアに入ったところでコーヒーくらいしか飲まないわよ』

『大丈夫、きっといつかお腹が空いてくるから』

『だといいけれどね』


 そういうわけでしぶしぶカフェテリアに同行することになったのだけれど、まさかこの流れから最終的に将来を誓い合う間柄になるなんて、当時のわたくしは想像もしていなかった。



 ***



 学生というのは一日のほとんどを学校内で過ごすものだけれど、誰にだって苦手なものがある。剣術や馬術の時間が苦手なひともいれば、歴史学や薬学の授業が苦手なひともいる。そしてわたくしは、学校生活の中で食事の時間が一番苦手だった。


 勉強や運動と違って、食事が好きじゃないというのは説明しても共感してもらいにくい。世の中というのはなかなか理不尽にできている。だからわたくしは年中ダイエット中だと周囲に触れ回っていた。それならば、食事をしている様子がなくても納得してもらえるから。


 毎食携帯食料やポーションで済ませているわたくしのことを食事に誘うひとは多い。普段ならそんな風に無理矢理勧誘してくる人なんてお断りなのだけれど、レーンは一緒に食べようとは言わなかった。一緒にいてくれるだけでいいと言ってくれるから、わたくしも流されてしまったのだ。


 勉強しなさい。運動しなさいと言われると嫌な気持ちになるひとがいるように、わたくしには食べなさいという言葉が重い。我が家は両親が不仲で家の中は冷戦状態だったけれど、特に恐ろしいのが食事中だった。家族が一堂に会するあの瞬間の空気感が、小さい頃は本当に怖かったのだ。


 おかげでいつの間にかわたくしの身体は、食事と両親の不仲を繋がりの深いものとして記憶してしまった。音や匂いは、人間の記憶と密接な関係を持つのだとか。すっかり両親のことが怖くなくなった今でも、あの胃が重くなる感覚は忘れられない。


 そんな状態が続けば、食欲なんてなくなって当然だ。実家にいた頃は、せめて妹には美味しい食事を楽しんでほしいと頑張ってきた。途中から両親が外の愛人の元に入り浸りになったのは、妹の教育のためにはむしろよかったかもしれない。わたくしと違って食べることを心底楽しんでいる妹はとても可愛い。


 妹はかなり好き嫌いが偏ってしまったけれど、その辺りのしつけはわたくしにはちょっと難しかった。両親と食べたことのないデザート類――特にプリンやクッキーといった妹の大好きな甘味――は、わたくしも安心して食べることができるから。やっぱりお野菜を残したらデザート抜きにするべきだったのかしら。子育てって難しい。



 ***



 彼のしつこさに負けて昼休みを一緒にカフェテリアで過ごして以降、彼は必ず昼食にわたくしを誘ってきていた。あのめげなさは素直に称賛したい。


 そしていつの間にか、彼とともに過ごすお昼休みは日常になっていた。特別なはずなのに、当たり前にある幸せをなんと表現したらいいのだろう。


『今日も飲み物だけ?』

『放っておいてちょうだい。みんながあなたみたいに食べるわけじゃないのよ』

『アンバーってやっぱり小鳥なの? だからそんなに可愛いのか』

『逆に、あなたの身体にこの量の食物が入ることの方が恐ろしいわ』

『これくらい普通でしょ』

『あなたの食事が普通であってたまるものですか』

『育ち盛りの男子の胃袋は無限大なんだよ』

『……お、恐ろしいわ』


 昔なら、たくさんの料理の匂いがまじりあうカフェテリアに足を踏み入れただけで具合が悪くなり倒れていたはず。それがレーンと過ごすうちに、おしゃべりを楽しむことさえできるようになっていた。まさに奇跡だ。


『アンバーも食べたらいいのに。一口、いらない?』


 珍しく彼に食べ物を勧められて、少し驚いた。レーンは、ひとの嫌がることをしない。天真爛漫に振舞っているように見えて、相手のラインをかなりギリギリまで見極めている。そんな彼がどうして?


 他のひと相手ならぴしゃりと『やめて』と言ったかもしれないけれど、レーンが相手だからか自分の口から出たのは意外にも柔らかい声だった。


『食べてほしいの?』

『さっきから俺が食べているところをずっと見ているし、やっぱりお腹が空いているんじゃないかと思って』

『……さあ、どうなのかしら』


 テーブルの上の料理をまるで魔法のように平らげているレーンの姿を見ていると、確かにお腹が空いたような気がする。でも、空腹という感覚はもうずいぶん前に忘れてしまった。わたくし、お腹が空いているのかしらね? 首を傾げたところで鳩が鳴くような音が響き渡った。


『え?』

『ほら、やっぱりお腹空いてるんじゃん。はい、食べて食べて』

『へ? いえ、そんなわたくし』

『あーんして』


 フォークに刺された子羊のローストを口の前に出される。今日のカフェテリアのメニューは、自分の大好物なのだとレーンが話していたことを思い出した。大好きなメニューだから、わたくしと一緒にカフェテリアに行きたいと言われたことも。


『大丈夫、美味しいから』

『無理だったらどうするの』

『吐く前に口移しで俺が食べてあげる』

『最低』

『ね、騙されたと思って』


 柔らかな子羊の肉は、香ばしい香りを漂わせていた。レーンの笑顔とフォークのお肉を交互に見つめる。……美味しそう。ずいぶん久しぶりの感覚とともに恐る恐る肉を頬張ると、口の中に濃厚な肉汁が広がっていく。妹と一緒の食事でも、甘味以外は苦しかったのに。ああ、こんなに食事って素晴らしいものだったのね。


『ね、どうだった?』

『……美味しいわ』

『ほら、後悔しなかったでしょ。って、なんで泣いているの。ちょっと、待って。え、ごめん、やっぱり嫌だった?』


 慌てふためく彼に、当たり前の感覚を思い出したことが嬉しかったなんて言ったらどんな顔をしたのかしらね。


 ちなみに翌日から子羊のローストは、万年ダイエッターのアンバーが泣くほど美味しいと人気メニューになったと聞いている。わたくしが卒業してもいまだに伝説のメニューとして君臨しているらしい。まったくわたくしを宣伝に使うのなら、宣伝費をいただきたいものだわ。



 ***



 卒業を間近に控えたあの日もわたくしとレーンは、やっぱりカフェテリアで食事をしていた。わたくしたちの思い出って、基本的にカフェテリアなのよね。まったく安上がりなふたりだわ。


『レーンが個室の利用をお願いしてくるなんて珍しいわね。わたくしが一緒ならいつでも利用できるけれど、今までは専用エリアじゃないほうがいいと言っていたでしょう』

『まあね。食事は気楽に食べるのが一番だからさ。いくら、豪華な個室でも周りからいろいろ言われたら、せっかくの料理がまずくなるだろ』

『ふふふ、あなたらしいわ。それなら今日はどうして、ここの利用を希望したのかしら』


 わたくしの問いに、レーンの目が真剣みを帯びた。金色の瞳が一瞬その色を濃くしきらめいた。いつものちゃらんぽらんな軽さが鳴りを潜め、剣術の模擬試合のようなぴりぴりとした気配が個室内に満ちる。


『アンバー。卒業したらどうするつもりだ?』

『わたくしはふたり姉妹の長女。実家にそのまま戻って、家を継ぐわ。残念ながら当主の座にしがみつく父がいるから代替わりはまだまだ先になりそうだけれど、今のうちに商会の力を伸ばしておくわ』

『すごいな』

『商会の経営がうまくいったのはあなたのおかげじゃない』


 ポーションと携帯用食料に甘味風の味わいをつけたものは、爆発的に売り上げを伸ばした。けれどこのアイディアが生まれたのは、レーンと昼食時間を共にしたおかげ。わたくしひとりなら、携帯用の食料の美味しさや味の違いなんて気にも留めなかったでしょう。


 それに食事を楽しめないようでは、人脈を広げたり交流を深めたりすることも難しい。レーンと過ごしたおかげで、普通に食事ができるようになったことは本当に感謝してもしきれないわ。いろんなレストランに顔を出すようになっても、一番美味しく感じるのはレーンと一緒にする食事なのだけれど。


『そうか。……それじゃあアンバー。そのアイディアのお礼ってことで、俺を君のもとで雇ってくれる気はない?』

『あら、我が家で働きたいの? でも、あなた、王宮騎士の試験を受ける予定だったでしょう? 我が家で働くなら、仕事は選べないわよ』

『わかっている』

『どうしてもうちで働きたいの? 理由を聞いても?』

『言えない』

『なぜ?』

『嫌われたくないから』

『あら、あなたにしては下手くそな言い訳ね。いいわ、わたくしの提案を飲んでくれるなら我が家で雇いましょう』

『本当か! それで条件とは?』

『まずは王宮騎士の試験に合格してくださいな。それができたら、わたくしの夫として雇いますわ』

『は?』


 わたくしはできるだけ可愛く見えるように意識しながら、片目をつぶってみせた。



 ***



 せっかく食事時間を心穏やかに過ごせるようになったのに、また吐き気に苦しむ日々なんてごめんだわ。だから、彼がわたくしの元で働きたいと持ち掛けてくるなんて好都合だった。わたくしの方こそ、この話をどう切り出すべきか悩んでいたのだから。


 目を丸くした彼が、へにゃりと柔らかい笑みを浮かべた。パンケーキの上でとろけたバターみたいで、見ているだけで幸せな気持ちになる。レーンをかじってみたら、メープルシロップみたいに甘い味がするのかも、なんてね。


『わかった。俺も実は』

『それじゃあ、初めにあなたがわたくしと結婚したときのメリットについて説明させてもらうわね』

『は?』


 数字が苦手な彼にもわかりやすいように、図解にこだわった資料を広げる。学園に提出した卒業論文よりもちょっとボリュームが多いけれど、まあ小一時間もあれば説明できるでしょう。


『え、あの? アンバー?』

『わたくしと結婚すれば、あなたは侯爵家の人間として、何不自由ない暮らしをすることができるわ』

『……なるほど?』

『当主はわたくしだから、あなたが何かを担わなければならないということはないわね。もちろん社交だとか、領地運営だとか、協力してもらえたら助かるけれど』

『ちょっと待って』

『あなたの夢でもある王宮騎士には、やっぱりなっていてほしいわ。申し訳ないけれど、あなたは平民。騎士という称号があるかないかで、父の説得の難易度は変わるでしょうし。まあ反対されたら最終手段駆け落ちを使うけれど、それだとあなたへのデメリットが』

『だから、アンバー。落ち着いて』


 ぎゅっと両手を握られて、肩がはねた。意外と緊張していたみたい。相手の反応を確認しながらプレゼンを行うことは基本中の基本なのに、それさえできていなかったなんて。急にひとりで突っ走っていたことに気が付き、顔が熱くなった。


『まったく、君は何もわかっちゃいないね』

『レーン、どういう意味? わたくしは、あなたに損をさせる契約ではないと証明したくて』

『アンバーと結婚すると得をするとか、損をするとかじゃなくてさ。俺は、もっと素直な気持ちが聞きたいわけ。アンバーは、打算だけで俺に結婚を申し込むの? 違うよね。俺のこと、ちょっとは好きでしょ。じゃあ俺のどこを好きになったか教えてよ。教えてくれたら、俺もちゃんとアンバーとの将来について考えてみるから』


 甘い笑顔で迫られて、つい本音がこぼれた。


『あなたと一緒にいるとお腹が空いてしまうところかしら』

『はあ?』

『本当よ。わたくしはあなたと出会うまで、わざわざ食事をしたいと思ったことはないの。それなのに今では、あなたとお昼ご飯を一緒に食べるお昼休みが楽しみで仕方がないのよ』



 ***



『それはつまり俺のことが超好きっていう風に聞こえるんだけど、どう思う?』

『どうかしら。ひとの顔を見てお腹が空くなんて、食い意地が張っているなって思っているわ』

『俺はアンバーに美味しいものを食べさせたくて仕方がなかったのに?』

『わたくしに、食べさせたい?』

『いつだったか、学校が休みの日に学外でアンバーを見かけたんだ。友だちと一緒にプリンを食べながら、笑っていた』

『全然覚えていないけれど、別に特別な状況ではないわよね?』


 まったく何も覚えていないけれど、プリンを食べていたというのなら妹の話でもしていたのかもしれない。プリンは、可愛い妹の大好物だから。


『その顔をもっと見たいと思った。できるなら、独り占めしたいって』

『学校にいればいつだって見れるわよ?』

『全然違う顔だったよ。あんな可愛い顔、学校で見たらみんなが恋に落ちちゃうから大問題だと心配になった。それでちょっと調べてみたら、アンバーってば食事は携帯食料やらポーションで済ませていて今度は別の意味で心配になったよ』

『あら、ごめんなさい』

『俺がどうしてアンバーを食事に誘い続けたかわかってる?』

『えーと、いろいろ心配だったから?』

『心配の意味が違う気がするなあ。しっかり者でしたたかで数字にも強いのに、すごく繊細で可愛いの。俺はね、周囲に牽制をかけてたの。他の人間が誘っても、アンバーは食事に行かないでしょ。俺と一緒の時だけ、カフェテリアに入ってくれる。それがどれだけ嬉しかったかわかる?』

『えーと』

『俺、アンバーのことが好きだよ。だからアンバーの近くで働けるなら王宮騎士じゃなくてもいいやと思って直談判したのに、契約結婚みたいな書類を出してくるし。そうとわかっていたらちゃんと告白からのプロポーズをしたのに。逆玉目当てだって思われるのが嫌だとか、弱気にならなきゃよかった』

『あら、今からでも遅くないわよ? そもそも、あなたこそ本当にわたくしでいいの? わたくしはいわゆる守りたくなるようなか弱くて可愛らしい令嬢とは違うわよ。転んでもただでは起きないのだから』

『転んでも前を向いて立ち上がる君が好きだよ。妹さんのことだって、君はご両親の分まで愛している。自分に与えられなかったものを、妹に惜しみなく与えている君は本当に強くて立派だ』


 やっぱりレーンは我が家の事情を耳にしていたらしい。けれど恥ずかしさよりも、よく頑張ったと褒められたことが無性に嬉しくて、そしてなんだか泣きたくなった。


『そんなの家族なら当たり前よ』

『その当たり前ができないひとは、世の中にいくらだっているよ。だから、君が妹さんを愛してきた以上に、俺に君のことを愛させて』

『契約結婚であなたを縛ろうと思っていたわたくしが言うのもなんだけれど、あなた愛が重くなくって?』

『でも、アンバーはそういう俺のことが嫌いじゃないでしょ?』

『残念ながら、かなり好きだわ』

『じゃあ、全然問題ないってことで。ねえ、アンバー。キスしていい?』

『そういうのは、聞かずにやってちょうだいな』


 初めてのキスは、その日の昼食のデザートよりも甘かった。



 ***



「あら、やだ。ちょっとドレスが苦しくなったような。あなたと一緒にいると、何を食べても美味しく感じてしまうから危険だわ」

「それは俺のことが大好きって意味でいいんだよね? いやあ、いつ見てもアンバーは()()()()()だなあ」


 するりとこちらに伸ばしてきた不埒な手を軽くつねってやる。その反応さえも予定通りと言わんばかり。


「それで、御義父上の説得はどうするつもりなの」

「説得も何も、このまま納得してもらうだけよ。だってこれ以上何かを説明しようにも、他に言いようがないわ。『結婚の決め手? 彼の笑顔を見ているとわたくしのお腹が空くからですけれど、それがなにか』ってね。それにもしも反対されるということでしたら、貴族籍を抜けさせてもらうわ。ただし、我が家の商会はわたくしが屋台骨。目利きのわたくしとわたくしに従う昔気質な職人たちが抜けたらどういうことになると思う? 書類上はともかく、実質的な当主はもう完全に交代しているようなものなの。学園卒業後数年間、あなたと結婚するために頑張った甲斐があったわね」

「俺もいっぱい武勲を立てたし」

「ええ、さすがわたくしの夫になるひとだわ」

「アンバー!」


 く、苦しい。感極まったのか、レーンに抱き着かれてしまった。ちょっと、離れなさい。いや、そういう仲だと一目瞭然なのはわたくしたちに有利に働くかも? いいわ、どんどんやっちゃいなさい。


 それからしばらく後に夫となったわたくしの愛しいレーンは、今も昔と変わらない笑顔で隣にいてくれる。ああレーンの顔を見ているとやっぱり不思議なくらいお腹が空くの。さあ今日の夕食は、みんなで何を食べましょうか。

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『「僕の好きなひとはね」って、あなたの惚気は聞きたくありません。初恋を捨てようとしていたのに、デートを申し込んでくるなんてどういうつもりですか?』(「悪役令嬢? いいえお転婆娘です~ざまぁなんて言いません~アンソロジーコミック2」2024年2月8日より発売) の単話配信が始まりました。よろしくお願いいたします。 バナークリックで詳細が書かれている活動報告に繋がります。
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