83話 戦火を拒む異能
迷いや動揺の感じられない足音を立てながら歩み寄るはシリウス第一大隊長、小金色 海七。この惨状にも関わらず、いつもと変わらないおどおどした様子で目を泳がせていた。
「あ、あのあのですね!神谷さんにあまり勝手に動かられては困るというか――」
「――仕事の話は後だ。これを見て何も感じないのか?」
「あぁ!えぇっと……?第何部隊の方々でしょう?お悔やみ申し上げますぅ……」
「舐めてるのか?仮にもあんたと同じシリウスの隊員達だぞ!仲間じゃないのか!!」
「私は政治には詳しくないですが……でも、シャドウ研究会を撃退させない事には、きっとこれ以上の被害が出てしまうんじゃないしょうか……?」
海七の言う通り、彼らを野放しにしては情報が吐露するまで虐殺を行う可能性は大いにある。第一大隊長の精神年齢が低いのか、はたまた人の死そのものに関心が薄いのか、どちらにせよその薄情な心持ちに苛立ちが募る。
「あんたの立場と権力があれば……!意義を申し立てる事だって出来るだろ!なんでこうなる前に手を打たない!?お前らは政権に死ねと言われたら自殺する操り人形なのかよ!!」
「操り人形でも……私は良いですよ」
神谷から見た海七の態度は『めんどくさい』の一言に凝縮出来た。この討論も、仕事も、人付き合いも、ただなんとなく日々を送ることが出来れば彼女はなんでも良いのだろう。死に対する熱量の違いに神谷が背中を見せる。
「意志のない奴と話す意味は無い。勝手に仕事でもしてろ」
「えぇっと……?そのぉ……?ですね、私の今回の仕事はあなたを引き止める事……なんですよね?あはは」
再度振り向いた先には下手くそな苦笑いを浮かべて気まづそうにしている海七が。そこでようやく神谷は此度の任務の中で感じた空回りの感覚の正体を悟った。
「そうか……どうにも任務の中枢に辿り着けないと思ったら、そういう事か」
神谷の持つ異能の投影、己では無い他者の心を映し出す性質。詳しい事は自分にも分からず、ヒジリへと考察を助力しても『分からない』の一点張りだった。
「俺だろ?政権が外部に漏れることを恐れている情報ってのは」
「……多分、合ってます」
少し間が空いてから再び海七が。
「ということでですね……?大人しく連行されて頂けると私としても非常に嬉し――」
「――はい分かりました、なんて言うと思うのかよ。言う事を聞かせたいなら……やってみろよ」
その一声に分かりやすく肩を落とした海七の手に蒼白の光が。自身の背丈より大きい大剣を模した異能神装。引きずるように構えた海七が最後の忠告を言ったのだった。
「あ、ああああのあのあの!?話し合えば分かることもあると言いますか!」
「そんな時間は終わっただろ!!」
取り出した突撃銃と散弾銃が間髪入れずに粒子に還った。過去に一度海七が見せたであろう現象であり、疑問を抱きながらも神谷は最短距離で詰め寄る。
振りかざした右の拳、異能以外に武器も何も持たないそれを幼い身なりの少女へと容赦なく振り切る。背負うように構えられた大剣の刀身へとぶつかり、響くは異能同士の共鳴。
『戦いなんて嫌いです』
神谷は何も言っていない海七の本心が聞こえた気がした。その証拠に目の前の少女は反撃の素振りすら見せず、気がつけば辺り一帯はいつの間にか粒子があちこちから舞い上がっていた。
(シリウスの遺体から出てる……?なんだこれは)
粒子が出ているのは遺体そのものからでは無い。身に付けている一般的な武具そのものが粒子へと変換されている事に気が付く。そして取り回しの悪そうな大剣によろめきながらも、こちらへと切りかかる海七が――
「避けてください〜!!」
「うぉ!?」
跳躍から始まった単純な兜割り。最早大剣に体を半ば持っていかれながら落とされた刀身に、神谷はサイドステップを踏んで対応する。だが敵対者の刀身が地へと触れた刹那、内包されていた尋常ではないエネルギーが大地を割った。
(当たったら……終わる…っ!)
地割れのように開いた亀裂、その先は目視できないほど遠くまで走っていった。バランスを崩しそうになりながら異能の大剣を引っこ抜いた海七と視線が交わる。その眼差しから受け取ったのは降参を促す遠回しな要請。
「政権から言われてて……異能を消すのだけはやめなさいって……!でもでも!神谷さん強いからそうでもしないと無理だよねぇ……?どうしよう……ご飯抜きにされたら嫌だなぁ……」
「……は?」
「え」
「お前……異能神装も消せるのか!?」
「え、あ、はい。でもでも時間はかかりますよ!?それにほら!そんなことしたら政権にすっっっっっっごく怒られちゃうと思うのでぇ……その、やっぱり大人しく連行されてもらうってのは……なしですか?」
あくまでお願いしているのは向こうにもかかわらず、安置と決め込んでいた異能の武具さえも彼女の特質領域のようだった。選択権があるようでない、シリウス第一大隊長という存在は改めて危険だと感じた瞬間だった。
「流石にこれは分が悪いんじゃない?諦めましょ、神谷」
「海白!お前……!」
「ほんとですかぁ!えへへ……!頭撫でられるの好きなんですよ〜!」
割って入った透華が優しい手つきで海七の頭を撫でる。だが束の間、突如として振るわれた異能の扇子によって突き飛ばすような突風が。重たいせいか地に突き刺していた異能の大剣はびくともせず、海七自身もそれにしがみつき鯉のぼりのようになっていた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!?何するんですかぁぁぁぁぁ!!」
「神谷!!今のうち!!」
「助かる……!」
戦場で敵に背を向ける事は自殺行為である。そんな当たり前な教訓を一瞬でも忘れた神谷と海白へと悪寒が走る。凍りつくような嫌な空気、吹き荒れていた風の音色が無へと帰す。
「ダメです!神谷さんを行かせたら私ご飯抜きにされるんですよ!?」
「……天然なのか知らないが、緩い空気と反則的な強さのギャップに頭がおかしくなりそうだ」
吹き荒れていたはずの一帯に膨大な粒子が舞う。彼女の特質は武具などの消滅かと勘違いしていた。神谷は推測した海七の能力のカラクリを問いかける。そしてそれは正解と言えた。
「武具だけじゃなく、攻撃現象そのものを還元しているのか」
「?……よく分かりませんが…そうなのですかね?」
異能による風、その後に大気を儚く煌めく蒼白の粒子。この世界において全ての現象には起源となる二つの粒子しかない。弾丸の発砲も、振るう鉄の刀身も、そのどれもがルーツを辿れば電創粒子へと行き着くのだ。
「危害のある媒体を強制的に無害な電創粒子やそれに準ずる素粒子へと還元する。それがお前の特質だ」
「まぁ……危ないのは良くないです。分かります」
事実彼女本人がその特質に理解を寄せていない。無意識、それでいて本能的にその特質が反映されている。無欲で非好戦的、だが有無を言わせない【還元】による一方的な無力化。
彼女がその気になれば初撃の拳でさえ粒子に還すことが出来たのだろう。肉体データも元は電創粒子であり、神谷は己の迂闊さに嫌な汗が拭えなかった。この戦場で最も決定権を持つ少女は、その性格と相まって絶妙なバランスで動かされる駒と言える。
「政権がお前に首輪を付けてる理由が分かったよ……!」
「首輪……?私首輪なんてつけてないですぅ!」
野心も悪意も向上心も何も持たない少女だからこそ、上層部から排除されずにすんでいる奇跡の存在。それでいて決定意志の欠落、それはこの場において神谷の時間を奪うという点では最悪の素材だった。
「それよりもです!早く連行されて下さい!」
「……っ」
異能に触れた事で分かったのは、彼女の徹底的なまでの戦闘に対する煩わしさ。精神年齢が幼いせいか、口論となれば水掛け論になるのは目に見えている。つまりはこちらが首を縦に振るまでは身動きが取れないことを意味していた。
「大人しく身を引いても良いが、あんたの力があればあの轟音を抑えることは出来ないか?」
「それは私の仕事外です!というよりあれって……なんでしたっけ?確かシャドウ研究会に当てるとかなんとか言ってた気が……」
「対シャドウ研究会ためにどれだけの被害を出す気だ……政権のやつ……」
「出来ればあれで撃退してくれれば良いのになぁ……『もしもの時は頼みますね、海七』なんてめっちゃ優しい声で言うんですよあの人!?普通に残業コースなので嫌なんですけすどおおおおおお!!」
その独り言と愚痴に違和感を神谷は覚えた。何故政権は事態鎮火の切り札があるにも関わらず遠回りをするのか。そこにほんの少しだけ政権の狙いと願いが見え隠れしているように感じられた。
(シャドウ研究会のテロ、その劇物は敢えて誘い入れた……?一体なんのために?考えろ……政権の目線で隠された願いの仮説を組み立てろ――)
『ユーフィリル・二ーライアのマル秘』
『確言の詠人』、『運命の否定』
『女神の再臨』、『未来生体路線図の自我確立』
これまでに発掘したもっともらしい極秘情報は本来ならば不必要な餌だったのではないのだろうか。否、その全てが密接に関係していて、始めて一つの結末を願う資格を得る。全ての事象を考慮した政権が無駄な事をするはずがないと神谷は推測した。
創術という意地を具現化した矛、その凝縮と研磨を繰り返す学園にわざわざ投与された劇物。その化学反応の末に政権が願う未来と神谷の仮説が部分的に重なった。天剣という名称はその名の通り、誰かの剣なのかもしれないと。
「天剣の直結が狙いか……?その異能を何かに使いたいとか……?」
「そうなの?」
「そうなんですか?」
「いや知らない。てか隊長様はそれくらい気にかけろよ」
「変な事ばかり気にしてると頭が痛くなりますです。ていうか!早く連行されて下さい!!そろそろ私だって怒り――」
間髪入れずに透華が差し出したチョコレートに海七の目がキラキラと輝いた。ひったくるように受け取った後にそれを頬張る。現役のシリウス第一大隊の隊長を出し抜く、それがこの場から抜け出すための課題だった。




