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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
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8話 代表決定戦2

 想像の刃が飛び交う戦場を翔ける銀髪の少女の瞳に映るは偉業の演舞。まぐれでも光速の雷槍をかわすなど不可能なはずだった。だがそれは彼女にとっての常識であり、目に映る現実がその常識を否定する。


(神谷……なんでこの猛攻を見切れるの……?)


 前線へと踏み込んだミドリの背中越しに見える神谷の姿、手に持つ武器を状況に合わせて代わる代わる変化させ、時には創術すらただの(つるぎ)で弾く。常人では理解に及ばない彼の反応速度に、シルフィーの頬へと汗が伝った。


(凄い……本当に――)


 シルフィーにとって相殺術壁(イレイザー)など大した障壁ではない。彼女の磨いた創術の特質、それを持ってすれば難しいことではなかったのだ。ただしそれは自身の攻撃が対象に当たればという条件が伴う。


「当たって……っ!」


「っ……!」


 生まれながらにして創術の訓練に明け暮れ、数々の模擬戦を得て知った経験が、彼女のその常識がたった一人の青年に崩された。ミドリと時折鍔迫り合いへともつれ込む神谷へと己が刃が届かない。


(全部すんでのところで見切られる……なんで?どうして当たらないの?)


 シルフィーの見出した創術の特質、『振動』によってきめ細かく震えるガラスの刃。その切れ味を持ったとしても対象に当たらなければなんの効果も成さない。試験会場で感じた強さの等級、その矛盾が再び彼女の心を動揺へと(いざな)った。


 故の油断、関心を奪われた彼女の視界に金色(こんじき)の髪が揺れた。我を取り戻したシルフィーの視界が捻りを加えた宙返りによって回る。飛来した氷の刃が先程までいた自身の足場へと突き刺さり、反撃の刃、その想像投影の手をかざした。


「私も混ぜて貰えるかしら?」


「……」


 反撃で投げ撃ったガラスの刃がミリーシャの掌へと収束し、砕け散るような甲高い音と共に消失した。その様を尻目に相手を睨むシルフィー。視界に映り込む彼女の得意げな表情を前に、僅かに苛立ちを見せた歯ぎしり。邪魔をするな(・・・・・・)と言いたげな表情のシルフィーへとミリーシャの声が響いた。


「私も神谷に関心を持ったんだけどね?でも……私も見てくれなきゃ寂しいわ」


「っ――」


 金の色彩を持つ髪が揺れる。かざした手のひらから降り注ぐ炎の雨を前に、シルフィーの体が浮き上がった。風の想像を纏い、上昇気流に乗って空高く飛翔した体へと空気の壁が当たる。靡く長い銀色の髪、その隙間から覗くは地の敵。かざす、仇なす者を打ち倒すための掌を。


「得意のガラスみたいなのは見せてくれないのかしら」


「っ……」


 振動を取り入れた彼女だけが作り上げた創術、あえてそれではない雷撃を飛ばしたが故に垣間見えたミリーシャの特質。数十本にも及ぶ雷の軌道が自身の意志とは反し、再度彼女の掌へとねじ曲がった。収束するような吸引力。ミリーシャの手に残る漆黒の球体が起こした現象にシルフィーの表情が僅かながらに陰りを見せた。


 光すらもねじ曲げる黒い球体の正体、それに対してシルフィーが描いた予想は強力な力による時空の圧縮だった。光も直進できないほどの圧縮、それが引き起こす現象をシルフィーは知っている。惑星の持つ重力、己の大地すらも飲み込んでしまう強大な力を。


(小さなブラックホール……全部無効化される……でも、きっと長くは続かない)


 その予想を裏付けるミリーシャの行動は、誰が敵対していたとしてもシルフィーと同じ予想へと辿り着いたことだろう。降りかかる全ての厄災を有無も言わさず圧縮する理想の盾、だが彼女は攻撃を受ける際にしかそれを展開していない。


 維持し続けるのは難しい、もしくは創術展開が複雑で咄嗟の事に反応出来ない。これがシルフィーの黒球へと抱いた見解だった。他者へ理解の及ばない自分だけの想像、その攻撃を、その軌道をねじ曲げるなど、どれほどの演算労力が必要なのかをシルフィーは知っていた。


(力比べなら、負けない――)


 重力に従い、地面へと自然落下し始めたシルフィーが再びその手をかざす。ミリーシャから放たれる雷や炎の猛威など気にも止めず、己の相殺術壁(イレイザー)のみを頼りに尽くを打ち消した。栓を抜いた水桶に蓄える余地など存在しない。音を立てて崩れ去るシルフィーの相殺術壁(イレイザー)


 彼女にとって安易な創術などほんの少し手を下せば本来ならば相殺術壁(イレイザー)にすら届きはしない。横の振動である光はその存在そのものを、炎には特殊な音波を、水は分子を振動させて気体へと。


 だが今の彼女にはそんな抑制演算すらも邪魔だった。自己防衛のために描き出す演算の余地など相殺術壁(イレイザー)以外に必要ない、その全てを攻撃へと注ぐために。


「っ!」


 おびただしい数の透明な刃がミリーシャへと降り注がれた。暴風雨のように斜めに降り注ぐシルフィーの刃。重力落下に従う視界に映る金色の髪が黒い球体を生成するや否、地面への着地と同時にその衝撃を増幅させた。


 華奢な体がエリアの床に与える振動など大した現象ではない。だからこそ彼女の描いた想像の世界がミリーシャへと追い打ちをかける。理解の及ばない意識外からの攻撃、それこそが蒼天級がそう呼ばれる所以。


「っ――」


 小柄なミリーシャの体が大きく空へと弾かれた。地面とぶつかったシルフィーの衝撃、その振動を制御し、ミリーシャの足元へと拡大させた衝撃がその体を跳ねあげる。小規模な地震を圧縮、それを抽出と増大させたシルフィーの創術攻撃。エリアの床を揺らす波が、ミリーシャを身動きの取れぬ空へと誘ったのだった。


「舐めないで!!」


「舐めてない……」


 斜めに降り注ぐ無色透明の刃はそれでもミリーシャには届かない。その全てが湾曲し、甲高い音を立てながら彼女の黒い球体へと吸われその存在を消滅させた。だがその最中、不意に一本のガラスだけが曲がりきらず、ミリーシャの相殺術壁(イレイザー)に掠る。響く奇っ怪な音にミリーシャの表情が曇った。


「まさか……っ私の創術に干渉を…っ!」


(複雑すぎてあの人の創術の……固有振動を制御しきれない……っ)


「私の……!私の領域に入って来ないで!!」


 シルフィーの視界に映るは風の想像を使って空で身を翻す敵の姿。その手から彼女だけが作り上げる黒く、全てを吸い尽くす小さな世界が投げ放たれた。目の前へと近づく黒球にシルフィーの目が見開く。


「っ……!!」


 相殺術壁(イレイザー)の再展開と共に真横へと飛び退いたシルフィー、そしてその横を通り過ぎ去った黒球。地面へと衝突した刹那、その球体は意図して制御されていた枷を外した。一帯の大気を、エリアの床を、そしてシルフィーや神谷達の姿勢すらも崩すエネルギーを解き放つ。


「っ……!」


 時間にして一秒程しかそのエネルギー体は存在し得なかった。だがたったそれだけの時間でも半径一メートル内の全ての物体を飲み込んだミリーシャの創術。エリアの床はめくれあがり、まだ飛来していたシルフィーのガラスさえも吸い込み消滅させた圧縮の根源に、それを見ていた一同から自然と声が漏れた。


「すげぇ……」


「こっちまで余波で風が来たぞ……?」


 あまりの力の大きさに一瞬だけ動きの止まった戦場、三人の視線が自然とミリーシャへと集い、肩の後ろへと金色(こんじき)の髪を流す当人が口を開く。見くびるなと言わんばかりの鋭い眼光と共に。


「何を呆けているの?行くわよ……!!」


「……」


 強大なミリーシャの創術と当人を前にしてもシルフィーの心は動かなかった。卓越した技術によって描かれた絵画、それを見た時のような、壮麗で精良だという感想は間違ってはいない。だがそれだけだ。神谷の動きを見た時に感じた命の輝き、それとは遥かに分類されるエリアが違う。シルフィーの知りたい世界とは特質そのものが違う――


「え?……嘘…っ」


 彼女が飛来させたガラスが宙で粉砕した。側面から受けた神谷の弾丸によって。攻撃面においては計り知れない切れ味を誇るガラスの刃が散った。シルフィーが描く彼女そのもの(・・・・)が慣性を失い、無機質なエリアの床へと落ちたのだった。無類の切れ味を誇る想像の弱点とも言える、側面からの打たれ弱さだ。


「貰ったわ……!」


「させないよ」


 神谷が作り出した一瞬の隙に漬け込んだミリーシャと、その動きを制止させたミドリの創術。氷、水、炎、風、四つの想像がミリーシャの掌へと収まる戦場、その中心に位置するシルフィーの元へと刃と銃を携えた神谷の気配がもつれこむ。いつの間にか再展開されたミリーシャの相殺術壁(イレイザー)、それを纏った異端の戦士が彼女の視界の端を翔けた。


「神谷……っ」


「ミリーシャ!!」


「分かってるわよ!!」


 シルフィーの瞳に映るは左右から飛び込む二人の戦士。乱射音を掻き鳴らす左からの射撃と、対の位置から感じる創術展開の圧力に、彼女のきめ細かな白い肌へと冷や汗が浮かんだ。脳裏に過ぎる戦闘不能に陥る自身の姿。まるで凝縮された空間に陥ったかのようにゆっくりと流れる戦況を前に、突破網を詮索するがその時間さえも失う音が響く。


「神谷!!」


 ミリーシャの神谷の呼ぶ声、それはすなわちシルフィーの防壁の破壊を意味する。そして間髪入れずに二名の戦士が動く。


(相殺術壁(イレイザー)が――)


「させるか!!」


 砕け散る彼女の相殺術壁(イレイザー)の音と共に緑髪の青年が吠えた。シルフィーの首筋へと伸びる神谷の剣、その軌道へと重ねるように振りかざした螺旋運動を帯びたもうひとつの剣、その切っ先。ミドリの気迫を乗せたそれが、シルフィーへと咄嗟に組み込まれた十字砲火を妨げる障壁と成す。


「頼むよ!!シルフィーさん!」


「当たって……!!」


 大振りなミドリの剣撃が神谷の剣とぶつかり、大きく体勢を崩した所をシルフィーは逃さない。防御に回しかけていた演算能力、それが戦況の変化に合わせて攻撃へと流れゆく。エリアの照明が照らす透明な刃、神谷の回避空間を奪うように全方位からその輪郭が煌めいた。


「っ――」


「……っ」


 神谷の逃げ場はない。故に彼が取る行動はシルフィーにもある程度推測できるはずだった。異常なまでの反応速度を持つ彼だからこそ、極めて実現が困難な偉業を行うかもしれないと。


 可能性として存在しうるその選択肢、それは空中で彼女自身が行ったものと全く同じ。防御も、回避もしない純然たる攻撃の意志を示す身体の所作。静かながらも猛々しい神谷の闘気が戦場を渦巻いた。


 一瞬にして砕け散る彼へと展開されていたミリーシャの相殺術壁(イレイザー)。常人では到底捉えることなど不可能な、ガラスの刃と防壁の拮抗。他者(シルフィー)が映す自暴自棄とも捉えられる神谷のその行動は、死に直進している愚者とは程遠い命の輝きを放っていたのだった。

 

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