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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 上幕
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72話 闇の入口

 ティリア・バースと名乗る男性の手に蒼白の短剣が煌めく。それぞれの手に一本ずつ、逆手持ちで構えた異能者に隙はない。だがその表情はどこか不思議そうであった。リリシアを少し離れた位置へと下ろしながら言い放たれた言葉が。


「第一席、幾らお前でも異能を相手にすんのは時期尚早だろ」


「試してみたら?来ないならこっちから行くわよ」


 右手には長剣、左手には突撃銃が。乱射と共に数多の創術演算を織り成す。演算能力を並列に立ち上げることが非効率な事を奏は知っている。だが異能を相手にはそうせざるが得なかったと言えた。


「その規模の演算を同時に立ち上げるなんざぁ……!流石と言わざるを得ないなぁ!だが……!」


 奏は三つの領域を広げていた。一つは自身の転移演算、二つ目は突撃銃の弾丸転移、そして最後は絶対的な消失の空間を生み出す創成世界。トランプで組み立てたタワーのように、些細な介入で崩れてしまう程の緻密で繊細な創術演算であり、ティリアの単純な反撃でその全てが崩壊する。


(短剣の投擲……それだけで見えないはずの創術を崩すって事は――)


 男の投げた一本の短剣が空中に突き刺さり、ガラスが割れるような音を立てて全ての創成世界が無に帰す。その光景が初めてならば動揺していたことだろう。だが奏は既に(・・)その事を知っていた。


 崩壊した創術から時間にして一秒未満、ゼロと一秒の狭間に基礎的な想像の並列構築を行う。使用するは雷と風、そして炎。千をも超える刃と槍を模した基礎創術、それらを高速で折り曲げティリアへと穿つ。


「どこ狙ってんだよ」


「っ……」


 捉えていたはずの座標には既にティリアはおらず、空中に突き刺さっていた短剣の位置から声が響く。創術という力に寄り添い続けてきた者だからこそ、人間離れした現象には目を向けない。結果ではなくそのカラクリだけを見据え、仮説を組み立て続けた。


(創術なら瞬間的な移動は特別珍しいものじゃない。けどかき集めた情報が正しいならば、この人はそもそも創術を使えないはず)


 思考の狭間に無数の基礎創術を操作して無理矢理その軌道を折り曲げる。だが強引に折り返した矛先はその尽くを切り伏せられてしまった。避ける訳でもなく、文字通り高速で飛来する雷の刃でさえも。


(神谷と同じ目を持ってる……でも、あいつほどの精度でもない気がするわね……個人差がある……?)


 そしてまた学園の情報保管庫、立体図書館で対峙した少女と同じ目とも言える。直結命令(ダイレクトリンク)という現象、世界をその目で見る者とは何を意味するのか。無限の残機を持つ己とは違い、どんな世界を見ているのか。


「集中力が散漫だな」


「っ……!」


 投擲された蒼白の短剣が再度相殺術壁(イレイザー)を砕く。踏み入ることを許さないはずの領域へと意図も容易く死が侵入した。間一髪傾けた首、頬へと残る紅の一筋、そして脳細胞へと刻み込まれる痛みの逆流データ。その痛みこそが彼女と敵の認識の違いを確信させたのだった。


「世界は電創粒子で構築されている……シャーネス中佐が言っていた世界へと触れることができる者って言葉は……そういう意味なのね……」


「何をぶつぶつ言ってんだ?痛みで頭でもおかしくなっ――」


 通り過ぎた片割れの短剣は奏の背後に。その位置へと座標を移したであろうティリアの声が背中から聞こえる。見えずとも体を返すその必要はない。


 奏だけが創造可能な不可視な素粒子と大気の電創粒子を結びつけ、粒子そのものを押し退けるティリアの体を感知した。擬似的なテイルニアの監視カメラのような想像が振り向く必要性をなくしたのだ。


 結びつけた粒子を根源に、大気もろとも空間の一部を強引に消し去る。咄嗟にティリアは飛び込む危険性を感じたのだろう。身を引いても尚、その判断は僅かに遅かった。振り向いた第一星の冷めた眼差しの奥へと、回避の遅れたティリアの消え去る右腕が映り込む。


「――ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」


「蒼白の武具……その装備者は電創粒子とは別の媒体を用いて電子データを破壊する。そんなところかしら?」


「お前……っ!」


「どいつこいつも何を聞いても肝心な事は言ってくれない。だからあなたも何も言わなくていいわ……答えを教えてくれないなら、自分自身で検証してそこまで辿り着くから」


 絶対的な消失領域の演算、その立ち上げと並列して基礎創術と弾丸の転移を行う。あえて非効率な並列創術の展開するのは苦肉の策だ。創術の一つ上の次元を行く異能を前に、勝利を導くには高位創術者同士の対決と同じくして、敵の無意識に潜り込む他ない事を感じ取っていた。


 創術者の極意、それは相手の全てを掌握した意識外からの干渉。相手に理解されない事こそが創術の極意であり、天賦の才能を持つ少女が本命の刃を隠すべく数多の創術を多角から穿つ。


「化け物かよ……っ!」


直結者(・・・)からもそう言われるなんて心外ね」


 ティリアへと到達する速度が早い消失転移の羽衣を纏う弾丸は、触れる事すら叶わない。あの頃の神谷のようにティリアは紙一重でそれらを見切る。それどころか右腕を消し飛ばした時に残ったもう一方の短剣、それを蹴飛ばし見えないはずの創成世界の構築を拒まれる。


(緻密で繊細な創成世界の演算は世界の干渉能力があれば簡単に壊される……まるで水面に映る月が波風で消えてしまうように)


 ティリアの蹴飛ばしたナイフが空に突き刺さると同時に創成世界の演算に綻びが生じてしまう。だが第一星は戸惑う事無く再度小さな箱庭の構築を始めた。基礎創術、弾丸転移、創成世界、三つの矛先に加えてもう一つ、自分自身という矛先も敵の無意識へと滑り込ませる駒としながら。


「調子に乗るな!!学生風情(・・・・)が!!」


 再びティリアの転移を予感した。極限まで高まった集中力、それがティリア本人よりも早く転移する事を実現させる。既に何度も見たからくりであり、ナイフからナイフへとその身を移す能力は凡そ想像が着く。そして転移先も。


(ここ――)


 数秒先の未来を予想して戦う両者にとって、奏を学生風情と見くびったティリアは慢心していたと言わざるを得ないだろう。ティリアがナイフの位置へと身を移し、左手のナイフを奏の背後へと投げ放とうとするも遅い。


「なんでお前の方が先にっ……!?」


 背後へと来たティリアへと、しゃがみながら長剣の刃を滑らせる。ナイフ投擲のために伸ばした無防備な腕、それを肘から切り落とした。絶叫させるよりも早く、抵抗を成す全ての媒体を消滅させるべく追撃が。


「痛みを緩和出来ないなら少し痛いと思うわよ」


 空を変幻自在に屈折する基礎創術と突撃銃の弾丸がティリアの四肢へと軌道を光らせる。恐らくはその矛の道筋は敵には見えているだろう。だが最早そんなことは関係ない。事実、ティリアに見えているのは明確な敗北の道筋だった。ありきたりな攻撃軌道は全て本命の一太刀を確定させるための誘導なのだから。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 残った二本の足を使い、回避を試みるもその未来は第一星の予想範囲だ。距離を消失させて背後からティリアの膝下を切り離す。弾丸は逆の足を、基礎創術を回避先の誘導へと用いて。


「奇襲したって無駄よ。リリシアさん」


「っ……」


 抵抗を成す事が不可能なまでに四肢を損壊させたティリアから背後のリリシアへと、首だけを回して奏が言った。大気を形成する電創粒子、それと結び付いた奏の消失粒子がリリシアの放った弾丸の特質を掴む。


「異能の弾丸ならまだしも、普通の弾が私に届くわけないじゃない。それとも何?さっきからなんかムカムカするけど……こんなちゃちな力があなたの異能なのかしら?」


「ありえない……っ!あなたも神谷も!!一体どんな神経していたらそんな平然としていられるのよ!!なんであんたらは……っ!自分を形成する心の輪郭がな――」


「――イライラするのよ。自分だけが分かるような発言に振り回されるのは」


 第一星の演算能力の大半が小さな箱庭の生成へと惜しみなく注がれていく。翳した左の掌、そこから広がる広大な紋様と共に光が瞬いた。秩序も正義も悪意も許さない、奏が望んだ通りに盤上を作り替える絶対的な庭園が戦場を支配した。


「いやあぁぁぁぁぁぁあ!!」


 消し飛ぶリリシアの両腕と両足、リリシアとティリアの距離を消し去り、一箇所へとダルマになった二人を運ぶ。目も向けずにリリシアさえも制圧した第一星が冷酷な瞳で空を見て、その手に抽出機(・・・)を取り出したのだった。


「ま……まって……!私達の記憶を見ればあなたも平穏な暮らしなんて出来なくなるわよ!!脅しなんかじゃない……!本気よ!!」


「喋って良いなんて言った?」


「っ〜〜!?」


 耳障りな声を掻き消すため大気を部分的に消失。酸欠により意識を失ったリリシアとティリアが力なく目を回した。二つの抽出機をその頭部へとあてがい、奏は記憶の断片へとその手を伸ばす。


『なんで……っ!心象に輪郭がない!?なんで自分自身を形成する骨組みそのものが存在しないのよ!!』


『学園に潜む未来生体路線図(ダイアグラム)のアタッチメントを壊せばいいんだろ?』


『大神博士、せっかく集めた心想粒子も結局は電創粒子に変換しなくては保管出来ないのでは?』


『とりあえず後生大事そうな天剣を幾つか壊せば揺すれるだろ』


『成程……あのガラクタ人形を何故破棄なさらないのかと思ったら……そういうことでしたか。人間そのものを容器にしようなんて…おっと、人間じゃありませんでしたね。あれは』


『第一星よりその母親の方がやばい。あれだけは絶対にサシでやりあうな』


 膨大な記憶の断片の中から幾つかの有力な情報を抜き取った奏、その表情が徐々に大きく曇っていく。その決定打となったのはリリシアと大神という男の会話の一つだった。


『確かにこれを使えば第四星ならば強制的に直結させられますね。一応見て(・・)来ましょうか?』


(どういうこと?燐を……どうするつもり?燐を直結して……それがどうして私の話になるの?)


 ケーニスメイジャー特有の見えない繋がりを垣間見た瞬間であり、その記憶データの閲覧は自ら死を選択したようなものだった。死の運命、その対価として異能の真実を知る。


『第一星の強制直結化はまだ無理ですが……この方法なら……っ!第四星を壊せば連鎖的にいけますよ!』


「燐……っ!」


 禁忌に踏み込んだ事などいざ知らず、奏は友に這い寄る不穏な魔の手にその場を去った。既に彼女は異能という世界の真実に触れた。そしてまた、異能に伴う代償についても聞かされている。


 理解の外にいたはずの少女は、真実の断片に触れてからいつしか世界へと不快な心象を描いていた。まるで傀儡人形のように、自ら選んだはずの人生が裏では強制されているのではないのかと、目に見えない糸を振り切るようにその足を急かす。


 嘘吐きは言っていた――


『異能の代償は絶念だよ。直結命令(ダイレクトリンク)ってのは言わば……身の程を知って死ぬ、それしか残された道がねえんだわ』


 直結に伴う恩恵と代償。己の願いを具現化して世界へと触れる事が恩恵だとするならば、その先の希う結末へと到達出来ない事こそが代償だと道化師は言った。だがそれがどのようなシナリオを生み出すかなど今の奏にとってはどうでも良かった。


 急く心象の中枢にあるのはただ一つ。友の元へと急げと。

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