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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 上幕
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68話 外付けの記憶装置

 神谷とシルフィーは逃亡した敵を追うべく、世界の裏側から人気のない校舎内へと戻っていた。シルフィーによって崩壊した校舎、その異常にも関わらず辺りは静けさを放つ。


 シルフィーから合流するまでの経緯を聞き終えた神谷は、リリシアの持つ異能神装(エスペランティア)の特質を考察していた。心の内を撫で回されるような不快感、それに対して同じ感想を抱いている。だが結果としてリリシアの反応は全く異なっていた事も事実だ。


「心を読むような異能だろうか」


「でも……神谷を見た時は様子が変だった……」


 その答えを導き出すには神谷自身が己の特質を理解する必要がある。だが神谷は他人を客観的に捉える事は得意でも、己を正しく見据えることは未だに達成出来ていない。故にリリシアの特質、その答えを今導き出すのは困難と言えた。


 見えない方程式を前に二人の位置する校舎の一角へと沈黙が木霊する。静寂を先に破ったのは神谷だ。思考の渦に溺れるよりも先に、確認せねばならない事を思い出した。


「そうだ、星雲演舞(ギャラクシア)の会場にマリカが乱入したんだった。様子を見に行かないと」


「……神谷、誰かいる」


「……随分とタイミングが良いな」


 それまでは静寂に包まれていた一帯に、わざと存在を主張するかのように踵を鳴らした少女が姿を見せた。崩壊した校舎の廊下、架け橋のない向こう側に両腕を背中に回した仲間が口を開く。


「焼き鳥のお届けに参りました〜」


「……桜」


 部分的に崩壊した廊下と廊下の間を一つの紙袋が舞う。投げ渡されたそれを受け取りながら神谷が届け人の名を口にした。手に感じる程よい焼き鳥の熱さ、そしてタレを吸った紙袋の感触。現状には似つかわしくないその二つが緊張感を解す。


「そっちは大丈夫だよ。だから神谷達は風島君を追って」


「任せて良いのか?」


「一人にできることなんてたかが知れてる。時には仲間を頼ること……レーヴァテインには神谷とヒジリ以外にも凄い人がいるんだから――」


 誇らしげな桜の微笑みと共に突風が吹き込む。揺れる前髪、靡く衣服、思わず顔の前に手をかざしたその先に二人の仲間が滑空した。神谷にとっては久しい親友の声が風と共に耳を撫でる。


「って訳だキョウ、こっちは俺達が行く」


「っ……(しゅう)!」


 漆黒のコートを靡かせた親友ともう一人、黒い長髪を揺らす小柄な少女が。


「神谷!急いで!!時期に学園のセキュリティが奪われるわよ!!」


「……」


 言葉を返す暇もなく、(しゅう)とその妹である(あき)が突風に乗って遠くへと消えていった。秋の言葉に補足したのは桜だ。


「もう時期シャドウ研究会が一時的に学園のセキュリティを乗っ取る手筈らしいよ。天剣も教員も……そしてケーニスの裏の警備隊も揃ってる今、それは大した問題じゃないけどね」


「うちがこれだけ公に動くって事は大事(おおごと)だろ。一体何が起きようって言うんだよ」


「アトックには他国に漏らしてはいけない計画の部品があるんだ。ひとまず……目先の任務としては一つ、『心想粒子変換装置』をシャドウの討究者に渡るのを阻止して」


「了解」


「きゃっ……!」


 やや強引にシルフィーを抱き寄せた神谷はそのまま空道鉤爪(スカイアンカー)を射出した。崩壊によって生まれた校舎の亀裂、そこから投げるように身を空へと委ねる。


 斜め上に働く慣性が緩やかな重力落下に従うまでの時間に神谷は目を凝らした。広大な校舎、その壁面に無数に設けられた窓ガラスから内部の様子を覗く。そして追うべき人物をその目に捉えたと同時にけたたましい警報が鳴り響いた。


「空が……」


「本当に学園のセキュリティを乗っ取りやがった……」


 学園を包み込む不可視なドーム型のセキュリティ、敷き詰められたタイルのような紋様が波打ち空を揺らした。目に見えないはずのセキュリティ、透明ながらも幾重にも繋がる甲羅のような溝が可視化する。それが指し示すは校内の人間の幽閉だ。


「桜や秋の言葉が正しいならアトックは占拠されたことになる。多分学園の敷地からは誰も出られないだろうな」


「シャドウ研究会については詳しくないけど……学生が大半とは言っても……アトックの人全員を相手なんて無謀じゃないの?」


「単なるアトックと研究会の構図ならそう感じるのが普通だな。だが内情は複雑に絡み合ってる……そもそもそんな構図自体が茶番だと言っても過言じゃない」


 神谷が危惧するは占拠という現状ではない。そんな未来へと導いた黒幕は誰なのか、学園の人間を人質に取る手立てさえも本命の何かを隠す陽動ではないのかと、神谷は絡み合った真実と偽りの事象を冷静に客観視する。


「……これはなんの確証もない俺の予想だが」


 再射出したアンカーが二人の体を空へと誘い、重力に逆らいながら二人は別角度から再度校舎内部へと突入する。無人の廊下、瞳へと捉えたその場へと窓ガラスを粉砕させながら。


「学園の上層部、そしてシャドウ研究会……後はケーニスの研究部、現状の占拠というシナリオは全てこいつらの利害が一致した必然的なものだと思ってる」


「……分かりやすく……教えて」


「研究会にとっては学園がひた隠す何かに興味があり、ケーニスの学者共は騒ぎに乗じて何かの観測を企んでいる……端的に言えばケーニスメイジャーとシャドウ研究会はお互いに利用しあっているってのが俺の見解だ」


 外部からの強い干渉による事象観測、それこそが神谷の予想した自国の企みだ。だがあえて口にしたそれは国を導く先駆者での視点であり、神谷本人にとっては到底看過できない都合もあった。


「神谷……もし研究会とケーニスが本気で争ったら……」


「あぁ、間違いなく関係の無い一般市民が巻き添いになる。ケーニスメイジャーの目的は規模も予想がつかない……そこにどんな犠牲を前提にしているのかさえもな」


「……かつて私に望まれたものは感情の露出だった。ケーニスは人の神経を逆撫でする事で……異能の観測をしようとしてる?」


「それは間違いないと思う。浅霧の言葉も加味するなら、創術を磨けば目覚める異能特質の高精度な予測も可能と言っていた……創術者の直結が目的か、あるいは――」


 廊下を走りながら言葉を交わしていた二人の足が止まる。通路と通路の間にある少し開けた空間、多目的ホールとして利用されるそこに風島と中年の男性が対峙している事に気が付いた。


 向こうも同じくしてこちらの存在に気が付いたのか、四名の瞳が混じり合う。神谷にとって此度の任務の大きなきっかけとなりうる一人の人物、大神が背を向けたまま口を開いたのだった。


「おや、予想よりも早いね御二方」


「随分と余裕な態度だな大神……今度はホログラムじゃない実体だぞ?たかだか学者風情が、最前線で体を張っている人間とまともにやり合える自信でもあるのかよ」


「いやはや、非戦闘員の老体にそれは酷というものだよ神谷くん。そもそも今君達が私の記憶データに手をかけようとそれは無意味だ」


 神谷の言葉の裏に込められた実力行使による結果を大神は先に言葉にする。例えこの場で大神を無力化し、抽出機による記憶の閲覧をしても望む情報は得られないと彼は言った。


「ケーニスの中枢にいる人間はみな記憶データを細かく分割保存していてね。メインの記憶装置とは別に補助記憶装置を複数個搭載しているんだ」


「……外付けの記憶装置か」


「聡明な君のことだ。その存在については既にご存知のようだね。私は保存した重大な記憶の取り外しが自由な訳だ。ではそれを踏まえて一つ私と個人的な取引をしないかい?」


 企みを隠しもしない下卑た笑みを浮かべた大神の手に一つの媒体が可視化された。金平糖のような角張った野球ボール程のそれが彼の手のひらで浮遊する。神谷にとって初めて見る代物だったが、その媒体の意味するものを言葉にして返した。


「……お前の記憶の欠片か」


「そうだ……ここにはケーニスメイジャーの保有する計画の一つが保存されている。これを対価に一つ頼まれて欲しいことがあるんだ」


 そこへと風島が。


「神谷!耳をかすな!!この学者はイカれてやがる!自国の破滅すら鑑みないような奴だぞ!」


「……俺に求める仕事は?」


「神谷!!」


 大神の背中で吠える風島を無視し、神谷は出来る限りの情報を引き出すために口車に乗った。内容を聞いてからでも遅くはないと、大神の返答を待つ。


「今アトックには他国の重鎮が潜伏している。他国の人間がね……彼女を死なせてしまえば国交問題に溝が生まれかねない。辛うじて均衡を崩さない三竦みの関係を私は保ちたいのだよ」


「……イカれたお前でも外交問題は重要視するんだな」


 大国ケーニスメイジャーは発展した先進国である。その象徴は静観とされており、他国とは深く手を結ばず内部発展してきた歴史を持っていた。人口の多さも特徴の一つだ。


「私が好き勝手に異能と未来生体路線図(ダイアグラム)の研究ができるのは国の安寧があってこそだ。人口の多いケーニスだからこそ、カニスミノールの兵器は自国の脆弱性を突く脅威と成りうる」


「……拡散性致死ウイルスの事か」


「いやはや!『メーバー』もご存知とは話が早くて嬉しい限りだよ神谷君!」


 【メーバー】


 それは神谷の口にした拡散性致死ウイルスの名称であり、感染した者のCPUを利用して悪影響を及ぼす危険性の高いウイルスの事だ。CPUの演算機能によって自ら無意味で莫大なデータを逆流させる代物であり、感染者は発症後に現実世界の脳細胞へと強い負担を強いられるものだった。


 極めつけは強制終了(シャットダウン)後に起きる強い感染力。CPUの持つ安全装置によって意識が途絶えた後も、感染者の肉体から大気を形成する電子データへとメーバーは結びつく。そうして別の人間へと空気を通じて拡散するウイルスだった。


「メーバーの使用は条約で禁じられているはずだが?」


「条約なんてものは紳士協定に過ぎない。我々もまた人の事を言える立場でもない……だがケーニスが未来生体路線図(ダイアグラム)の権限を握りしめている以上、戦争になればこちらが有利だろう」


「……まるで戦争も辞さないみたいな口振りだな。取引の内容を言え」


 急かすような神谷の発言に大神は笑みを浮かべて言った。それは『収束機』に関する情報であり、テイルニアという枠外から送られた現実世界(・・・・)からの贈り物だった。

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