67話 心の決壊点
神谷と裏の世界で合流する以前の事だ。別行動を取っていた頃のシルフィーは風島との接触に成功したはずだった。二人だけだったはずの空間に突如として現れた二人の人物、その片割れの存在に鼓動が嫌な跳ね方をする。
「大神……なんであなたがここに……」
「おやおや、随分と冷たい視線を向けてくれるじゃないか。私は君を生み出した親同然の存在だと言うのに」
「私はあなたをそんな風に感じた事なんて一度もない。なんの目的があって……ここに来たの」
レーヴァテインへと加入してから、自身を中心に引き起こされた計画の全貌を知ったシルフィーは嫌悪の表情を向ける。かつての自分であれば絶対に芽生えることのなかった感情であり、人間へと昇華した存在だからこそ大神へと怒りを顕にした。
「ふむ……本当に人間へと昇華したのだね?実に興味深い……驚嘆に値する。だが研究部の主観で言うとその結果にはがっかりだよ」
「……あっそ」
大神は後ろで手を組んだまま窓際へと移動するも、その隙を埋めるように背後の女性が不敵に笑みを落としていた。自身へと愛情を教えてくれたサーベラ、その仇を前にシルフィーは振り上げそうになる右手を理性で抑え込む。
そしてまた、続けて綴られる話がよりその理性を保つ材料となる。過去も今も、シルフィーに期待された思惑は何も変わっていないのだ。感情の爆発、その引き金を絞るためならば大神は神経を逆撫ですることに躊躇はしなかった。
「本来ならば君は感情の昂りのままに膨大なエネルギーを世界に撒き散らすはずだったんだ。だが結果はどうだ?実につまらない……訪れたのはエネルギーの収束と事態の鎮火……瞬き程もなかったとしても、私としては見えざる力の観測がしたかったものだ」
「難しい言葉を並べたら賢く見えると思ってるの?要は……私に死ねって言いたいんでしょ」
「最早理性を身に付けた君に興味はないよ。久しい再開に思い出話を吹っかけただけじゃないか。今日赴いたのはそっちの方に用があってね」
薄気味悪い微笑の先には木葉がいる。臨戦態勢を崩さないまま大神の視線を追ったシルフィーだったが、木葉もまた理解に苦しむような顔をしていた。
「初めましてのはずですが、俺に何か御用で?」
「子供が思っている以上に大人は物知りなんだ。持っているんだろう?学園に埋め込まれた装置のパネルを」
「……お生憎、第六星を降ろされた時に剥奪されましたよ」
「いいや、そう隠蔽工作してるだけだ。君すらも気付けないようにね」
事態を飲み込めないシルフィーが。
「なんの話を……」
「知識の吸収反応は相も変わらずのようだね。特に話しても面白いものではないが……この学園には巨大なシステムが組み込まれているんだよ」
待っていました、と言わんばかりに微笑んだ大神とは対照的に、傍らでシルフィーの挙動を警戒し続けていたリリシアは半ば呆れた様子を見せた。両手を横に、首をやれやれと言わんばかりに振りながらリリシアはその旨を言う。
「また始まりましたよ……大神博士のうんちくが」
「科学者とは皆そういうものだよリリシア君。端的に言えば……この学園には生徒の感情をコントロールするシステムが組み込まれているんだ」
「感情を……コントロール……?」
「コントロールと言えば言い過ぎだがね、君にはそう言った方が伝わりやすい」
事実として大神の発言に偽りはなく、アトックには明確に天剣という頂点の象徴があるが故に、他者の嫉妬や憎悪は切り離せないのが現状だった。多くの者は己の創術に高い誇りを抱く、蒼天級ともなれば創術とは意地を具現化したものとさえ言えるのだ。
「人間は単純な生き物でね、楽しいや嬉しいといった前向きな感情よりも、恐怖や嫉妬といった負の感情の方が爆発力が高いんだ。被検体九○六五にも心当たりはあるだろう」
「……」
「創術とは一定の範囲を超えれば己の矜恃や意地を体現した想いの力となる!己の醜い思想をぶつけ合う学び舎がアトックであり……っ!己のエゴを鋭く研ぎ澄まさせる事がここの存在価値なのだよ!」
興奮気味に荒々しい手振りを添えて言い放った大神にシルフィーは少し引いた。だがその会話の中から僅かながらに大神の抱く関心、その媒体に勘づく。創術と異能、そのどちらをも正面から見つめ直したシルフィーだからこその感想だった。
「話が長い……結局あなたは他人の感情……心と直結する異能の力に興味があるだけでしょ……」
「……はははっ、随分と賢くなったじゃないかモルモット……すまないね、少し興奮してしまったよ。本題に戻ろう、そもそも世界最高峰と呼ばれる学び舎は客観的に見れば異常だ」
死んでも死なない世界ならば勝てるギリギリの相手を探し続け、何度も何度も挑戦を挑めば勝てるかもしれない。ゲームの世界ならばそんな発想もありふれていることだろう。僅差の勝利とは得られる経験値が多いのだから。
大神の言う異常とは電脳世界ならではの不合理から来るものだった。強くなりたいならば強い相手と戦えば良い、そんな己の強さに飢えた生徒達が多数在籍するこの学び舎に渦巻く矛盾を謳う。
「何故ロクに戦えもしない天剣という頂点を作る?何故進級そのもののハードルが高い?何故そこまで強さを強要していて成長の近道をさせない?創術は磨けば磨くほど己の意地となるのに……何故誰も学園の理不尽なルールに疑問を持たない……?何故自分より下の者を馬鹿にする時間がある?」
大神のにじり寄るような発言にシルフィーは無意識に後退した。鳥かごと思っていた世界から抜け出し、本当の意味で人間として存在の証明を果たしたからこその冷や汗が伝う。籠の外にあるのは自由では無い、モルモットに自由という認識を与える経過観察に過ぎないのだと。
「そうだ被検体……っ!意地のぶつけ合いという用意した環境で何故モルモット共はこうも治安を維持できる?何故用意された矯正ルールの中で我慢ができる?」
「……この国はどこまで…人の心を弄んだら気が済むの……」
「怖いか?己の怒りや嫉妬という感情すらも制御されている事実は。アトックに入学した時点でその生徒のCPU機能の一部はとっくにシステムに組み込まれているんだよ。私は今回その操作パネルを預かりに来たのさ」
大神が喋り続ける中、メニューから所持品を見ていた木葉が一つの物体を可視化させた。多面体の球状に角張った何かを手にした木葉、そして大神を交互にシルフィーは視線を泳がす。元第六星の表情から察するに、彼にもまた解せない事があるのだと理解しながら。
「ファイル名は空白になっていたが……確かにこれは『心想粒子変換装置』だ……クラヴィスに譲渡したはずなんだけどな」
「多くの者にはそう認識させておいた方が安全だからね」
「俺はこいつの解錠コードを知らされていないが、その様子だとあんたは知っているんだな?悪いが俺の独断では素直に預けることはできない。これは易々と制御して良いものじゃない」
あくまで冷静を装う木葉だが、シルフィーから見ても緊張している事は明白だった。そしてまた、彼がわざわざ口にせずとも同じ嫌な予想がへばりつく。木葉の持つ装置にどんな権能があるか分からずとも、大神に渡せばロクな事は起きないだろうと。
「……それは、何?」
「……学内の全生徒、それらの嫉妬や憎悪といった負の感情を吸い上げる学園装置の制御盤だ。暴動を未然に防ぐ他、万が一の時に生徒全員が常に冷静に立ち回れるよう設計されたもの……と俺は聞いている」
木葉が説明するも、理解の及ばないシルフィーへと大神が続け様に言う。最早隠す必要もないと、薄気味悪く口角を吊り上げながら装置の全貌を。
「先程言ったようにそいつは登録した生徒のCPUから負の感情を抽出するものだ。一定の水位まで感情の昂りを下げてしまえば人間は理性という希釈液によって感情をニュートラルに戻す……私はそんな利口な人類が大嫌いだ!!」
「っ……逃げて!!」
大神の啖呵を切るような叫び声と共にシルフィーとリリシアが動いた。事態を完璧に理解した訳では無い。それでも自身に宛てがわれた理不尽な過去から大神の陰謀を感じ取っていた。
この男にだけは心想粒子変換装置を手渡してはいけないと、奪略に動いたリリシアへと異能の音叉を振り上げる。だがそんな交戦の初動はあまりに不可解で奇妙な違和感を孕んでいた。
(今……この人私よりも先に動いて――)
「不思議そうな可愛い顔ね……っ!」
下から振り上げた一太刀はリリシアの遥か後方、校舎を切りつけ轟音を鳴らす。シルフィーは日常生活においては常識や普通とかけ離れた世間知らずであっても、過酷な施設で得た戦闘技術は凡人とは明確な線引きがあった。
すなわち剣術という一点だけに焦点を当てたとしても、その技術は優秀な兵士を意味する。そんな洗練された己の剣撃を躱すリリシアへと数多の可能性を睨む。否、流れゆく戦場にて確信を持てる情報を見据えたのだった。
(蒼白のモノクル……っ直結者……)
懐へと潜り込まれた敵対者へと、突き放すような鋭い前蹴りを行うも成果を見せることは無い。直結者と加味してもありえないリリシアの反応速度に驚きを隠せなかった。空ぶった蹴撃に合わせるように自身の顎へと鋭い回し蹴りが食いこんだのだった。
「ぅ……っ!」
「うふふ……っ!本当に人間に昇華したのね」
敵が直結者という仮定が正しいのならばその反応速度も不思議では無い。だが対峙するシルフィーにはそれだけでは片付けることの出来ない不可解な印象を抱いていた。そして心の内を撫で回されているかのような、不快な感触がそれを裏付ける。
「……気持ち悪い…私の思考でも読んでるの?それがあなたの異能の力……?」
「ご名答。でも答えを簡単にあげるほど私は優しくないの――」
戦場が動く。交戦の始まりに乗じてこの場を離れる木葉を確認したシルフィーは、一振でその場の校舎を断絶した。数多の斬撃、それらは絶大的な切断力を誇る。力任せに校舎の一部を破壊し、足場という己と敵の架け橋を切り裂いた。
(この人の異能……本当に不快……っ!)
「そんなに嫌がらないでよ?もっと貴方を見せてっ!」
大神は崩れゆく校舎から逃げるように転送を。対してリリシアは上から追うように飛び降りシルフィーへと異能の力を振るう。見えるはずのない己の心象、そこへと他者の様相を呈した。決して混ざり合うことはないはずだったリリシアという観察者の心象が――




