59話 並行する物語の序章
ミドリとの模擬戦から日は流れ、これよりアトックは祭事のシーズンへと切り替わった。当然それまでの期間に神谷は、ミドリから弾丸のような質問責めを受けたがそれも落ち着いた頃の事だ。
気候も暖かくなり始めた清々しい朝日の中、いつものように通学路を歩く神谷は思う。見慣れ始めていた景色とはほんの少し違う事に。単純に行き交う人々の数が圧倒的に多かったのだ。
(人が多いな……これ全員がアトックに用事があるのか?)
その疑問の答えは校舎に近づくにつれて明確になった。思考通りその多くはアトックの学園祭目当てであり、正門前は既に大渋滞を起こしていた。人混みに揉まれるように間を潜り抜け、やっとの思いで神谷は門を潜る。
『生徒コード0305、神谷 鏡。認証システムオールグリーン、等級提示機能作動……』
(これが言ってた特別な仕様ってことか)
まだ学園祭の開始前という事もあり、外部者は構内には立ち入っていない。故に少し開けた校内の入口で神谷は頭上の文字を見つめた。空に浮かぶように提示された『荒涼級』という文字を。
(やべ……ミドリに見つかったらなんて誤魔化そう……)
「白いブレザー……!あれが噂の?」
「空色の髪……間違いない、現役の第一星だ」
校外のざわつきに神谷は振り返った。そして小柄な少女と瞳がぶつかる。天剣第一星、久莉穹 奏の強い疑いの眼差しに神谷は苦笑いを零す他なかった。彼女ともまた、その溝は埋まっていないのだから。
「おはよう、気分はどう?」
「……そんな目で見られたら悪くなりそうですよ」
「言っとくけど今度は逃がさないわよ。アトックの祭りはそういう場所なんだから」
「まさか天剣ともあろう人が俺に挑む気か?時間の無駄だろ……?」
「無駄かどうかは私が決める。それじゃ」
そう言い残した後に天剣第一星は去っていった。現時点で神谷はミリーシャに加えて第一星からも目をつけられた事を意味する。そしてもう一つ、神谷は気が付いてしまった事実に強がりの苦笑いすら崩したのだった。
(おいおい……あの子あの歳で星天に行き着いたのかよ)
立ち去る少女の頭上には星天の文字が。実際に交戦した頃にその片鱗は確かにあった。だがそれでも少女はまだ星天には届いていないというのが当時の認識だ。事実は分からぬとも頭上の文字が示す真実は戦慄を与える。
(天才の上に成長速度も異常かよ……これではっきりしたな。第四星との模擬戦は試合じゃなかったんだ。あの子にとってはじゃれ合いってところか)
次に奏と交える事があれば異能の篭手を使う他ない。潜入任務に対して意地になれば命を失うことさえ考えられた。再び彼女と戦う時は遊びでは済まない、神谷はそう警戒した後に自身のクラスへと転移を行った。否、転移したはずだった。
「……?」
触れたはずの自身のクラスルームの項目、だが送られた先は意図した場所とは違った。薄暗いそこは人がすっぽり収まってしまうほどの大きなビーカーが立ち並んでおり、使い方さえ分からない医療器具のような物が多く配置されていた。
(なんだここ……いや、それよりも誰が俺をここに誘導した?)
事態を掴めずとも置かれた状況を危険視し、右手に拳銃を、左手には剣を取る。部屋の両サイドには中央に道を開けるようにビーカーが並んでおり、開けた道の先には一枚の扉がある。神谷の警戒心に呼応するかのようにその板が緩やかに開いた。
「初めまして、神谷君」
「誰だよ、あんた」
「私はリリシア・フレクライト、ケーニスメイジャー研究部の一人よ」
自らをそう紹介した女性、リリシアが妖艶な顔で笑う。白衣の上からでも分かるほど強い主張を見せる女性らしい膨らみ、それを支えるように腕を組むリリシアが言った。束ねた黒く長い髪を揺らして歩み寄りながら。
「ここはアトックの地下施設なの。個人的にあなたと契約を結びたいと思ってここに招待したのだけれど、少しお話しいかが?」
「胡散臭い事この上ない。要件は聞くだけ聞いてやる」
「ふふ……素直な子は好きよ。結論から言うと探し物をしているの、その捜索を手伝って欲しいのよね」
「その目的と企みは?そして俺に与える対価もな」
「本当に話が早くて助かる男の子だこと。探し物はケーニスメイジャーに紛れ込んだ兵器……『収束機』の回収を急いでるわ」
『収束機』という言葉に神谷は眉をひそめる。単純に意味も意図も掴めなかったのだ。故にその部品について掘り下げた質問を投げた。
「それはなんだ?機械のパーツか?それとも電子データか何かなのか?」
「さぁ?私達じゃそれすらも分からないから恥を忍んであなたにお願いしに来たのよ。勿論それ相応の報酬は支払うわ、例えば……」
至近距離まで歩み寄ったリリシアの手のひらが神谷の頬を撫でる。艶かしい誘惑に満ちた瞳が交わり、彼女の空いた左人差し指が優しく神谷の胸をなぞった。露骨な上に傲慢な対価の提示に、僅かながらに苛立ちを見せた神谷が軽く突き放す。
「離れろ」
「やん、釣れない子ね」
「礼を欠いたのはそっちが先だ、遠慮なく言わせてもらうがそんな安っぽい報酬で頷くわけないだろ。それに、その収束機とやらを回収して何がしたい」
「ふふふっ……!本当にぞくぞくする。レーヴァテインの右腕は安くないわね。でもあなたの言う通りこちらの目的を話さないと信用は得られそうにないし……」
リリシアはそう言いながら近くの機材へと腰掛けた。白衣の下は丈の短い衣服を着ていたようであり、見せつけるように大きな動きで足を組んだ。そして告げる。ケーニスメイジャーが危惧する馬鹿みたいな話を。
「未来生体路線図が意志を持ったNPCだと言ったら信じてくれるかしら」
「お前もそれを言うか……あれはテイルニアの土台となるシステムだろ。システムが意志を持つなんてありえない。飛躍しすぎだ」
「残念ながらその可能性は否定できないのよ。そもそも未来生体路線図は私達人類が豊かに生を謳歌するために立ち上げたものだし、膨大な演算の往復によって未来を記すものでしかなかった」
「……そうだな、それで?」
「だから人類はあのシステムに自動的なアップデート機能を施してる。人間が作ったものなんだから、そこに記された未来へと人間が歩いて行けなくちゃおかしいと思わない?」
「……何が言いたい」
「近年から未来生体路線図はまるで言うことをきいていないらしいのよ。丁度五年くらい前からね」
未来生体路線図は膨大な未来を映す道標だ。四人の政権を中心にそこからある程度は望んだ未来を選択し、世界は未来永劫に安寧を築くとされていた。一般的なテイルニアの常識とも言える理屈であり、疑う余地など微塵もないはずだった。
だが前に聞いた天剣第六星、クラヴィス・ミソアの言葉とリリシアの言葉が重なる。出来すぎた情報の合致に怪しさすら感じ始めた神谷だが、情報を更に抜き出すため冷静な顔つきのまま問いを投げた。
「今は記された未来以外の事が起きていると?」
「いいえ、未来はちゃんと描かれてるらしいわ。けど人類は未来を選べていない。いや……選ばされているってところかしら。回避したい事象があったとしても、まるで何か特別な意思が働いているかのように人類の歩行は矯正されているらしいわ」
「……それがあんたの言う未来生体路線図の自我だと?馬鹿馬鹿しい」
「そうは言ってもあなたの表情からはそう聞こえないけれど?『収束機』って言うのはその打破に用いられるみたいよ」
『収束機』はその名の通り未来を束ねる機能があった。その全貌を知らずとも、その名からそれを察した神谷が呆れた様子で頭を抱える。目に見えない未来という媒体をまるで玩具のように扱う人類、科学の発展した社会は到底神谷には理解できない領域まで来ていたようだった。
「未来を束ねて……なんだ?すまないが俺の知識じゃ質問すら上手く言えない」
「安心して、私も意味わからないから。ただ私が聞いた限りでは、数多の未来を束ねることで新しい未来を作るということよ。言わば複数の事象によるシナジー、未来の化学反応ってところかしら」
「上層部が未来を手掛けようと悪巧みしているのは分かった。それで俺を動かす気にさせる事は無理だって事もな」
「それは困ったわねぇ……?元々収束機はケーニスメイジャーのものではないけれど、シャドウ研究会の手に渡っては世界の均衡が崩れるわよ」
シャドウ研究会。その一言に神谷の雰囲気が一気に変わった。恩師の命を奪ったとされる過激派集団であり、様々な国から秘密裏に結成された秘匿な者達。仇とも言える相手に言葉が鋭利さを増す。
「あいつらが絡んでるのか」
「あら、昔の顔に戻ったわね。私はそっちの方が好みよ」
おどけた様子を崩さないリリシアを前に、神谷は躊躇なく手の拳銃を引いた。起きた撃鉄、響く発砲音、雑な片手の射撃に見えてもその命中精度が落ちることはない。直結者だからではなく、神谷という人間の努力の賜物と言えた。
だがリリシアには当たらない。姿勢を崩すことなく、狙われた頭部を傾けた。まるで一般人とは違う時の流れを過ごすかのような、卓越した反応速度によって弾丸は背後の壁へと。
「……躊躇なく撃つ?野蛮な男の子だこと」
「非直結者なら死んでも大した事にはならない、直結者ならまず当たらない。どちらに転んでも誰も死なないだろ。お前は後者だな?裏社会の人間なら実力行使の方が早い……」
「何そんなに怒ってるのよ。あなたがムカつくのはシャドウ研究会の奴らでしょ?私にそんなドロドロの感情をぶっかけたって何も解決しな――」
「過去の俺を知っているのはレーヴァテインとフィネア、そしてシャドウ研究会だけだ」
なんの突出性もなかった過去の神谷、それは当時の政権でさえも注目に値していなかった。そして神谷自身がそれを無力という形で痛感している。だからこそリリシアの言った『昔の顔に戻った』というワードに憎悪が募る。
「お前、シャドウ研究会の一員だな?」
装着した蒼白の篭手、そこから通して全力で振るわれた刀身が剣撃を巻き起こす。それらにリーチという概念はない。刀身以上の刃が立ち並ぶビーカー共々リリシアへと牙を剥く。
「荒事はあなたに任せるわ」
剣撃を前にしてもリリシアの余裕の表情は崩れない。否、空間そのものが歪み、リリシアはおろか、立ち並ぶビーカー共々その輪郭を揺らして姿を消した。研究室を彷彿させるエリアから一転、見覚えのある無機質な白い空間へと強制的に身を移す事に。
(アトックの訓練エリア?どういう事だ……転送なんて現象じゃない……まるで夢を見せられたみたいな――)
『よう神谷、俺だよ。分かるか?』
扉も何も無いその白い箱の中には神谷しかいない。それでもなお耳に届く声だけの存在クラヴィス・ミソア。そこでようやく気が付いた事があった。リリシアとの会話も全て仕組まれたものであり、己を罠へと引きずり込むための時間稼ぎだったのだと。




