6話 天剣『第一星』
鋭い眼光と共に振り向いた金色の髪。靡く髪を押さえ、一同を見渡す女性へとその視線が自然と集まった。クラスリーダーの適任者、試験生存者の中から選ぶことへの異論の是非に諸月が叫ぶ。
「そりゃあそうだろうけどよっ…!!荒涼級も候補に入れる気かよ!!」
「……」
諸月の意見はごく一部の者を除き、皆にとっても納得のいかない材料であった。最弱の烙印を背負う者が自身のリーダーになる、それは己の鍛錬の末に得た強さという誇りが拒んだ。それを教室を包む雰囲気が物語る。ただ一人を除いて。
(荒涼級がクラスリーダーになるなんてそりゃ嫌だろうな。都合も良いし、自ら辞退を――)
「私は……荒涼級だろうとこの人も……しっかり候補として話し合うべき……だと思う」
(シルフィー……はぁ……)
神谷の思惑を上回り、シルフィーが一同の空気を両断した。慌ただしく移動する教室の関心、それがシルフィーへと集まると同時に各々が口を開く。荒涼級という存在がクラスリーダーの候補として議題すべきなのかどうか、その不満をさらけ出す者、また存在そのものが学園にいること自体を疑う者。
「ほんとにアトックに荒涼級がいるの?」
「嘘でしょ……?」
「おい荒涼級!!まさかてめぇも立候補したいだなんて言うわけねぇよな!?」
シルフィーと神谷を交互に見るクラスメイト、やや苛立ちを見せる諸月へと視線を向けて神谷が言う
。だがどこか余裕のある彼の姿勢がより諸月の苛立ちを加速させることになった。
「俺は別に候補から外してくれて構わない。自分でも荒涼級がクラスリーダーなんてないと思うよ」
「……初めましてで不躾だけど、荒涼級があの試験を最後まで生き抜いたって所から信じられないのだけど?」
試験生存者からリーダーを選ぶことを最も始めに煽った女性、疑問と共に一切の揺るぎなく瞳に映るは神谷の姿。思わず見られている方が逸らしたくなるほどに真っ直ぐな視線に、神谷は静かに目を合わせ口を開く。
「……確かに俺は最後まで試験を生き抜いた。だがそれだけだ。シルフィーがいなければこうはならなかったと思うよ」
「ほら見ろ!!荒涼級が最後まで生き抜いてたのは蒼天級の影に隠れてたからじゃねえか!!」
「諸月君、だったかしら?少し静かにしてちょうだい。シルフィー……さん?荒涼級の方と同じペアだった人の意見も聞きたいわね」
「……まずは……名を名乗って……」
シルフィーの言葉に彼女は金色の髪を肩の後ろへと流し、自身の名を告げた。どこか高慢で凛々しく、自信に満ちた表情で。
「ミリーシャ・ナルライア。等級は蒼天、シルフィーさんは?」
「……シルフィー…ハネライド。同じく蒼天」
「ついでに僕も自己紹介させてもらおうかな?」
ミリーシャ、シルフィーと続き、席を立っていたもう一人の試験生存者が口を開く。短く切りそろえた淡い緑色の髪となで肩で細身な体、吹けば折れてしまいそうな華奢な体の男性が机へと左手を着いた。クラス一同、その顔ぶれを眺めるかのように。
「僕は緋桜 翠。等級は同じく蒼天だよ。気軽にみどりって呼んでくれていいからね」
ミドリが自己紹介を終えると同時に神谷へと視線を流す。言葉を交わさずともそれが今度は神谷の番だと促すことは本人も安易に理解できただろう。故に神谷も続く。
「神谷 鏡。等級は話していたように荒涼級だ。
皆も思うところはあるだろう。だから俺はクラスリーダーの候補から外してくれて構わない」
試験生存者の四名、神谷、シルフィー、ミリーシャ、ミドリ。一同の関心が一層高くこの四人へと集まった頃に鐘が鳴り響く。それは各授業等の狭間にある合図の知らせ。張り詰めた空気が緩み、全員の眼前へと一文が表示された。
「休み時間みたいね。ひとまず、この四人の中からリーダーを選ぶことに異論はないみたいだし……皆も考えておいてちょうだい」
(『休み時間です。十分後に一時限です』ね。さて……学校内の探索でも行くか――)
未だざわつきの残る教室から神谷が立ち去ろうとした時だった。突如肩を掴まれる感覚に、振り返った神谷の視界に映るは諸月とトンガリ帽子の二人。眉間にシワをよせ、怒りや疑念が垣間見える表情に神谷は態度を崩さず応えた。彼にとってはその表情の心理が分かっていたのだ。だからこその平静。
「おい荒涼級、お前どんなインチキ使いやがったんだよ?相殺術壁も使えないくせに生き残れる訳ねえよな?」
「そうよねぇ?蒼天級に金魚のフンみたいにくっついて生き残ったんでしょ?そんなんでクラスリーダーの候補に入ったからって調子に乗らないでよね?」
「……」
突き刺さる強い嫉妬の視線に零れそうになる溜息。神谷の心を埋め尽くすは『めんどくさい』の一言に尽きた。彼にとっては強さを誇示する必要も、その理由を説明する義理もないのだ。故に神谷が取った行動はひとつ。
「あぁ、シルフィーが予想以上に強くてね。まさに金魚のフンだったよ俺は。だから俺はリーダー候補に入るどころか立候補もしないつもりだ。皆も荒涼級がリーダーなんて腑に落ちないだろうしな」
「……ちっ。たまたま先生の目に止まったからって調子に乗んなよ」
悪態をつきながら自身の席へと戻る諸月とトンガリ帽子を尻目に、神谷は教室を出て校舎内を歩き回った。その目的はヒジリから受けた任務の手がかりを探すことにある。学園の機密情報の一つ、全生徒の個人情報を纏めたファイル、これが神谷の最も必要としているものだった。
二人の生徒を守る、この任務の真の意味を理解することは現時点では難しく、神谷の予想では所属組織の持つ、未来を見通すダイアグラムから算出した任務だろうと考えていた。
(未来生体路線図から算出した情報から、二人の死者が出るって考えた方が自然……直結者が学園から出てくるって所か……?)
テイルニアに住まう一人一人の行動、結末を高精度に算出を行う『未来生体路線図』。一般人には閲覧すら禁じられた電脳世界の未来を記した膨大なデータのことだ。
当然神谷自身も未来生体路線図を見ることは叶わず、それを行えるのはテイルニアにおいて片指で足りる人数しかいない。そしてその中の一人がヒジリや神谷の属する巨大組織のリーダーでもあった。
(うっかり直結命令して取り乱したまま死ぬか、それともシャドウに喰われて死ぬか……どちらにせよ膨大な生徒全員を監視するのは無理だ)
任務を滞りなく遂行するために神谷が取るべきはその対象を絞ること。故の生徒名簿という狙いだったのだ。だが学園も個人情報を簡単に漏洩する訳もなく、そのセキュリティが高水準なことは間違いないだろう。
「……職員室か」
神谷が歩き続けて数分、足と共に視界に止めたのは職員室の室名札。だがそれはすぐさまに中から響く声に興味を逸らされることになった。
「クラヴィス君!!用もないのに職員室には来ないでください!!天剣がそんなでは示しもつかないでしょう!!」
「ふへっ!ふへっ!のぞみせんせー!怒った顔も可愛いっすね〜!!良いもの見れたんで帰りマース〜」
「クラヴィス君!!後で特別指導しますよ!!」
跳ねるような足取りで職員室から飛び出した一人の男子生徒と視線がぶつかる神谷。神谷の視界に映る純白のブレザーと頭に斜めにつけたピエロを模した仮面。どこか悪戯味の含んだ笑みを浮かべるその者と、すれ違うと共に繋がった視線が切れた。
(強いのか?今朝見た七人の中にいた一人だ……妙な雰囲気を持つ人だな……)
すれ違った男性から神谷が感じ取ったのは違和感だった。そこにいるはずなのにその事実は虚像であるかのような、輪郭を上手く掴めない何かがいた。強さの象徴とも言える純白のブレザーが、神谷の中の違和感をより加速させる。
(まぁいいか。生徒名簿があるとすれば……職員室からリンク出来るであろう情報エリアが鉄板だが……校長室か、理事長室か……侵入可能なのはここらへんが限界だろうな)
手がかりの一つとして職員室の位置を記憶した神谷が踵を返した時だった。淡い水色、空と同じくした彩色を持つ、腰ほどまである長い髪の女性が視界に映りこんだ。更に目を引くは先程の仮面の男と同様の純白のブレザー。
「新入生が入学早々職員室に用があるの?」
「いや、早く馴染めるよう学校を探索してるだけですよ。それよりその制服は……」
「浮いてるわよね、この制服…… 天剣なんて座に選ばれてるけど、皆が思ってるような座じゃないわ。そんなことより、早く戻らないと授業のチャイムが鳴るわよ」
「どうも、戻るとしますよ」
汚れ一つない真っ白なブレザー姿の女性とすれ違い、職員室へと入っていく姿を確認した後神谷は教室へと帰還した。抱いた感想は仮面の男とはうってかわり、圧倒的な『強さ』を放つ彼女のオーラへの驚きと関心。刃を交えずとも疑いようのない戦士のオーラだった。
(あれが天剣か……学生気分じゃなかったな)
教室へと身を投じる神谷はまだ知らなかった。すれ違った空色の髪の女性、それが学園七つの星の中でも一際強い輝きを放つ、『第一星』であることを。