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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 上幕
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56話 契約と嘘

 イチノブイロクにて絶世の美女へと姿を変えた神谷は、次なる面倒事に直面していた。何故か自分のクラスメイトの一人がここに訪れてしまったのだ。


「すいません、イチノエーヨンの者なんだけ……うわぁ……」


(緋桜!?なんであいつがここに……っ!)


 男子生徒が女装しているという地獄絵図にやや引いた様子のミドリが映る。だがそれ以上に神谷は、自らがそのような奇行を行っているという事実を知られたくないと思考を回す。


「実は偵察に回ったクラスメイトを呼び戻しに各教室を回ってたんだけど……ははっ」


「そ、そうなんだ」


 締めあげた声帯で高い声を返す。無言を貫くよりも攻めの姿勢を見せた神谷。だがその行動の全ては無意味なものだった。ミドリは人差し指と親指をピストルのように突き立て、それぞれの両の手のそれらでフレームを組み立てた。


 指で切り抜いた空間越しに神谷とミドリの瞳がぶつかる。楽しそうな瞳の写真家とは相反し、少し口を開いて緊張を示した表情の美女が声を漏らす。


「と、撮るな!!」


「パシャ」


「け、消せ!!」


「可愛かったからつい撮っちゃった……ごめんね?名前を教えて(・・・・・・)くれないかな?」


 悪戯気味に微笑むミドリへと、神谷の心に殺意が芽生える。顔を見れば分かってしまうのだ、この男は自身が神谷であると理解しながらそう吐き捨てたのだと。故に彼は、否、彼女は血相を変えてその手に剣を握る。


(記憶から消すしかない――)


「はははっ!そっちから来てくれるのかい?でも構内での争いは罰則だし、今はダメかな!!」


 アトックという広大な校舎で壮大な鬼ごっこが幕を上げた。楽しそうな表情のまま翠色の髪を揺らす男前な生徒と、その後を追う絶世の美女。その日校舎には一つの伝説が生まれた。


 それは生徒名簿を覗く事が出来る天剣でさえも知らない幻の生徒、それも同性である女生徒から見ても整った顔立ちの美女がいると。


「君から熱心に向き合ってくれるなんて嬉しいよ!」


「うるさい!!」


 珍しく焦った神谷はすれ違う他の生徒の言葉を聞く余裕はなく、ただ少し前を走る記憶媒体の抹消に全力を注ぐ。ミドリは階段を踏むことなく全てを飛び降り、踊り場にてその慣性を殺すように屈み込んだ。


 この追いかけっこを戯れと認識しているのか、前を行く緑色の頭は防壁を施していない。だからこそ神谷はその一瞬の停止を見逃さなかった。共に階段を飛び降りると同時に、空いた左手へと拳銃を握る。


(ちっ……!この格好じゃ目立つ……!撃ち抜くチャンスだが階段は人通りが少ないし……仕方ない)


 直結者だからこそ見える刹那程の射撃チャンスを犠牲に、神谷は己の変装を全て解除した。化粧の乗った顔は元の男性のものへと、教師を連想させる衣服はいつものブレザーへと。だが刹那の狭間でウィッグの一部を切断し、所持物としてデータへと戻した。後の展開を見据えた行動である。


 そのままミドリは折り返した階段を先程と同様に飛び降りると予想していた神谷は足を止めた。それを裏切り、緑色の髪の男性は神谷を影に隠すように背中を押し付けてきたのだ。あたかも自分はそこにいないかのように彼は誰かに言葉を投げる。


「緋桜!神谷いた?」


「いないよ。ミリーシャの方は?」


「こっちもいないのよ。あいつまさか帰ったんじゃないでしょうね?まぁいいわ、引き続き探してもらえる?」


「分かったよ」


 踊り場から更に下、五階の廊下に位置していたであろうミリーシャの気配が遠のく。振り向いたミドリはウインクをして見せた。龍奈のようなノリに思わず頭を鷲掴みにしそうになる衝動を抑え、神谷は敵か味方かを簡潔に問う。


「どういう状況でお前は誰の味方だ?」


「簡潔に言うと、神谷が去った後に天剣第一星がうちのクラスに来たんだ。君を彼女の元に連れてきた人は模擬戦を受けるっていう餌を持ってね」


「……必死すぎだろ、あいつ」


「僕もその餌に釣られた一人だとは思わないのか?」


「目が違う。そもそもそれが事実ならさっきのミリーシャと協力していれば終わりだろ。一体俺とどんな交渉がしたいんだよ?」


「話が早いね!今朝言った通りだよ、僕と模擬戦をして欲しい。いつでも、君の都合の良い日で構わない。それを受けてくれた後にはさっきの写真も消すよ」


 つまりは先程のコスプレ写真は、約束を反故にしないための担保として利用されることになる。だがミドリの提案はその全てが神谷にとっては都合の良い話だった。


「なるほど。場所も、日時も、全てこちらで決めて良いんだな?」


「勿論!受けてくれるのかい!?」


「匿ってくれた礼だよ。これで貸し借りはなしだからな?ていうか……天剣第一星との模擬戦を蹴ってまでどうして俺なんかと……」


「正直な事を言うと説明は出来ない。今朝はああは言ったけど根拠なんてないんだ。直感、てやつかな?銃術一つ取っても神谷が優れていることは確かだし、やる時にはそっちにも勝ち目があるように相殺術壁(イレイザー)は使わないよ」


 既に模擬戦の形を組み立てつつある神谷は即答した。受ける事にしたミドリとの模擬戦、その場所と日時、そして彼が自ら課そうとしたハンデは必要ないと。


「ハンデはいらない。日時は今晩十時以降のマーケットエリア、それでどうだ?」


「……!」


「それから、下らない鬼ごっこは終わりにしよう。イチノエーヨンに戻ったら言っといてくれ。俺は生徒会室に行ったってな」


 事態の悪化に伴い、神谷はこのまま逃げる方が面倒だと判断したが故にそう言う。メニュー画面を開いて転送の項目を触れた。前と同じくして生徒会室前へと座標を移すために。


「本当に相殺術壁(イレイザー)ありで良いのか……?」


「ああ、でも降参って言ったら辞めてくれよ?」


 ミドリの微笑みと共にその視界が一転する。相も変わらず人通りの少ない廊下へと。だが今回はその言葉通りに少ないということ。僅か一名、廊下の壁に背を預けた一人の天剣が待ち伏せていた。


「クラヴィス……ミソア」


「こんちゃーす。神谷、だっけか。そろそろ来る頃だと思ったんだわ」


 純白のブレザーに神谷と同じくして黒く短い髪。右目尻の少し外側に斜めに取り付けた狐のお面が特徴的な男、クラヴィス・ミソアが不敵に笑う。共に歩み寄り、一メートル程の距離まで近づいた頃に神谷が言う。


「第一星に呼ばれて来ました。彼女は中に?」


「いいや?(やっこ)さんならあんたを探しに行ったよ。慌ただしいボスですまねぇな」


「つまり今ここには俺とあんたしかいないということですね?」


「中に俺の知人がいるが……まぁいないと思ってくれても良いか。何か聞きたい事がある顔だな」


 クラヴィスからは入学当初に意味の掴めない言葉を投げかけられていた。『出しゃばるな』というものだ。当時聞いた声色と目の前のものが同じである事は確かであり、その真相を問う。


「出しゃばるなよ、っていうのは?」


「個人の情報網からお前の事は大体掴んでる。秘匿部隊の右腕、神谷 鏡。過去に身寄りを失った孤児の一人であり……ってそんな事はどうでも良いか。お前の受けた指令の片割れ、そいつからは手を引いて欲しいんだわ」


「……はいそうですか、と素直に引ける話でもない。協力的な姿勢を見せてほしいならそれなりの対価を見せてほしいものだが」


「話が早くて嬉しいねぇ!あんたには既に借りがあるんでね。何が知りたい?」


「借り……?」


 身に覚えのない媒体に神谷は眉間を寄せた。知り得ない何かに利用された、それ程気味の悪いものはない。言及するまでもなく、クラヴィスはその答えを言う。


「ボスの異能講師を受けてくれたろ。鍵開けてたの俺なんだわ」


「お前が?なんのために?第一星に異能を知らせて何が望みだ?」


「俺は真実を一つ教えるつもりだが、それで良いのか?」


「めんどくさい奴だな……!じゃあ俺の任務を知っているならあと一人は誰だ?その口振りから察するに知ってるんだろ」


「さぁ?その片割れは知らないが、お前の請け負う任務に関係することを一つ。未来生体路線図(ダイアグラム)の機能の一つは自律思考型のAIとして存在するって事だ」


 クラヴィスの言葉を一つ一つ受け取っていた神谷の脳内思考が停止した。単純に理解の範囲外にある言葉であり、端的に言えば『お前は何を言っているんだ』という状況に陥った。


未来生体路線図(ダイアグラム)……?その機能の一つ?」


未来生体路線図(ダイアグラム)は毎日……いや、毎秒か。たった今この瞬間にもあれは最適化(アップデート)を繰り返してる。その脆弱性から生まれ落ちた感じの人型の何か、そういう存在がいるってことだよ」


「……理解に及ばないな。未来生体路線図(ダイアグラム)とはいえ、あれは世界の根幹となるシステムの一つに過ぎないんじゃないのか?」


「秘匿部隊の右腕と言えど、まだ常識の枠の中で踊ってんだな。これ以上は別料金だぜ?そもそも、チップを預かる時間もねぇみたいだがな――」


 言及する間もなくクラヴィスは蜃気楼のようにその輪郭が揺れた。見て分かるのはその場から姿が消えたことだけ。カメレオンのように景色と同化したのか、そもそもこの場に本当にいたのか、それさえも疑わしいというのが神谷の見解だ。


 心の奥底までは見えずとも、神谷はある程度目を合わせただけでその者の実力を推し量る事が可能だ。言葉を交わせばより明確で、より多くの人物像を手に取る事も叶う。だがクラヴィスという人間は実に掴みどころがないように感じたのだった。


「おや?君は新入生の……」


「あなたは……」


 階段から姿を見せた男性は一度だけ顔を見合わせた人物であり、共に心の内に残っていたその印象を思い出す。神谷にとって辛うじて残るのは、入学式の際にシルフィーに絡んでいた荒くれ者を追い払った人物だということ。


「初めまして、ではないけど久しぶりという間柄でもないよね。俺は風島(かざしま) 木葉(このは)、君は?」


「神谷 鏡です。その節はどうもお世話になりました」


「神谷君ね。どうしたんだい?天剣にご挨拶?残念だけど彼らは滅多なことではその時間を割いてはくれないよ?」


「むしろ俺がその時間を割きに来た、って感じですかね。呼ばれたんですよ、第一星に」


「……へぇ、詳しく聞かせてもらっても?」


「別に大したことじゃな――」


 この日は神谷にとって本当に慌ただしい一日となる。言葉を言い切る間もなく、待ち人の登場に静かな廊下に大きな声が響く。天剣第一星、その嬉しさを内包した声が。


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