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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
一章 上幕
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52話 頂点の戯れ

 翌日、神谷は桜から預かった情報の整理を行いつつ、馴染みつつある朝の教室に腰を落としていた。一つ、福雅とのコンタクト方法の模索、加えて学園祭に生じるセキュリティの緩和について。


(学園祭は外部からも多くの人が来るって聞いたが……その殆どは他校の生徒や教員。世界最高峰と呼ばれる学び舎の偵察だろうな。その裏に紛れ込んだネズミの処理をしろって事か?)


 アトックの頂点に君臨する天剣ともなれば、他者にとってその創術は美術の域に達する。故に学園祭に足を運ぶ外部者は、美術館に展示された絵画を眺めに来るようなものだ。厳しい認証システムを設けてはいても、招かざる客が紛れ込む事実は否定出来ない、というのが神谷の見解だった。


「おはようございますっ!!出席確認、全員いますね!ちょっと急いでますのでよく聞いてください!」


 やや慌てた様子のノゾミ先生が転送から口早に言う。雑談でざわついていた生徒達が一斉に席へと着き、先生の言葉を待つ。静まり返った教室から一泊置いて彼女は言った。


「皆さん、前にも言ったように天剣は自由が与えられています。それでなんですが……どうやら第一星と第四星がグラウンドで模擬戦をやるようでしてっ!その……」


 少しニヤついたノゾミが勿体ぶるように間を開けて一同を見渡した。


「見に行きますか?」


「「「行きます!!」」」


「そう言うと思いましたっ!学園祭に合わせての最終調整らしいので、邪魔にならないようにくれぐれも注意ですよっ!」


 天剣の模擬戦に興奮を隠し切れない生徒達の中、神谷もほんの少しの関心を抱いていた。実際に対峙した天剣第一星、その強さに他の者はどう対抗するのか、異能という隔てた次元に位置する武器もなく、同じ土俵であの少女にどう立ち向かうのかと。


「それでは行きますよ〜っ!!」


(楽しみだな……あの化け物と真っ向から創術をぶつけ合う光景は――)


 転送の光から一転、数十メートル離れた位置で発生した想像同士の衝突に神谷は耳を塞ぐ。神谷のクラス以外も同じように観戦しに来ており、その他大勢の者も皆等しく、強大な想像の鍔迫り合いから発生した不快な音に耳を塞いでいた。


 絶えず黒板を引っ掻いたかのような音色の中、見覚えのある移動術によって一人の少女が神谷の視界へと映りこんだ。飛び退くように空へと転移した空色の髪、右手には長剣が、左手には突撃銃(アサルトライフル)が添えられて。


「アハァ!!ボスやっば……!!当たんないだけどぉ!!」


「相変わらずなんで劣勢の方が楽しそうなのよ……!あんたは!!」


 奏と燐を中心に再び想像の嵐が吹き荒れる。生徒会室で見せたものはお遊びだったのだと神谷は理解した。燐から放たれた基礎創術の一つ、雷を見ても常軌を逸していると。


 人を包めるほどの太さの稲妻が燐から七本迸り、奏の目の前で液体のように飛散した。相殺術壁(イレイザー)と衝突しても尚そのエネルギーは完全には消え失せておらず、そこから更に意志を持つかの如く稲妻が湾曲しては奏へと牙を剥く。


(直結者じゃないと何が起きてるのか分からないんじゃないのか……これ)


 雷を用いた攻防は光の速さで行われる。初撃の発生から防壁への被弾、飛散してからの追撃、そしてまた防壁との衝突。加えて奏は左手の突撃銃の引き金を絞り、縦横無尽に弾丸を転移させていた。


 燐の雷は時には奏の弾丸を撃ち落とすような軌道を描くこともあり、神谷の思考通り並の者では何が起きているのかを理解することすら難しいと言える。可視化できる(・・・・・・)部分でさえ複雑に想像の弦が絡み合う光景だった。


 だが見えている神谷だからこそ奏に強い違和感を覚える。まとわりつくような稲妻の創術を相殺術壁(イレイザー)だけで受けきる力量、その偉業は賞賛には値してもどこか詰めの甘い使い方だと。


(『消失』……媒体を消し去る創術だろうが何故もっと直接的な使用をしないんだ?俺との交戦時もそうだったが……あれをより直接的な攻撃に回せば戦闘にすらならないと思うんだが)


 直結者の目には『消失』の力は手加減を表しているようにも映る。否、第一星の戦い方はこれ以上の強さを拒んでいるかのようにさえ見えた。まるで出口を見て見ぬふりをする籠の鳥のように。


 絶対的な消失の盾、そしてあくまで距離を消し去る転移術への応用。光速の攻防を実現させているのはそれらの単純なカラクリだけ。単純な創術の特質だからこそ、改めて神谷は奏の天賦の才を認める事になる。


「これならどう…かなァ!!」


 風の想像を纏った燐が加速した。吹き矢のように風の推進力によって距離を詰めたのだ。突如神谷はその光景を見せられた(・・・・・)ような錯覚に陥った。自身の意思とは別の、見えない何かの作用によって――


(紅月から目が離せない……?)


 妙な感覚は自分だけに訪れたものなのか、はたまた他者もそうなのか。その確認のために周りを見渡そうとさえ神谷はしなかった。否、したくないという表現が正しい。紅月という女性から目を離せない、それこそが天剣第四星の描く創術なのだから。


(気持ち悪いな……植え付けられた観念を強制的に占有されるってのは)


 ある程度創術の特質を掴んだ神谷は、与えられた意識を強引に振り切る。気を抜けばまた視線を紅月から離せたくなることだろう。だが逸らした視線の先、そこでノゾミと目が合う。


 殆どの生徒達はその意識が紅月へと奪われている。故にノゾミが神谷へと展開させた相殺術壁(イレイザー)など気にも止めることはない。小さな声で教師は青年に向けて言った。


「凄いですね。自力で、しかも創術もなしに振り切るなんて」


「……気持ち悪い事に変わりはありませんよ。それより、これじゃあ見学の意味がないんじゃ……」


 最早他者は紅月や奏の創術に関心を向ける意思はない。あるのはただ紅月への視線誘導だけ。強制的な意識の占有、紅月のそれを攻撃(・・)と認識出来ている者も少ない事だろう。もっとも、観戦者である第三者だからこそそれで済んでいた。


「そうでしょうね〜、奏ちゃんにはもっと強烈な想像領域を伸ばしていると思います。届いていませんが……」


「……っ」


 神谷の視界が再び二人の天剣へと向く。距離を消失させた奏の幾重もの弾丸が多角から紅月へと襲いかかるも、加速した四星はそれらを置き去りに本体である少女へと牙を剥く。風を纏った体、その手には剣を、その表情には狂気を貼り付けて。


「アハァ!!つれないねぇ!ボス!!」


「冗談じゃないわよ……!思考の中に入ろうとして来ないで!!」


 紅月の創術は星天の域へは届いていない。だがその目前までは来ている事は確かだと神谷は予想する。間近で観戦していても尚、奏へと伸ばす四星の想像領域は見えない。見えない世界で彼女らは一体どんな攻防を繰り広げているのかと、神谷は怪訝な顔つきを見せた。


「神谷君も見えませんか。凄いですよね燐ちゃんの創術は……精神干渉というテーマはやろうと思ってできるものじゃありませんから」


「だな……極めれば他人を操る事さえできそうだ」


「ですね。今の彼女にはまだ難しいかもしれませんが、感覚、感情、観念といった意識への干渉はやがてそこへと辿り着く事でしょうっ!流石は我が校の誇る生徒です!ですが……」


 激しい攻防を遠方から眺めていたノゾミが不敵に笑う。紅月の事を賞賛していても、その心の中ではより誇れるものがある。自身ではなく、自らが産み落とした娘はそれを凌駕すると彼女は言った。


「奏ちゃんはもっと凄いんですよ――」


 その瞬間にグラウンドはガラスが破裂するような爆音を掻き鳴らした。空や大地といった空間へと走り出した亀裂が砕け散ったのだ。砕けても尚、景色が変わることは無い。不可視な紅月の領域、奏がそれを真っ向から力ずくで破壊したことを意味する。


「悪いけど燐、今回も私の勝ちよ」


「いぃ……っ!?ボスやば……っ!」


 観戦者全員にまで及んでいた紅月の創術は消失した。紅月の演算を第一星が完全に掌握したのだ。吹き矢のように加速していた彼女の体、そこから鞭のように振るわれんとしていた腕が一定の区間から消える。


 何故ならばそこは奏の半径七〇センチ以内であり、凡人では踏み入ることの許されない絶対的な領域だから。常人とは一線を画する天才の相殺術壁(イレイザー)、そこは奏の特質が最も色濃い場所なのだ。答え合わせを終えた一星にとって、演算を従来の形に戻したとも言える。


「色んな角度から攻めたら入れると思ったのかしら?甘かったわね」


「やばすぎっ!ボス……アハァ――」


 そして戦場は終幕を迎えた。彼女の制御によって転移した無数の弾丸が紅月の体を狙う。防壁などあってないようなものだった。絶対的な消失の力を前に、如何に天剣第四星の座を預かる者であってもそれは理不尽な理だ。


 放流したダムの水を生身の人間が止められないように、奏の消失の力を前に紅月の相殺術壁(イレイザー)は呆気なく砕け散る。幾度となく弾丸は多角から華奢な体を貫き、四星は力無く伏せたのだった。


「凄いな……あんたの娘は」


「でしょう!?そうでしょう!?天才なんですよあの子は!!おーい!!奏ちゃーん!!凄いですねー!!」


 高揚を抑えきれない様子のノゾミに神谷はやや引いた。そして先生が手を振る先に視界を送るとそこにはそっぽを向いた第一星が。


「おい先生、顔逸らされてないか?」


「うぅ……最近反抗期なんですぅ…お母さん悲しい……」


「で?あんたと第一星はどっちが強いんだ」


 化け物のような強さを見せつけた第一星ではあるが、その育ての親であるノゾミの底が知れていない事も事実。好奇心から問いかけた神谷だったが、その答えを聞く間もなく歓声が一帯を包み込んだ。


「「「すげぇぇぇ!!」」」

「な、何が起きたのかよく分からないけど……!分からない事が凄い……!」

「他者には見えない想像……俺も頑張らないと!」

「久莉穹ちゃん可愛い!!ファンになります!!」

「ボスかっけー」


 群衆の中に聞き覚えのある声が混じっている事に神谷は気が付いた。だがその姿は見当たらず、観戦の時間は終了を迎えることになる。否、それは神谷にとって早々にその場を逃げ出したい事故が発生したからだ。


「奏ちゃーん!!こっち向いてくださいーっ!!」


 ノゾミに対し、奏が――


「うるさい!!」


 創術も何も関係なく、ただ第一星の華奢な体が手の長剣を投擲した。無論、彼女本人にとってそれはノゾミを狙ったつもりのものだった。だがそのコントロールはやや外れ、真隣の神谷の首へと飛来する。


「うぉぉぉぉ!?」


 予想していなかった出来事に神谷は直結命令(ダイレクトリンク)の恩恵を最大限に活かす。生存本能が無理矢理そうさせたとも言える。逸らした上体、回転する長剣はその所作によって彼の鼻先スレスレを通り抜けたのだった。


(危ねぇ……!ヤバい、今のは露骨すぎたか……?)


 常人離れした反応速度を意図せず披露する形になってしまったが故に、ゆっくりと上げた視界の先には望まぬ表情の天剣が。最強に恥じない天剣第一星、そこから送られる強い関心を秘めた瞳があったのだった。


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