45話 未来の観測者
蒼炎の白夜が奈落を照らした頃、深夜とヘルガは強制転送によってその場から切り離されていた。だがそれは神谷でも、シルフィーの力でもなく、此度の顛末を願った政権によるものだ。
「おかえり。深夜、ヘルガ」
ヘルガにとっては全く見覚えのない場所だった。見てわかるのは、長い長い階段が螺旋状に下方向へと連なり、自身はその頂上にいるということだけ。円形の足場は直径三〇メートル程しかなく、ガラス張りの床の内部は三本の針が動く。
巨大な時計の足場。それを数秒見渡したヘルガが政権へと問う。
「あんたが政権か?」
その質問には理屈も何も無く、ただ対峙した女性の放つオーラがそう感じさせていた。事実ヘルガの読みは正しく、政権が言葉を返す。
「うん。あのままだと君らを失いそうだったから避難させたの。あれ……?し、深夜?なんか……お、怒ってる?」
「……いいえ?ユーリ様は今回も全てを話してはくれなかったのだと、少し落胆しているだけです」
「だ、だって恥ずかしいじゃない……未来生体路線図にはない未来を導くなんて、夢も通り越してただの虚言にしか聞こえないと思うよ……?無理だって笑われる夢を語る事ほど恥ずかしいものはないってば」
靴底を鳴らし、政権は足場の端まで移動した。何処と無く遠方の夕空を眺めるユーリをヘルガは目で追う。その瞳には怒り、憎しみ、その他も含む様々な色が内包しており、彼にとって最も許せなかった世界の事象に問いを投げる。
「おい政権、サーベラもあんたの夢のために死んだのか?俺の怒りを頭のおかしい学者やシルフィーに擦り付けようとしてたってんなら……今ここでお前を殺す」
ヘルガの殺意に政権は視線すら向けることはない。殺意の表れとして手にした蒼白の日本刀、それと共に隣の深夜がハルバードを握る。
「やめておけ。俺がお前を殺すことになる」
「やってみろよ堅物深夜マン。俺の思惑も、決意も手の内ってんならムカついてしょうがねぇぞ……政権」
怒りを顕にしたヘルガに対し、政権が。
「言い訳はしない。ただ勘違いしているようだから言うけれど、何も私は全ての媒体において思い通りに国を導くことはできません。私に見えるものはあくまで世界の示した選択肢だけ。選ぶことは誰にもできない……願った結末へと誘導を促す事しかできないんだよ」
「分かりやすく言えよ!!難しい言葉並べりゃあ誤魔化せるとでも思ってんのか!」
「そうだね、難しい事はなしにしよっか?ヘルガ、君は死ぬしかない未来を見てどう思う?」
「は?」
「例えばの話だよ。抗っても死ぬ、諦めても死ぬ、助けを求めても死ぬ、例えどれだけ運命の道から外れようと遠回りしても、結局行き着く先は一つだと……そう言われたらどうする?」
「……そんなの――」
「やってみなければ分からない?そうだろう?私も君と同じなんだ。誰が未来生体路線図を絶対不変のものだと決めたのか……私は限りなく確約された未来を変える為ならばどんな手でも使うつもり。それこそ君の決意も、誇りも……全部ね」
政権の計画は世界から見ても異端なものだった。高所から落ちれば人は死ぬ、直結者にとってはそんな常識を覆す程に不可能な事に等しい。絶対に無理だ、そんな感想は他者のもの。政権にとって未来生体路線図を覆す事は揺るぎのない決定事項だった。
「そうかよ……!だったらせめて!サーベラの仇くらいはとらせてもら――」
怒りを顕にしたヘルガが蒼白の日本刀をかざす。だがすぐ様に深夜の横蹴りが脇腹へとめり込み、ヘルガはガラス張りの床へと伏せた。
「――がはっ!」
「やめろ、ここは争いから最もかけ離れた場所だ」
「ふざけんなよ……!お前の好奇心一つでサーベラは死んだも同然じゃねえか!!未来生体路線図を歪めるためなら命すら弄ぶのかよ!!」
そこへと政権が。
「あなたがサーベラに想いを寄せていた事は知ってるよ。あなただけではなく、私は国内、国外、世界の人類全てからいつしかその怒りと恨みを一身に受けることになるだろうね。勿論私はそれから目を背けるつもりも逃げるつもりもない」
自らの願いの実現、その達成までは死ねないと政権は言う。
「でもそれは今じゃない。約束を果たせた後は……公開処刑でもなんでもすれば良い。それまでは全ての繋がりを利用する……ヘルガも、深夜も、オリオンも……未来生体路線図も……ね?」
「イカれてんのか!!」
這いつくばったまま政権へと蒼白の日本刀を投げ穿つ。だが政権は首だけを傾けそれを躱した。刀身は床の円周上にある見えない壁へと阻まれ、静かな空間へと響くは異色の音色。
「何も貴方自身も含め、人類に『こうしなさい』と人生を縛ったりはしません。一人一人の行動基準と願いを元に……私は世界を導きますから」
「どこまで見透かしてやがる!!その言い分じゃあ……!自ら選択したものも結局はお前に選ばされてるだけじゃねえか!!」
「そういう捉え方も哲学的で面白いね。選んだつもりが、それすらも私の用意した別れ道……どう捉えるかは自由だよ」
これ以上の討論は無駄かと、解せない表情のままヘルガは歯を食いしばった。怒りを正面からぶつけても尚、政権から揺るぎのない決意のようなものを感じたのだ。冷静で淡々としていても尚、その奥底には狂気にも近しい何かがあると。否、彼女の冷静さがその狂気をより際立たせていたとさえ言える。
「それで深夜、あなたは私に何か言いたいことは?」
「……あいつはなんですか?」
「……えへへぇ!すっごいでしょ!?私もまさかあそこまで秘めた力があるとは思っていなかったけどさ!あっ!でも彼一人では元々あそこまではできなくて――」
「違います。落ち着いてください。あなたと私では知識も常識も違いますので、もう少し次元を下げた地点からお話しして頂けたらと思います」
「……コホンっ」
やや取り乱した様子だった政権にヘルガは目を丸くした。まるでそれをなかったかのように短く咳払いをした後、ユーリは言う。
「異能神装を二つ使っていた……って所から?下すぎ……?」
「……いえ、知識及ばす申し訳ありません。そこからお願いします」
「簡単な話だよ。彼は他者の心を映す、だからシルフィーの心象を自らの異能に映し出しただけ。あくまで他者の心を模倣するだけなんだけど……それを具現化させたのはもっと別の力」
「と、言いますと?」
「切る力だけじゃ未来の枝は床に落ちっぱなしだよ。悪いけれど、彼は私だけの特別な人間じゃない。だからこれ以上は言えない……かな?」
口を閉ざすユーリへとヘルガが問う。
「私だけ……ね?後はフィネアか」
「……あの子は託したのさ。自らを生と切り離し、未来生体路線図の呪縛から離れることによってね。結果、彼は代行者の願いに僅かながらに届いたように思うよ」
此度亡くなるはずだったシルフィー・ハネライドはその生命を繋いだ。その鍵の所有者はフィネアの想いを引き継いでいる。それを知っている政権にとっては、此度の結果は既知の事実であったとさえ言えた。
未来生体路線図にはない未来を描いた政権は、言わば見えない未来の観測者だった。大神の研究も、ヘルガの誇りも、神谷の強い意志も、シルフィーの望みも、人が放てる全ての媒体を考慮し、確約された未来を切り崩す。たった一つの約束を果たすために。
「さて、時間が押してるから解散だね。私はもう一人の賢い人の所に行ってくるよ。オリオンの小さき人の処罰についても考えないといけないし」
「待てよ政権!あんたと話ができる機会なんざ早々ねぇ……!もっと聞かせてもら――」
ヘルガの声を断ち切る一人の声、階段を静かに上がる足音と共に金色の髪が揺れる。
「貴方にわざわざ出向いてもらう必要も無いさ。二ーライア卿」
「うわぁ〜?良いタイミングで来たね!ヒジリ」
「時間だろう?ヘルガ……だったかな?彼女のスケジュールは一秒単位なんだ、悪いけど少し借りるよ」
「レーヴァテインの……ヒジリ」
ヘルガにとってヒジリは初対面だった。ただ一つ彼について知っていることがあるとすれば、レーヴァテインが絡んで来る任務は必ず失敗するということだけ。それも明確な任務遂行の阻害を受ける訳でもなく、結果として失敗する事がほとんどだった。
「おたくも中々に食えねぇ顔してんな」
「どうも。それよりも二ーライア卿、オリオンの諜報員に対してはどのような処置を取るつもりだい?」
「……『抽出機』で記憶の改竄、辺りが無難じゃない?その顔は……君にはもっと良い案がありそうね」
「シリウスの牢獄を持ってしても所詮は電子データ、彼を物理的に捕らえる事は不可能……記憶を改竄する君の案が最も平和的だろうね。けれど二ーライア卿、彼を泳がせる事は最悪戦争になるかもしれないよ」
ユーリとヒジリの会話の核心を理解出来ずにいたヘルガ、それぞれを見渡した末に深夜と目が合う。深夜もまた理解出来ずにいたものの、かろうじて戦争の発端となりえる媒体において言葉に起こした。
「それは被検体の事か?」
「いいや、シルフィーは確かに兵器という隠れ蓑に包まれていた。だがそれもキョウに秘められた想いの観測、そのための欠片に過ぎない。既に彼女単騎では運命に介入する事は不可能であり、諜報員にそれを知らしめる手立てもある。だがオリオンは誤魔化せても……シャドウ研究会はそうもいかない」
「つまり……?」
ヒジリの言葉を飲み込めない深夜へとユーリが。
「シャドウ研究会……あの方達は未来生体路線図に熱心なんだよ。目に見えない確約された運命へと触れる事ができる神谷君に興味を持たない訳がない。私としても彼をあの方達の手に渡すのは頷けないし……最悪戦争という形で話し合う未来もなくはない……ね」
強引な手も辞さない、そう告げたユーリへとヒジリが少し驚いた顔を浮かべた。だからこそ彼は問う。もう一つの隠された計画について。
「……なるほど?二ーライア卿のその口振りから察するに、並行していたもうひとつの計画は……」
「うん、最悪の場合はシャドウ研究会には天剣を当てる。さて……行こうかヒジリ」
ユーリの言葉にヒジリが頷いたのを合図に、二人は転送の光によってその場を後にした。残されたヘルガと深夜へと沈黙が流れる。先に口を開いたのは深夜だった。
「どれ程近くに寄り添おうとしても、あの方の底は何も見えないものだな」
「てめーが忠誠を誓う政権は狂ってんぞ?普通の人間は道のない所は回り道して目的地に行くもんだ。それを……」
道がないのならば作れば良い。それは未来生体路線図の根本を否定するものであり、政権は神谷とシルフィーによってその一歩を成し遂げられたと言える。そしてヘルガは同時に悟る。彼女の奥底にある願いを。
「システム的に記された未来に納得せず……それを新たに作り出そうだなんて、未来は自分のものとでも言いたいのかよ、政権は」
「ヘルガ、俺達がいくら知恵を絞ろうとあの方の考えには足元にも及びはしない。もう分かっただろう?帰るぞ、俺達も」
不満気な表情のままヘルガは踵を返す。一つの物語の終幕を迎えた世界へと。そしてまたヘルガも神谷と同様に新たな舞台へと飛び込む事になるだろう。
それは政権に指示されたからではなく、己の意志を持って取る選択となる。何故ならば個々の強い意志、それらを紡ぐ事こそが政権の手法なのだから。例え理不尽な環境を与え、強引にその選択を取らせる事になったとしても。




