42話 拒絶の心象
自らが引き起こした空間の崩壊現象、エリアの一帯を壊滅させたシルフィーでさえもその理屈を説明することは出来なかった。だが今の彼女にとってそれはとても些細な事であり、考察するに値しない。
胸を埋め尽くすは仲間への罪悪感。拒絶の力を持ってして全てを捨てた。切り捨てたはずの感情でさえ、未練たらしく、まとわりつくようにシルフィーの胸を痛めつける。
(これで……良いはずなのに……なんで、こんなに胸が……痛いんだろう)
意図せずして転送されたエリア、扉も窓もなく、出入りする事さえできない教会のような場所。そこで彼女は理解できない感情からその瞳に雫を貯めた。否、理解できないのではない。理解したくないからこそ、その雫は答えを語る。
(あぁ……そっか……私は二度と会わないって……孤独を選んだから……サーベラが死んだ時に感じた心の穴は……こういう事だったんだ……)
永遠の別れ。その意味と自らが選択した道に涙の理由を知る。切り離した仲間の存在はシルフィーに新しい感情を教えた。それは後悔。だがすぐに自問自答の末に得た感情に首を振る。
「違う……それだけ大事な人だから…これで……良い」
後悔という念をかき消すよう、そう自らを言い聞かせる。その手にはガラスの剣が。自らの心を映し出した刀身を前に、シルフィーは創術という既に失った幻想の力に唇を噛み締めた。
創術、異能、それらは共に彼女にとっては透明な刃。照らす光が無ければ、その輪郭すら他者は認識が難しい。最初からそこに答えは潜んでおり、自らの存在を無意識に投影した願望であったのだとシルフィーは理解する。
フィネアという割れた存在の一欠片。砕けたガラスに残るものは触れた者を傷付ける鋭利さだけ。自らの価値をそう決めつけた彼女は涙を拭う。教会エリアでただ一人、全てとの決別を決めた少女へと事態の変化を知らす。
「浅霧…深夜……」
空間を切り裂き、蒼い斧槍を手にした浅霧が姿を表した。だがどこかその表情は不満そうであり、すぐ様に異能の武器を立て掛け壁へともたれかかった。
「心配するな、俺はただの見届け人だ。時期に役者は揃う」
「……一人にして。今は…何も考えたく……ない」
「……それがお前の意思ならば俺をはね除ければ良い。無論、それだけの力があるならの話だがな。だがそれはオススメしない……俺の事は壁と思っていろ」
浅霧の言葉は敵意はないと伝えるものだった。シルフィーにとっては自らに触れることはない、事の顛末をただ眺めるだけの傍観者、そう感じさせた。だからこそ異能の力による火蓋は切られず、暫しの沈黙が続く。
「……」
「……」
自らに物理的にも間接的にも触れてこない浅霧を前に、シルフィーは問う。
「……私は…兵器なの?」
「……違う。自惚れるな」
「なら!!なんで私なんかを作ったの!!感情を与えて……!わざわざ大切だと思える人を用意して!!なんで奪われるだけの人生なんかを与えたの!!」
シルフィー本人でさえ驚く程の大声に深夜は静かに言う。人為的に生まれ落ちた彼女の意味合い、奪われるだけの人生に込められた他者の願いを。だがそれはシルフィーには到底理解できない、知識外の言葉しかなかった。
「死者は定められた運命には映し出されない。だからこそ代行者は託したんだ。その分身体へと……二つに切り分けた異能の半身をな――」
その言葉を遮るように空間が切り裂け、傷だらけの土屋が転がり込んだ。血走った瞳と切らした息、焦りと苛立ちを証明する表情をしたまま荒らげた声を上げる。
「シリウス!!謀ったな!!」
そこへと深夜が。
「謀るも何も、虫の思惑など掌握済みだ」
「クソッ!!」
「お前の率いたオリオンの隊は海七一人にも歯が立たなかったようだな。それでどうする?虫の持ち帰りたかった情報は目の前にいるが」
「はぁ……!はぁ……!浅霧ぃ!!」
突如として現れた土屋。彼は崩壊するエリアから離脱した後、その先で待ち伏せしていた海七に返り討ちに合っていた。それも自らが率いた真の仲間も共にだ。だがその事実をシルフィーが知る由もなく、ただ困惑の表情を浮かべる。
「俺は手出しはしない。やりたいようにやれば良い……虫の起こす稚拙な行動の未来など微塵も興味はないがな」
「クソ……!クソ!!最初からお前も餌だったのか!!模造品が!!」
「模造…品……」
「何をいっちょまえに人間面してるのさ!フィネアという神の再建のために作られた欲望の塊だろうが!!それすらも餌とは……!!ケーニスメイジャーァ!!何が真の目的だ!!」
模造品。
土屋が口にしたシルフィーの存在に本人が暗い顔を示す。劣化した誰かの代わり、自らの思考の末に提示した意思は結局はオリジナルの破片、そんなシルフィー・ハネライドという人間を否定する一言に、当事者はその想いを破裂させた。
私は、誰の代わりでもなく私自身だと――
「私は……!!誰かの代わりなんかじゃない!!」
制御する気のない彼女の心象が黒い刃となりて一帯へと飛来する。浅霧は冷静に狙われた首元の被弾を避けるべくただ首だけを傾け、土屋は飛ぶようにその斬撃を躱す。
「私は私なのに……!!なんで皆……!私を見てくれないの!!模造品としてじゃなくて…!私を見てよ!!」
続くは彼女が心象のまま力任せに振るったガラスの刀身そのもの。だがそれは向こう側も透かすような透明の刃でなく、いつしか蒼く、黒く濁っていた。喚き散らすような斬撃が教会エリアを破壊する。己の存在の希薄さ、それを拒み、爪痕を残すかのような苛烈な一撃を。
「っ……おい浅霧!!ケーニスは狂ってるのか!!こんな……!こんな壮大な計画を僕一人のために画作したとでも……!!」
シルフィーの放った理性のない一太刀は空間を歪めた。折り紙に刃を通して作り出したかの如く、網目状の天の川のように教会エリアが伸びてゆく。
感情の昂りのままに自国を破壊するシルフィー、それを前に土屋へと深夜が静かに言う。
「かもな。巻き込まれたいのなら好きに事の顛末を眺めていれば良い」
「狂ってる……っ!!狂ってるぞケーニスメイジャーァァァァ!!」
シルフィーにとってはその二人の言葉の意味などどうでも良い。土屋は自らの命を重んじるかのように空間を切り裂きその場を後にした。 だが入れ替わるようにその場へと現れた青年は、きっとそうではなかっただろう。
蒼白の篭手、そして野心とは違う強い何かを秘めた瞳。それはシルフィーをフィネアの模造品としてではなく、彼女を一人の人物として見つめる。だからこそ、自身を見てくれる者だからこそ、彼女の心象が真価を放つ。
「シルフィー!!」
「来ないでよ!!」
蛇腹状に伸びてゆく教会エリアの中、空道鉤爪の推進力のままに二人の距離がゼロになった。シルフィーは失いたくない者のためにその異能を、神谷は救いたい者のためにその異能を翳す――
「っ……!」
「神谷……!なんで来たの!!」
甲高く、胸の奥を揺らすような美しい音色が響く。異能の鍔迫り合い、その音色は電脳世界をその目で見て生きる者にしか奏でることはできない。直に接触したからこそ、シルフィーは神谷の強い意思を物理的に感じ取った。
(神谷……っもう私に関わっちゃダメなのに……!)
「何で来たかって……!約束しただろうが!!それにシルフィー自身だってそれを望んでるはずだ!!」
自身の濁ったガラスの刀身を受け止めた神谷の篭手。その腕の払い除けるような所作によって胴が開いた。接敵しても尚、その篭手からは殺意や敵意は感じられず、ただそこにあったのはシルフィーの決意とは相反する彼の優しい怒りだった。
「なんで……!なんで分かってくれないの?私は……ただ――」
神谷の強い意思と自らの意地をぶつける。仲間を自らの災禍に巻き込まぬよう、その繋がりを断絶する覚悟。だがそれもまた、彼女が真に望むものとは矛盾を起こす。
神谷ならば助けてくれるかもしれない、理不尽に繋がれた奪われるだけの人生からすくい上げてくれるかもしれない。そして彼はそのためにこの場に駆けつけて来てくれたのかもしれないと、淡い幻想を抱く。
「――俺達を巻き込みたくない、守りたいからこそ馬鹿な選択を取ろうとしたんだろ?ここからは俺の我儘だ……!力づくにでも連れ帰らせてもらうからな!!」
刹那、守りたい仲間のために振るった断絶の刃が再度篭手と交わる。そしてシルフィーの脳裏へと不可思議なイメージが浮かび上がった。それは湖。風も、熱も、音も、何一つとして荒らすものが存在しない静かな湖面が。
凪いだ湖面は鏡のようにシルフィーの姿を映した。他の誰でもない、シルフィー・ハネライドという一人の人間を。彼女は直感的にそのイメージは神谷の心象を映し出したものだと感じ取った。
そしてまた、彼は自分を正面から見てくれる人間でもあるのだと。
(…やっぱり神谷は……私を私として見てくれてる……フィネアの模造品でも……代わりでもなく……私を……)
ほんの一瞬だけシルフィーへと流れ込んだ暖かなエネルギーは、彼女の選んだ【断絶】の道を崩しかけた。だがその本質にあるものは仲間へと向けた優しさの裏返しであり、神谷の心象はたった今、シルフィーの選択を特別なものへと昇華させたのだった。
「……さよなら、神谷――」
「っ……シルフィー!?」
神谷を友以上の大切な者だと認知したからこそ、彼女が放つ守るための【断絶】が強く濁る。自らを顧みない自暴自棄を孕んだ強い慟哭が、異能神装だけでなくシルフィーの肉体すらも黒く蝕んだのだった。
シルフィーを中心に、純然たる殺意の咆哮を体現した黒い光の柱が教会エリアを飲み込む。表の空間は一瞬で砕け散り、神谷と深夜は咄嗟に裏の世界に伸びる光の足場へと飛び退いた。
「っ……!おい浅霧!!なんだ……これはっ!!」
神谷の声は最早シルフィーには届かない。彼女は自らが望んだ未来の実現のため、テイルニアへと心象を最も強く投影させてしまった。電子データには起こせない、感情という媒体に意識を奪われたのだ。
銀色の長髪は灰色へと染まり、その瞳からは光が消えた。彼女が強く望む【拒絶】の感情が今、自我を奪い、願いを撒き散らすだけの存在へと変質させたのだった。




