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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
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39話 希望の慟哭

 土屋が打ち明けた事実はシルフィーにとってはどうでも良い事だった。否、仲間と思い始めていた人物の裏切りは心身へと影響はあった。だがそれ以上に自身の生み出された理由に耳を奪われる。


「僕はレーヴァテインの一員としてシリウスへと溶け込んだ。そこで得た物は多かったよ……とは言え未来への介入なんて馬鹿げた実験をしているとは……この目で見るまでは信じることは出来なかったけれどね」


「いつまで……っ!踏んでんのさ!!」


 踏まれていた龍奈が身を捩って異能の銃を構えるも、傷だらけの彼女では肉体的に土屋の圧倒的優位を崩すことは叶わない。銃口を突きつける間もなく、シルフィーはその腕が真横から蹴り払われる光景を見ることしか出来なかった。


「やめて……よっ!龍奈には手を出さないで……っ私を殺す事が……あなたの目的なんでしょ……?」


「シルフィーちゃん!!ダメだよ……っ!逃げ――」


 自暴自棄にも近い言葉を発したシルフィーは、その発言が他者を不幸に誘うものだとは知らなかった。龍奈が自分へと向けた右腕、それを間髪入れずに土屋が踏みつけ、聞くに絶えない骨の損壊音を響かせる。


「うあぁぁぁぁ……っ!ああああ…っ!」


「自分一人が犠牲になれば龍奈は助けてもらえるとでも?君達みたいな無知で無能な人間は駒にしかなれず、僕やヒジリのように先を見据えた上位の存在の手のひらの上で転がされる事しかできない。そもそも人間ですらない兵器が自惚れないで欲しいね」


「っ……」


「政権がガラクタの一つや二つ壊したところで取り乱すとは思えない。ならば国際法違反の決定的な証拠を手に、正義の名の元にケーニスメイジャーを落とす。上手く行けば他の国からも協力を得ることができそうだ……!」


 半歩程間合いの外にいたシルフィーは、神谷のように創術を使わずして抵抗を試みようとしていた。電子データとして持ち歩く鉄製の剣、それを手に土屋へと牙を剥く。


「っ!!」


「……『シルフィー?私を切るの?』」


 土屋が霧に包まれたかと思うと、その姿、性別を変えた。切り裂くイメージのままに振るったシルフィーの剣が止まる。土屋の異能が魅せるまやかしの姿、それは二度と会えないはずの人物だった。


「嘘……っいや……!なんで……っ」


「くくく……っはははははっ!!」


 女性の姿から一転、再び黒縁眼鏡の土屋へと戻った。シルフィーは引き攣った表情のまま思い出す。それは理不尽に背負わされた業。人為的に生み出された彼女にとって、先程土屋が変化した姿は母親にも近しい存在そのものだった。


「お前に愛情を教える役目だった『サーベラ・ハネライド』は切れないか?だが可哀想になぁ……お前のせいで死んだんだから」


「違う……っ!違う違う違う!!」


「違わないだろう?殴られ、蹴られる生活の中、唯一優しく接してくれた学者は兵器の肥料になったんだ。資料にはこうも書いてあったぞ、『サーベラ・ハネライドに褒められたいのか、被検体九〇六五は創術を開花』とな」


「違う!!」


 事実土屋の手にしていたシルフィーに関する情報は正しかった。彼女にとってサーベラ・ハネライドという女性は、痛み以外を教えてくれた優しい教鞭者だったのだ。


「何が違う?実験内容も正常に機能していたようだがな?『被検体の依存心の確立』、その対象となったサーベラを、お前の目の前で殺すことで生命について意識させたかった。そして今も尚、その実験は規模を大きくして続行中である……ってね」


「うぁ……っ」


 龍奈の折れた右腕を土屋は踏みにじる。そしてシルフィーは実験の続行中という言葉に背筋を凍らせた。実験という一点において、彼女自身にも分かっている事が一つある。自らを生み出した学者達は、シルフィーが感情を露出させることを喜んでいたという事だ。


 そして神谷や龍奈と出会い、短くも様々な繋がりを得た彼女は、希薄ながらに人並みの感情を手に入れていた。だからこそ気が付いたのだ。施設を放たれたのは更なる知識の発育ではなく、心の慟哭を促す繋がりを作るためなのだと。


「なんで……っ!やめて!!龍奈を殺さないで!!あなたはオリオンの人でしょ……っ!私に問題があるなら直接私をやれば良いのに!!なんでみんなそうやって……私の…私の周りの人達ばっかりを――」


「――そういう実験なんだよ。お前の感情を露出させるためのね。そして僕はケーニスメイジャーの異端性を証明するためにも、この事実を記憶に刻む必要がある。だからさぁ……?兵器は兵器らしくその力を見せてくれるかい?」


 突き刺すように落とされた異能の黒刃。その切っ先が龍奈の首へと落ちていく最中、シルフィーはただ我武者羅にその身を間に投げていた。龍奈という友を救うためにできる彼女なりの精一杯の選択肢だ。


「幼稚すぎる」


「うっ……!」


 頭部に強い蹴りの衝撃を受けたと認識した頃には既に彼女は地に伏せていた。常識になりつつある痛みの渦中でシルフィーは願う。想像の投影、電脳世界における自らの矛の投影を。


(ダメ……っできない……!なんで!!このままじゃ……龍奈が……っ)


「感情のままに望め。お前の目の前で龍奈を殺すぞ?その次は学校の友達だ。その次は神谷でも殺すか?」


 大事な人(サーベラ)の死によって彼女は心に空虚が出来ることを知った。会いたいのに会えないという心の空虚を。当時のシルフィーにはその心の空洞を推し量ることは出来なかった。


 だが今は違う。友の危機によって揺さぶられた感情の高鳴りと、腹の奥底から湧き上がる熱い何かがシルフィーの握る手を震わせた。それが【怒り】だと本人に自覚はない。


「……私をどうにかしたいから…そうやって龍奈も……神谷も……仲良くなれそうだった人達を殺すの?」


「手段のひとつだろうさ。僕は正式な研究者でもなければケーニスメイジャーの人間ですらない。ただそういう実験の末に、異端国は君に何を望み、何を起こしたいのかを見る必要があるんだよ」


「……そう。なら…私の在るべき答えは……最初から……知っていたみたい――」


 神谷との出会いによってシルフィーは、無意識に作り出していた心の壁をなくしていた。平たく言えば交友関係に対する障壁だ。元を正せば他者と仲良くなる事など、学園に入る前から無意識に拒んでいたことなのだ。


 何故ならばそれが唯一行える心の防衛行為だから。サーベラを目の前で殺された瞬間に生まれた拒絶反応。辛い、悲しいといった感情を知らなかったが故に、辛うじて導き出せた無意識の自己防衛とも言える。


(――何も……いらない。友達も……母親も……強さも……夢も……希望も……っ!!)


 自らの存在、その繋がりが他者を不幸にする。そう自らの価値を導き出したシルフィーの右手から蒼白の光が瞬いた。その光と同じ彩色の柄、そして指全体を覆う護拳、更にそこから伸びるは二股の無色透明の刃。


 音叉のように二股に伸びて煌めく刀身は、その切っ先が切断されたかの如く鋭利に尖っていた。祈りを超えたシルフィーの想いが今、電脳世界へと実体を成す。


「ようやく覚醒したか……っ!!」


 シルフィーから広がる不可視の波紋、空気中を電波する異能の特質が付近の木々を切断した。目に見えないはずの敵意を前に、土屋は己の異能神装(エスペランティア)でその切断の衝撃を防ぐ。


 シルフィーだからこそ具現化した異能の剣、それを握る手に力が篭もった。初めての異能を手に、彼女は不思議とその特質、性質を理解していた。否、そうあることが自然とさえ感じていた。


(邪魔なものは……全部切り捨てる……っ!敵意も……殺意も……!友情も!!)


 【拒絶】


 己へと降り掛かる理不尽を拒み、その繋がりの断絶を望む彼女だけの特質だ。現状においては敵対する土屋を対象とし、希う特質は『切断』という形で世界に刻まれる――


「死んでっ!!」


「おっと……っ!」


 一振。


 シルフィーの手に具現化したガラスのような刃は、たったそれだけで猛威を振るう。絶対的な切断能力、直の刀身は言わずとも知れた切れ味を誇る。だが彼女の剣撃はそれだけでは留まらない。


 剣圧も、剣撃による風圧も、彼女の放つ殺意も、そのエネルギー全てが土屋に牙を剥く。神谷の見せるリーチを無視した斬撃のように、シルフィーの剣撃もまた同じくして刀身以上のリーチを誇っていた。


「……まるで追い詰められた草食動物だね。力任せに異能を振るった所で、劇的な勝利を導けるとは思わない方が良いよ?」


 目に見えないはずの剣撃をかわした土屋がそう言った。だが今のシルフィーにはそのからくり、理屈が理解出来た。切り裂かれた傷、その痛みの中でも冴え渡る思考と視界がその答えを照らす。


「これが……【直結命令(ダイレクトリンク)】……」


 祈りを超越した己の希望を世界に映すため、シルフィーは一秒の百分の一程の遅延(ラグ)さえも解消したと言える。より色濃く、より鮮明に、より力強く、想像ではなく理想を描くためにCPUを飛び越えた脳信号。


 直結者二人は飛び越えた己の脳信号を世界へと投影するため、具現化させた蒼白の武具を振るった――


「っ……!!」


「っ!!」


 シルフィーは捉えにくい数多の斬撃を、土屋はその体を霧のように眩ませ輪郭を揺らす。敵対者が認識を歪ませる力があると悟りながら、シルフィーはただ我武者羅に異能神装(エスペランティア)を振るった。


 土屋がいると認識した場所に飛来させた斬撃は木々を切り倒し、それすらも飛び越え世界を構築する電子データそのものを断絶した。瞬き程の狭間に一帯は大きくその姿を崩してゆく。


「ちょ……っ二人とも!!止まってよ!!仲間同士で争うのは……とかそういう以前に!!ここが壊れちゃうってば!!」


「っ……」


 シルフィーは加速した思考の中、龍奈の一声によって虫食いのように壊れていく森を見た。ボロボロの仲間が言うように、このエリアは崩壊寸前だと理解する。電子データの破壊性能によってエリア一帯が大きく歪み、聞こえない悲鳴を上げているかのようだった。


「壊れたところで忘却エリアが増えるだけさ!!だがケーニスメイジャーも徒労に終わったな!!お前に異能が宿った所で世界に変革をもたらす程の力があるとは到底思えないよ!!」


「だったら……!私や龍奈にもう構わないでよ!!」


 土屋というオリオンのスパイからも、ケーニスメイジャーが期待する己の役割も、そして自身の災禍に巻き込むかもしれない友との繋がりも、シルフィーはその全てが煩わしいと慟哭を異能神装(エスペランティア)へ乗せた。その瞬間に蒼白の光は濁り、黒い光が一帯へと瞬く。


 ただ上から下へ。この一撃は本人でさえも意識していない媒体を切断した。だが孤独を選んだシルフィー本人の意思であり、負の感情を孕んだエネルギーがCPU(フィルター)を介さず世界へとその意思を刻む――


「これは……っ!ちっ!!」


 シルフィーの放った一撃によってそのエリアは大きく切断された。神谷や土屋が時折見せる空間を切り裂く行為とはまるで違う。舞台の裏側を行き来することは言わば密閉された箱の中に飛び込むようなものであり、シルフィーがたった今行ったのは箱そのものの切断。


 表も裏も関係なく、土台ごと世界を切り裂いたが故に、その近辺は積み上げた積み木の如く大きく形を崩すことになる。木々や大地、そしてそれら以外も含めた世界を構築する全ての素粒子は、起源となる電子データへと還りテレビの砂嵐のように揺れた。


 人類が元の世界を参考に当てはめ、あるべくして当たり前の法則。物体データの還元はその前提を覆す前触れに過ぎない。この場の全員を常識から切り離したシルフィーの手によって不気味な森は消え失せてしまうのだった。

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