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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
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38話 裏切りと存在の意味

 小金色とヘルガの襲撃から逃亡したシルフィー達は裏の空間を駆け抜けていた。龍奈をおぶる土屋、その背中を追うシルフィーの視点が泳ぐ。何故ならば彼女にとって世界の裏側を見るのは初めてだったから。


(何この空間……光の文字で描かれた足場と…底も見えない真っ暗な場所……いや、底なんてないのかも)


「シルフィーさん、奥の足場に飛ぶよ」


「は、はい」


 土屋の声に返答してその後ろを続く。真新しい空間に馴染むことはなく、ただ焦燥感のままに疾走した。そうして幾度か足場と足場を飛び越えた先に土屋が己の異能を振るう。表の空間へと通ずる扉を開くために。


「このへんで良いだろう」


「つっちー、ここは?」


 龍奈の問いに土屋は口を開くことはなかった。ただ静かに黒い刀身が空間へと亀裂を作る。三名が踏み入れたのは木々が生い茂る森。視界は遮られ、陽の光も少なく薄気味の悪いエリアだ。


「うげぇ……雰囲気ある所を選んだねぇ?」


「……」


「つっちー、これからどうしようか?きょーくんともはぐれちゃったし……一旦私も傷を治したいんだよねぇ」


「……」


「つっちー?ねぇー?聞いてるの?ねえってば――」


 一方的な会話のやり取りを見ていたシルフィーはまたもや驚愕の表情へと変化した。土屋の背中へと張り付くようにおぶさっていた龍奈、その体が重力に従い落下したのだ。落ちていた枝や枯れ葉の砕ける音と共に、彼女の小さな悲鳴が森へと木霊する。


「あだっ!!つっちー!!何すんのさ!!」


「龍奈……大丈夫…?」


「お尻が痛いよぅ……手を離すなんてつっちー酷くない!?シルフィーちゃんもそう思うよね!?」


 龍奈を支えるべくしゃがみ込んだシルフィーは共に土屋へと視線を上げた。ゆっくりと振り向いた彼の視線が眼鏡のレンズ越しに交わる。森の不気味な雰囲気も相まってか、シルフィーにはその瞳が妖しく野心に満ちているように見えた。


「土屋さん……?」


「茶番は終わりだ。異端国の造物が――」

 

「――シルフィーちゃん!!」


 刹那、土屋から振るわれた黒い刀身が空を切る。その一太刀はシルフィーの首を刈り取る軌道を描いていた。龍奈が押し倒していなければ今頃その首は胴と切り離されていた事だろう。


 紙一重で通り過ぎた黒刃、意図していなかった龍奈の重圧、そして頬へと走る黒刃の残した一閃。全ての情報がシルフィーの思考を渋滞させる。それでも尚、全ての情報を置き去りにしてたったひとつの意識が脳内を埋め尽くした。


(痛……い?)


 頬から伝わる痛みが目の前の状況理解を遅延させた。シルフィーは一泊遅れてから仲間から向けられた敵意に我へと帰る。瞳に映るのは無表情に異能の刃を構える土屋だ。そこへと龍奈が問う。


「つっちーっ!何してんのさ!!」


「馬鹿だねレーヴァテインは。僕は数年前にケーニスメイジャーに潜入した諜報員だ。そうとも知らずに……はははっ!」


「裏切ったのっ!?」


「裏切る?僕は最初からレーヴァテインを利用していただけだ。随分と遠回りさせられたが……ヒジリに感づかれては面倒だし、任務達成の通行税と思えば良いか」


 シルフィーを守るように抱きつく龍奈はボロボロだった。何せ一度襲撃を受けて以来、その傷を癒せてはいない。そんな仲間の姿にシルフィーの心が動揺で激しく揺らめき、鼓動が高鳴る。歩くことすらままならない龍奈は、このままでは自分のせいで命を落とすかもしれないと。


「やっばぁ…つっちー目がガチじゃん……シルフィーちゃん、時間を稼ぐから逃げれるかな?」


(龍奈……震えてる……)


 小声で逃げるよう促した龍奈の手は震えていた。その震えの理由はシルフィーでも分かるものだった。恐怖から来る怯えの表れだと。そこでようやく彼女は探し求めていた答えの片鱗に気が付く。


 過去にアトックへと入学した際に見た命の輝き(・・・・)。神谷が見せた度々の回避術だ。理屈は分からずとも、あれの根底にあるものはとてもシンプルなものであり、かつて過去の自分が理解出来ずにいたものだ。


(簡単な事だったんだ……ただ神谷達は死にたくない(・・・・・・)だけ。裏を返せば生きたいって事で――)


 シルフィーの知りたかった答えは『生きる理由』だ。彼女にとって自分自身など替えのきく模造品でしかない。何故ならばそう言われ続けて施設で育ったから。歪な存在定義の再認識と共に過去の言葉が浮かぶ。


『早く立て!!お前を作るのにも金がかかるんだ!!』


『お前が壊れたらまた作り直しなんだぞ!!そろそろ成功させないと……っ!』


『ははは……っ!こいつ……っ!今痛がったぞ!!ようやく意識の発信ができる個体の完成だ!!』


『初めまして被検体九〇六五、痛みは分かるのかね?人間は意識の発信方法が多岐に渡る。まずは言語を覚えたまえ』


 かつての彼女が与えられたものは痛みが大多数を占める。蹴られ、殴られ、呻き声を上げるだけで当時の学者は喜んでいた。そして次第に彼女は言語を習得していったのだ。言語の次は体術を、その次は銃術、剣術と、ただ目の前に配られた『使命』を全うすることだけが、彼女の世界の全てだった。


(――死から遠ざかりたいから……命を繋ぎたい理由があったから……あの時の神谷は輝いて見えたんだ。自分の命じゃそうは思えないけど……龍奈は違う!!)


 過去の記憶、そして眼前へと差し迫った土屋の黒刃から、シルフィーは生命の意味へと触れた。それは単純な魂の慟哭であり、ただ『龍奈を死なせたくない』という彼女自身の意志だ。


 自分を犠牲にしてでも他者を守りたい、そう願いを放つ彼女の右手に光が灯る。それは創術によって驚異へと歯向かう覚悟。広がる紋様と共に世界へと想像を描き、穿つ。


「来ないで!!」


「っ……!」


 土屋へと無数のガラスが牙を剥く。後方へと飛び退かれ、同時に振るわれた異能の剣。守るように展開した透明の花弁が砕かれた。黒刃の異能を前に、呆気なく創術が壊されても尚シルフィーの瞳から反撃の光が消えることはない。


(この人の……固有振動を制御して――)


 翳す右手から立体的な想像の投影を目論むも、土屋の一振によって己の無力さを知ることになる。


「ただの創術に何ができる?」


 広がり始めたシルフィーの庭園は形を成す前に散った。【創成世界】を構築するより早く、土屋が紋様ごと空間を破壊したのだ。シルフィーが驚きによって僅かに見せた硬直、その一瞬の内にみぞおちへと鋭い蹴りが伸びる。


「うっ……!」


「つっちー!!やめてよ!!なんで……っ!仲間だと思ってたのにぃ!」


「分からないのか?元はと言えば今回の騒動は全て僕が手引きしたものだ。君達のショッピングに狙撃兵達を手引きしたのも、浅霧からの逃亡後にタイミング良くシリウスの隊員が来たのも、さっきのエルリィティアでの襲撃も、全部全部君達の座標を逐一シリウスに流していたからさ!」


 シルフィーは得意気に語る土屋へと創術の領域を伸ばした。創成世界の構築が妨げられるならば、速度重視の慣れ親しんだ媒体を支配すれば良いと。それは大気、揺らした空気の振動を使い、土屋の三半規管へと干渉を試みたのだった。


「君の事は調べ尽くしてる。無駄さ」


「消え……っ」


 突如そこにいると認識していたはずの土屋が霧のように消えた。そしてその声はシルフィーの背後で続く。


「そもそも君達は僕の素顔すら知らないんだよ。演劇も最終章だし、無知で愚かな君らのために答え合わせといこうか……!」


「っ――」


 背後の声に反応したシルフィーが振り返った次の瞬間、左肩から右脇腹へと目掛けて黒刃が深々と滑り込んだ。咄嗟に展開した相殺術壁(イレイザー)も虚しく、一瞬で砕け散り悲鳴が轟く。


「うああああああああぁぁぁっ!!」


「シルフィーちゃん!!この……っ!つっちーぃぃ!!」


 龍奈の蒼白の狙撃銃が光を放つも届かない。それもまた霧のような実態のない土屋の体を散らすだけであり、這いつくばっていた龍奈の背中へと強い衝撃が走る。


「うあっ!」


「さて答え合わせだ。僕の目的は異端国ケーニスメイジャーの違反を自国へと持ち帰ること」


 うつ伏せの龍奈の背中を踏みにじる土屋がそう言った。シルフィーは切り裂かれた胸部へと手を当て、苦悶の表情のままその光景を見ることしか出来なかった。何故ならば痛みという媒体が想像の阻害をしていたから。


「自国……っ?さては政権欲しさに血走ってるオリオンの犬――」


「黙れ!!」


「うあぁぁぁぁ!!」


 オリオンの犬。


 龍奈のその一言に言葉を荒らげた土屋が異能の刃を突き立てた。肩を貫かれ、痛みを訴える彼女の声が森に響く。そして龍奈本人よりも、その悲鳴に悲痛の顔を浮かべたのはシルフィーだった。


「フィネアさえ……っ!フィネアさえいなければケーニスメイジャーなんてただデカいだけのクソ組織だ!!いつまでも神の威を放てると思うな!!未練がましい模造品まで手にかけやがって……!何が『運命の調律計画』だ!!未来生体路線図(ダイアグラム)の権限は【上皇様】にこそ相応しいんだよカス共が!!」


 【上皇様】とは国のひとつであるオリオンの頂点、その敬称を意味する。土屋の所属する本命組織オリオン、彼が最も尊敬して忠誠を誓う人物のことだ。


「運命の調律計画……?何さそれ……っ」


 龍奈の問いに土屋が。


未来生体路線図(ダイアグラム)への干渉、制御計画さ……!立派な国際法違反であり、政権交代を唱えるに値するご法度だ。悪巧みが過ぎたなぁ?ケーニスメイジャー……」


「……私は……そのために?」


 定期的に胸部へと走る痛みの中、シルフィーは静かに自身の存在意義を投げかけた。かつて神谷の予想した通りの事態に、土屋は軽く嘲笑うかの如く言い捨てる。


「そうさ、お前はケーニスメイジャーにとってただの兵器さ。人じゃない、余計な意思もない、反論しない、壊れたら作り直せば良い、ただ言われた通りの事を行う都合の良い(フィネア)の代替品だよ。お前の人格も都合も何もかも必要ない!必要なのはお前の異能(・・)だけなのさ!」


 土屋が述べた言葉は全て、レーヴァテインの一員として任務の中で得た情報だ。ヒジリが彼に託した任務は『シリウスへのスパイ』。だがそれもまた彼の側面であり、シリウス側でも同じくスパイという仕事を請け負っていた。


 レーヴァテイン諜報員、そしてシリウス諜報員、二重スパイとして暗躍していた土屋。だがそれすらも彼の真の狙いを隠す役割しか持ち得ない。組織オリオンの諜報員、四大政権の一柱を狙う、野心の隠れ蓑でしかなかったのだった。

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