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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
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37話 繋がり始めた事象

 シリウスの正規大隊、そのリーダーである小金色 海七と、学業の一環で交戦した男ヘルガ・スウィスに挟まれた神谷は思考の渦へと陥っていた。その課題はただ一つ、この状況下をどう切り抜けるかというその一点においてだ。


(まずい……ヘルガはともかく、小金色の底が知れない。剣を粒子に変えた力の本質を掴む時間があればいいんだが)


「そ、そんなに怖い顔をしないでくださいぃ……」


「おう神谷ァ、凛々しい顔してるとこ悪いんだがよ、少しばかり茶でもしばかねぇか?」


「……優雅に喫茶店にデートしてくれる雰囲気には見えないがな」


「意外と冷静じゃねぇかよ。まずは自己紹介だ。俺はヘルガ・スウィス、シリウス特殊別条執行小隊のリーダーを預かってる。んで、こっちのチビは……」


 ヘルガの言う特殊別条執行隊とは、シリウスの正規部隊とは一線を画する隊であり、ヒジリや土屋が言っていた『暗部』を象徴するものであった。その隊は全部で四小隊程しかなく、ヘルガはその中でも現場へと赴くことが多い末端の戦闘分野を担う。


 その旨を手短に口頭で伝えたヘルガが流した視線、『チビ』と評した小金色を神谷は目で追う。そちらに関しては自己紹介は不要だと口を挟んだ。


「シリウス正規大隊……それも第一大隊、シリウス司令部の右腕とも言える隊のリーダーだろ?小金色……海七さん」


「は、はいぃ……ご存知頂いているようで恐縮ですっ」


 ここでヘルガと海七は手にしていた異能神装(エスペランティア)を解除した。異能の力は直結者のみが授かるものであり、強大な武具だ。それを解除したという行為は現段階において、敵意はないという意思を最も分かりやすく表す行いでもある。だからこそ神谷も己の篭手を消し去った。


「それで?俺だけをこの場に残して何を話したいんだ」


「とりあえずあれだ。そっちが預かってる被検体九〇六五がケーニスだけの問題じゃなくなっちまってな……司令部、というか政権(・・)から言われた事があるんだよ。海七がな」


「何を?そもそも政権(・・)と直接会話できるやつがいるのか?」


 【政権】


 それはテイルニアで四人しか存在しない世界の四大権力者であり、通常各国を連合とした代表者である。ただしケーニスメイジャーだけは別。神谷達が属する組織だけは単一で世界の柱の一本を担う。


 それはレーヴァテインも、シリウス正規大隊も、そして暗部も、それら以外の全てさえも管理し、ケーニスメイジャーという広大な組織を束ねるのだ。頂点に位置する存在であり、多くの者はその顔も声も知らない。


 ただしこの場においてシリウス第一正規大隊のリーダーである海七だけは違った。一方的ではあるものの、急を要する案件の場合に限り、政権から直接指令を預かることがあった。


「い、一応……私はたまにお話できますっ。それでも電話でしかお話したことはないですが……」


「信じ難いが……とりあえず聞かせてもらえるか?俺みたいな下っ端の人間に話していいのか知らないが」


「私も指令の意味が分からないのですぅ……でもでも!ヘルガにぃと、深夜にぃと……あと神谷さんと協力しなさいねって!そう言ってました!」


「ヒジリじゃなく……俺?」


 神谷の疑問は至極真っ当であり、従来組織というものはリーダー間を通して司令が浸透するものだ。故に自身が属するレーヴァテイン、そのリーダーであるヒジリを差し置いて自分へと向けられた役割に首を傾げる。


「先に言っとくぞ神谷ァ」


「なんだよ」


「俺達も状況が掴めてねぇ。海七も、俺も、んであの堅物の深夜マンもな」


 深夜マンとはヘルガ流の浅霧の愛称だ。暗部の右腕、神谷と同じく裏の舞台を翔けるヘルガの上司とも言える。レーヴァテインとシリウス暗部の右腕、そしてヘルガと海七、この四名は言わばケーニスメイジャーの政権にとって、現時点では最も誇れる兵士とも言えるだろう。


 ただしそれでもフィネア一人には及ばない。現段階では例え四人が手を取りあったとしても、神の代行者には届き得ない壁があった。そこで神谷は曖昧であったシルフィーの存在について問う。


「真相が分からないならひとついいか?ケーニスメイジャーにとって大きな問題がある、というのは何となく察したが、結局のところシルフィーはなんの目的で作られたんだ」


「俺も頭のおかしい学者達の会話を聞いた程度だが、なんでも運命に歪みを起こすとかなんとか……とまぁ全貌は知らねぇ。壮大な計画の第一歩って感じじゃねぇの?海七はなんか知ってんのか?」


 ヘルガに続き海七が。


「『運命の調律計画』については私も知らないですぅ……ただ与えられた任務をこなして、ご飯を食べるお金が稼いでいられればそれで良いですし……」


「『運命の調律計画』……ね。やっぱり未来生体路線図(ダイアグラム)に干渉するつもりか、うちの国は」


 テイルニアにおいて運命(・・)とは未来生体路線図(ダイアグラム)の事を指す。天文学的数字と演算によって成り立つそれは、一般的な思考の持ち主ならば絶対不変のものというのが常識だ。


 無数に枝分かれした起こり得る未来、それらを制御しようなど到底不可能だと神谷とヘルガは鼻で笑った。両者から零れた笑みは皮肉を表す。絶対に不可能だと分かっていながらも、頭のおかしい上層部ならばやりかねない実験だと。


「シルフィーは運命に干渉できる力を秘めているなんて馬鹿げた話だが……少し脱線したな、それで?その計画情報が他国に漏洩でもしたって所か?」


「勘が鋭いな。だがまだ(・・)いけるはず……って所だ」


「その口振りから察するに……」


「あぁ、シリウスかレーヴァテインのどちらか、もしくはその両方に他国のスパイが混じってるってのが上の連中のご意見なんだわ。そうだろ?海七」


「は、はいっ!」


 電脳世界では情報という媒体はその価値が重い。情報を盗むという行為自体は珍しくなく、国を跨いでまで諜報員に潜入される可能性は神谷にとっても否定出来なかった。こうして各部隊の主要メンバーが、無償で情報を提供している事態がより信憑性を高めているとさえ言える。


 それを踏まえた上で神谷は確認を行った。


「うちの国が非人道的でとんでもない実験を行っているということは置いておき……政権の言い分は他国へ情報が漏洩しないよう、俺達で協力して阻止しろってことか」


「まぁ平たく言えばそんな感じだ。どうにもシリウス側はもう内部調査はしてるらしい。後はそっちだ、レーヴァテイン」


「レーヴァテインに内通者がいるとは思えないんだが……」


 神谷は他者の顔色や声色からその心模様を見透かす事に長けていた。元々備わっていた長所とも言える観察眼に加え、裏の世界で隠蔽された情報を得るような任務も数をこなし、その力を育んできた。だからこそ自身の部隊に裏切り者(・・・・)という存在が懸念される事態に顔を曇らせる。


 他者の企みを見落とした己の怠惰さ、そして仲間に裏切られた可能性による心の悲痛。曇天のような心模様の中、ふとリーダーであるヒジリの指令が浮かぶ。


(()自身の意思に従えって言うのは……そういうことなのか?それにヒジリはこの事に気が付いていなかったのか?)


 裏切り者を特定した際の執行、その権限は己にあるのか否か。ヒジリの真意を掴めずにいた神谷は、それと同時にリーダーがこのような見落としをする訳が無いと首を横に振る。


「ヘルガ、小金色、もしかして政権は最初から分かっていたんじゃないのか?『運命の調律計画』さえも注目を集めるためのフェイクに過ぎず、その計画の裏に隠された本当の狙いは――」


 神谷の推測にヘルガが言う。


「――侵入した虫をおびき出す餌に過ぎない、全然ありえるね。だが政権サマがそれだけに収まる訳がねぇ。木を隠すなら森の中、情報も同じだ。本当に隠したい計画はいつも渋滞した深淵の奥底に転がってんのさ」


「結局レーヴァテインとシリウスのごたごたも茶番ってことかよ」


「かもなァ、つくづく思うぜ……頭の良い奴ってのは何を考えてんのか分かりゃしねぇ。けど俺は未来生体路線図(ダイアグラム)への介入っていう企みはマジだと思ってんぜ」


 会議の終わりを悟った神谷が踵を返す。会話についていけない海七は二人をずっと交互に見ていた。


「最後にヘルガに聞きたい事がある。部隊も国も関係なく……お前の目的はなんだ?」


「……俺はシリウスの犬だぜ?金のために決まってんだろ」


 背中越しに虚偽の言葉を受け取った神谷が笑う。たった今ヘルガが放ったものは全てが嘘だと知っていた(・・・・・)から。何故ならば神谷は一度彼の異能を直接受けたのだから。


「俺の異能神装(エスペランティア)は触れた相手の異能、その特質を掴めるんだ。あの時のお前からは『破壊』衝動はあっても、殺意(・・)はなかった。むしろ……優しさのようなものを感じたんだがな?」


 他者の心象を刻む。これこそが神谷の異能の本質であり、ヘルガとの鍔迫り合いで受け取った電子化出来ない情報。あの時神谷が感じたのは銃や剣、そして己の異能神装(エスペランティア)と言った、抵抗を生み出す武具への破壊衝動だった。


 嘘で覆うことができる言葉とは違い、異能から通して感じたヘルガの心象には虚偽の鎧はない。図星を突かれたヘルガがギョッとした表情を浮かべる。


「うぜぇ……さっさと行けよ。被検体九〇六五の死が最終防衛ラインだろうからな」


分かってる(・・・・・)


 被検体九〇六五(シルフィー)の死を持って内通者の役割は無に帰す。例えケーニスメイジャーの政権が国際法違反を犯していたとしても、その兵器そのものがなくなってしまえばその罪は隠蔽される。


 だからこその最終防衛ライン。もっとも、神谷はそのような結末は望まない。例えどのような過程があったとしても、生まれ落ちた命が理不尽に散らされる事を彼は許さないのだ。


(好奇心でもなんでも……好き勝手に作られた上にその命を奪うなんて許されていいはずがない。内通者が本当にいたとして、そいつを捕まえた後はまたシリウスとバタつくだろうが……後で考えよう)


 神谷は他国のスパイを捕らえた後の顛末を危惧する。シルフィーという存在が本当に運命へと干渉できる力があった時のことだ。運命に介入する兵器の保有、いつまでもその事実を国内に秘匿にすることは不可能だと彼は考えていた。


 だからこそ霧のかかった真実を明かすために彼は空を翔ける。異能神装(エスペランティア)空道鉤爪(スカイアンカー)によって。目指す場所はただ一つ、(フィネア)の同位体の在るところへと。


「……あの人行っちゃいましたね、ヘルガにぃ」


「……気持ち悪ぃ。上層部もあいつも、まるで見えねぇ心の奥底を見透かしてやがるみたいでよ」


「でもでも!ヘルガにぃちょっと嬉しそ――」


 突発的にヘルガが出現させた蒼白の日本刀、鞘に収まったそれが海七の頭部へとめり込んだ。痛みから頭部の頂点を抑え、大きな声で泣き叫ぶ第一大隊長など神谷は知る由もない。



 

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