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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
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36話 掌の上、そのシナリオ

 尾行を行っていた人物を非直結者(ただの人)だと判断した神谷は、反抗を行う予備動作の確認と共に口内のナイフを深々と突き刺した。仮初の電子脳細胞と肉体データの転送通路、脳から体へと伸びる管を切断する。


「お……ご……っ」


「騒がれると面倒なんだ。悪いな」


 口内を浅く切り裂いたが故に、神谷が尾行者から得た情報は痛みへの鈍感さだ。無力化しても尚死ぬことはない、世界の常識が適用されると判断したための大胆な武力行使だった。異能の篭手を外したからこそ知り得た情報でもある。


「神谷……そこまでしなくても…良かったんじゃ……」


「俺達を追ってくる理由が分からない以上、これが最善の策だと俺は思うよ」


 声だけでシルフィーに答えた神谷は手馴れた動きでとあるツールを取り出す。指先から肩ほどまでの短く黒いケーブルだ。片方の先端には極短い四つの爪がある。それは角のない四角形になるよう設計されており、その逆側には携帯端末程のパネルが取り付けられたものだ。


「それ……抽出機…」


「知ってるのか?」


 シルフィーの言うように取り出したツールは、通称『抽出機』と呼ばれるものだ。正式名称は記憶摘録装置。当時は犯罪者の悪意を抜き取り、抹消して更生させる目的で開発された代物であり、今では他者の記憶の削除、改竄は厳しく禁止されている。


 現在その性能は取り除かれ、記憶を吸い出すのではなく書き写すものへと変わっていた。主にはシリウス等の軍兵が取り締まった不届き者、その容疑の明暗をはっきりさせる目的で使用されることがほとんどだ。


「うん、一応シリウスに属してるし……ていうかそれって一般支給されてないはずなんだけど……?」


「ここまでの付き合いでも俺達レーヴァテインが一般人とは違うって分かるだろ?まぁ……真っ向から取り調べを受けたら間違いなくムショ行きだけどな」


 会話の最中でも神谷は装置の操作を続け、ケーブル片側の末端を無力化した人物の頭部へとあてがう。あてがった場所に直接突き刺すのではなく、かざした箇所に浮かび上がった拳ほどの紋様へと装置を取り付けた。


 そして数秒後に膨大な他者の記憶が反対側の端末へと綴られていった。自動でスクロールされていく記憶の羅列、だがそこには神谷達にとって有益な情報は存在していなかったのだった。得た情報は尾行者がただの警備員であるということだけだ。


「ハズレだ。行こう」


 再びシルフィーの手を引いて走り出した神谷は路地を抜けた。無力化した者は数十秒すればその肉体は粒子となって事前に登録していた座標へと身を移す。それが人類の立ち上げた不死のサイクルだから。


 それから半時間程エルリィティアの内部を駆け抜けた二人ではあったが、神谷の警戒もあってか追撃の手はなかった。強引な手段で迫られることもなく、彼の心配は杞憂となり終える。


「着いた……ここだ」


 木造建築の外観を見せる小さな宿屋、その扉を潜れば取り付けた鐘が来客の知らせを鳴らす。こちらの存在に気付いた店主へと神谷が言った。


「五十万ニア」


「……あいよ、先に預かってるでね」


 告げた数字は事前に土屋が店主へと支払った通貨の量だ。一ニアあたりの価値は日本円でおおよそ百倍、つまり土屋は五千万程の大金を渡したことを意味する。


 最も分かりやすく、短く意思疎通を終えるための合言葉。会釈もなく、一瞬で手渡された部屋までの転送権限を預かった二人は光に包まれたのだった。


「きょーくん!!良かったぁ……っ!」


「無事だよ。俺も、シルフィーもな」


 変わった視界の先に安堵の表情の龍奈が映り、土屋も差はあれど同じ顔色を見せた。三十二畳程の殺風景な部屋、店の規模から見ても不自然な広さの宿泊空間は電脳世界ならではのものと言える。


「凄い……広い部屋……」


「五人に寄越すにはやりすぎだ……あの店主」


 呆れた様子の神谷へと土屋が。


「思ったより早かったね?オメガ相手に凄いな……」


「俺一人じゃこうはならなかった。シルフィーが星天の扉を開けたんだよ」


「……へぇ」


 少しばかり驚いた様子で目を大きくした土屋だが、二人の会話はそこで途切れた。周りを確認するような仕草を見せた土屋を合図に、一同は打ち合わせしていたかの如く沈黙を貫く。


「……もしもしヒジリ、無事なのかい?」


 突如届いたヒジリからの通話、その相手の声がスピーカーモードによって一同の耳へと届く。


『あぁ、ひとまずはね。だが合流はできそうにない。土屋達は今はどこに?』


「エルリィティアだ。保護対象に課せられた計画、その破綻を狙うきっかけ探しってところだよ」


『なるほど……通話越しだから細かな指示は言えないが、一つだけ気を付けて欲しいことがある。これはキョウ達にも聞こえてるかい?』


「聞こえてる」


 ヒジリに答えた神谷。そしてシルフィーを除く一同は、通話越しに言えないとぼかしたことの意味を知っていた。それはアトックへと神谷の潜入が決まった頃と同じ、この世界において盗聴などありふれたものなのだ。


『今その街にはシリウス正規大隊がいる。第一大隊のリーダーもね。接敵は確実に避けてくれ、彼女を相手取ることになれば任務失敗とまで言える』


「げ……まじ?」


 龍奈が苦笑いと共に事実確認をしたものはヒジリが口にした人物について。シリウス第一大隊長、それは現在の天剣第一星の先代にあたる人物であり、異能神装(エスペランティア)を持ってしても殺す気でやらなければ逃亡も難しい、というのがレーヴァテイン一同の認識だった。


『彼女がエルリィティアに滞留しているということは、シリウスにはもしかしたらこちらの動きが全て読まれている可能性も――』


 その瞬間ヒジリの音声は途絶えた。何故ならばたった今この空間に転送の光が瞬いたから。そして同時に通話の電波、その強制切除が行われた。土屋でも、ヒジリの意思でもなく、更に上位のエリア権限者による強制切断。


「こ、こんばんは〜」


「っ……!」


 宿室に突如として現れたのは真っ白な長髪の女の子だった。その長い髪はセットもされておらずボサボサであり、黒い軍服はおおよそ小柄な体とは合っていない。


 服はブカブカ、そしておどおどした表情の女の子とは対照的に、レーヴァテイン一同は一気に鋭い眼光と共に蒼白の武具を宿す。神谷は篭手を、龍奈は狙撃銃(スナイパーライフル)を。そして土屋はシルフィーを守るように黒い刀身と蒼い柄の片手剣をかざす。


小金色(こがねいろ)……っ!」


 神谷の最大限にまで高めた警戒心と焦った声色、それを前にしてもサイズのデカい軍服を纏う少女は態度を崩さない。否、初めから崩れている態度をより悪化させることなど不可能なのだ。


「あわわわわわわ……っま、まままままってください!暴力は良くないと思います!み、みみみみみなさん武器をおろろろろろししししてくださっ」


「シリウス第一大隊長、小金色だろ……?」


 土屋の問いに小金色が。


「は、はいぃ……っ!あ、ああああのですね!?私は確かに皆さんを捕らえるように指示を受けておりますですがっ!あのあの……!」


「……用事があるのはシルフィーか?」


 小金色の要求、いやシリウスという部隊が求めるものを問う神谷。それはこれまでに得た情報から見ても間違いのないものであり、答え合わせをするまでもない質問のはずだった。


 先を見据えたヒジリでさえも任務の破綻を危惧するたった一人の人物、すなわちシリウスの正規大隊のリーダー小金色(こがねいろ) 海七(みいな)は、神谷の問いかけに目線を泳がせながらこう答えたのだ。


「そちらは私の管轄外ですぅ……ですがとりあえず皆まとめて大人しくしてもらった方が私としては非常に助かりま――」


「神谷!!」


 小金色の声を遮り、蒼白の篭手を呼ぶ土屋の声が木霊する。刹那、神谷は手にした剣を地に振るった。小金色を表の世界から裏へと落とすため、足元へと斬撃を放つ。


「わあっ!?」


 間の抜けるような情けない海七の声、それは足元に向けた斬撃を跳ねて避ける合図。企みは失敗に終わったとしても決して無駄ではなかった。身動きが取れない空中への誘導、その瞬き程の時間に神谷が龍奈へと連携を叫ぶ。


「龍奈!!」


「分かってる!」


 間髪入れずに龍奈が光の弾丸を放つ。幾重に別れ、散り散りに屈折する弾丸がワイヤーのように神谷達と小金色の間に網目状の壁を生み出した。そこへと続くは土屋だ。接敵した第一大隊長から逃げるべく、虚空の切り口を生み出さんと剣を振るう。


「悪いけどあなたとは戦いたくないんでね」


 土屋、シルフィー、龍奈と、順に虚空の溝へと身を投げていく最中、神谷もそこへと向かうために身を翻した時だった。離脱という目的すら見透かされた一言と轟音が続く。


「あなたはダメですっ!私が怒られちゃいますぅ!!」


「っ……嘘だろっ!」


 土屋が生み出した空間の亀裂の奥、宿の壁を位置するそこが突如として大きく損壊した。それは神谷達でも小金色の仕業ではない。新たにこの場に飛び込んだ第三者による海七への加勢だった。


「ヘルガ……っ!スウィス!!」


「久しぶりだなぁ……!神谷ァ!!」


 弾丸のような慣性と共に、宿の壁に当たる部分を破壊しながら飛び込んだヘルガ。その手には蒼白の日本刀が。両の手にそれぞれ握られた刀身と鞘が神谷の篭手と衝突した。響くは異能の武具同士だけが奏でることができる鍔迫り音だ。


 宿に飛び込む慣性を上乗せしたヘルガの一太刀、それをいなすように後方へと飛び退いた神谷へと冷や汗が伝う。正面にはヘルガが、そして後方には第一大隊長がいる。その冷や汗は生きてこの場を切り抜けることの難しさを物語っていた。


「あれ?ヘルガさん来てくれたんですかぁ!」


「うっせぇチビ。おめぇが天剣を野放しにしやがるから予定が狂ったんだろうが」


「奏ちゃんどこかに行ったんですかぁ……?え……?も、ももももももももももしかしてわわわわわわわたたたたしまた怒られ――」


 ヘルガと小金色の会話を神谷が断ち切る。


「クソっ!!」


 だがその振りかぶった鉄剣は砕けた。何ひとつとして神谷の剣と接触した物理媒体は存在しないにも関わらずだ。だがその代わり、その現象を引き起こした小金色の│異能・・が戦場へと蒼白の光を放っていた。


「まぁそう焦んなよ神谷ァ……っ!別に取って食ったりしやしねぇからよ」


「そ、そうですよ!暴力はいくないです!と……お、思います」


(なんだ今のは?勝手に剣が壊れた?いや……粒子になったぞ……?)


 キラキラと手のひらから散る光の粒子、それは元を正せば神谷の手にしていた鉄の剣であり、小金色の持つ│異能神装エスペランティアの力によるものだ。


 己へと差し迫る窮地から高鳴る鼓動と共に、その目に二つの異能が映る。蒼白の日本刀、そして小金色の華奢で小柄な体格とは似つかわしくないもうひとつの武具、等身よりも巨大な蒼白の大剣が。


 

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