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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
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35話 大胆な口封じ

 ケーニスメイジャーの中央都市、『エルリィティア』に一足遅れて辿り着いた神谷とシルフィーは雑踏に飲まれていた。日が傾きかけているということもあり、行き交う多くの人々は我が家へと足早に急いでいることだろう。


「マーケットエリアも凄かったけど……ここも人が……多いね……」


「人口密度で言えばここの方が凄いかもな。

とりあえず柊真達は……」


 数多くの人々が足早に往来する転送領域(ポータル)から歩み出た神谷は、雑踏から僅かに外れたエリアの端へと寄った。街に溶け込んだ監視の目から外れるためだ。


「シルフィー、こっちだ。はぐれるなよ」


「あっ……う、うん」


 無意識に差し出した左の掌、それに僅かに驚いたシルフィーではあったが二人は手を結ぶ。そしてそうなってしまってから神谷は気が付いた。いつもの癖で彼女にも同じことをしてしまったと。


(龍奈や(ゆき)の癖でやってしまった……気まづい……)


 (ゆき)とはレーヴァテインが預かる孤児の一人であり、過去に秋が保護した幼い女の子のことだ。龍奈に関しては意識して神谷に張り付いてはいるものの、雪は異常に迷子になりやすいが故にこうして手を繋ぐことが多かった。


(子供扱いしてるみたいになってしまった…… 怒ってなければいいんだが)


 やや後方を引かれるがままについてくるシルフィーへと視線を送る神谷。だがその表情は心の心配とは裏腹に、どこか微笑混じりで嬉しそうに映る。胸を撫で下ろす安心感と共に神谷は仲間が潜伏しているであろう建物へと急いだ。


「シルフィー、君は創術の等級……その壁を破ったっていう自覚はあるか?」


「よく分からない……でも…強くなった……っていう感覚じゃない」


「どういう意味だ?」


「思い出した……って表現の方が……しっくりくる」


「思い出した……か」


 神谷がオメガとの交戦時に見たシルフィーの強さは星天級のそれと遜色なかった。だからこそ『思い出した』という表現に神谷はある種の納得を抱く。彼女がフィネアの脳細胞を保有しているのならば、それもまた不思議ではないと。


(だとしたらシルフィーの脳細胞はテイルニアとの専用回路が既に出来上がっていた、という見解が正しいか。直接フィネア(あいつ)の創術を見た事はないが……十中八九合ってるだろう)


「神谷……?また難しい顔してる……」


「あ、あぁ、悪い」


 思考の海に溺れかけた神谷をすくい上げるシルフィーの一声、それと同時に神谷は視界の端に特徴的な触覚が跳ねるのを見逃さなかった。空色の触覚、すなわちアホ毛とその小柄な体の背に声を投げたのだった。


「先生?」


「んん?んんんん!?神谷君とシルフィーちゃんではありませんか!それに……むふふふふふふふっ」


「なに気持ち悪い笑い方してるんですか……?」


 怪訝な顔つきの神谷がそう言うも、相も変わらずねっちょりとした笑みのノゾミが返す。


「お熱くおててなんか繋いじゃってまぁまぁっ!青春に水を指すことは教師であっても許されませんが不純性行為は認めませ――」


「違う、黙れ。このアホ毛引き抜くぞ……?」


「マッテクダサイ」


 戦闘時のような反応速度でノゾミの言葉に物理的な返し技を見せた神谷。繋いでいた手は離れ、代わりに教師の頭の触覚を握りしめた。冗談混じりで上方向へと加えた力、それは思いの外根強くしっかりしており、本気でやらなければ抜けないことを神谷へと知らしめる。


「で、先生はどうしてここに?この辺りに住んでるんですか?」


「先生は仕事ですよ。こう見えてメディカルセンターにも務めていますからね」


「メディカルセンターに?」


「教師としての仕事を優先するように命令を受けているのですが、今日はなんだか緊急外来が多いんだそうで……まぁ助っ人に呼ばれたわけですよっ!そういう神谷君達こそ、手まで繋いで何をして――」


 ぶちっ、という引きちぎれる音と共にノゾミの悲鳴が木霊した。


「ギャァァァァァァ!!何するんですかぁっ!?返してください!!」


「……俺達もただの買い物ですよ」


「全く…っ先生のアイデンティティが……ただでさえ個性が薄いと言うのに……」


 ひったくるように神谷が差し出したアホ毛をノゾミは後生大事に抱え込んだ。どこかめそめそとした哀愁を放ち、口にした発言にツッコミを入れたい衝動を神谷はぐっと堪える。


(等身がバグってるだけで個性はお腹いっぱいだよ)


「あっ、ところでお二人共!娘を見ませんでしたか?」


「いや、俺達も街には今来たところで見てないが」


「娘……?どんな人……?」


「そう言えばシルフィーは知らないのか。あいつだよ……天剣の第一星」


「嘘……っ?」


 その反応からシルフィーも天剣という地位に立つ存在の強さを知っているのだと神谷は察する。続けてノゾミが。


「今日はエルリィティアの警備だと聞いていたのですがね?学校では顔を合わせてくれないし……せっかく久しぶりにお話出来ると思ったのですが……どこにいるのでしょう……」


「……見かけたら連絡しましょうか?俺達はそろそろ時間が押してるので行きますが」


 心底残念そうな顔色を見せるノゾミ、そこに偽りの媒体はないと神谷は思う。底の知れない教師という認識、その中でも娘に対するものだけは一切の裏表がない。神谷のその認識は間違いではなかった。


「そうですね……見かけたら是非ご連絡を!後そうです!近々学園祭も控えていますので、学業の方も楽しみにしていてくださいねっ!では!」


 小走りで立ち去っていくノゾミを見送り、神谷がシルフィーへと問うは教師の口にしたら学園祭について。アトックに来る以前はまるで専門外だった学園事業を、その内容を聞く。


「学園祭って……アトックみたいな傭兵育成所でもやってるのか?」


「うん……毎年やってる……らしい。新入生でも知ってる人は多いけど……?」


「あー……その、俺は真っ当な理由で入学してないからな……薄々気付いてると思うけど……」


「……だよね。結構……人気らしい。倍率は凄いけど……一般生徒が唯一……天剣と御前試合を挑めるイベント……でもあるから」


「それ試合になるのか……?」


 神谷の言葉にシルフィーは首を傾げる。


「どういうこと……?」


「いや……なんでもない」


 あくまで神谷にとっての天剣のイメージは第一星の座に着く久莉穹(くりぞら) (かなで)しかない。戦慄すら覚えた彼女との実戦経験から告げたその言葉の意味合いは、シルフィーには届かなかった。


「……」


 そして神谷の真横を栗色の髪の女性が通り過ぎる。内巻きのボブ、ゆとりのあるシャツをチノパンへと入れた女性が。


「あっ……神谷、さっきの人……落し物……」


「……いや、わざとだ(・・・・)


 すれ違った女性が物を落としたのは故意的だと神谷は言う。一辺が五センチ程の正方形の紙、それは十字形に四つ折りされており、広げた先には暗号が記されていた。


「……あいつもレーヴァテインの一員なんだ。マーケットエリアで会わなかったのか?」


「いや……ユーリさんって人しか……会ってない」


「そうか。さっきの子は(さくら)結神(ゆいがみ) (さくら)だ」


「あっ……桜さんって人は……龍奈が……言ってたような……」


 結神 桜、まるで他人のように挨拶すら交わさず落とした紙切れは神谷へと向けたメッセージ。一足先に向かった仲間の潜伏先、その在処を知らせるものだ。


(……あの宿か)


 暗号を読みといた神谷が仲間の潜伏地を把握する。表面上は何の変哲もないただの宿屋。ただしそれを経営する者は別だ。通貨によって懐を肥やす分かりやすい店主である。


「行こうシルフィー」


「う、うん……」


 宿屋へと向かう途中でさえも神谷は常に周りへと気を配った。否、シルフィーやノゾミと話していた時でさえもだ。エルリィティアは以前に神谷が口にしたように、多くのシリウス人員が警備に当たっている。


 それも此度襲撃があった小隊のように、親切にも軍服とも言える物を纏っていない。それは可能性という話ではなく神谷も知る事実だ。私服で住民に溶け込んだ警備班、それを彼は見逃さない。


「シルフィー、俺から離れるなよ」


「分かった……」


 一般人とそうでない者には決定的な違いがある。それは目に見えない警戒の色。例えどれだけ自然に振舞おうと市民には馴染みきれない挙動や目線の動きを神谷は睨む。


 網目状に広がる警備の視線、乱数の如くランダムに散るその包囲網。その縫い目を、綻びを、神谷は再度繋いだ手を強く引いて走り抜けた――


「わっ……!」


「あまり声を出さないでくれ」


 視線の網目、その交錯の一瞬程の死角。その狭間を神谷は影から影へと駆け抜けた。音もなく、それでいて自然に。視線を切る瞬間の警備員の背後をすり抜けていく。人すらも数多の監視の視線を遮る遮蔽物に利用して。


「……妙なのがいるな」


 雑踏へと姿を眩ました神谷は突如として極短い通路へと飛び込んだ。その理由は背後から一定の距離を保ち、自らを尾行する何かの存在を振り切るためだ。場合によっては無力化という手段さえも神谷は厭わない。


 民家と民家の間の狭い通路、そこへと飛び込みやや小走りで駆け抜けた神谷は、更に左右に別れた突き当たりを右方向へと曲がる。そこもまた民家の狭間、だが曲がり角へと侵入した瞬間に腕へと蒼白の篭手を纏った。


(面倒だ。仕留めるか――)


 引いたシルフィーの手を離し、曲がり角で二人はすれ違うように交差した。篭手と共に装着した空道鉤爪(スカイアンカー)から強化ワイヤーを射出し、手繰り寄せるような動きで張力を伸ばす。


 篭手による武具性能の強化を帯びたアンカーが掴むのは大気、T字路の集合地点へと限界まで高めた張力のワイヤーが収縮する。巻き取る力によって弾けるようなエネルギーを得た神谷の体が真横に飛んだのだった。


(いた……っ!)


 アンカーの力の終点、そこまで辿り着いた神谷は慣性に流れた空中で尾行者の姿を捉える。そして間髪入れずに対の手から伸ばすアンカーが掴んだ。その者の相殺術壁(イレイザー)を。


「なっ!?」


 アンカーが突き刺さった防壁は割れた。異能の力を纏う武具にそれは盾というには役不足だ。張力によって低空滑走する神谷が勢いのまま飛び込むは尾行者の胸。


 弾けるように射出されたエネルギーと共に尾行していた者を神谷は強引に蹴り倒した。数メートル程空中へと攫い、真横へと吹き飛ばしながら。


「がっ……はっ!」


「動くな」


「もがっ!?」


 胸元へと右足を押し込み、既に虚空へと篭手を消し去った神谷が押し倒した者の口内へと短剣の切っ先をねじ込む。浅く口内を切り裂くその所作は瞬間的に神谷へとある確信を与えた。それは鋭く冷たい眼光が仕留めても良い(・・・・・・・)と判断を下すものなのだった。

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