31話 追撃の手
土屋と合流した神谷達はそれぞれが握った情報と、現在レーヴァテインに置かれた状況の整理を行った。一つ、それは龍奈とシルフィーに向けられた敵意。
「私達は言ったように、買い物終わりに襲われたんだ」
「孤児院に逃げてきた所で俺とヒジリに合流したってことか」
龍奈はシルフィーを庇いつつ隙を見て逃げ出した。そしてその末に孤児院へと逃げ仰せた事実を神谷は再確認する。続くは土屋、眼鏡越しに怪訝な目付きが光る。
「タイミング良く神谷達が合流した所に浅霧の襲撃か……できすぎてるな。完全にデザインされたシナリオに見える。神谷の方は何か得られたか?」
「その前にいいか?その浅霧ってやつはなんだ?」
「僕が調べた限りではそうだね……僕達レーヴァテインにとっての主力が神谷だとすれば、彼はシリウス暗部にとって同じような存在かな」
レーヴァテインという部隊において神谷は右腕のようなものだった。ヒジリという頭脳と神谷という右腕、これまでの主要任務の中には二人の存在があったからこそ達成出来たものもあるほどだ。
土屋から告げられた浅霧の役割はシリウス暗部の主力、すなわち武力行使を中心に事を進める裏のシリウスの主戦力とも言える存在ということだった。
「そんなやつが派手に暴れてきたってことは……」
「神谷の予想通りだと思うよ。恐らくは君、暗部はシルフィーさんとやらにお熱なんだろうね」
「私……?」
不安そうな表情で僅かに驚きの色を見せたシルフィーを神谷は見る。そしてすぐに他の皆を見渡した。ここから紡がれるのは神谷が得た情報の全てを加味して導き出した、敵対する部隊の望む一つの可能性だ。
「ヒジリはシルフィーをどんな存在か予想していたか?」
土屋が答える。
「兵器として利用される可能性がある……と言っていたかな」
「兵器か……死ぬことに恐れない人類にとっての兵器、その線について俺なりに答えがまとまった」
「……聞かせてくれるかい?」
CPUを介した人類は痛みを忘れ、死の恐怖すら忘れ去りそうになっている。電脳世界における兵器の意味合いとはなんなのか。神谷はその答えに大神と名乗った研究者の言葉を利用した。
「シリウスの研究者が言っていた。シルフィーは世界をコントロールするための鍵だと。もし……シルフィーが未来生体路線図に干渉できる存在だとすれば……」
未来生体路線図への干渉、神谷の口にしたそれは世界に設けた未来を手掛けるというものだ。テイルニアにある全ての国がそのシステムを元に政治的な方針の決定を行うため、干渉という目的が実現すれば、過去の核すらも凌駕した兵器になり得る仮説とも言えた。
干渉の行く末にあるのは制御。科学の基本であるトライアンドエラーは、ひと絞りの成功に辿り着くためのいわば世界の常識とも言える。人類は今でも未来生体路線図の算出した未来を閲覧しかできていなかったのだ。
「……シルフィーさんには何か特別な力があり、未来生体路線図すらも覆すことができると?夢のような考察だが……」
「あくまで俺の予想だ。妄言程度に聞き流してくれて構わない」
言葉の詰まった神谷へと土屋が疑問を投げかけた。そこへシルフィーが続く。
「神谷……私は……何のために生まれたの?いや……どうして……作られたの?」
(しまった……本人の前で言っていいことじゃなかった。気分の良い話ではないよな……)
「神谷、全部受け止めるから……事実を教えて。私の命は……兵器として作られたの?」
「……俺にも答えはまだ分からない。だがその可能性はかなり高いと思う。悪いな、気分の良い話じゃないだろ?」
「ううん……何も知らないよりは……ずっと良い。それよりも……私は…ここにいて、いいの?」
その言葉に一同は少し驚いた表情を浮かべた。シルフィーの罪悪感を示した表情に驚いたのだ。此度の襲撃によってレーヴァテインが受けた被害、彼女の顔はそれらを全て悔やむかのような表情だった。
「シルフィーは何も悪くない。君も、俺も……そして他のみんなも、全員が被害者だ。一人で背負うことはないよ」
神谷へと龍奈が続く。
「そうだよ!!シルフィーちゃん!!悪いのは悪巧みしてる各部隊の上層部であって……!」
「神谷、龍奈……でも、私のせいでこうなってる――」
「関係ない。言ったろ、何があっても君を守るって」
「……ごめんなさい」
これ以上シルフィーが言葉を紡ぐことは無かった。どこか落ち込んだような表情を晴らすことは願わなかったが、神谷達は今後の動きについて意見を固めるため歩み出した。手負いの龍奈はシルフィーと代わり土屋が手を貸しながら。
心配そうに怪我だらけの龍奈を手放すシルフィー、その姿を見た神谷は無意識に言葉を零す。重苦しい空気を両断するかのような、緊張を解す感想を。
「龍奈と服を見に行ってたのか。似合ってるな」
「え……」
少し驚いた様子で目が合った彼女は直ぐに視線を外した。理解不能といったところだろうか、神谷の目に映るのは視線を泳がせ前髪を指先で弄り始めたシルフィーだ。
「あの……えっと…」
「シルフィーちゃん!ありがとうって言っとけばいいんだよ!」
言葉に詰まるシルフィーへと龍奈がそう言った。そしてぎこちのないその復唱を神谷が受け取る。
「あ、ありがとう……?」
「龍奈のチョイスにしては露出も少ないし、シルフィーの綺麗な銀髪ともよく合ってる。お世辞じゃないからな?シルフィー」
そこへ龍奈が。
「私としてはもう少し露出の多いものの方が可愛いとは思ったんだけどね?でもまぁシルフィーちゃんが気に入ったみたいだし、これはこれで可愛いよね!」
「あぁ、本当によく似合っていて――」
「もういい……!もういいからぁ……っ」
褒め倒す神谷と龍奈の言葉を断ち切るように彼女はそう言った。突き放すような語気に神谷がシルフィーの顔色を伺うも、前髪に隠れた蒼き瞳を覗くことは叶わなかった。
だがそれでも不快な印象を与えた訳でないことは伝わる。髪から覗く紅色に染まった耳がそれを物語ってたいたのだ。銀色の髪がよりそれを際立たせていると、彼女はそれに気付いてはいない。
「シルフィーちゃんめっちゃ照れてるじゃん……可愛い……」
龍奈にシルフィーが。
「龍奈……っ!」
「龍奈、からかうのはそのくらいにしといてやれよ。気持ちは分からなくもないけどな」
「神谷も……馬鹿…意地悪……」
「……ゴホンっ!!」
緊張の緩んだ空間へと土屋が咳払いを行った。わざわざ言葉にせずとも一同へと訴えかけるは自重しろというメッセージ。土屋に続き、神谷達は人目を断ち切るために廃屋の中へと歩む。
「さて土屋、これからどうする?ヒジリから今後の方針と指示出しは預かっていると聞いてるんだが」
「あぁ、とは言え相も変わらずヒジリから細かな指示は受け取っていなくてね。言われているのはシルフィーさんを守ること……いや、仲間を死なせない事が絶対条件の上でシリウスの思惑を破綻せよってところだろうか」
「シリウスの思惑……な。だが裏の全貌を知る人間を力ずくで捕らえるのは骨が折れるぞ?今回の襲撃で向こうもなりふり構わずって雰囲気だしな」
「その通りだね。だがそれが最も手っ取り早い、だから僕の意見としては中央都市に赴くことを提案するよ」
中央都市、正式名称は【エルリィティア】と言う。それはケーニスメイジャーのとある幾つかのエリアを合併した巨大な領域を指す。言わば人口の集中する集合エリアだ。
「エルリィティアに?木を隠すなら森の中とは言うが……人口が多いだけあってシリウスの警備も多いぞ?それこそ計画の核を握っている奴もいる可能性も高いが……」
「これは僕の予測……というか希望的観測に近いが、シリウス上層部も表立っては僕達を追えないんじゃないだろうか。あの街に配置されてるのは下っ端も多いし、裏の業界に疎い者が多いとは思う」
「……転送領域も常設してあるし、万が一の時も逃げやすいか」
エルリィティアには各領域へと伸びる転送領域というものがあり、神谷達が行ってきた転送と本質は同じだ。ただし使用にあたって通貨という対価が必要ではある。
各転送先の承認は事前にそれらの保有者と提携を結んでおり、つまりは対価さえ支払えば転送権限の承認が必要ではないということ。電脳世界に住まう人々の主な移動手段である転送、その乗り場ということだ。
「それにあそこには無人列車も伸びてる。最悪そこに乗り込めば街を戦場にしなくても済むだろうさ」
「……俺の家にも踏切の音が毎朝鳴ってたな。あれいつ撤廃するんだよ」
無人列車という電脳世界にとって不必要極まりない装置に神谷は悪態をついた。そして続けてそこで実行すべき任務の再確認を行う。それはシルフィーにとっては非日常で、常人の観点からすれば到底許されない咎められるべき行為。
「身を隠しつつ、片っ端からシリウスの隊員の記憶データを手にする……ってことでいいんだな?」
「あの……それって立派な犯罪なんじゃ……?」
至極当然のシルフィーの問いに土屋が言う。
「まぁね。だが神谷の予想通り君が運命を歪ませる力があるとしたら、それはケーニスメイジャーだけの問題じゃ済まない。他国がそれに勘づいた途端に世界大戦に発展しても不思議ではないよ。いや、そうなるのが自然、とまで言いきれるね」
補足するように神谷が。
「未来生体路線図への改竄はその計画を立てることすら国際法違反だ。ケーニスメイジャーがどういうつもりなのか……俺達にはそれを知る権利くらいはあると思う」
「出来れば夢物語であって欲しい……と僕は願うね」
シルフィー・ハネライドという人物に込められた存在の意味を危惧した土屋の表情が曇る。彼女に秘められし力は運命の改竄には届かない、そうあって欲しいという彼の祈りは夢物語という言葉に押し込められた。
「……私は…どうしたら……良い?」
シルフィーの問いに神谷は伝えた。例え彼女にどれだけの陰謀や企みが込められていたとしても守りきるという意志を。
「ほとぼりが冷めるまでは窮屈な生活を強いることになると思う。でも安心してくれ、絶対に守りきるから」
その言葉に返事を待つ時間はなく、会話を断ち切る怒号が響く。神谷達が身を隠した廃屋の枠組み、扉の外れたその空間に武装した男が現れたのだ。その胸には天秤の刺繍が。それが示すはシリウスに属する正規小隊の一人であり、デザインされたシナリオを辿る事を意味する。
「見つけたぞ!!動くなよレーヴァテイン!!」
突きつけられた銃口が陽の光によって怪しく煌めき、一同の視線がその人物へと収束したのだった。




