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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 下幕
30/99

30話 レーヴァテインに相次ぐ襲撃の牙

 自身を大神と名乗る研究者と接触した神谷は、レーヴァテインの保有するエリアへと帰還した所だった。シリウスの所属メンバーと思われる人物の尾行、それを振り払うために数時間程遠回りした神谷は既に登りきった日に目を細める。


 帰路の途中にヒジリからメッセージを受け取っており、その内容はただ一言『孤児院に来てくれ』とだけ記されていた。


 転送の光が開けた頃には既に神谷は驚きのままに目を見開き、こちらの存在に気が付いた瑞希と目が合う。悲しみに満ちた瞳だ。何故ならば孤児の何人かを看病していたから。


「何があった!瑞希!!」


「神谷さん……実は――」


 瑞希から告げられたのは孤児院への襲撃、無差別な攻撃行動があったという話だった。複数人による銃撃が五分程行われたという。だが不可解な現状に神谷が口を挟む。


「待て、テイルニアでただのテロなんて直結者でもない限り脅しにもならない。子供に銃を向けたことは許せないが……修復装置は?」


「肉体の修復は終わっています……ですが目を覚まさないんです。一向に……」


「目を覚まさない……?」


 神谷の抱えた疑問は瑞希も同様であり、その解明をしていた人物が奥の部屋から扉を開けた。レーヴァテインのリーダー、ヒジリが何かを片手に口を開く。


「これはウイルスによる仕業だね」


「ウイルス?」


 神谷の声にヒジリが続く。


「そう、ウイルスだ。外的要因から体内へと潜入し、生体システムに影響を与えるタイプのね」


 ヒジリの言うように目を覚まさぬ子供達の体にはとあるウイルスが増殖していた。被弾したであろう弾丸から侵入した悪意のあるものが。


 通常テイルニアの人間は脳細胞から発信された思考というデータをCPUへと送り、テイルニアへと反映させる。逆もまた然り、テイルニアからCPUへ、そしてCPUから脳へと情報が届く。


「増殖したであろうデータは害のあるものではないね。だが増殖速度が異常だ。脳細胞までの通信路に渋滞を起こしていると考えられる……」


 ヒジリの推測は言わば膨大な情報という渋滞によるものだった。従来であれば体感すらできないほどの速さで往復する脳細胞とテイルニアの情報が、不必要な情報が挟まることでその機能を阻害しているということだ。


「……まさか例の(・・)?」


「僕もあのウイルスを疑ったが違う。限りなくそれに近い偽物だね」


「そうか。良くはないがそれならまだ……治す手立ては?」


「時間の問題だとは思う。データの処理さえ終われば意識は戻るはずだよ。だが一番の問題は別にある……」


「と言うと?」


 はたから不安そうな顔色で見ていた瑞希、それを気遣ってか、ヒジリは一泊置いてから神谷へと言った。


「少し席を外そうかキョウ」


 言葉のままに建物から出た二人は辺りを見渡し、誰もいないことを確認した上で口を開く。ヒジリはその手に握りしめていたある物を見せ、神谷は驚きの顔を見せながら。


「これは警告だろう。摘出した弾丸にこんなものがあった」


「……これは」


 ヒジリの手にしていた弾丸、それは子供の体内に残った一つのメッセージ。弾丸という物体データに刻まれた可視化できる文字情報があった。『希望ノ開花ハソコニ』という刻印が。


「意味は分からない。何かしらの計画、陰謀に僕達レーヴァテインが邪魔だという警告の意味合いが強いように僕は思う。キョウはどう見る?」


「……俺はヒジリ程頭が良いわけでも読みが鋭い訳でもない。だがシルフィーを保護した途端にこの騒動だ。そう(・・)受け取るのは安直だと思うか?」


「……いや、実にキョウらしく素直で良い考えだと思う。君の持ち帰った情報と照らし合わせて先手を――」


「神谷……っ!」


 会話を断ち切るような大声に二人は視線をそちらへと向けた。神谷にとってその声は見知ったものとは大きく差異があり、当事者が非常に焦っている事がそれだけでも十分伝わるものだった。


「シルフィー……?龍奈!?」


 それは普段の冷えきった声色のシルフィーとはかけ離れていた。強い焦燥感に駆られたかのような声と表情の彼女が映る。その肩には力なく項垂れる龍奈を添えて。


「龍奈が……っ私を、庇って……っ」


「龍奈!!大丈夫か!意識は……っ」


 近くまで駆け寄った神谷に答えるかの如く、顔を上げた龍奈は引き攣った笑顔を見せる。そして誰が見ても分かる強がりを言ってみせた。


「へーきへーき……ちょっとしくじっちゃった……」


「シルフィー、何があった?詳しく――」


 ――事態の言及を求めた神谷の言葉は遮られた。それはレーヴァテインという部隊において頭脳の役割を担うヒジリの指令によって。


「キョウ、ハネライドさんを守れ」


「っ!」


 彼らの頭上、その空間を切り裂いた何者かが垂直に刃を振り落とした。虚空から飛び出し、落下する重力と腕力を上乗せした垂直の一太刀。神谷は咄嗟に異能神装(エスペランティア)を装着した腕を交差させてそれを受け止めたのだった。


「誰だ…っ!お前は!!」


 吠える神谷とは対照的に冷静なヒジリが言う。


「君が直々に出てくるとは……事態は急を要するということかな。浅霧(あさぎり) 深夜(しんや)


 受け止めた襲撃者の一太刀、そこから流れるように距離を取るために繰り出されたみぞおちへの前蹴り。神谷はそれをいなし、シルフィーを守るように構えた。


 異能の力を纏う神谷を前にしても襲撃者は眉ひとつ動かさず、同じく蒼い(・・)斧槍(ハルバード)を肩に担いだ。戦闘態勢を取る神谷に微塵も興味はないと、冷たい視線と共にヒジリへと言葉を吐く。


「直接会うのは初めてだな、ヒジリ。お前でもこの事態は予測できなかったか?」


「……可能性という意味合いにおいては想定内さ。だからこうして僕自身が現場にいるんじゃないか。最も……できれば訪れて欲しくはなかった事象だ」


 その言葉の刹那、ヒジリのいた空間その物が消し飛んだ。浅霧の振るった斧槍(ハルバード)を模した異能神装(エスペランティア)による一撃。それを見ていた神谷へと冷や汗が伝う。


(まずい、こいつ強い……最初の一撃はまるで本気じゃなかったってことか)


 挨拶がてらに振るわれた一撃によって神谷の異能神装(エスペランティア)には浅い亀裂が生まれていた。そしてたった今ヒジリに振るわれたものとは威力が大きく違う事にも気が付く。最初の一撃はまるで本気ではなかったのだと。


「流石にそう簡単に当たりはしないか」


「ヒジリ……っ!!」


 浅霧の攻撃をかわしたヒジリが巻き上げられた砂煙の中から姿を表した。衣服に飛んだ砂利を払い除けるような仕草と共に、神谷は襲撃者を見据えるヒジリの姿を横目で見る。そして同時に撃退させる決心を握った時だった。


「キョウ、十五秒程時間を稼ぐよ?やれるかい」


「十五秒……?うぉ!?」


『管理者権限により強制転送を開始します』


 ヒジリが何かを操作した刹那、淡い光の粒子が神谷、龍奈、シルフィーを包み込んだ。そして同時に敵対者の斧槍(ハルバード)が風を切る。神谷へと斜めに振り落とされる蒼白の斧槍、受け流すは出現させた一本の長剣。


(重…いっ!!破壊されるっ!)


 子気味の良い金属同士の擦れる音が一瞬鳴り響き、その後神谷の長剣は粉砕した。辛うじて受け流せた斧槍は神谷の足元、その大地を砕き、エリアデータそのものを破壊する。間髪入れずに飛び込んだヒジリが言った。


「あと十三秒で転送する。キョウ、僕はしばらく動けなくなり指示も出せなくなるはずだ。だから二つの事を頭に入れて置いて欲しい」


「逃が……っすか!!」


 地を砕いた斧槍は振り上げるような軌道でヒジリへと襲いかかる。だがヒジリは屈み込むと同時に武器を持つ敵対者の手首を足裏で押し込んだ。肉体を切り裂くはずだった軌道が逸れ、大気を震わせるような風が神谷の髪を揺らす。


「ヒジリ!!指令は!」


「ハネライドさんを守れ、そして指示の代理は土屋に任せるよう伝えてある。そしてもう一つ――」


「――死ね」


 浅霧の横薙ぎの直後、ヒジリの左腕が宙を舞った。電子データの破壊性能を持つ異能神装(エスペランティア)と肉体の接触、瞬きよりも短い凝縮した時の狭間で起きた均衡の中、極短い斧槍の制止にヒジリは紙一重でその攻撃をかわした。


 斜め後方へと飛び退いたヒジリの行動を見逃す神谷でもない。直結命令(ダイレクトリンク)の恩恵によってその行動を先読みした神谷が剣を振るう。手加減など微塵も含まないそれは、焦りを込めた一撃だった。


「……っ」


 浅霧の位置する場所を空間ごと刈り取る斬撃の風はエリアそのものを切り刻む。だが斧槍の横薙ぎ、それによって音叉のような音色と共に神谷の攻撃は無効化された。


「ヒジリもう一つは……っ!」


「指示に固執せず、君自身の意思を最優先するんだ」


 ヒジリからの指令を聞き遂げた後、神谷の視界は一転した。瞳へと映るは高くそびえ立つ劣化したビル。数々のビルと同じくして建材データの一部が破損した一軒家が建ち並ぶエリアだった。


「ここは……」


「神谷……ここは……?」


 龍奈が答える。


「随分と遠い場所に逃がしたねぇ……ひじりん」


 ある建物は屋根が修復しておらず、またあるビルは足元の建材が崩壊して不自然にそびえ立つ。ここはテイルニアにおいても遥か僻地に位置する『忘却エリア』だった。


「ここは随分と昔に開発が止まった市街地エリアだ」


「市街地……?元々は……人が住む……予定だった?」


「あぁ、俺も理由は知らないが何かしら事情があってその計画は凍結されたらしい」


 シルフィーへと自身の知るエリア情報について簡潔に伝えた神谷が問う。


「……龍奈、シルフィー、そっちでは何があったんだ?」


「こっちも似たようなもんだよ〜!街中なのに路地に入った途端急に襲ってきてさ〜」


「龍奈……ごめん。私を庇ったせいで……」


「大丈夫だってシルフィーちゃん!ドジったのは私なせいだし〜」


 そう言った龍奈ではあったが、神谷から見た彼女は立つのもやっとといったところだった。布面積が少ないせいかその被弾箇所は一目瞭然であり、全身に弾丸の掠った跡が目立つ。特に両肩と左足は直撃していることが見て取れた。


(まずいな……もしシリウスやその他の暗部が強硬策に出たら治療すらままならない……)


 神谷の思考した強硬策とは、レーヴァテインの肉体修復装置を設置したエリアの占拠を意味する。無論一般市民が利用するメディカルセンターでも修繕は可能ではあるが、アジトを失うという点においては精神的な負担が大きくなるのだ。


 神谷を含めた一同はそれ以上口を開くことはなく、重苦しい空気がのしかかる中再び転送の光が瞬く。それは意識のない孤児ではない。ヒジリが託した方針を握る一人の仲間だった。


「神谷達!大丈夫か!」


 黒い縁の眼鏡を掛けた土屋(つちや) 柊真(とうま)だ。

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