24話 異能の拒絶反応
直結者は『CPU』と言う名の緩和剤を介していないが故に、電脳世界で受け取った情報を全て脳細胞が受け取ってしまう。例え本物の肉体でなかったとしても、脳が死を受諾してしまえばそれは生物としての終焉を意味するのだ。
首を落とされれば死ぬ。胸を撃ち抜かれれば死ぬ。頭部が吹き飛べば死ぬ。溺れれば死ぬ。窒息すれば死ぬ。過度な激痛はショックで死ぬ。そんな脆い世界で生きるのが直結者だった。
「うぅぅ……っ!!あぁぁぁっ!」
袖を通したパーカーごと上腕部を切断された龍奈は、苦悶の表情で蹲ってその右腕を抑えていた。そんなことで痛みが軽くなるはずもない、それでも無意識に抑えてしまう。
「大袈裟ですね……と言いたいですが、まさか本当に……?」
「はぁ……っ!はぁ……っ!生憎…っ!演技じゃないんだよねぇ…っ!」
龍奈は強がってそう返すも、険しい表情の裏側は泣きそうでいっぱいいっぱいだった。本音を言えばのたうち回って泣き叫びたい、痛みをとにかく紛らわせたいという一心だった。
それでも目の前に敵対者がいる以上、彼女は闘志を消さない。その意思が物理的に体から切り離された異能神装を左手に戻そうとした時だった。
「これは預かっておきますね」
「ダメ!!異能神装に触らな――」
敵対者が異能神装へと手を伸ばし、龍奈が制止の声を掛けるもそれは無意味に終わった。彼女が蒼白の銃を光に戻すよりも先に敵対者の手が触れてしまった。
そして不幸中の幸いと言うべきか、敵対者のそんな好奇心とも取れる行動が、龍奈にとっての危機的状況を打破することになる。
「えっ……!?」
敵対者が狙撃銃に触れた途端、相殺術壁が一瞬で砕けた。間髪入れずに敵対者の左腕は聞くもおぞましい骨の粉砕音と共に、紙で畳んだバネのように折れ曲がったのだった。響くは龍奈と同じくして悲鳴。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ダメって……言ったのにっ!」
「痛っ…あっ……――」
玩具のようにクシャクシャになった敵対者の左腕。小柄な少女は目を返したかと思えば、そのまま電池が切れたように地面へと倒れ込んだ。この現象こそが直結者と非直結者の最大の違いと言えるだろう。
「強制終了しちゃった……」
CPUは過度な痛みを感知した際、脳へのダメージを軽減させる最終手段としてテイルニアと意識を切り離す。それは強制的なものであり、本人の意思はない。龍奈の異能神装に触れた少女は、その拒絶反応によってその現象を引き起こしたのだ。
「助かったけど……痛たたた……っ」
無造作に転がる異能神装と敵対者。空色の髪を持つ少女を少し見た後に狙撃銃を左手に持った。そして切断された右腕を電子データに戻し、所持品として回収する。
(流石に撤収……)
蒼白の武具によって空間そのものに亀裂を作り、来た時と同じくして世界の狭間を渡り歩く。帰りに表の世界へと飛び出したのは屋上ではなく、学園領土の少し外だ。匿名装衣も解除した彼女は心の中で思う。
(完全に油断した……所詮学生と思ってたらとんだ化け物だった)
龍奈にとって個人的な感想ではあれど、現役の天剣第一星は強かった。敵対者の少女、その幼さゆえの好奇心がなければ今頃自分自身はこの世にいなかった可能性さえ考えられた。
異能神装という強さのハンデがなければどうなっていたのか、帰路を歩く最中に龍奈は苦笑いを落とす。そうやや俯いて歩いていると、月明かりが伸ばした目の前の人影に気が付き顔を上げた。
「派手にやられたね」
「つっちー!?なんでここに?」
壁に背を預け、夜道で龍奈を待ち構えるように立っていたのはレーヴァテインの一味だった。名は土屋 柊真、眼鏡を掛けた黒髪長身の男性だ。
「ヒジリにここで君を待つように言われてね、後三分経っても来なければ助けに行くように指示を受けてたよ。良かった、仕事せずに済んで」
「縁起でもないこと言わないでよっ!!」
「割と冗談でもないよ。無事で良かったってこと」
柊真はそう言い終えると仲間へと通話をかけ始めた。レーヴァテインの保有する生活エリア、そこで務める一人の人物へと。それは神谷と同じく荒涼級の称号を持つ女性であり、本当の意味で戦いに向いていない者だった。
「もしもし新島?西口が怪我をしてしまってね。うん、遅い時間なのに悪いね」
「あれー?瑞希起きてたの?」
「新島も大変だよね」
通話相手の名を新島 瑞希と言う。瑞希はレーヴァテインにとって母親のような存在に近い。それは神谷達にとってという意味ではない。彼らの保有するエリアは身寄りのない子供達を預かる孤児院でもあるのだ。
「さぁ一度戻って治そう。それからヒジリが西口と合流出来たらしばらく孤児院で待機していてくれとも言ってたな」
「えぇー!!せっかくきょーくんと同棲してたのにぃ!!」
「我儘言うなよ、多分その愛しの神谷が仕事を上手く仕上げて来たってことだろうさ」
「おぉ?やっぱシルフィーちゃんとやらはビンゴだったかぁ」
「シルフィー?」
「げっ、ひじりんってばつっちーにも任務言ってないの?」
「いつものことだね。なるほど……ヒジリが新島に菓子折りを持って行ってたのはあれか?保護対象が増えるって意味合いだったのかな」
「用意周到すぎてヤクザみたい」
そう言いながら二人はメニュー画面から一つの項目をへと指を触れ、共用エリアから自身の部隊が保有するエリアへと転送を行った。無機質な機械音声による転送開始の合図、七秒程で二人の視界は一気に変化を起こす。
「おかえりなさい、二人とも」
「ただいま〜!瑞希〜!」
龍奈の視界に飛び込むは桃色の和服に身を包んだ女性だった。騒がしい龍奈とは対照的に、優雅で落ち着きを放つ瑞希が微笑む。長く伸ばした黒色の髪は後頭部でまとめられ、残した二つのもみあげが傾けた顔に合わせて揺れた。
「酷い損傷じゃありませんか……さぞ痛かったでしょう?」
「痛かったよぉぉぉ〜!!癒して瑞希〜!」
「私にそんな力はありません。どうぞこちらへ」
瑞希のすぐ後ろを着いて辿り着いたのは、レーヴァテインの所持する肉体修復装置。医療機関、すなわちメディカルセンターで置かれているものとなんら代わりないものである。
回収した自身の右腕、その二進数のデータを消滅させた後にカプセル型の装置へと身を投じた龍奈。五分程で肉体は元通りになった。装置に身を投じていたたった五分の間に、カプセルを出た龍奈にとっても久しく姿を見ていなかった者が訪れていたのだった。
「お疲れ様、龍奈」
「ひじりん!!ちょー久しぶりじゃん!!」
短く切りそろえた金色の髪、そして同じくして黄金色の瞳。レーヴァテインのリーダーが落ち着いた雰囲気のまま微小を浮かべ、言った。
「無事で何よりだ。仕事の話からで申し訳ないが……首尾はどうかな?」
「んー?ぶっちゃけひじりんの指示が意味わかんないからよく分かんないけどさー、とりあえずシルフィーって子はきょーくんが目をつけるって言ってたよ」
「へぇ……?そっちから見つけたか……流石だ。分かった、龍奈もありがとう」
神谷に与えられた任務はアトックの人間を二人守ること。その旨を理解している龍奈にとってヒジリの言い分はそういう事だと特に言及はしなかった。こじんまりとした室内、その一角にあるテーブルへと腰掛けたヒジリへと今度は柊真が問う。
「ヒジリ、僕の方もここで話しても?」
「土屋の方は後で聞かせてもらおうかな。それよりも一足先に伝えておきたいことがある」
対して龍奈が。
「なにー?」
「キョウがそっちを先にここに連れてきた場合、かなり派手に動くことになると思う。協力してくれるかい?」
龍奈は知っていた。ヒジリがわざわざ派手に動くと事前に告知する時、それは水面下で行われる小競り合いでは済まないことを。言わば武力と武力の衝突を意味することが多かった。
「まじぃ?きょーくんそういうの嫌がるし……大丈夫かなぁ……」
「彼には悪いが自発的に協力してもらえるよう事を運んだ。だからこそ龍奈と土屋には、彼のサポートを任せたいのさ」
柊真が問う。
「と、言うと?」
「土屋はそちらの首尾の話も踏まえて後で話そう。結論から言うとシリウスとぶつかることになるはずだ」
「シリウスと……?そう言えば今日戦った子もシリウスに所属してる風に言ってた気がする」
口を挟みかけた土屋よりも早くに、思うままに頭の中の思考を龍奈はぶつける。それに対してただ頷いてみせたヒジリ。付け加えるように黄金色の瞳が一同へと向く。
「最も僕達の妨害に対して介入してくるのはシリウスの暗部だろう。眉唾ものだったがその存在を認める他ない。そうだろう?土屋」
「あぁ、僕が調べた限りでは存在するね」
「えっとさぁ、結局そのシルフィーちゃん?が特別な人ってのは何となく分かるんだけど……シリウスにとってその子はなんなのさ?」
龍奈の真っ直ぐな疑問にヒジリは少しだけ難しい表情を見せた。それは彼の性格上、あまり口にしたくないという意味合いが強かった。
「僕はあまり確証のないことは口にしたくない。だから今から言うことは全て僕の妄想、妄言と受け取って欲しい」
「あいあいさー」
「聞かせて欲しいな」
「……ケーニスメイジャー、オリオン、カニスミノールの三すくみの関係は知っているね?」
ヒジリの口にした三つは神谷達が暮らすケーニスメイジャーを含め、全てが組織としての名前だ。この三国は互いが互いを牽制し合う関係の他、近日はオリオンが活発的になっているというのが現状だった。
そんな外交国との関係を知っている龍奈はただ黙って頷き、ヒジリの言葉、その続きを待つ。
「フィネアがいたからこそこの三国の均衡は保たれていたと言っても過言ではない。つまり……二国に薄々気付かれ始めているということさ。ケーニスメイジャーにかつての戦力はないと」
「……話が相変わらず遠いなヒジリ。それで?」
「シルフィー……だったかな?その子はフィネアに変わる兵器として利用される可能性があるということだ。そしてそんな存在を『シャドウ研究会』が野放しにする訳もない」
「つまり、シリウスの暗部と『シャドウ研究会』の板挟みになれってことかい……」
「そういうことに、なるね」
『シャドウ研究会』についてはレーヴァテインも詳しい実態を掴めていない。ただ一つ言えることは、彼らは国と国という境界線を問わず武力を求めているということ。
それはすなわち武力という点で見れば強大な力を持つ集団である事を意味する。そんな集団とシリウスの暗部に関わる任務だと理解した龍奈が引き攣った顔で言った。
「うげぇ……っひょっとして今回の任務って激ヤバなんじゃ……」
龍奈は知っていたのだ。かつてケーニスメイジャーに所属して尚、シャドウ研究会に身を置く者達の残酷さと強さを。彼女もまた過激派集団による被害者の一人だったのだから。




