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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
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23話 正義を翳す敵対者

 アトック天光学園、その地に一人の少女が夜に忍び込んでいた。太ももを見せつけるような短いズボンに胸だけを隠すようなチューブトップ。そして神谷の私物であるパーカーを羽織った茶髪の少女が匿名装衣(トーアステルス)を纏う。


「よっ……こいしょ!!」


 西口 龍奈はその手に装着した空道鉤爪(スカイアンカー)を射出し、伸びたアンカー型の鉤爪を校舎の壁へと突き刺した。鉤爪から腕までに伸びた強化ワイヤー、それと校舎の壁に足を押し付けて体重を分散し壁を昇る。


(きょーくん早く帰ってこないかな〜、顔も見たいし声も聞きたい。私もアトックに偽装入学させてくんないかな)


 既に終えた学生としての身分、龍奈はそれにも関わらず神谷と過ごす青春時代を妄想して口角を上げた。頭の中に描くは甘酸っぱい恋物語。今の彼女は自身が危険な場所にいることを自覚できていなかった。


(うへへへへへへっ!!良いなぁ!もう一回JKしたいっ!いやきょーくんと青春したーい!!)


 右手の空道鉤爪(スカイアンカー)、そのワイヤーを巻き取りながら体の高度を上げていく龍奈は、四階に位置する窓の付近で動きを止めた。目的の部屋の前まで辿り着いたのだ。


(中は……二、三……うげぇ、四人もいるじゃん)


 その思考は至極当然のものであり、ここ連日アトックに潜入し続けている自身のせいでもある。現在時刻は日付を跨いで一時十四分、このような深夜に未だ学園内部に人がいるというのは警備の為だと一目瞭然だった。


(……屋上から入ろうかなぁ)


 最短距離でアトックの情報保管エリアへと潜入するのが難しいと判断した龍奈は、右と同じくして装着していた左の空道鉤爪(スカイアンカー)を屋上へと伸ばす。


 心の内は相も変わらず五月蝿いものではあったが、潜入という場数を踏んだ龍奈の足取りには音がなかった。誰に気付かれることも無く彼女は屋上へと身を乗り出す。


(アトックのセキュリティに脆弱性を期待するのは時間の無駄だよねぇ……流石に今回限りで引き上げないと厳しいかな)


 そんな思考と共に彼女の掌に光が灯る。蒼白の瞬きが示すは直結者としての最大恩恵。彼女だけに具現化した狙撃銃(スナイパーライフル)型の異能神装(エスペランティア)を月明かりが照らした。


 躊躇なく引かれた引き金、銃口から飛び出すは光の弾丸。虚空に撃ち放たれたそれが空間というエリアに亀裂を生み出す。常人では干渉すら難しい空間という概念へと攻撃を行ったのだ。


(行ってきまぁぁぁすっ!!)


 空間の亀裂からその身を投げた少女の髪と衣服が重力に従い靡いた。そのエリアは言わば電子データで構築された舞台の裏側であり、床や天井、壁と言った概念は存在しない。


 だからこそ世界の境界線に身を投げた少女が足を着けたのは可変性の高い情報媒体。目まぐるしく変わる表の情報、光で描かれた数字の掛橋へと着地したのだった。オン(1)オフ()によって世界を投影させるテイルニアにおいて、その足場はいつ消えてもなんら不思議ではないものでもある。


「間に合うかなぁ……っ!!」


 可変情報がオンからオフへと切り替わる前に少女は足音を鳴らす。そしてオフへと切り替わり消え失せた足場。支えを失う前に龍奈は数字の足場を蹴った――


「こっわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 世界の境界線、龍奈の体が風を切り裂き空を舞う。宙の最中に光の足場から読み取るは表舞台の情報だ。やや斜め後方、自身の落下位置へと異能神装(エスペランティア)の照準を当てた。


「お邪魔……っ!!」


 険しい表情と共に伸びた光の弾丸が虚空へと亀裂を生み出す。開いた表世界への入口へと投じるは我が身。二つに分けた一言の半身を心の中で叫んだのだった。


(しまぁぁぁぁぁぁす!!)


 斜め下方向、その前方への落下、その慣性と衝撃を抑えるように彼女は両足と右手を地面へと添えて飛び込んだエリアの床を滑り抜けた。世界の狭間から再び表のテイルニアへと帰還、行き着いたのはアトックの情報保管エリアだ。


 立体図書館と呼ばれるそこは、その名の通り天を見上げる程高い本棚に囲まれた場所。従来であればアトックの教員クラス以上の者しか立ち入ることを許されない秘匿の場所でもある。


(さぁて……五回目の来場だけど、警備はいるかなぁ?)


 アトックの理事長室からのみアクセス可能であり、かつ教員の中でも選ばれた者しか転送の権限が許されない領域。ここは言わば(エリア)から(エリア)へと通じる通路がない区切られた空間でもあった。中にはその存在を知らぬアトック関係者の人間もいるほどだった。


 そんな場所に龍奈は佇む。異能神装(エスペランティア)という電子データの破壊を可能とする武具があるからこその突破網。彼女の生きる業界からすれば力業とも言えた。


「誰もいない……かぁ。まぁそりゃそうだよねぇ」


 龍奈にとってアトックの内情は、現役の生徒や一般の教員に比べれば詳しい方だろう。彼女の属するレーヴァテイン、そこにはアトックの卒業生がいる。元天剣第四星、月宵(つきよい) (あき)。仲間であるアキは立体図書館の存在を生徒現役の頃に知っていたのだ。


 天剣だから立体図書館に訪れたことがあるわけでもなく、アキにとってもそこは噂程度の領域に過ぎなかった。事実、立ち入ることが一時的に許される生徒など学園内に一人しか存在しない。それでも尚、閲覧したい情報を前もって申告し、学園内最高権力者の承諾があって初めて入室は達成される。


「んー……アトックは情報多すぎて中々欲しいやつが見つかんないんだよねぇ」


 そしてもう一つ、学園内最高権力者との交渉権を持つただ一人の生徒は、ケーニスメイジャーにとって正義の象徴を持っていた。正義の存在であり、交渉権を持つからこそその入室の難易度は大きく下がる。だからこそ龍奈は狼狽する事態に陥ることになった。


「随分と図々しいネズミがいたものですね」


「っ…――」


 龍奈の背筋へと走った冷たい悪寒が反射的に回避を成功させた。本棚と向き合っていた彼女の両足は、咄嗟に地面を蹴って跳ねていなければ体から分離していただろう。刈り取るように振るわれた純白の長剣が折り返し、再び牙を剥く。


「うっそ……っ!!ほんとに気配ないんだけどっ!!」


「あら?私の事を知っているのですか」


 空色の髪を持つ敵対者、小柄ながらに威圧感を放つその少女の長剣が空を切る。屈み込みながら後方へと飛び退いた龍奈は引き攣った顔のままで異能神装(エスペランティア)を力強く握った。


(やっば……っ!きょーくんから聞いた限りだと天剣第一星じゃんっ!教員ならまだしもなんで生徒が……っ!)


 僅かに睨み合う両者、そのまま龍奈は言葉を返す。


「天剣第一星だよねぇ……っ」


「……悪いですが今の私はアトックの生徒じゃありません。シリウスの一兵士として、不審な貴方を捕らえさせてもらいます」


 その次の瞬間目の前から天剣第一星が消えた。反射的に見上げた龍奈の視界へと座標を移した敵が映り込む。敵対者の持つ想像の特質、仲間の青年から聞いた前情報を持ってしても驚きを隠せるものではなかった。


「っ……!」


 振り落とされんとする上空の長剣、それを受け止めるように異能神装(エスペランティア)を両手で構えた龍奈。だがまたもや視界から天剣は消えた。正面から上空へ、そして上空から背後へ――


「うわぁぁ…っ!!」


「……?今のを反応しますか…」


「執拗に足狙うじゃん!?やめてよ!!私の武器だよっ!!女の子なら分かるでしょ!」


「どうでも良いです。それよりも今の動きを見て気が変わりました。一つ伺いたいことがあります」


 瀬戸際の回避劇を見せた龍奈はそんな天剣の言葉に警戒を強めた。それは戦闘面におけるものだけではない。言葉と言葉、その投げ合いから情報を漏らさないという意味合いも含む。


「あなたが手にしているその蒼白の銃……形状は違えど似たものを見た事があるのですよ」


「へぇ……だから?」


「あの時は篭手(・・)だったのですが、洗いざらい知っていることを話すなら見逃してあげても良いです」


「……シリウスの人がそんなこと言っちゃって良いの〜?私も真っ当な人間じゃないけどさぁ?あんたも大概だね」


「世界には異質な力が存在する……私はその答えが知りたいのです。別にあの男でなくとも構いません。あなたが代わりに私に教えてくれるなら――」


(――悪いけどその人の情報だけは譲れないや)

 

 駆け出した目の前の敵対者が消える。長剣と共に上空へと座標を移した敵から発砲音が鳴り響いた。その神速を凌駕した移動術と同じくして、距離という概念を消し去り放たれた突撃銃の弾丸全てが縦横無尽に散乱した。


 座標から座標へ、座標から龍奈へと全角度から襲いかかる弾丸。龍奈は紙一重でそれを躱す。直結命令(ダイレクトリンク)による恩恵、その視界は迫り来る脅威を逃さない。


 そして回避と共にかざした狙撃銃(エスペランティア)が天へと銃口を向いた。銃先に灯る八角形の輝き、それは龍奈に仇なす脅威を振り払う牙を成す。天へと伸びる八本の光の柱、それが割れるように無数の光剣(レーザー)となり、天から振り経つ光雨(こうう)となって。


「なっ……!?」


「見たかったんでしょ?異能神装(これ)


 天へと伸びた光の弾丸は空中で幾重にも折れ曲がり、雨のように地へと降り立ち龍奈を守った。迫り来る敵対者の弾丸を光の雨がかき消したのだ。瞬間的に危機を察知したのか、龍奈と距離を置き直した敵対者が口を開く。


「はぁ……つくづく思いますね、普通じゃない。初見じゃなければ動揺してしまう所でした。ですが……創術が通用しない訳ではないのでしょう?必死に守って(・・・・・・)るのですから」


「……何が言いたいのかなぁ?」


「共通点ですよ。言ったでしょう?私はその蒼白の武具を一度見ています。そして最初に見た男もあなたも……異常な程(・・・・)に反応速度が卓越していました。まるで何かに怯えているかのように」


「……」


「無言は肯定と受け取ってしまいますね。そうですね……例えばですが、あなた達は首を切ったら死ぬ(・・・・・・・・)とかですか?――」


 投擲された長剣が龍奈の首へと伸びた。異能神装(エスペランティア)で弾いたそれが宙へと舞う。その刹那、龍奈は突如として襲いかかる息苦しさに気が付いたのだった。


(息が出来ないっ……!)


「っ――」


 弾いた長剣を拾うように空中に座標を移した敵対者が着地と同時にその刃を落とす。剣撃を見切った龍奈がそれを躱すも、わざとらしい長剣の猛攻が始まった。突撃銃(エスペランティア)と鍔迫り合いになれば体重を掛けて押してくるような、体内の酸素を浪費させるような戦法へと変わったのだ。


(やっば……っ)


 突如として息を吸えなくなった上に激しい動きを強要された龍奈は、その思考が一つの欲望に染められてしまった。息を吸いたい、酸素が欲しい、そんな海で溺れた時のような生存本能が彼女の動きを鈍らせる。


「残念ですね、まだ持って八秒って所のようです――」


 呼吸阻害によるパニック、一時的に錯乱へと陥りかけた龍奈へとその制限が外された時だった。思考を欲求に支配された彼女へと伸びた長剣、それはすんでのところで回避を許してくれなかった。


 純白の長剣、その白刃が龍奈の右の上腕部を断つように滑り込んだ。腕と共に床へと落下する異能神装(エスペランティア)。そして立体図書館へと直結者の悲鳴が轟いた。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 強制的にに転がされた異能神装(エスペランティア)、それを遠目に眺める敵対者の冷酷な瞳を添えて。

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