21話 異能と異能、蒼白の音色
異能神装を装備した神谷を前にヘルガはそれでも笑っていた。だがその次の瞬間、神谷の一振りによって斬撃が伸びた。本来では届かないはずの刀身、それを剣撃に乗せた一撃にヘルガの表情が僅かに曇る。
「おっと…っ!」
「洗いざらい吐いてもらうぞ」
「やって……みろよ!!」
直線状に伸びた神谷の斬撃、それを横に飛び退いて躱したヘルガ。神谷の放つ異常な剣撃、その恩恵は蒼白の彩りを持つ篭手型の異能神装によるものだった。
篭手を通して振るわれた武具はその性能を大きく上昇させる。剣撃は風に乗る斬撃となり、弾丸は想像の障壁さえも穿つ貫通力を得るのだ。そしてその篭手は神谷だけのもの。否、神谷だからこそ具現化した異能神装だった。
「お前とヒジリが消えりゃあ俺達も動きやすくなる!!くたばれ!!」
「吠えるなチンピラ――」
距離を詰めたヘルガの剣撃、神谷と同じくして蒼白の異能神装による一撃。腰の捻りを上乗せした、神谷から見て左から右へと流れる横薙ぎ。神谷も同じくして異能の力を帯びた刀身を振るう。衝突する異能と異能の力。
「っ……!」
「……」
それは鍔迫り合いにはもつれ込まず、ヘルガは大きく弾かれ仰け反った。対して神谷の刀身は砕け散り、振り抜いた姿勢のまま第二の刃を抜く。右手には再び剣を、左には突撃銃を。
「素直に知っていることを全部吐け」
「だま…れ!!」
折り返した神谷の剣撃、対して敵対者は左手に光と共に出現した逆手持ちの鞘で再びその剣を破壊した。仰け反る敵対者、その隙を神谷は逃さない。流れるように突き出した突撃銃、その引き金にかかる指に力が籠る。
「っ…!」
「撃たせるかよ!!」
ヘルガは仰け反った反動を利用し、衝撃に逆らわず背骨を軸に反時計回りに体を回した。遠心力を上乗せしたヘルガの回し蹴りによって、突きつけた至近距離の突撃銃へと蹴撃が襲う。流れた射線、明後日の方向へと乱射される突撃銃とその発砲音。
(直結者なだけはある……このヘルガって奴――)
対してヘルガのその行動を先読みした神谷は再度右手へと剣を取り出し、右下から左上へと切り上げた。巻き上がる切断の衝撃波。だがヘルガには届かない。素早い反応速度で斜め後方へと飛び退き神谷の斬撃を躱す。
同じくして直結命令の恩恵を一身に受けるヘルガには、神谷の猛攻さえもコマ送りのように映っていたのだ。それはすなわちお互いの予備動作、攻撃の予兆が見えているということ。
「死んでくれや、神谷鏡っ!」
斜め後方へと飛び退き、先程の斬撃から飛び出すように躱したヘルガが蒼白の鞘を投げ放つ。回転しながら飛来する鞘を前に、神谷は推測した敵対者の異能神装の性質から武器で弾くことを取りやめた。
(さほどアイツの剣撃は重くない、だがそれでも武器を砕くカラクリは――)
直結命令による思考加速が飛来する鞘を捉えた。左手を構えた神谷が払う動作と共に篭手と鞘を接触させる。その刹那、両者の異能神装が甲高くも美しい音叉のような音色を響かせた。
「何……?この音……」
そんな二人の異能神装が奏でる音色にシルフィーが口を開くも、神谷はすぐさま迫り来るヘルガへと右手の剣を構えた。だが振り抜くよりも早く、敵の刀身が再びその剣と重なり火花を散らす。
「っ……!」
「ははぁっ!!篭手が武具の性能を高めるなら、お前の武器を全部破壊してやんよ!!」
ヘルガの左手が光を放ち、先程弾いたはずの鞘が手元に現れ孤月の軌道を描いた。それが神谷の突撃銃を砕き、押し寄せるような猛攻の口火が切られた。両の手に握る蒼白の刀身と鞘、二本の軌道が神谷へと決断を迫る。
(避けたらシルフィーに当たる……か)
故に神谷は武器を失った両手を前に伸ばした。左手にはヘルガの刀身を、右にはその鞘を、シルフィーを守るようにその二本の牙を掴む。異能の音叉が奏でる音色、両者のそれを共鳴させながら。
「馬鹿がっ!!そのまま異能神装ごと砕いてやるよ!!」
「……やってみろよ」
「っ……!」
至近距離で剣と鞘の間から睨み合う神谷とヘルガ。接触した敵の異能神装が神谷へと曖昧な情報を絶えず伝える。拮抗する異能の特質、ヘルガの砕くという意思が篭手伝いに伝播した。
見えない負担を篭手へと受け続ける神谷だが、表情は一切変えずに鞘と刀身を握る指の力を強めた。これは両者にとって単純な力比べだけを意味する拮抗ではない。
「なんで……っ!砕けねぇっ!!」
「……」
「なっ!?」
敵の異能を握る神谷の手に力が籠る。そしてそれは日本刀を模した刀身と鞘に亀裂を生んだ。砕こうとしてきた敵対者に対し、同じことを神谷は返したのだ。異能神装の鍔迫り合い、それは両者の特質をぶつけ合うことを意味する。
「どうした?お前と同じことをしただけだぞ?」
「くっそ…っ!」
「このまま砕かれたいのか?早く降伏しろ」
「馬鹿が。んな事するくらいならシャドウに食われた方がマシだってんだよ……っ」
異能神装という矛を振り回していた両者にとっては、最早シャドウという存在は警戒するまでもなかった。事実二人の攻防、その余波だけで地下空間のシャドウは全て霧散していたのだから。
「そうか、なら仕方ないな」
ヘルガの否定的な言葉を合図に神谷は渾身の力で敵の刀身と鞘を握りしめた。押し合うような力と力、そして異能と異能の拮抗。それは突如として雲を掴むような感覚で消え失せた。
「やってられっかっ!」
「っ……!」
突如として異能神装を虚空へと消し去ったヘルガ。神谷の右真横を抜くように走りさろうとする敵対者、それに対して神谷は咄嗟に左手へと剣を握る。ヘルガが逃亡を図ろうとしていることは一目瞭然であり、故の追撃の剣。そのはずだった。
「ほらよ、被検体九〇六五を守るんだろ?あっはははははっ!!」
「お前……っ!」
すれ違い様にヘルガは振り返り、神谷とシルフィーの元へと大量の榴弾をばらまいた。思考加速を施した神谷の視界がその中の一つへと奪われる。安全装置のピンが抜き放たれ、ゆっくりと開くセーフティグリップへと。
(まずいっ!!いくら異能神装でもこれは――)
神谷はいついかなる時も他人に縋るような期待はしない。それは戦場にいる時ならばより色濃いはずだった。だがたった今訪れた状況を前に、淡い期待をシルフィーへと抱いてしまった。
落ち着きを取り戻した彼女が相殺術壁を展開することを。だがそんな妄想は神谷の向けた視界、そこに映りこんだシルフィーの表情が尽くを否定する。
|死なない事に慣れている《・・・・・・・・・・・》はずの少女は絶望的な顔を浮かべていたのだ。そしてそれは神谷にとって嫌な過去と重なった。神谷は知っていたのだ。本能的に刻まれた死の恐怖を、それを思い出させる渇望を。咄嗟に手に持つ剣に付与するは鞘、振るうは剣圧という風だ。
「っ!」
苦悶の表情と共に神谷の脳裏に過ぎる恩師の言葉。
『生きて、それが僕の生きた証になるから』
篭手の恩恵を借りて渾身の力で巻き上げた榴弾を跳ね飛ばす風の壁。そして間髪入れずに恐怖を凝縮した雫を溜めるシルフィーを押し倒す。榴弾と捲りあげた風壁を背に、神谷は守るという強い意志の元歯を食いしばったのだった――
「うぁ……っ!!!!」
「きゃあぁっ!!!!」
一つの榴弾の発火と共に他の榴弾も連鎖爆発を引き起こし、神谷の巻き上げた風壁すらも吹き飛ばす熱風が辺りへと拡散した。地下空間を照らす身を焦がすような爆発の黎明。その破片と熱が神谷の背中を直撃したのだった。
「うぅ……」
「無事……か?……シルフィー……」
「神谷!? 神谷!!」
「敵…は……っ?」
立ち篭める白と黒の煙幕、シルフィーを押し倒した姿勢のまま肩越しに背後を見た神谷は安堵の息を着いた。視界は悪いがそこにヘルガの姿は既になかったのだ。爆風に巻き込まれないよう転送で逃げたのだと推測する。
「そんなことより…っ!早くメディカルセンターに……っ」
「……怪我はないか?」
「私は大丈夫だから……っ!ごめん……っ」
「謝るなよ……無事なら良かった」
軽くシルフィーの髪を撫でてから神谷が立ち上がろうと腕に力を入れた時だった。肉体に刻まれた損傷データが悲鳴を上げる。小さな彼の呻き声にシルフィーがその体を支えた。そして粒子と共に消える蒼白の篭手。
「神谷……っ!」
「悪い……」
少女の力を借りて立ち上がった神谷の服はボロボロだった。否、衣服だけに留まらず全身に帯びた傷が痛みを訴える。そこでシルフィーはようやく己の求めていた答えの輪郭が見えたのだった。
「私……何も分かってなかった……っごめんなさい……私のせいで……っ」
「良いって言ったろ?それより何も分かってなかったってのは……どういう意味だ?」
「……私は……自分という存在が曖昧なの……私は私のはずなのに――」
シルフィーの途切れ途切れに紡ぐ言葉は眩い光に遮られた。地下空間へと転送による移動で現れた二人の人物によって。空色の髪と跳ねるアホ毛、そして目付きの鋭い学年長が駆けつけた。
「大丈夫ですか!?二人とも!!」
「無事か……っ!」
神谷達の担任であるノゾミと学年長シャーネスが二人の顔を覗き込む。だが神谷の容態を見たノゾミの顔色が一気に青ざめたのだった。
「わぁぁぁっ!?神谷君酷い怪我じゃないですかー!!」
「大したことないですよ」
「そんなことある訳ないでしょう!?シルフィーちゃんは怪我ありませんかっ!」
「ない……です」
彼女の外傷は全く無いわけではなかった。だが思い詰めたような表情のシルフィーを見て神谷はその心象に理解の一端を寄せた。今のシルフィーの心を埋め尽くすは痛みという過去の媒体であると。
「ところで先生、ミリーシャ達は?」
「無事ですよっ、皆さんから不審者の報告も受けていますっ」
「そういう訳だ。私の権限で試験は一時中止、複数手に別れた教員が森林内の生徒を保護していたという流れだ」
ノゾミに続いて補足説明をシャーネスから受け、教員二人はその後少し話した後に、片方は転送によって姿を消したのだった。残ったノゾミが再び神谷とシルフィーへと向き合う。
「……さて、お二人も転送の準備をしますねっ!」
「「はい」」
「……まずはシルフィーちゃんからですっ」
転送の光がシルフィーを包む。メニュー画面を操作しているであろうノゾミのその手が止まった。
「……神谷君、平気ですか?」
「何がですか?傷なら――」
「分かってますから誤魔化さなくて大丈夫ですよ。今は私しかいませんから……直結してますよね?」
「……」
「簡単に情報を口にしてはいけない世界で生きる者同士、信用してくれとは言いませんがお礼がどうしても言いたかったのですよっ!」
神谷は自分でも気付かない内に戦場の顔付きになっていた。だからこそそんな神谷の雰囲気に気が付いたのか、やや慌てた様子でノゾミが言う。
「娘がお世話になりました」
「…っ!」
その言葉と共に神谷は口を挟む間もなく、転送の光に包まれてクラスメイトの元へと移動したのだった。




