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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
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2話 学園七つの星天

 ヒジリと音声通話を終えた神谷は足早にアトックへと向かい、広大なエリアを持つ学園内部へと辿り着いていた。


 青黒い紺色のブレザーに、水色と白のチェック柄のネクタイ。神谷が身に包む制服の彩色であり、同様の彩色を纏った大勢の人間が彼の視界へと映る。


(俺と同じネクタイもいれば違う色の人もちらほらいるな。異色のネクタイの人は上級生か?)


 自身とは異なるネクタイ色を持つ人間に、そんな感想を神谷が抱いた時だった。新たな門出に微かな不安と希望の混じる雰囲気が突如として変貌を遂げる。まるで打ち合わせしていたかのような同調行動。


 神谷を含めた一同の視線が七名の集団へと突き刺さり、ある者は歩む足を止め、またある者は野望に溢れた眼差しをそこへと送る。そこに映るは学園の頂点。


「【天剣】だ……っ!」


「『七つ星』ってあの人達じゃない……?」


「あれが学園七人の最優秀生?」


 口々に皆がそう言葉にし、ただ一人何もアトックの制度を理解していない神谷だけが状況を理解出来なかった。それでもあの男女七名がただの生徒でないことは分かるだろう。


 ネクタイだけでなく、他者とは明らかに催しの違う純白のブレザーを身に纏う七つの【天剣】。それはこの学園において他の者とは一線を引いた強さを有することを意味するのだ。


「あれがアトック天剣……」


 【天剣】へと羨望の眼差しが集まる中、偶然神谷の近くを歩いていた一人の男性が零した言葉。距離が近かった故に必然だったのかもしれない。気が付けば神谷は無意識に彼へと問いかけていた。【天剣】の称号が意味するものについて。


「【天剣】って?」


「え……?あ、えっと……君も新入生です…か?」


 身長百七十程の神谷に比べておおよそその肩ほどしか背のない小柄な男性。幼い顔立ちとどこか遠慮気味な発声、神谷にとってこの者の第一印象は気弱な男の子に映ったことだろう。


「そう、俺も今日からアトックに入学したんだ。神谷 鏡、君は?」


「僕は(かえで)福雅 楓(ふくまさ かえで)って言います…っ!アトックに入るのに【天剣】を知らないんですか…?」


「うん。えぇっと……?まぁ、親の言うままに嫌々入ることになったから……詳しくは知らないんだ」


 詳しい自身の素性を話すことができない神谷にとって楓の疑問、質問には正直に答えることが出来なかった。当然神谷の入学手続きを行ったヒジリについてもその関係性を話すことなどできず、嘘をおりまぜ真実をぼかす。


「そうなんですね……?ちなみに【天剣】って言うのはアトックの頂点ですよ。文字通り、僕達の脅威とされる【シャドウ】を単騎で複数体相手取れる程ですっ!」


「なるほどな」


 楓の口から出た【シャドウ】という単語に僅かながら神谷の表情が変わった。その名が示すのは世界(テイルニア)に住まう生命体の脅威であり、アトック天光学園のように、個人の『強さ』を育成する場はこの存在に対抗するためにあったとも言える。


「なんだか反応が薄いですね…?まぁピンと来ませんよね、【シャドウ】なんて普通に生活していれば滅多に見ることなんてありませんし」


「普通に……か」


「え?僕何かおかしなこと言いました……?」


「いや、なんでもないよ」


 『普通の生活』


 それは神谷から最もかけ離れた待遇であり、本人が最も渇望しているものだろう。【シャドウ】という脅威など、神谷にとってはさほど珍しい存在ではないのだから。


 感情も、記憶も、命も、そしてそれら以外の全てさえも0と1に換算されたこの世界。通貨とある程度の肉体データさえあれば『命』すら復旧が可能な人類が、それでも【シャドウ】を恐れるにはたった一つの理由があった。


「それにしても凄いですよね……天剣は既に何度も実戦経験があるらしいです!【シャドウ】に食べられたら――」


「復旧さえも不可能な程自身のデータが破損するから、だろ?」


「……ぞっとしますよね」


 【シャドウ】からひとたび被害にあえばそれは存在の消滅を意味する。それは『生命』データを喰われるということ。すなわち、パソコン内部のデータが破損という状況では留まらず、パソコン『そのもの』に支障をきたし破壊されるに等しい。


「確かにシャドウは怖いしぞっとするよ……、けど俺が本当に怖いのは――」


「うわ!?神谷君大変だよ!!もうこんな時間だ……っ!早く案内に記載されてたエリアに行かないとっ!」


 神谷の言葉は慌てた様子の楓にかき消され、視界の端に映る時刻へと視線を流す。入学が決まった頃、事前に案内ファイルへと記載されていた集合時刻は朝の八時。


「七時五十分か。確か集合エリアは……」


「アトックのローカルエリア、確か僕は訓練場Aかな?」


「同じだな。俺もAだよ」


 学園の有するエリア、すなわち神谷達の現在いる領域では全ての管理と権限を学園側が有しており、神谷が登校の際に利用したエリアとはまた一線を画する。


 そしてさながらそんな神谷と楓の言葉が一つの合図だったかのように、行き交う溢れんばかりの生徒達が粒子のような光と共にその姿を次々と消した。テイルニアにおいてこの現象は特段珍しいものではなく、神谷達も続く。


「神谷君、僕達も行こう」


「そうだな」


 宙へと表示された当人にしか見えないメニュー画面。まるでゲームの世界のようなそれは、この世界に住まう者にとって全ての行動の起点となるもの。そして神谷の指が一つの項目へと触れた時だった。


 『ローカルエリア』の項目から更に細かく並ぶ『エリア名』の表示。神谷は入学が決定した頃に届いた案内に従い、『アトック訓練場A』へと指を伸ばす。


『認証システム作動中。IPアドレス確認、クリア。コード確認……11100011 10000001 10001011 11100011 10000001 10111111――』


 光の粒子と共に姿を消し去った神谷と楓。一瞬で変化した景色の先、そこは壁も床も何も無い狭間の世界、構築された舞台と舞台の境界線。


 耳を着く無機質な機械音声と神谷の周りを飛び交うおびただしい0と1の羅列、これらは全て神谷の個人情報であり、この世界で彼が『神谷 鏡』であることを証明するものだった。


『認証システム、オールクリア。生徒コード0305、あなたのIPアドレスを取得しました。次回より認証システム確認を迅速化。転送を開始します――』


 時間にして二秒程で神谷の情報を読み取った学園の管理システム。神谷を包み込むは光、それは事前に学園側が登録しておいた神谷の情報とその実際の当人データを参照し、差異がなかったことを意味する。

 

「っ……」


 転送を終えて視界へと広がったのは殺風景な白い空間。少し狭い体育館程の正方形のエリアに佇む神谷と他九名の姿。転送前に見た生徒の数を考えれば圧倒的に集まった人数が少ないことは一目瞭然だった。


『諸君、入学おめでとう。私はアトック一年の学年長を請け負う『シャーネス』。今はそれぞれランダムに選出されたメンバーで訓練エリアにいるはずだ』


「……あっ」


 姿の見えない『シャーネス』の声に神谷を含めた十名が顔を見合わせる。そしてそれが故に神谷の口から零れた気付き。吸い込まれそうな程に綺麗な碧眼と純白の長髪、登校時に接触のあったシルフィーと目が合ったのだった。


「また会ったな。同じペアになるなんて凄い偶然だ」


「……たまたまでしょ。それよりこれは…」


 シルフィが僅かに見せた表情の曇り、そこに秘められた推測は神谷の考えていたものと全く同じものであり、他八名の生徒もどうやらそれに勘づいているようだった。白い無機質なエリアがどよめいた空気に包まれる。それは不安の表れ、この先自身の身に起きる結末の危惧。


『そう固くなるな。入学試験では筆記項目しかなかったからな。単純な実戦能力を測りたいだけだ。テスト内容の説明を行う!!聞き漏らすなよ!』


「……テストか」


 学年長シャーネスから告げられたテスト内容は以下のものだった。十分間に渡って複数体のNPCソルジャーと戦うこと。己が持つ銃火器、剣、創術を持って迫り来る脅威を打ち払うという内容だ。


『今お前達がいるエリアは学園が保持する仮想空間であり、死んでもすぐに校舎前に転送されるから心置き無く死んでくれ。今いる初めて顔を見合わせた者と連携を取り、最善を尽くせ、以上。以下は五分間作戦会議とする』


「ようするに、皆で力を合わせて力を示せってことか」


「どうすんだよ!?能力テストって言ったって…!絶対これ昇級評価の項目だろ!?」


「いきなり戦うことになるなんて思わなかったわよ!!力量が分からない人達といきなりチームを組めなんて…っ!」


(まずいな……っ)


 抱えた不安を爆発させたかのように他の面々が口々に言葉を荒らげる中、ただ一人神谷だけはその頬に嫌な汗を流していた。その理由はこの試験の行く末にある。それは試験に挑む生徒の『死』が想定内という点についてだ。


(ヒジリのやつ…っ!何が久しぶりの休暇程度に楽しんでこいだよ……)


 この世界においてただ死ぬことはさほど意味をなすことではない。それこそシャーネスが言ったように、そのエリアを保持する者はその区間の(ことわり)そのものを改ざんすることすら可能なのだ。


 今神谷を含めた生徒達が立つエリア、そこに生物的な死を迎える(ことわり)は存在しない。ただ一人、神谷を除いて――


「とりあえず…!全員『創術等級』を提示しないか?」


「そうね…っ!仲間の強さも分からないなんて連携の取りようもないわ!私は一応『霊峰級』だけど…っ」


「俺も霊峰級だ」


 『創術等級』


 それは強さを示す指標のひとつ、【創術】の扱いにおいてその階級を示すものだ。上から『星天』、『蒼天』と続き、その下に『霊峰』が位置する。まさに強さの高さを示すかのごとく、『創術』を巧みに操るものは階級そのものの名が天へと飛翔するのだ。


「そこの……白い髪の娘は?」


 霊峰級を名乗り出た一人の男性がシルフィーへと視線と言葉を流し、神谷とその周りの者の関心がその一点へと集う。静かに開くシルフィーの唇、それは一同を驚嘆の渦へと誘うこととなった――


「……『蒼天』」


「「「えぇ!?」」」


 『蒼天級』、それはすなわちアトックの頂点に居座る【天剣】にも届かんとする特質。優秀な者が集まるこの学園でも一目置かれるような、そんな異質の称号なのだった。

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