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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
16/99

16話 神の代行者『フィネア・アストリア』

 神谷がアトック天光学園に入学してから一週間程が過ぎ去った頃、生徒名簿をコピーした時以来動きを見せなかった神谷は驚きの声を上げた。それは情報の一部を持ち帰った龍奈の言葉故の反応だった。


「流石はアトックだね〜、一週間かけて掠め取れたのは五人だったよぉ……」


「充分だ、それよりもこれ……っ!」


 自室にて共有したデータを前に、神谷はたった一人の個人情報に前のめりになった。それが示すは一人の知人、クラスメイトだ。膨大な0と1の文字配列を読み解き、記憶データに刻み込むその者の歴史。


「シルフィー……なんで過去の経歴が全部空白なんだ?ありえないだろ……」


「だよねぇ?アトックがそんな怪しい経歴の人間を入学させるわけないしぃ?データが少なすぎて逆に目を引いたよ〜」


「同感だ」


 従来ならばどの学園も不審な経歴を持つ人間の入学など認めはしない。特にアトックともなればそれは必然。だからこそなんの経歴も持たないシルフィーが在籍出来てしまっている事実に、神谷は強烈な違和感を感じ取っていた。


 そこで浮き彫りになる可能性、それはシルフィーという存在が何かしらの意図、目的があって他者の手によって学園に入学させられたというもの。神谷はそこに彼女の意思はないとさえ思っていた。


「これをどう取る?俺は学園が学業以上に別の意図があって運営されていると読むが……」


「ん〜、少なくともこのシルフィーちゃんとやらが、何かしらケーニスメイジャーにとって特別な人である、ってのは濃厚だよねぇ」


「だな……相変わらずヒジリのやつ、毎度毎度回りくどいことをしてくれる……」


 ヒジリに悪態をつきつつも、神谷は個人情報を公にしないヒジリの行動にある種の感心すら抱いていた。ケーニスメイジャーという枠組みは、そこから多数に枝分かれした部隊間で熾烈な情報戦を繰り広げているのだ。


 それぞれの部隊に何かしらの思惑があり、あの手この手でその目的を達成しようと策を講ずる。諜報員という存在が特段珍しくない裏の業界で生きる神谷達にとって、掘り下げた任務内容を伝えないというのは、情報漏洩をしないという点においては周り回って合理的だった。


「とりま私は引き続き学園から情報を引き抜くけどさぁ、きょーくんはどーする?」


「そうだな、シルフィーは目をつけておくとして……もう一人率先して調べて欲しい人間がいるんだ」


「あー、なんかここんとこ難しい顔してたけど、なんか原因があったんだ」


「クラヴィス・ミソア、こいつの情報があれば率先して頼む」


「りょーかぁーい」


 クラヴィス・ミソア、それは気配感知や対象の実力を見抜くことに長けた神谷でさえも、声をかけられるまで気付けなかった者の名。そして天剣の称号を持つ人物でもある。


 表面上のありふれたデータしか記載していない生徒名簿、そこに記された薄っぺらい情報の限りでは、クラヴィスという人間は天剣第六星に位置するということは分かっていた。だがそれだけだった。


「後あれだ龍奈、近々四日程俺は家を空けるから部屋は好きに使ってくれてかまわな――」


「はぁぁぁ!?なんで!?浮気!?」


「違う、学業の一環だよ。どう考えたらそうなるんだよ……」


 参加の可否を決めかねていた神谷は、シルフィーの経歴を見てからその天秤を傾けていた。違和感を放つ彼女の経歴から、守るべき対象である可能性を踏まえ宿泊訓練への参加をたった今決めたのだ。


「えぇ〜!!私が身を粉にして働いてんのにきょーくんは遊ぶんだ〜〜!!へぇ〜?ふぅ〜ん?」


「遊びに行くんじゃないだろ……?どう受け取ったらそんな楽観的に生きられるんだお前」


「そんなこと言ってこのシルフィーちゃんに一目置いてるんでしょ!?浮気しちゃ嫌だからね!!」


「そもそもお前とは交際すらしていない」


 龍奈の戯言を流しつつ、神谷は過去に奪った情報に手を伸ばした。それは自身も所属するケーニスメイジャーにとっても大きな損失を生んだ事件に関するもの。


 かつて世界規模で見ても異端の強さを誇る戦士が存在していたのだ。ケーニスメイジャー、その中の部隊のひとつである『シリウス』に属していた一人の女性。【神】と称される力量と慈愛の精神を兼ね備えた、組織の中枢にいた人物の殉死データへと神谷は視線を落とす。


「五年前に死んだフィネアの件と、今回の任務は絡みがあると思うか?」


「ぶっちゃけ分かんない。ひじりんは『全ての事象はひとつの結末を願うための片鱗に過ぎない』なんて小難しいこと言ってたけどさぁ?まぁ、ようはひじりんからしたら関係あるから任務として仕事を与えたんじゃない?」


 『フィネア・アストリア』


 女神の死はかつてケーニスメイジャーの部隊間の内戦によるものだと記録されている。市民をシャドウの驚異から守る、表舞台で活躍するケーニスメイジャーの中で最も大きな部隊『シリウス』。そこと『シャドウ研究会』による内戦で命を落としたことになっていた。


 神谷やヒジリが疑問を抱いたのは、圧倒的な強さを有する彼女が敗れたことではない。フィネアの死が表向きには伏せられたという点だ。


「なんでケーニスメイジャーはフィネアの死を公言しないんだろうな」


「歩く核兵器って言われてた位だし、他国からの侵攻、その抑止力としてフィネアの亡霊を盾にしてるんじゃない?」


「俺もその線は分かっている。けど本当にそれだけか?昔ケーニスメイジャーのデータバンクに潜入した時、不自然なくらいフィネアに関する情報が消されていたぞ?」


 テイルニアで言う死とは、すなわち肉体を操る脳細胞の停止を意味する。脳細胞が活動不可能なほど損傷しても、データで形成された肉体は本来世界には残るはずだった。植物人間のように、動かない人形としてだ。


 だが当時神谷と同様に、何かの隠蔽を感じ取ったヒジリの指令により、データバンクへと潜入して分かった事実は何も無かった(・・・・・・)ということ。フィネア・アストリアの経歴も、死因も、そしてその抜け殻となった肉体データの保管場所すらも。


「……まぁ、私は頭悪いし何もわかんないよ〜!大体フィネアさんの死と今回の任務、誰かしら二人を守る?だっけ、それが関係あったとしても私達じゃ真理までは分かるはずないって」


「だが俺が内情をもっと理解していればフィネアだって死なせずに済んだ……今回だって何が――」


 悔しさを表したかのような苦い顔の神谷は、言葉を言い切る前に人差し指を口元にあてがわれた。それ以上自分を責めてはいけないと、抱擁するかのような笑みを浮かべた龍奈が言う。


「きょーくんはいつも一人で背負いすぎ。ずっとフィネアを見殺し(・・・)にしたって嘆いて、自分を許せてないけどさ……そんなきょーくんに救われた命だってあるんだよ」


「……」


「もう自分を責めなくていいじゃん。それよりも今を生きる目の前の人を、一人でも多くその命を守ろうよ。もどかしいけど……今の私達にできるのは指令に従う他ないと思うんだ」


 龍奈の諭すような優しい口調に神谷は笑みを落とす。普段は馬鹿げたことしか口にしない彼女の言葉に神谷は気付かされたのだ。無意味な焦燥感、手探りの如く走り回る無駄な行いに。


「龍奈に慰められる日が来るとは思わなかったよ」


「人が優しくしてやってんのに何さー!!」


「けど目が覚めた。今は目の前のことに集中しようと思う」


 神谷と龍奈、そしてその上司であるヒジリ。その部隊は『レーヴァテイン』という名の元に一つの行動基準を持つ。それは表向きには『直結者』を保護するというものだった。すなわち死の危険性が高いものを守る役割を担う。


 だがケーニスメイジャーにとって、レーヴァテインに期待する役割は別にある。人の命を救うという点においては差異はない。神谷達にとって一番大切なことは、国内の無益な争いを未然に防ぐことにあった。


(考えるだけ無駄だ、今はとにかく守る対象を絞り込むしかない)


「きょーくんどしたー?またうじうじ考え事?」


「違うよ。ありがとう(・・・・・)龍奈、おかけで振り切れた」


「ふぇ……っ?あっ…う、うん……」


 たった今龍奈に向けた神谷の表情はいつものものとは質が違っていた。面倒な彼女をあしらうような、皮肉を込めた笑顔ではなかったのだ。それは龍奈にとって恋に落ちた時に見たものと同じ。だからこそ言葉を失い、しどろもどろな言葉の残骸を繋ぐ。


「どうした?顔赤いぞ?」


「な、なななななななんでもないって!うっひゃぁぁ!?近い近い近い近い近い近い近い近いっ!?!?」


「まさかアトックの潜入に神経を使いすぎたか……?熱暴走してないよな?」


 至近距離になった龍奈の顔がより紅く染め上がる。彼女の前髪を上げ、神谷の手が額へと触れた途端その頬が更に熱を帯びた。今にも泣いてしまいそうな潤いに満ちた瞳と神谷の視線が交わり、耐えかねた龍奈が吠えたのだった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?大丈夫だってばぁぁぁぁぁぁ!!ガチ恋距離やめて!?死ぬ!!死んじゃうから!!はい!は・な・れ・て・!」


「平気なら良いんだが……?」


 顔を背けた彼女は耳まで真っ赤になっていた。高鳴る鼓動を抑えるかの如く胸を手で押さえ、限界を超えて零してしまいそうになる涙を食い止める。普段の神谷に対しての強気な行動は、実は相手を好きすぎるあまりの照れ隠し故だった。


 こうして時折行われる無意識な攻撃に骨抜きにされることは珍しくはない。最も、神谷自身が意図していないため本人にとってこれ以上厄介なことはなかった。恋の攻防において対等ではないのだ。駆け引きもなく、それはただ一方的な蹂躙。


「はぁぁぁぁ……まじできょーくん朴念仁すぎ……」


「何ブツブツ言ってるんだよ。平気ならそろそろ俺は寝るから電気消すぞ」


「なんでもないです〜!!私も寝る!!きょーくんのアホ!!おやすみ!!好きっ!!」


「はぁ……?」


 龍奈の言葉をただの戯れと認識している神谷は、その本心を知る由もない。また、龍奈自身も照れ隠しが悪循環を起こしていることに気付けていない。この日は高鳴る鼓動が龍奈の眠りを妨げることになるのだった。

 

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