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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
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13話 漆黒の呪言

 昨晩、騒音の塊である龍奈と夜の攻防を繰り広げた神谷は、やや眠たそうな表情で教室の前へと辿り着いていた。そしてそれは無事貞操を汚すことなく朝を迎えられた証でもあった。


「……おはよう、神谷」


「ん?あぁ、おはようシルフィー」


 手にかけた扉、それを開くよりも早くに背後の声に反応を示した神谷。吸い込まれそうな程綺麗な青き瞳と視線を交えた後、二人は並んで教室の扉を潜る。教室の中は二日目にも関わらず、既に幾つかの友好関係の輪が出来上がっているようだった。


「おはよう、お二人共。一緒に登校してきたの?」


「ミリーシャ、違うよ。たまたま教室の前で会ったんだ」


 朝の挨拶も程々に自席へと腰を落とす神谷。平穏すぎる朝の空気に、彼は思わず心の内の疑念が表情に出そうになっていた。昨晩に起こした騒ぎ、理事長室の破壊行動は必ず学園内に知れ渡っているはずだと。まるでそれを知らないかのように、自然体なクラスメイトに神谷は違和感を抱く。


(エリアの損傷は数分もあれば治せるだろうが……全生徒に学園は告知していないのか?不審者の侵入をあえて知らせていない?混乱を招くからとも捉えられるが……)


 そんな神谷の疑問に答えが帰ってくることはなく、昨日と同じくして職員室から転移したノゾミが教室へと姿を見せる。そして何も滞りなく平穏な学園生活が始まってしまった。


 神谷自身、本来ならば起こした騒動が表に出てこないなど願ってもないことだった。実際問題として騒動は表に出ていない。だからこそ神谷の中で逆説的に浮かび上がる懸念。それはアトックの持つ裏の顔だ。


(学園が揉み消した……?だとしたら一体何のために……?)


 もしも自身の行動が全て学園にとっては意図し、仕組まれたものだったら?


 もしも昨夜の騒動が表沙汰になる、それが学園にとって不都合なものだったら?


 そんな考えすぎとも捉えられる領域まで思索を張り巡らせるも、今の神谷ではその真意は分からない。可能性として利用された(・・・・・)かもしれないという、気味の悪いものだけが残った。


「みなさーんっ!おはようございますですっ!出席をとりますね〜」


 泥に沈むような思考の神谷などいざ知れず、陽気な態度で出席を取るノゾミへと視線を流す。順当に呼ばれる名前に生徒が返事を返す中、彼もそれに続く。全員が登校していることが分かった所で響くは乾いた音。担任が両の手のひらを叩いた音だ。


「はいっ!全員いますので、昨日の代表者の集計結果を発表しますっ!!ミリーシャちゃん!起立!!」


「え……?」


 ノゾミの言葉に面食らった様子のミリーシャが席を立つ。それはクラスの投票の半数近くが彼女に集まった事を意味していた。いまだその事実を信じられないかのようなミリーシャを置いて、続く担任の言葉。


「なんとミリーシャちゃんは十六票を抑えましたので、今日からここ『一ノA-四』代表者を担って頂きますっ!ご本人は異論ありますか?」


「ない……ですけど」


 本人を除く他の生徒も異論はないようで、一泊おいてから教室に拍手が上がった。以前の代表者決定において神谷に強い当たりを見せた諸月さえも、この結果に不満の色は見せていない。自他ともに認める者が上に立つ、その事に意義を申し立てることはなかったようだ。


「ではではっ!早速ミリーシャちゃんには本日の午後からクラスを取り仕切って頂こうと思います」


「取り仕切るって……何をですか?」


「午後の時間割が四時限まるまる『国語』になっていましたが、疑問に思いませんでしたか?」


「……まぁ、多いわね、位には思ってましたが」


「実はこれ、一学年恒例の親睦を深める遠征宿泊訓練の会議に当てられていたのですよっ!!」


 遠征宿泊訓練とはノゾミの言うように、新たな門出を迎えた生徒間の仲を深める企みがあった。だがそれは建前であり、その裏にあるのはクラスごとの強さの順列を決定づけるものだ。


 当然アトックという場所に集う生徒である以上、神谷を含む全員がノゾミの言葉を楽観的に受け取ることは無い。そして生徒の懸念する進級に対する評価項目も、そこには大いに含まれていたのだった。


「あ、あれ……?み、みなさーん?旅行ですよー?そんな険しい顔しなくても……」


「皆分かっているんですよ。先生……進級がかかってるんですよね?」


 ミリーシャの言及にノゾミは苦笑いを零す。ただの親睦会ではない旅行だと判明した所で続くは神谷。


「いつからいつまでの旅行なんですか?」


「四月の二十一から二十四日にかけての三泊四日ですねっ!今からだと実質三週間ない位になりますっ!」


「三泊四日ですか……」


「何か問題でも?」


「いえ……」


 未だに与えられた任務、守るべき対象が分かっていない神谷は、旅行に行っていいものか判断できずにいた。一学年全数が旅行に行ったとしても、上級生の合計人数はそれに勝る。


 だとしても学年の人数比がピラミッド状になっている以上、一学年だけでもその数は馬鹿に出来ない。一学年から離れ過ぎるのも彼にとっては不安要素だったのだ。彼は思う。この学園は人が多すぎると。


(二週間と少しあれば龍奈が情報を取ってこれるか……?いや……いっそヒジリと直接顔を合わせて無理矢理人物を吐かせるか……どちらにせよ今は決められないか)


 旅行参加の可否決定は思考の無駄と判断した神谷は、ひとまず生徒の個人データを手に入れてから考えることにした。ヒジリが神谷に告げた守るべき人物は二人。彼自身も見落としていない可能性として、最も複雑になるのは一学年に一人、他の学年に一人という状況なのだ。それこそ旅行参加の可否など今決定出来るものではない。


 そうして何事もなく朝のホームルームは終わりを迎え、それからというもの何の変哲もない平穏な時が流れた。だがそれは神谷にとって遠慮して欲しい出来事を除けば、という条件はつく。


「神谷……お昼、一緒に……どう?」


「いいね、僕も混ぜてよ、神谷」


「ちょっと!私を置いてけぼりにしないでってば!」


「………………」


 時が流れて今は昼休み。神谷を取り囲むように弁当箱を手にするのは蒼天級三名だ。神谷から見て左にミドリ、真ん中にシルフィー、そして右にミリーシャ。


 ただでさえ他のクラスメイトから一目を浴びる三人に、こうも近寄られては神谷の内心は穏やかではない。何故ならば目立ちたくないから。現に教室の注目はそこに集まっていたのだ。


「なんとか言いなさいよ!」


「あれ?神谷は一人でゆっくり食べたいタイプだった?」


「……一緒は、嫌だった……?」


「……分かったから、これ以上騒ぎにしないでくれ」


 蒼天三人の圧力に負けた神谷は観念したかのように左手をかざす。だがこの三人と同じ空間を共有するのが嫌だった訳では無い。むしろ神谷は、この世界において必要のない(・・・・・)行いである、食事が好きな方だった。


 電脳世界での食事など生命維持に必要なことではない。そんな事で現実世界の生命維持できるはずがないのだ。故にテイルニアにおいての食事は娯楽的な意味合いを多く含む。


 一家団欒、朝のルーティーン、それこそ寝起きのコーヒーや紅茶といった、習慣的に身に付いた嗜好品のようなものだった。生体維持に不必要、それでも人類は食事という文化を切り離せなかった。それが人間らしさだから。


「へぇ、三人とも凝ってるな」


 自然と神谷が零した言葉は三名の弁当に対する感想を意味する。三名とも色彩までもを考慮した完成度の高い弁当だった。食べずともその味は誇れるものだろう。


「別に、わ、私はマ……お母さんに作ってもらってるし」


 ミリーシャに対し、続くミドリ。


「僕は妹と弟もいるから、前日に纏めて作ってるんだ。朝弱いしね」


 苦笑いを添えたミドリ、そして次はシルフィー。


「私は……別に、手は…かけてない……」


 三名の微かながらも日常の透けた発言に相槌を見せた神谷、その手に伸びる弁当箱を前に自然と視線が集まる。神谷自身、早朝、もしくは前日に弁当を作るルーティーンを取り組んでいた。それは昨日の入学式の日も同じ。


 だからこそ彼は忘れていた。否、警戒していても尚、寝不足気味だったが故の神谷の油断。彼は見落としていたのだ。自室に蔓延る頭のおかしい妖怪を――


「っ……!?」


 弁当箱の蓋を開けた刹那、神谷の視界に飛び込んだ『LOVE You♡』という海苔の文字に轟音が鳴り響いた。それは教室に木霊した弁当の蓋を閉じる音。彼の焦り具合は最早、天剣第一星を相手取った時を凌駕する勢いだった。


「…え?神谷って、そういう人が……?」


「待ってくれミリーシャ、違う……これは違うんだ」


「隅に置けないなぁ、神谷?」


「ミドリ、違う、違うんだ」


「………………」


「せめて何か言ってくれ……シルフィー……」


 帰ったら龍奈の頭を砕く思考を重ねた神谷は、弁当箱の蓋を目隠し代わりに箸で海苔を全て引きちぎった。「やってくれたな」という表情のまま海苔で描かれた呪言を排除した後、神谷は話題を逸らすべく一つの議題を振る。


 勿論神谷にとってはそのような議題に関心のひとつもない。一刻も早く弁当の話題から逃げられればそれで良かったのだ。


「んんっ!それより、遠征宿泊訓練ってどんなことするんだろうな」


「さぁねぇ?私もまさか一学年から遠征訓練なんて実施するとは思ってなかったから、まるで想像がつかないわ」


 彼は通した視界からミドリとシルフィーも同じ気持ちだと察した。続いて予想のつかない訓練内容について、いくつかの想像案を提示しようとした際にシルフィーが口を挟む。


「訓練内容は分からないけど……多分、班に別れるとは……思う」


 対してミドリが。


「それは間違いないだろうね。どうだい?せっかく一足先にぶつかった仲なんだ、僕達で一緒の班になるっていうのは」


「私は良いわよ」


 ミドリの案に即答で了承を返すミリーシャに続き、シルフィーも頷く。行くかどうかが不明な神谷も、その旨を踏まえた上で応えた。


「自己都合だが旅行に行けない可能性もある。行ける運びになれば、こちらこそ喜んで」


 小さな食事の間に四人の笑顔が咲いた。ただしその本質が一人だけ違うということは、その本人以外には知る由もない。ただ一人、神谷の笑顔だけは異なる理由を含む。良かった、話を上手く逸らせて本当に良かったと、安心の意味合いが多かったのだった。

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