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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
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12話 騒音の共同者

 アトックの入学式を終え、日付を超えた深夜に二度目の帰宅を迎えた神谷。真っ暗な部屋に照明の電源を入れ、壁に持たれたまま静かにその体を落とし込む。予想外の疲労と安堵感、勝ち取った生の実感を噛み締めた。


(危なかった……天剣が介入してくるのは予想外だった)


 生徒名簿のデータをコピーするだけだった彼の目論見へと介入した天剣の称号を持つ生徒、その人物と実際に交戦した神谷は、ようやく今朝方新入生がそこに向けた羨望の眼差しの意味を理解した。


 交えたからこそ分かる自他ともに認められた天剣の強さ。その称号は欲しいと願っても到底手に入れられるものではない。彼はその身を持ってその称号の重さを理解したのだ。


 何せ天剣の少女は禁じられていた神谷の異能(・・)を使わせたのだ。それは例え天剣第一星が相手と言えど、異能の力が創術とは土台から違う能力的高さを秘めていることを意味する。まさに赤子の手をひねるようなものだ。


「……久莉空 奏。そういうことか」


 コピーした生徒名簿から真っ先に神谷が目を通したのはやはり対峙した少女だった。そしてその名、その苗字を見て不思議な納得感に包まれていた。久莉空(・・・)という日本人らしい苗字は、己の担任と同じものだったのだ。


 見ただけで他者の強さ、その特質を見抜くことに長けた神谷でさえもあの担任の底は知れていない。それ程までにノゾミの創術は完成形へと近づいていた。神谷の抱いた感想はただ一つ、あの親にしてこの子ありだということ。


「あんな母親に小さい頃からしごかれていれば強くて当然か。って……あの容姿で?あれで母親ぁ!?娘の妹って言われても信じるぞ……?」


 自分以外誰もいない部屋に響く神谷の驚きの声。誰に聞こえる訳でもないが、声の大きさを自重した神谷は再度生徒名簿へと目を向け直す。単純な好奇心だったのだ。天剣という強さを目の当たりにし、その他六名の天剣へと目を通す。


「シルヴィアーナ、ギンネス、ヴァリス、紅月、レーダニック、………クラヴィス?」


 六名の中の一人の名前に聞き覚えのあった神谷はその記憶を辿った。思い返す情景は奏と出会った職員室前のこと。あの時すれ違ったもう一人の天剣、仮面を斜めに着けたあの男だ。


「……まぁいいか。それにしても命を懸けたのに得られた情報に大したものはなさそうだ」


 彼ははなから分かっていたであろう不満をあえて言葉に変えた。仮にも世界最高峰の傭兵育成所が、あんなただのエリアに大切な生徒の個人情報を留めておくはずなどない。故に神谷は一つの決断を下す。


(今度は入るか……もっと生徒の深い情報を保管したエリアに……)


 神谷の指す深い情報を保管したエリアとは、ただの学内のエリアとは侵入経路がまた異なる。それはただの侵入では辿り着くことができない領域。すなわち、ハッキングが必要な違法行為を示していた。


(そうなると俺個人の判断では許されないし、丁度良い。口実も出来たし、ヒジリでも殴りに――)

「きょぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜くぅぅ〜〜〜〜ん!!!!」


 突如として物騒な神谷の思考を両断するはけたたましいアラートのような声。青年は心底嫌そうな顔へと変わった。静けさが支配していたはずの深夜帯では、その騒音の存在など無視できないはずだが神谷は違った。


「……」


「きょーーーーー!!私が来たよぉぉぉぉぉ!!開けてぇぇぇぇぇぇ!!」


「…………」


「えい!!」


 可愛らしい掛け声と共に響く玄関扉の解錠の音色。ガチャリ、という音を合図に雪崩のように騒音の塊が神谷の自室へと飛び込んだ。太ももを見せつけるような短いズボン、そしてこれもまた肌面積のすざましい胸だけを隠すような衣装を纏った何かは、神谷へと抱きついたのだった。


「きょーくん!!なんで無視するの〜!!」


「おい、解錠コードは渡してないはずだが?」


「ぽぇぽぇぽぇ〜?」


 わざとらしく唇を尖らせ、ぶりっ子のような声色で意味不明な言語を垂れ流した塊に、神谷は神速の速さでその頭部を握りしめた。アイアンクローによって軋む頭蓋骨の音、そしてその激痛によって溢れた悲痛の叫びが交響曲を奏でる。


「いだだだだだだだだだだだだだっっ!!ごめんごめんごめんごめん!!」


「そのぽぇぽぇ、ムカつくからやめろって言ったよな?殺すぞ……?」


「直結者にそれはジョークになってないからぁ!!」


 掴んだままその頭部を地面へと投げ捨てた神谷は心の中で溜息を着く。聞かずともはなから分かっていたのだ。この女がどうやって玄関の鍵を開けたかなど。そんなことは裏の世界で生きる者にとっては、相殺術壁(イレイザー)の如く当たり前の技術なのだから。


「で?何の用だ、龍奈(りゅうな)


「えっへへ〜、ひじりんがね〜?そろそろきょーくんがアトックの情報保管エリアに行きたがるだろうからって」


「は?まだ連絡してないぞ?」


「ひじりんが先読みしてるなんていつものことじゃーん」


 彼女の名前は西口(にしぐち) 龍奈(りゅうな)と言う。神谷と同じくヒジリを上司に持つ、言わば仲間であり協力関係のある人間だった。肩ほどまで伸ばした茶髪と、見せつけるような肌面積の多い衣装は、自身を最も可愛く魅せるためのものらしい。


 そして神谷はこの頭のおかしい女が苦手だった。それは自身に向けられるド直球な好き好きビームもしかり、過度な肉体的スキンシップが非常にうざかったのだ。そして時折放つ人間を忘れてしまったかのような意味不明な言語。先程放った殺す(・・)という言葉もあながち冗談でもない。


「だとしたら任務の話で来たのか?手短に頼む。そして早く帰ってくれ」


「もぉ〜〜、きょーくんったら〜……確かに私の体は魅力的でぇ?こんな二人きりの空間だと間違いを起こしちゃいそうなのは分かるけどぉぉぉぉぉっ!!!!」


 自身の肩へと腕を回してくねくねと体をしならせる龍奈、そこに抱くは苛立ちだ。神谷から伸びた腕が強く、速くその頭部を掴む。頭蓋骨の軋む音に乗せて結論のみを急かした。阻止するように腕へとしがみついた龍奈ではあったが、その手を緩めることはない。


「は・や・く・話・せ」


「分かりましたぁぁぁぁ!!分かりましたから離してくださいぃぃぃぃ!!」


「話すのはお前だ」


「違う!!その話すじゃない!!離さないと落ち着いて話せないからぁぁぁぁ!!」


 手を離した神谷は息を整える龍奈の言葉を待つ。落ち着いた彼女の口から出たのは、仲間と行う共同任務の内容だった。神谷が単騎で行おうとした役割を、龍奈が担うという意味だ。


「きょーくんはアトックで潜入調査があるでしょ?だから私が代わりに情報保管エリアにハッキングするってこと」


「……お前が?アキじゃなくて……?え?お前が?」


「死にてぇようだな表出ろ」


「冗談だが……そうか、アキはアトックの面々とは顔馴染みだからか」


「そゆこと〜」


 アキとは龍奈と同様に神谷と同じ部隊に属する仲間であり、アトックの卒業生でもあった。ここまでの話しで龍奈がアトックにハッキングを仕掛ける思惑を掴んだ神谷は、それでもなお不安の表情が消えることはない。騒音の権化とも言える龍奈に、侵入任務など務まるはずがないと不安が絶えないのだ。


(本当にこいつで大丈夫か……?流石にヒジリの奴もこれは人選ミスなんじゃ……)


「なんか今凄い失礼なことを思われた気がする……あっ!あとなんかひじりんが言ってたよ?早く私がきょーくんにこのことを伝えなきゃ『殴られる』って」


「なるほど、あいつ分かってて俺をこっちに寄越したんだな。やっぱり殴るか」


「こわぁ……あとね〜?でへへぇ……っ!そういう訳だからぁ〜?今日からここで私も生活しま――」


「ふざけるな。そんなことになったらお前に襲われるだろうが」


「それはまぁ……えぇ。襲いますとも」


 あまりにも潔い龍奈の返事に頭を痛めた神谷は、この奇っ怪な生き物との対話をやめた。要点以外の会話は無意味だと、なんの生産性もない無駄な時間だと改めて把握したが故の選択だった。


 だが龍奈は頭がアレなのだ。それしきのことで大好きな神谷との会話(・・)を諦めるはずもなく、セクハラ紛いのスキンシップを神谷へと容赦なく注ぐ。


「で?きょーくんはいつになったら抱いてくれるんだい?」


「今後もその予定は無い」


「私まだ未使用だぜ?こんな襲いやすい服装してんだぜ?それでもついてんのか?おお?」


「新品のまま死ぬか?」


「直結してるから冗談じゃないんだってそれ」


 頭の悪そうな、いや頭の悪い言動や行動の目立つ龍奈ではあるが、その実彼女も神谷と同じく死と隣歩く運命を背負っていた。すなわち直結命令(ダイレクトリンク)。だからこそ神谷のアイアンクローも実際には見えていた(・・・・・)


 龍奈が避けようと思えば避けられることは神谷も当然知っている。それでも茶番のようなやり取りを行うのは、彼らなりのコミュニケーションなのだ。同じく死を恐れ、克服した者同士だからこそ、この茶番のような会話にも意味はあるのかもしれない。


「アトックに乗り込むなら気を付けろ。強いぞ、あそこの人達は」


「……分かってるって〜、アキちゃん見てきたんだからそんなのひゃくもしょーちだって。そんなことより……」


「?」


 真剣な空気へと変わったことで龍奈の真面目な顔へと向き合った神谷。手を付き、四つん這いの格好で身を乗り出した龍奈の顔が近づく。唇が触れそうな程接近した彼女を前に、それでも表情を一切崩さぬ神谷が、落とされんとする貴重な龍奈の言葉に耳を傾けた時だった。


「私、今日ちょー危険日。ヤルなら今やで?お兄さ――」


 彼女の言う危険日とは現実における使い方と何一つ違いはない。二進数で形成されたこんな世界でも、人類は子孫繁栄の術を見出しているのだ。そしてそれもまた従来のものとなんら変わりはない。


 具体的にはテイルニアで男性の遺伝子データを受け取った女性は、現実世界で細胞の一部を抽出された後、同じくして抽出された男性の細胞と特殊な機械、工程を通して混じり合うのだ。


 そうして数十パーセントの確率を乗り越えた両者の細胞は、二進数のデータとして女性の身体データへと帰り、十ヶ月の時を経て子を成す。生物本能を満たすために人類が世界に残した繁栄サイクルなのだ。


 だが神谷にとってはそんな細かいことは微塵もどうでも良い。男である以上、神谷に全くその興味がないわけでもない。だが目の前の龍奈の誘惑以上に、その得意げな表情への怒りが勝ったのだ。故に伸びる腕がその顔面を鷲掴みにする。これ以上喋るな、そう言わんばかりの威圧を放ちながら。


「だ・ま・れ!!」


「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめっ……!!」


 そうして神谷の慌ただしい一日は龍奈の絶叫、悲鳴によって幕を降ろしたのだった。


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