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電創世界と未来の調律者  作者: 四葉飯
序章 上幕
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11話 創術と異能

 月明かりが照らす理事長室にてフードと仮面を身に付けた不審な男、空色の髪を持つ少女はその人物へと賞賛にも近い感情を抱いていた。それはものさしとして己の力を過大評価した訳でもなく、そのまま事実として受け入れた者だからこその感想だった。


(この人……できる。どういう訳か、相殺術壁(イレイザー)すら使わないなんて)


 一言も声を発しない面の男に向けたそれは、皮肉や冗談混じりではない彼女の本心。己の強さに嫌気すら抱く少女の賞賛が彼に届くことはなく、再び構えた長剣が風を斬った。


 山から川へ、川から建物へと切り替わる写真のダイジェストのように転移する少女の視界。自身の描いた想像の力を纏う、神速をも超越した移動術を前に、何人たりとも敵対者を逃したことはなかった。


(まただ。すんでのところで気付かれて紙一重でかわされる――)


 正面から背後へ、背後から側面へ、時には振りかぶる直前に対極の位置へと飛んでも、その長剣は面の男には届かなかった。物理的に捉えることが不可能なはずの移動術を持ったとしても、一切届かない自身の攻撃を前に過ぎるは一つの可能性。それは創術とは違う、異質の強さ。


「あなた、私の知らない何かを持っているのね?」


「っ……!」


 彼女の描く想像が距離(・・)という物理的なデータを消し去った。点と点を繋ぐ物理的な距離そのものを消し去り、自身の体を空間転移のように移動させる。その先に振るう刃が触れるは男の衣服。幾度となく認識外から与えたはずの攻撃は対象に僅かながら届かない。


 神がかった回避を見せる男に抱く目に見えない強さを前に、少女の中で仮説程度だった噂が脳裏に過ぎった。目の前の男は死を恐れぬ偽物の住人ではない。テイルニアにおいて、本当の意味で生きし戦う存在なのかもしれないと。


(こいつに興味がある。不届き者として捕らえるつもりだったけど……)


 抱いた対象への関心、その特質の変化と共に少女は長剣を肩へと担ぐように持ち直した。空いた左手へと出現させたのは突撃銃。戦場へと訪れるは趣向を変えた天剣としての強さ、その片鱗だった。


「あまり(これ)は使わないんだけど、どうせ当たらないんでしょ?」


「――」


 乱射音と共におびただしい数の弾丸が射出され、その一つ一つへと己の想像を纏わせた。点と点を繋ぐ線を消し去っては、別の座標へと結ぶ多角性能の高い攻撃。それはすなわち男の正面にいながら、取り囲むように全方角から一斉に射撃したに等しい攻撃だった。


 そしてそれらの弾丸は先程の長剣と同様に、抵抗を成すもの全てを消し去る装衣を纏う。彼の肉体はおろか、彼女が創術の維持を辞めるまでは世界の裏側まで貫通してもなお、弾丸の慣性は消えはしない。天剣第一星の猛攻が今、世界へと投影されたのだ。


「っ!!」


「まるでサーカスね。悪いけど速度を上げるわよ」


 全方角から放った弾丸を曲芸師かの如く、身を翻して躱した男が宙へと舞う。第一波に過ぎない弾丸の包囲、それが再度少女の力の下にその座標を移した。弾丸の第二波、そしてそれに続くは弾丸と同様に転移した彼女自身の剣撃。だがそれも未だに彼が見せない創術、またはそれ以外の強さを引き出させるための誘導に過ぎない。


(空中ならその曲芸みたいな動きも取れないはず――)


 面の男の前まで飛んだ少女に唐突に走るは戦慄。それは数々の戦場を経験してきた彼女でも知らぬ未知への危機感。そこに根拠も何も無い。あるのは本能的に逃げろと叫ぶ危険信号。全ての行動を取りやめた少女が後方へと座標を置き直した刹那、剣撃の嵐がそこを包み込んだのだった。


「どんなカラクリかしら……っ」


 追い込んだはずの男を守るように渦巻いた剣撃。そしてそこに光る蒼白の篭手(・・・・・)(つるぎ)。目の前で起きた現象全てが少女にとっては受け入れがたく、現実味を感じさせないものだった。


 彼が一振で発生させた包み込むような激しい剣撃も、切断はおろか、拮抗すらも許さぬはずの弾丸全てが切り伏せられたことも、創術を使わずして自身の前で未だに地に伏せない男も、その全てが少女の想像の遥か上をいく。


「……」


「嘘っ……!」


 驚きに固まっていた少女に振るわれた一振は、物理的に刀身が届く距離ではないはずだった。だがそれが起こす剣撃が風となり、常人とは一線を画す相殺術壁(イレイザー)へと牙を剥く。


 刀身と接触していないにも関わらず砕け散る彼女の相殺術壁(イレイザー)。天賦の才が織り成す自身の創術練度の高さが常識的だった故に、驚き以外にそこには何もありはしない。


(剣圧だけで私の相殺術壁(イレイザー)を割る……?やっぱり世界には存在するのね……)


 生まれた時に(かなで)という名を貰った少女は、そこからは英才教育とも言える環境でその実力を伸ばしてきた。エリートの集うアトックへの入学も、またそこの頂点とも言える天剣第一星も、奏が望まぬともそれが自身のものになることは、世界から見ても必然だった。


 卓越した演算技術から織り成す自分だけの想像、そして実践現場を潜り抜けて初めて得られる経験則。そこから得た全ての物が今の奏を、奏という人間を作り上げた。そんな彼女でさえ目の前に鎮座する強さに完全な理解を寄せることは不可能だった。


(強さとしての……次元そのものが違う……っ!!)


 再展開した防壁と共に転移し、振りかぶる長剣も最早面の男にはなんの脅威にもなり得なかった。先程までは豆腐よりも容易に切り裂けたはずの剣に想像を纏った刃が通らない。それどころか鍔迫り合いと共に発生した尋常な剣圧に相殺術壁(イレイザー)が砕け、華奢な体は後方へと吹き飛び壁へと打ち付けられた。


「うぁっ!」


 創術とは想像を世界に投影させる(すべ)。だが描いた想像を乗せたキャンパスそのものを切り裂くかのような、一つ上の次元を感じさせる理不尽な強さを前に奏は膝を着く。そんな未知を前にしても少女は口角を上げた。突如として変わる戦場の空気、その要因となる奏の闘志が長剣を握る手に力を宿す。


「期待させる演出してくれるじゃない。まだ(・・)逃がさないわ――」


「……」


 無意識に抑えていた創術の制御、その一部を解き放った奏が姿を消した。それはこの学園に侵入した男を追った際に見せたものとは似て非なる力の使い方。気配(・・)を消すのではなく、姿を、概念を、自身の存在を形成する輪郭を一時的に世界から消し去ったのだ。


 それは察知できる、できないという土台からすら外れた暗殺にも近しい想像の刃。従来ならば敵対者の目の前にいながら認識すらさせずに屠る。常人では反応という領域にすら到達できないはずの奏を前に、それでも男は動きを見せた。


「同じ手に何回も乗らないわ」


 奏は数回のやり取りだけでも彼の持つ未知の強さに一端の理解を既に寄せ始めていた。例え彼女が他者から認識できない存在になったとしても、盤上には必ずその駒はいる。見えざる駒が蔓延る盤上、それを織り成す想像の世界。敵対者が盤上そのものを切り裂くが故に、彼女が導き出した答えは一つ。


(やったことないけど……っ!きっとやれる!!)


「っ……!」


 想像とは無限大であり、それを実現させるだけの演算能力を秘めた奏の力が今、織り成す極小の世界から男の持つ剣(つるぎ)を消し去った。否、(つるぎ)という概念そのものを消失させた。少女の視界に映る敵対者、その手から透けるように消失した刃を前に、自ら課した理から逸脱した長剣を振るう。


「っ!!」


 一瞬だけ硬直を見せた男の反撃、それは単純だが奏に最も効果的なもの。出現させた突撃銃(アサルトライフル)散弾銃(ショットガン)を両手に、身を翻しながら全方位へと弾丸を放つ。


 ただそれだけが奏を攻撃から回避行動へと移転させてしまう。何故ならばその一発一発が少女の知る威力とはかけ離れていたから。


(アサルトの威力じゃない……!!)


 従来の弾丸ならば、奏は防壁へと触れた途端にその存在を消しされた。だが実際に起きた現象は彼女をより険しい表情へと誘う異質なもの。掠っただけで砕け散る相殺術壁(イレイザー)、咄嗟に演算能力を防御に回しても尚、面の男の放った異質な威力の弾丸に驚く他なかった。


(弾丸そのものを消し去っても……っ!余波だけで凄い圧力…っ!)


 一秒にも満たない刹那程の演算移行、その狭間に銃火器を投げ捨てた男が概念を取り返した刃を地に振るう。奏だけが描いた法則で回っていた世界、隙とも言えない程の僅かな演算の歪み。それが敵対者の退路の生成と奪った概念の使用を許す。


 砕けた床から落下していく男を追って流した奏の視線が、異なる常識を与えた面の男、その覆面から覗く目とぶつかった。交わる視線のせいか、彼女の心を埋めていた感情、その本質の変化に奏自身も気が付いてしまった。それは子供のような無邪気な好奇心。もっと彼の異質の強さに触れていたいと、届かないはずの手を伸ばす。


「待って!!まだ終わってな――」


 捕らえるつもりで始まった戦いは、いつしか彼女の限界を試すものへと変わっていた。せがるように伸ばした手、それは本人ですら手に余る創術の領域。剣や銃といった物体の概念ではない、漠然とした概念への干渉に小さな体が悲鳴を上げる。


「痛っ!!」


 突如として奏に襲いかかったのは、脳内から鈍器で叩かれたかのような重たい痛み。それは己の力量を超える想像を世界に投影しようとした者に訪れる等身大(・・・)の痛覚だった。


 『CPU』を介する者は従来痛みというデータを緩和させている。それは死を連想させる媒体であるが故に、強烈な痛みによって脳が死を受諾しないためのセーフティだった。等身大(・・・)とは言えど、一波しか来ない偏頭痛と大差はないだろう。それでも久しい痛みは奏の動きを止めさせるには充分すぎた。


「うぅ……っ!頭がっ…!」


「……」


「ま、待って!!貴方にはまだ聞きたいことが…っ!」


 痛みに意識を持っていかれそうになりながらも、彼女は膝を使って着地の衝撃を和らげた。伺うように見ていた男性、その立ち去る空気を感じ取った奏が叫ぶも彼が止まることはない。何せ彼にとってはこの戦いに勝利も敗北もない。その事実を知らぬ奏が遠のく背中へと手を伸ばす。


「うぅ…!痛い……っ!頭が……っ」


 立ち去る背中と距離を縮めるべく、創術の使用を試みた奏へと再び痛みが襲いかかる。力量を超える演算を持ちかけた『CPU』が、過度な熱を持った際に起こる現象。普段息をするように出来たはずの想像が投影できない。痛みがその想像を阻害してしまう。


「何か……掴めそうだった……のにっ」


 代わり映えのなかった日常に差し込んだ変化、この男との出会いは奏にとって成長を促すきっかけとなる。限界を超えた想像は地を離れ、空さえも飛び越え星へと届くのだ。忘却に包まれたままでは決して辿り着くことは出来ない、星空の称する領域へと。


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