第三迷 2 頁『依頼』
翌日の放課後。ある部屋に向かう。
夕日が差した長い廊下を、ゆっくりと歩く。
「お、渡辺」
歩いていると、角でよく知る人物と鉢合わせる。
「及川先生・・・」
ツンツンとした黒髪で、眼鏡をかけ、スーツをきっちりと着こなしているこの人物は、俺のクラスの担任の及川だった
「渡辺、お前部活入ったんだってな」
「まぁ・・・はい」
嫌いな教師ではない。むしろ好きな方だ。
だが、あまり会話をしてこなかった。最低限の会話しかしてこなかったからか、世間話や何気ない会話が上手く出来ない。
頬をぽりぽりと掻きながら俺が答えると、苦笑しながら及川は口を開いた。
「良かった。 君の次に妹さんの問題。何かと問題に巻き込まれる体質なのかもしれない。 気をつけたまえ」
その声には純粋な心配からくる優しさが詰まっていた。
「はい、ありがとうございます。 じゃあ、俺もういくんで」
「何かあったらまた聞かせてくれ」
及川は笑いながら小さく手を振る。
軽く頭を下げて、目的の場所へ向かう。
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校舎の端に位置する目的の場所は、普段は誰も寄りつかない。 だからこそ。 悩みある人物だけが人知れずに足を運べる。
扉の前に立つ。
11月。冬に差し掛かる季節になり、少し肌寒い。
扉には何も書いていない。 部活として動くなら〇〇部とかあった方がわかりやすいと思うが。
扉に手をかける。 ステンレス製の窪みは寒さで冷たくなっていた
「冷たい」
ポツリと呟き、ガラガラと扉をあける。
「うっす」
「やあ、翔真」
本を読みながらそう言ったのは紗彩だった。
パタンと本を閉じ、こちらに視線を向ける
「なんだ」
「いや、しっかり来たなと」
「あぁ・・・」
扉をガラガラと閉め、椅子に座る。
紗彩はまだ俺を見つめたままだ。 何かあったのだろうか。
「なんだ、なんか用か?」
俺が問いかけると、紗彩はゆっくりと立ち上がり腰に手を当てて言った
「寒いな、何か飲まないか⁉︎」
「うるさいな・・・何かってなんだよ」
返答を遮るように、紗彩がクルリと方向を変え、何やらガザガサとしながら話す。
「自宅から湯呑みやケトルを持ってきた。何かは飲んでからのお楽しみだ」
首を傾げ、紗彩を見つめる。 返答がなかなか返ってこないことに違和感があるのか、紗彩はゆっくりと振り向いた
「どうした?飲むだろ?」
「いや、大丈夫か?」
「問題ない、私の所有物だからな! それに、部員が増えたんだ、歓迎するのは当たり前だろ?」
紗彩はそう言いながら湯呑みに緑色の粒状の何かを入れ、お湯を注ぐ。 スプーンでカチャカチャとお湯に溶かし、湯呑みを手渡してきた。
「熱そうだな」
湯呑みからは湯気が溢れ、熱いことを示していた。
紗彩は椅子に座り、ズズズっと一口飲んで息を吐く。
「美味しい・・・」
紗彩がつぶやいた。 俺は視線を紗彩から湯呑みに戻し、中を覗く。
「なぁ、これ持ち込んで怒られないのか?」
「いや、学校に関係ない物は持ち込むなって言われたよ」
やっぱり。 学校は勉強をする場所だ。基本、関係のない物は持ち込むなと言われるはずだ。
「なら、どうして?」
「全員論破した。 職員室にもコーヒーや紅茶の類はあるし、タバコだって勉強には関係ない」
うわぁ・・・ いやな景色が簡単に思い浮かぶ
「でも、コーヒーにはカフェインが含まれていたり、タバコだって、一度リフレッシュして授業を円滑に進めるために必要だろう」
「そうだな。 だから私も、勉強や部活を円滑に進めるために必要だと言ったよ。 条件は変わらない。 生徒だからと理由で制限するのはおかしいだろ。 まぁ大体はそんなもんだが、まだあるぞ。聞くか?」
「いや、いい」
嬉々として話す紗彩に半ば呆れ、話を中断する。
ーーまぁいいか
自分に言い聞かせ、湯呑みを傾けた。
「梅こんぶ茶?」
「正解」
「渋いな」
高校生にしては渋いチョイスをした紗彩に少し戸惑いながらも、湯呑みを再度傾ける。
梅の香りがほんのりと口の中に広がり、出汁の香りが鼻から抜ける。 身体の中心からじんわりと暖かくなるのを感じた。
ーー悪くない・・・
夕日が差す部室で、ゆったりと時間を過ごす。
再び湯呑みに口をつけようとした時、コンコンとノックの音が飛び込んできた。
「依頼者かな?」
紗彩がキラキラと眼を輝かせて言う。
「まさか、部活が正式に認められたのは昨日。昨日の今日で依頼者がくるわけないだろ」
ゆっくりと扉が開き、男子生徒が顔を出す。
後輩だろうか。
「すいません・・・迷相部ってここですか?」
男子生徒が不安げに言った。
それも仕方ない。 人が寄りつかない場所をあえて選んでいるんだ。
「そうだ、依頼か?」
紗彩が冷静を装い返答するが、眼は期待に満ち溢れていた
「はい。 先生に聞いて・・・」
「まぁ、入りたまえ!」
紗彩がテキパキと椅子を用意して、男子生徒を座らせた。
俺の時は用意してくれなかったのに。
「で、依頼って何かな?」
ニコニコと笑う紗彩に気圧され、男子生徒の身体が反れる。
「紗彩、落ち着け。 自己紹介からしてもらおう。名前がわからないんじゃ、なんで呼んだらいいかわからん」
紗彩がムスッとして、椅子に深く腰を掛ける。
「じゃあ、自己紹介を頼む」
「はい、僕は一年の古城って言います」
「一年生か・・・」
古城と名乗った生徒は、きゅっと手を握りしめた。
「依頼内容は?」
「はい、僕が依頼したいのは『体育倉庫の幽霊』についてです」
寒い時期に寒い話をと望んだわけではない。
幽霊。 そんなものは信じていないが、古城の真剣な顔つきに身体が熱くなり、汗が一滴床に落ちた。