第三迷 1頁 『部活』
あれから約一週間が経ち、切られた右腕は治りつつある。 誠の割れた頭部は何針か縫う傷で、すぐには回復しないと言う話だった。
あの事件の後、家に帰ったら華奈がこれまでの事をゆっくりと話してくれた。
内容から、時期など、事細かく説明をされた。
ちなみに、俺は現在ある場所を目指して放課後の廊下を歩いている。 夕日が廊下に長い影を作る。文化祭が終わり11月に入ったあたりだ。 寒さが肌を指す。
ある部屋の前で止まり、深呼吸をする。
息を大きく吐き、整理をつけたところで勢いよく扉の窪みに手を掛けガラガラと開ける。
視界に広がるのは約1ヶ月前に見た光景だ。
夕日で赤く照らされた教室に、紗彩が座っていた。
ふぅ・・・と息を吐き、読んでいた本をパタンと閉じ、ゆっくりと俺の方に視線を向けた
「翔真か・・・」
目を細めて紗彩はつぶやいた。
「俺が来るのは嫌なのか」
「別に」
俺がここに来たのは理由がある。
紗彩に礼を言うためだ。 前回の妹の事件で世話になったが、礼を言っていなかった。 依頼ではないし、手伝ってやる必要のない事態に紗彩は首を突っ込んでサポートをしてくれたのだ。
「椅子はないのか?」
「その椅子を適当に持ってきて適当に座れ」
俺が問いかけると、教室の端にある椅子を指して言った。
ため息をつき椅子をガラガラと引きずりながら持ってきて、紗彩の前に椅子を置いて座る。
紗彩が首を傾げ俺をじっと見る。
「なんでそこに座ってんの?」
「いや、話をしようかと」
手に持っていた本を置き、向き直る。
「なに、話って」
「いやな、礼をしようかと思ってな。妹のことは依頼じゃないから投げ出すこともできたはずだ。 なのに手伝ってくれた、流れでそうなったのかもしれないが、ありがとう」
礼を言うと、そんなことかと、紗彩は息を大きく吐き椅子の背もたれにダラリと体を預けた。
「別にいいんだ。 面白かったからな」
「面白い?」
そんなつもりはなかったが、怒気がこもっていたのかもしれない、紗彩は姿勢をただし、椅子に深く腰をかける。
「いや、私はこんな感じだからな、友達がいないのは当たり前だ。 そんな中、私を楽しませてくれたのは小説だった」
紗彩は窓の外を見ながら話す。
「どんなジャンルでも沢山読んだが、特に好きだったのは推理小説だ。 だが、物語ってのはどれも似ているからな、最初の数行で犯人の特定が容易だった」
そう言った紗彩の顔は、楽しい表情と寂しそうな表情が頻繁に入れ替わる。 複雑な心境で話しているのかもしれないが、俺にはそれがわからない。
「そこで手を出したのが、ある新聞に載っていた事件だ。 今では犯人が逮捕され、死刑が決定している。もちろん私は一般人だ、そんなパイプはないから事件現場も外から眺めるだけ、聞き込みはあまり踏み込んでは聞けないから相手を観察することになる。 それで、警察が犯人を特定する2ヶ月くらい前には、私は犯人を特定していた」
淡々と話す紗彩の顔は夕日に照らせれ、明暗がはっきりと分かれる。
「それからだ、生きるのが楽しくなった。それまでは人生はくだらないと投げ捨てていたが、明日を目指す希望になった。 あれだ、世界が色付いたとでも言うのか。 私の世界を鮮やかに彩る物は『事件と推理』だ。 基本は依頼で動くが、興味があれば個人で進める。 それが私が今回協力した理由だ」
つまり、協力したのではなく、面白そうだから着いてきたが正解か。
「あ、そうだ」
その俺の呟きに、紗彩の目が開かれ、キラキラと光る。
「佐久間が言っていた話、本当だとおもうか?」
紗彩に問いかけると、ニヤリと笑って足をブラブラとさせた。
「ありえない話ではないな。 殺し屋のような人を殺して金をもらう。 犯罪を犯して金をもらう所謂闇、裏バイトと言うのもある。 だから、私たちの周辺であまり起きないから知名度はないが、案外身近に存在するかもしれない」
「なるほど」
紗彩は机の上にある本を撫でながら言った。
だが、じゃあ最近起き始めたと仮定して、なぜ俺や紗彩の周りに集中するのだろう。
誰かが意図的に犯罪を犯しているのだろうか。
なぜ と言う疑問が飛び交うが、俺の脳では答えに辿り着けないとわかっている。
すぐに思考を放棄した。
「ところで、ここは何部なんだ?」
紗彩に問いかけると、クスッと笑ってみせた
「さぁ?何部なんだろうな。 まだ部活の名前はないが、活動内容なら決まってる」
「ほう? 内容は?」
「校外、校内の謎を引き受け解決する。 猫探しから犯罪までなんでもござれだ。まぁ、かっこ、興味があるやつに限る、かっことじ。だが。」
ダメじゃん。 依頼されたならやれよ。
「じゃあ、探偵みたいな感じか、刑事かもな」
「探偵かぁ、それいいな」
俺の呟きに、紗彩が賛同する。
「部活の名前も考えないとだな」
俺がつぶやくと、紗彩は口を尖らせたまま少し考えて口を開いた。
「じゃあ、お悩み解決!なんでも探偵団!とかどうだろう」
「やめとけ、胡散臭い占い師みたいな謳い文句だし、なんでも鑑定団みたいになってるから」
そういうと足をぶらぶらとさせながらダランとしてしまう。
その体制のまま、紗彩がつぶやいた
「じゃあ、謎解決相談部で、迷解相部」
「却下。 小学生が考えた必殺技みたいなのやめろ」
「じゃあ、迷解部」
もう適当に言ってるだろコイツ。
興味がないことには適当なんだなぁ
「却下、わかりづらい」
「じゃあ、迷相部」
まぁぁ・・・今までで一番マシか?多分。
「もうそれでいいんじゃない」
そういうと、勢いよく立ち上がりカバンから一枚の紙を取り出し、机に強く叩きつけペンを走らせる。
「何してんだ」
「部活申請の紙を書いてる」
そうか。てか、しっかりとした部活じゃなかったのか。 初対面の時、当ててみろなんて言っていたが、答えがないなら無理じゃないか。
「石塚紗彩 と 渡辺翔真・・・と」
ん?なんで俺の名前までかかれてるんだ。
「おい、俺は入部するとは言ってないぞ」
「え、そうだったか? 部活の名前を決めてくれてるから、てっきり部員なのかと・・・ もう書いちゃったし、お前部員な」
紗彩が俺を見て言った。
彼女は可愛くウィンクをして見せたが、この状況だと、ただただウザかった。
「もう好きにしろ」
「優しいなぁ」
ペンを走らせる音が夕日が照らす教室に溢れる。
静かな空間。 だが心地よい。 色々な事があったにも関わらず、心は澄んでいた。