第二迷 3頁 『使い方』
日差しが熱い。
バタバタとした足音が響き、砂を巻き上げる感覚が足裏に染みる。
誠から連絡があり、俺たちはすぐに校舎裏を目指し駆け出した。 紗彩の言っていた『復讐は終わっていない』とはどう言う事だろうか。
「紗彩!あそこの角を曲がれば指定された場所だ!」
息を切らしながら角を曲がると、異常な光景が広がっていた。
「翔真!」
地面に倒れている誠が俺を呼ぶ。 頭から血を流している。近くには木製のバットがある。 おそらく、あれで殴ったのだろう。
「誠、大丈夫か⁉︎」
「大丈夫に見えるんだったら、多分大丈夫だ!」
「じゃあ、大丈夫じゃないな!」
誠が軽口を叩きながら立ちあがろうとするが、出血量のせいか?フラフラとして足が滑る。 ジャリジャリと砂を蹴る音だけがなり、うまく立てていない。
「あぁ、クソッ!」
歯を食いしばりながら立ちあがろうとするが、やはり難しいらしい。
「無理すんな!」
誠にそう言って、視線をある人物に戻す。
「お前ら・・・」
怒りで手を握りしめると、掌に爪が食い込み痛みが走る。 だが、そんなのは気にならない
「あっれ?先輩。お久しぶりですねぇ」
ソフトモヒカン頭のコイツは佐久間と言う人物だ。 現在は妹と同じ中学三年。 コイツが一年の時に妹に対していじめを行った。 それに対し、中学三年だった俺が復讐をした相手だ。 それに他にも見知った顔がいるな。
「佐久間ぁ、井田ぁ お前ら、まだそんな事やってんのか」
髪型は似ているが、メガネをかけた奴が井田だ。
コイツは当時、いじめにしっかりと加担はしていなかったが、仲間の一人ではある。 加担はしていなかったと言う理由から、コイツには復讐していない。
「先輩!そこで見ていてくださいよ、今からこの女、また犯してやるんで! 相性いいんすよ。何回も使わせていただきましたぁ!妊娠しなくて良かったなぁ?」
そう言って、佐久間が視線を向けたのは華奈だった。 華奈の腕を掴み、体を持ち上げ、壁に顔を押し付けた。
「痛かったんですよ?先輩に沢山殴られて、酷いなぁ!ちょっと遊んでただけじゃないですかぁ!!」
ゲラゲラと笑いながら佐久間が言う。
「お前ら、本当に中学三年か?」
胸糞の悪い事態に歯を食いしばる。
佐久間はその間にも、ベルトに手をかけカチャカチャと外そうとしている。
「井田ぁ、頼むわ」
「おう、任せとけ。終わったら、その穴貸せよ」
佐久間に言われ、井田と言う男がコキコキと骨を鳴らしながら出てくる。
「翔真!気をつけろ!そいつは・・・」
誠が何かを伝えようとしている最中に、井田に頭を蹴られ意識を失う。
「誠!」
もう聞こえてはいないだろう。
首の骨に異常はないといいが
「井田だったか? そこ邪魔」
「覚えてくれてたんすね」
ゆっくりと歩いてくる井田に、異常な自信を感じる。 『負けるはずがない』と言った自信だ。
刹那、肩を叩かれてチラリと視線を送ると、紗彩が話始める。
「気をつけろ、あいつ。 空手やってるぞ」
空手・・・ 武術は基本、他者を守るためにあるものだ。それをいじめの道具に使用するなら、手加減はいらないな。
「了解。サンキュ 紗彩」
一撃で終わらせる。
ゆっくりと歩きだし、徐々に歩幅を短く、早くしていく。
射程に入ったあたりで、右腕が視界に入って来た。
左腕を遣い絡め取り、右の拳を握りしめ引き絞る。
「いじめなら、被害者が死んでなければ『まだ』戻れたかもしれないが、今お前らがしてる事は立派な『犯罪』だよ」
そう言って、呆気に取られ顔が強張る井田の頬に拳を叩き込む。 まだ戻れたかもしれない。
気絶した井田を踏み越え、佐久間。主犯に近づく。
そうすると、こちらを確認した佐久間が華奈を離した。
ゆっくりと地面に座り込む華奈の目には光はない。 下着は下ろされているが、事には今回は至っていないらしい。
「なんだよ!ただの、遊びだろうが!」
佐久間はそう言って、何やらポケットをゴソゴソと探る。 すると、カチカチと音を立てて、見覚えのある道具が視界に飛び込んできた。
「カッターナイフ・・・」
一度、素手での勝負で負けているからか、武器の所持を始めたのか。
「翔真。気をつけろ、あれ。一線を越える犯罪者の目だ」
紗彩が目を見開き、そう告げた。
カタカタと震えた手でカッターナイフを握り締める佐久間を見る。
後ろでザリっと音が鳴り振り返ると、誠が目を覚まし起き上がっていた。
「誠、良かった!」
誠は頭を小さく振りながら、俺に視線を向ける。
「華奈ちゃんのことは任せろ! 避難させたら通報する!」
ありがたい。 誠は幼馴染だから信用できる。
アイツは、ふざけているとわからないが、しっかりしているタイプだ。すると言った事は確実に実行してくれる。
「頼む!」
そう言った瞬間。 誠の表情が変わる。
「翔真!」
誠が見ているのは俺の背後。佐久間がいる場所だ。
すぐに振り返ると、カッターの刃に引っかかったのか、右腕の前腕が横一直線に切れる。
刃が腕をきり、腹をに刺さる瞬間。左耳に声が入った。
「仰け反れ」
刹那、視界に足が入りカッターナイフを蹴り上げる。仰け反っていなかったら、顔が刃で切れていたかもしれない。
体制を戻し、佐久間の頬に一発入れる。
ドサっと重く尻もちをついた佐久間を見下ろす。
「ただの遊びだったんだ!そんな怒る事ないだろ!」
「その『遊び』で人が一人死ぬかもしれねぇんだぞ!やってることわかってんのか⁉︎」
佐久間の胸ぐらを掴み、怒鳴る。
子供は残酷だ。 他者の気持ちなど考えずに行動を起こすことがよくある。
「それに、いじめられる側にも原因が!」
「あるわけないないだろう!」
最初は、俺も『される側』にも原因はあるのだと、割り切っていた。
だが、ある日。友人がいじめにより自殺した。 その子は生まれつき持病を持っていて、その事を『理由』にいじめられていた。
ーーなら考えてみよう。 『生まれつき』の持病が原因でいじめを受けた。 原因があるからいじめられる。 これを正当化してしまったら。 『生まれて来た』こと事態がいじめられる原因になってしまうではないか。
歯をギリギリと軋ませ、佐久間の瞳を覗き込む。
すると、後ろで風を切る音がした。
「そんなに怒るなよ。翔真 ただの『遊び』だろ?ガキの遊びは許してやれ」
紗彩の声だった。
木製のバットを思い切り振り、こちらを見る。
「何言ってんだ、お前? 遊びで済む範囲を超えてんだろうが、許せって言ってんのか?」
紗彩を睨み、低く唸る。
いじめについて否定的だった紗彩がそう言っているのだ。
「ふざけんな」
「ふざけてないさ」
バットをゆっくりと下ろし、汗を拭う。
こちらへゆっくりと歩いて来て、俺の体を押した。
「佐久間くんだっけ? 君達は遊びのつもりだった。 それで被害者が死んだらどうするの?」
「どうって・・・」
紗彩は笑いながら問いかけた。 その時、俺は初めて紗彩が少し異常なのではないかと感じた。
「ただの疑問だよ」
「遊びで死ぬ方がおかしい。 そいつが勝手に被害者ぶって、勝手に死んだんだから、俺たちには関係ない」
そう言った佐久間に向けて、拍手をする紗彩
「お手本のような回答だ」
紗彩は自分のネクタイをスルスルと外し、佐久間に見せながら言う。
「これから三人で仲良くなるためのゲームをしようと思う」
「はぁ?」
「え?」
佐久間も俺も、首を傾げた。
ムスッとした顔で、バットを杖のようにして立ち上がり、紗彩は話始める。
「題して!人間スイカ割りー! ルールは簡単。私と翔真が目隠しをしたあなたに目を瞑ったままバットを振り下ろす!これだけ!」
「そんな事をしたら、俺が死ぬだろ!あんたイカれてるのか⁉︎」
佐久間が叫んだが、同意見だ。
人間の頭にバットを振るっていい訳がない。
「大丈夫だよ。だって『遊び』だもん。君が死んだって、私達は『遊び』のつもりでしてるんだから、問題ないでしょ?」
そういうと、佐久間が震え始め、ズボンにシミを作った。
「あれ、漏らしちゃった? 何ビビってんだよ。お前らのルールに則った遊びだろ」
佐久間の前にしゃがみ込み、紗彩が低い声で言った。
背後から、数人の声が響く。
「アイツです!」
誠の声だ。
それと、警察だろうか。
佐久間の腕を掴み上げる
気絶している井田は救急車で運ばれて行った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ごめんなさい、と謝罪の言葉を連呼する佐久間を見て、心が痛む。
「佐久間、一つ聞いていいか」
佐久間はゆっくりと顔を上げ、光のない瞳で俺を見つめる
「なんでこんなことした、どうしてだ」
そういうと、ゆっくりと口を開いた。
「あんたが卒業してからは、快楽を求めてあんたの妹に手を出した。 それ以外はしていない。 ニュースでいじめ被害が取り上げられて危機感を感じたんだ。だからやめた」
「じゃあ、今日はなんで」
「ある、メールが来たんだ。 一人を犯せば、口座に多額の金が振り込まれるんだ。リスクはデカいが、性被害のほとんどはバレていないと記事を読んだ事がある」
なに? 何を言っているんだ?
日本の話か?
「どう言うことだ・・・」
紗彩が目を見開きながら問いかけた。
「それ以上は、本当に知らない」
佐久間はそれを最後に警察に連れて行かれ視界からいなくなった。
静寂が流れ、風が頬を撫でる。
校舎からは楽しそうな声が溢れている。
その隅で俺たちは一体、何をしているんだろう。
「お兄ちゃん・・・」
地面を見つめた瞳が、妹の声に釣られ視界が上がる。
ゆっくりと華奈が近づいて来て、俺の右腕を撫でた。
「血が出てる・・・痛くない?」
「あぁ、痛くないよ。 タンスの角に指ぶつけた方が百倍は痛いね」
痛いさ。すごく。 生暖かい鮮血が滴り、地面の一部を赤く染める。
でも、こんな傷より、華奈の心の傷は致死量の血を流しているはずだ。 弱音は吐けない。 吐いちゃいけない。
「お前は・・・大丈夫か?」
「大丈夫だよ・・・」
以前、本当に大丈夫じゃ無い人は、大丈夫と答える。と言う記事を読んだが、こんな場面に遭遇すると、その言葉しか出てこない。
「良かった・・・」
良くない。いい訳がない。 だが、これ以上は何も言えない。 いくら距離が近くても、心の内までは理解してあげられない。
「今度甘いものでも食べに行こう」
「プリン食べたい。東京の方に専門店があるんだって」
光のない瞳がユラユラと動く。
無理をしている。 一目で分かった。取り繕った会話では場はつながらない。
ゆっくりと華奈を抱きしめ、頭を撫でる。
ビクッと体が強張ったが、すぐに緊張は解ける。
「華奈、大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
華奈の肩が震える。 俺の声も、もしかしたら震えているかもしれない。
「気づいてやれなくてごめんな。 沢山、頑張ったな」
直後、華奈の肩が大きく震え、嗚咽が聞こえる。
「ごめんなさい」
華奈が叫ぶように、訴えるように言った。
「どうした?なんで謝る?」
「嘘ついてた・・・全然・・・大丈夫じゃないよ、お兄ちゃん!」
震える体を抱きしめながら天を仰ぐ。
妹が、死んでいないのが不幸中の幸い、だろうか。
「翔真」
紗彩が俺を見つめた。
真剣な眼差しだ。
「・・・どうした」
華奈をゆっくりと引き離し、手を繋いだまま紗彩に向き直る。
「すまない」
紗彩は頭を下げた。
その行動に、驚きを隠せない。
「さっきは事情があったとは言え、傷ついてる妹がいる中でいじめを助長するような発言をしてしまった。 本当にすまない」
それに返事をしたのは意外な人物。華奈だった。
「紗彩さん、頭を上げてください。もう大丈夫ですから」
「しかし」
「大丈夫です」
はっきりと言われ、バツが悪そうに、そうか。と言ってゆっくりと頭を上げた。
「帰ったら、お兄ちゃんに沢山話してみます。 何があったか。どれだけ苦しんだか」
そういう華奈の瞳には、ほんの少しだけ、希望の光があるように見えた。
「翔真はちゃんと受け止めてくれないかもしれないぞ」
「大丈夫です。 だって、お兄ちゃんですから」
華奈の瞳がこちらを向き、笑いながら言った。
「華奈ちゃん。 警察が事情聞きたいから来てって言ってる、翔真と、紗彩さんも」
誠に言われ、華奈は警察の方へ一足先に校舎裏から姿を消す。
「私たちも行くか」
「おう」
静寂に、砂を蹴る音が混ざる。
風は優しく、俺たちを包み込む。
「いい力の使い方をしたな」
紗彩が突然口を開いた。
「何?」
歩きながら問いかけに答える。
「天才と才能。 お前のは誰かを傷つける天才だ。物理的か精神的かはわからないがな」
「喧嘩売ってる?」
「まさか、勝てない喧嘩は売らない主義なんだ。 でな、誰かを傷つける天才は、誰かを護る天才にもなる。 力や天才、才能のベクトルで物事は変化する」
紗彩が淡々と話す。
「翔真、私は、お前が誰かを傷つける天才じゃなく、誰かを護る天才だったことが嬉しいよ」
「護るのは妹だけだ」
「それでもだよ」
護ると言っても、妹を救い出す所から開始だ。
いじめられていた期間は2年ほどか? 何年かかるだろうか。 いや、何年でもいいか。 ゆっくりとやっていこう。時間はある。 家族なんだから。
砂を蹴る音に、パトカーのサイレンが混じる。
照りつける日差しは、これからの日常に光を差しているように感じた。