第五迷 1頁 『新たなる事件』
重い扉を開けて取調室を出る。
「疲れてるな、翔真?」
椅子に座ったまま、俺の顔も見ずに話す。
「紗彩、せめて顔を見て話してくれ」
そう言うと読んでいた本をパタンと閉じて、ため息をつきながら顔を上げた。
「これでいいか?」
「もうなんでもいいよ・・・次、紗彩の番」
そう教えると紗彩は勢いよく立ち上がる。
「そうか!なら行ってくる!」
「なんで楽しそうなんだ?」
紗彩は扉を開け、質問を返さずに取調室に入って行った。
数十分後、扉を開けて出てきた紗彩は少し疲れていた。
「なんだ、疲れてるな?」
俺は紗彩にやられた仕返しと言わんばかりに同じ言葉を伝える。
紗彩が一瞬俺を睨み、乱暴に椅子に座った。
「で、どんな話だった?」
俺が質問をすると、ため息をついた。
「大体は翔真と変わらないだろ」
大体は。と言うことは土井などが俺には話していない『何か』があると言うのを示唆していた。
「なら、紗彩はどんな話をしたんだ?」
すると紗彩はこちらを向いた。
「犯人に心当たりはないか。そう聞かれた」
「で?なんて答えた」
俺の言葉を聞き、紗彩は椅子の背に体重を預ける。
「さぁな、知らん」
紗彩はそう言った。
本当にそう答えたのか、その言葉は俺に対してか。
「なぁ翔真」
紗彩は天井の蛍光灯を見ながら口を開く。
俺が声のする方へ顔を向けると、横目でそれを確認した後に紗彩は口を開いた。
「もし、もし犯人が学生で、同じ学校に通ってる生徒だとしたらどうする?」
「そうなのか?」
「もしもの話だ」
紗彩はそう言って俺から視線を逸らした。
「そうだな・・・今までと変わらず捕まえようとするんじゃないのかな」
少しの沈黙の後、紗彩は口を開いた。
「・・・そうか」
もう寿命だろうか。
切れかけの蛍光灯がチカチカと光るのを見つめながら、紗彩の問いかけについて頭を働かせた。
瞬間、紗彩が急に立ち上がる。
「どうした」
「立て」
紗彩が俺に指示をした。
それを聞きすぐに立ち上がる。
紗彩が見つめる先には、廊下の角。その陰からは足音がした。
「逃げるぞ」
紗彩がそう言った瞬間。
「紗彩ぁ、逃げようとしても無駄よ」
廊下の角から声が響いた。
ゆっくりと姿を現したのは、スーツ姿の女性。
身長は高くスラっとしていて、一目でスタイルが良いとわかる。
髪色は黒で、後ろで綺麗にまとまっている。
「誰だ、知り合いか?」
「いや、あんな鬼女しらん。取り敢えず逃げるぞ!」
瞬間、恐ろしい速さで何かが横を通り、紗彩を捉えた。
「誰か鬼女だって?」
その女性は紗彩を捕まえてグリグリと頭を締め付けている。
「痛い!痛いから! マジで力強いな、ゴリラかよ!」
「乙女に向かってゴリラとは何事か!」
何やら仲が良さそうだ。
逃げると言っていたから、まずい人物かと思ったが。
「あの・・・」
俺が声をかけると、グリグリとした手を止めないまま女性はこちらに声をかける。
「ごっめんなさいね。 今話すから!」
最後の一息と言わんばかりに、語尾が力強く言われた瞬間。周囲にゴリンッ!と響いた気がした。
紗彩は頭を抑えながら床に倒れ込む。
それを見た女性は、スーツを直して自己紹介を始めた。
「初めまして、渡辺翔真くん。紗彩から話は聞いているわ。 私は石塚真依。一応警察よ。まぁそこそこ高い地位にいるけど、説明してもわからないだろから、省かせてもらうわ」
石塚真依と名乗った女性は綺麗に笑った。
石塚・・・石塚?
「お姉さんか⁉︎」
「そうだよ・・・警視庁捜査一課所属の警部だ・・・」
紗彩はそう言ってパタンと力なく突っ伏する。
チーン・・・と言う効果音が聞こえてくる。
「紗彩、あんたが巻き込まれてる事件。少しやばいかもしれない。捜査一課、二課。 組織犯罪対策部、四課、五課が導入されることが決定されたわ」
「ずいぶん大所帯だな」
紗彩が起き上がり、床に座ったまま首をコキコキと鳴らす。
「軽く受け取るのはやめなさい。 ここまで導入されるのは異例よ? 担当と関係ない課まで駆り出される可能性だってある」
「それは、警察の連中が無能だからだろ。本当に優秀なら少数精鋭でどうにかなるはずだ」
場にピリピリとした空気が漂う。
「犯人の目星はついてるの?」
ため息をつきながら真依が紗彩に問いかける。
その問いに、紗彩は答えられなかった。
瞬間、真依の持つスマホが鳴り響く。
「はい、石塚です」
真依が少し離れて電話にでる。
その後すぐ、背後から声をかけられた。
「翔真!石塚さん!」
振り返って確認したのは、誠の姿だった。
「おー、誠」
「おーじゃない。事件に巻き込まれて、取調べまで受けて、なんでそんなノホホンとしてるんだ。馬鹿なのか?」
幼馴染だからって遠慮がない。
失礼な奴だ!
「そんな変な顔するんじゃない」
誠が俺の顔を見て言う。
「変な顔してねぇよ」
誠と話していると、背後から声をかけられる。
「紗彩、協力しなさい」
「・・・何?」
「爆弾魔。あんた、好きでしょ?」
真依からの言葉を聞き、紗彩がニヤリと笑う。
「しょうがないなぁ!」
紗彩はそう言いつつも、どこか嬉しそうだった。
俺と誠は顔を合わせて首を傾げる。
「おい助手! 翔真! 行くぞ」
紗彩に呼ばれ、歩き出す。
紗彩と真依の後をついて、新たな現場に向かうことにした。