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世界を彩るものは  作者: 鬼子
第四迷 『闇の客人』
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第四迷 5頁 『あんたじゃ勝てない』

 男は俺をじっと見つめる。

 まるで餌を欲しがる犬だ。 いや、怖いもの見たさでカメラを向ける一般人だろうか。


「さぁ、早く。選ぶんだ」


 男はそう言って、机の上の錠剤を俺の近くへと移動させた。


「飲みたくないって言ったらどうなる?」


 男は拳銃を取り出し、俺に向ける。

 先が見えない銃口の穴を見つめる。


「翔真くん。僕は拳銃を持っているんだよ。 拳銃で死ぬか、薬で死ぬか選ぶんだ」


 銃を見つめる。

 あの暗い穴から放たれる弾丸の速度はどのくらいだろう。

 一瞬で死ねるだろうか。

 痛いかな。 薬だったら苦しいかも。


「君は勘違いをしているようだ」


 男が言った。


「へぇ・・・どんな?」


 俺が聞き返すと、銃口を上下に小さく振りながら話した。


「僕は君にお願いをしていない。初めからね、全部命令だ」


「これも?」


 男は頷いた。

 再度銃口を俺に向け、引き金に指をかける。


「他の奴はスッと飲んだのか?」


「あぁ、銃を向けられたらすぐに選んださ、どんなに強がっている奴もね」


 男がゆっくりと笑う。


「なんで銃を向けるんだ?アンタなら誘導できるだろ」


 俺の問いに、男が口を開く。


「いいかい?口で聞かないなら暴力が1番早い。殴って、言い聞かせる。 でも、ほら。 殴ると僕の手も痛いだろ?」


「だから銃を使うんだ」


 なるほど・・・確かにそうだ。

 暴力での服従。 これは恐怖で支配させると同義。

 何かすれば殴られるかもしれない。その気持ちだけで十分抑制にはなる。


「なるほど、アンタは考えるのをやめて暴力に走ったわけか」


「何?」


 俺の言葉に男は眉を歪めた。


「だから、どうしたら言うことを聞くかは考えずに、暴力に走った訳か」


「だとしたらなんだって言うんだ」


 俺は男の瞳を覗き込むようにしっかり見つめ、言い放つ。


「思考を放棄してるようじゃ、紗彩には勝てないねっ!」


 吐き捨てると同時に正面にある机を思い切り蹴る。

 ガタッと机が移動し、男に当たり錠剤が地面を跳ねる。


 男の視界から一瞬だけ、俺の姿が消えたはずだ。

 

 その隙を見て、走り出すが。

 男の声と共に動けなくなる。


「待て!」


 男が叫ぶ。 ゆっくりと振り返ると、銃を構えた男がいた。


「案外復活が早いな・・・」


「まぁね・・・」


 俺の問いに、男が答える。 その後に、口を開き続けた。


「紗彩には勝てないって、どう言う意味か聞いていいかい?」


 眉をピクピクと動かし、怒りが込み上げてきているのがわかる。

 年下に馬鹿にされたのが嫌だったのだろうか。


「そのままの意味だよ」


「と言うと?」


「あんたじゃ勝てない。全部が劣ってる」


 そう言った瞬間、男の遥か後方に人影が映る。

 逆行でシルエットしか見えないが、髪は長く、スカートを履いている事から女性だろう。


「よく言った助手!でも、全部は言い過ぎだ、そのオッサンが可哀想じゃないか!」


 機嫌がいいのだろうか、声がよく跳ねる。


「紗彩・・・」


 どうしてここに・・・


「おや、助手がどうしてここにって顔をしているね?」


 全く・・・人の心を読むのはやめてほしい。

 紗彩はポケットからスマホを出した。


「いやぁ、文明ってのはすごいね。 なんだっけ、そうそう。GPSアプリってのを共有しておいたのさ、勝手に」


「はぁ?パスワードかけてあっただろ⁉︎」


「ん?そんなの簡単さ、3回で解けたよ」


 腕を組み仁王立ちをする紗彩。


 逆行でよく見えないが、きっとドヤ顔間違いなしだ。


 男が紗彩に銃を向ける。


「石塚紗彩!」


「撃ってみるといい、どうせ当たらない」


 挑発する紗彩。

 それに釣られてか、男が引き金を引いた。


 パァンと銃声が鳴り響くが、弾丸は紗彩を掠めてすらいなかった。


「な?当たらないだろ」


 男は拳銃を構えたまま驚いた顔をしているのだろうか。


「なんで・・・ちゃんと狙って撃ったはずだ!」


「翔真、隠れろ!」


 男の叫び声に被せるように、紗彩の声が耳を刺す。


 身体が咄嗟に動き、鉄骨の裏に身を隠す。


「クソっ!」


 標的を視界から外した男が悔しそうに叫ぶ。

 その隙を見て、紗彩も近くの障害物に身を隠した。


「じゃぁ推理をしよう!」


「何?」


 紗彩の叫びに男が問う。


 声が響く倉庫内。

 姿は見えずとも、案外音は耳に入ってくる。


「最初はこれ!」


 紗彩の声が響き、何やらガサガサと音がする。


「ん?あれ、取れない・・・あ、取れた。 クシャクシャだけど・・・まぁいいか」


 紗彩の小さな声が響く。


「じゃぁ、これだ!」


 その声を聞いて、俺は鉄骨の隙間から紗彩の声がする方を見た。

 内容は一切見えないが、何やら紙を持っている。


「なんだそれは⁉︎」


 男が叫ぶ。


「病院の診断書だよ、オッサン。重度のアルコール依存症なんだってな。 その手の震えじゃ弾丸は当たらない。数ミリ、数センチのズレは、発射時には大幅に変化する。それに、拳銃は遠距離の射撃には向いてないぞ」


 言われてみれば、手が震えていたような?

 観察をしていないからわからん。


「で、私達を狙う理由だが・・・金だろ?」


 紗彩が低い声で言った。


「あ、紗彩!それさっき聞いた!」


「はぁ?馬鹿助手じゃん!」


「え、あ、ごめん!」


 なぜ罵倒されたのだろう、なぜ謝ってしまったのだろう・・・


 低い声で言っていたし、決めゼリフ的な奴だったのだろうか。


 その後、またガサガサと紗彩の方から音がする。

 次はなんだ?


「翔真!理由は聞いたか⁉︎」


「金が必要な理由は知らん!」


 そういうと、よしっと小さく声がした。

 全く。銃を向けられながらそれを言える精神を見習いたい。


「じゃあ、金が必要な理由だが・・・」


 静寂が倉庫を包む。


「ある女性を取り戻したいからだな。 その女性はアンタと子供を置いて、別の男と蒸発した。 相手は金持ちだったらしいな、だからその女性はついて行った」


 紗彩がそういうと、男が癇癪を起こしたように怒り、椅子を強く蹴る。


「そうだよ!あの女は俺とガキを置いていった! 金に目が眩んで、ついていったんだよ!」


 金に目が眩んで浮気をした女を、金を集めて振り向かせようとするとは・・・


「あの女少し出掛けるって言って、それっきり帰ってこなかった!」


 怒りに任せて、銃を発砲する。数発撃ったとこで落ち着いたのが、息を切らしながら静かになる。


「おい、オッサン。アンタ、女が出ていった日を覚えてるか?」


 紗彩の声が響く。


「あぁ、覚えてるよ!6年前の、俺の誕生日の日だ、クソッタレ!」


 男が怒鳴るように叫ぶ。


「あいつは俺に恨みがあって・・・誕生日なんて日を選んで。毎年、祝ってくれたのに・・・」


 毎年祝ってくれた。これが傷を作ったのだろう。

 楽しかった思い出は残る。だからこそ、『どうして』と言う感情が強く滲み出てしまった。


「違う」


 紗彩の一言が空気を変えた。


「何が違うんだ」


 男が反抗するように低く唸る。


「彼女は浮気なんてしていないし、蒸発もアンタの勘違いだ」


 紗彩の声に、男が驚く。


「何だって?」


「彼女は6年前、アンタの誕生日の時に死んでるんだよ」


 その言葉に、男と俺は同時に声を漏らす。


「はぁ?」


「アンタの誕生日を祝おうと、近くのケーキ屋で誕生日ケーキを用意していたらしい」


 その言葉に、男の声が震える。


「嘘だ・・・」


「嘘じゃない。 アンタ、6年前のニュース見てたか?何が1番取り上げられてた?思い出してみろ」


 紗彩がゆっくりと身体を出しながら男に質問する。

 男が虚空を見つめたまま、考える。


「翔真、出てきていいぞ」


 紗彩にそう言われ、姿を出す。


「どうだ、思い出したか?」


 男はまるで、テレビを見ているように正面を向き、目を素早く動かす。

 そして、あっ と何かに気づいたように声を漏らした。


「強姦・・・殺人・・・?」


「正解だ。アンタの彼女は、アンタの誕生日ケーキを買いに行った際に、強姦殺人の犯人に襲われた」


「ならなんで、警察とか、医者とかから連絡が入らないんだ?」


 もっともな意見だ。

 住所や住んでいる所が一緒なら、電話があってもおかしくない。


 紗彩が頭をかきながら言う。


「まず、捜索願が出されるのが遅かった。遺体の発見が遅れた。 会社の方も、あまり気にしなかったらしい。素行が悪かったのかは知らないがな」


 男が膝から崩れ落ちる。


「金が必要ない?」


「最初からそうだ。 さっきの暴力の話。子供のことだろ。 忘れるために酒を煽り、重度のアルコール依存症になったアンタは、ママが帰ってこないと泣く子供を殴り殺した」


 紗彩の口から衝撃の言葉がいくつも飛び出す。


「死んだ我が子を見て、家を飛び出したアンタは外をブラブラ。 警察や両親。彼女の両親からの電話すら気づかずに過ごし、今に至る」


 男はゆっくりと泣き出す。


「嘘だ・・・」


「嘘じゃない、アンタ、最初から間違ってたんだよ」


 勘違い・・・金は必要なかったのか


「罪を償え、真っ当に生きれば、あっちで彼女と子供に会えるかもしれない」


 紗彩が珍しくいいこと言った。

 

 優しい空間。さっきまでの緊迫した空気はそこにはない。

 刹那、パトカーの音が響く。

 

「あいつらやっときやがった。いつも警察は遅いな、文句言ってやろう」


「やめろ、紗彩。警察だって暇じゃないだろ」


 ケッ と変な顔をした紗彩を見ながら男に手を伸ばす。


「ほら、立てよ」


 男が俺の手を振り払い、立ち上がる。


「大丈夫だ。一人で歩ける。ありがとう、翔真くん」


 そのセリフに少し笑ってしまった。


 数台のパトカーが止まり、何人か降りてくる。

 その中には土井もいた。


「あ、土井さん」


「あれ?まぁた君たちかい?勘弁してよぉ・・・」


 疲れた顔がミイラみたいに萎んでいく。


「すいません」


「まぁいいや、先に逮捕しちゃうから、事情聴取はそのあとね」


 紗彩の顔を見ると、面倒くさそうに頭を掻いていた。


「はい、じゃあ。殺人容疑で現行犯ね・・・えっと時間は・・・最近老眼が・・・」


 もたもたしている土井を横目に男に話しかける。


「なぁ、名前。教えてよ」


「知りたいのかい?」


「まぁ、殺されそうになったしな」


 少し笑いながら俺は話す。


「そうだね、僕の名前は・・・」


 男が口を開いた瞬間、パァンと音が鳴り男の頭を貫く。


 血が宙を舞い、男の身体が地面に倒れ込む。

 周囲が静かに鳴り、地面に血が広がる。


「えっ・・・」


 声が出なかった。


「全員伏せろ!」


 その言葉と同時に、土井が俺と紗彩を抱きしめるようにして倒れ込む


「伏せるんだ君たち!」


 土井の声を聞きながら、もう瞳に光が見えない。

 名前も知らない男を無音の中で見つめていた。


 

 

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