第四迷 1頁 『手招き』
あれから1週間。
ダラダラと家で過ごしている。
と言うのも、前回の事件は死人が出た。学校側も少しの間は休業と言う形を取るらしい。
今日は土曜日だ。
天気は良く、まさに洗濯日和という奴だ。
「お兄ちゃん、身体動かさないと鈍るよー?」
そう言ったのは妹の華奈だ。
「だから、というか、毎日家事してるだろ。これ以上身体を動かす理由がない」
華奈にそう返すと、ふーんと言ってテレビを見始めた。
「続いてのニュースです、千葉県でまたも生徒が自殺する事件が発生しました。 今月に入りすでに4件、一体・・・」
テレビから流れてきた声に耳を澄ます。
その時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
華奈が立ち上がり、モニターの電源をつける。
「はい」
「すいません。警察の者なんですが、渡辺翔真さんはいらっしゃいますか?」
モニターの機械から声が漏れた。
「お兄ちゃん!警察の人来たー」
食器を洗っていた手を止め、タオルで拭いてから玄関の扉を開ける
「はい、どうしました」
「あ、突然申し訳ないです。 私、土井と言う者です」
彼は警察手帳を見せ、どうもと頭を下げる。
「はぁ・・・」
「少しお時間よろしいですか?」
土井はそう言って警察手帳をしまい、申し訳なさそうな顔をした。
「現在、須藤先生に取り調べを行っているんですが、何も話さなくて」
「俺は何も知りませんよ」
「いやいや! そしたら石塚紗彩さん?が「私なら引き出せる」って言うんで、協力してもらおうかと」
紗彩が協力するなら安心だ。
あいつは頭がいいから、俺は必要ないだろう。
「なら安心ですね」
「いや、石塚さんが、助手がいないと協力しないって・・・」
もう泣きそうになる土井を見て、あまりにも可哀想なため、協力することにした。
男なんだからそんな顔するんじゃない。
「わかりました。 少し準備をするので、ちょっと待ってください」
一度扉を閉め、少し考えながら廊下を歩く。
「なんだってー?」
華奈がそう言って廊下の奥からヒョコッと顔を出す。
「少し行ってくる。 紗彩が呼んでるらしい。助手が必要だそうだ」
助手・・・助手? いつから俺は助手になったんだ。 まぁいいか。
「ふーん」
華奈は興味がなさそうに頭を引っ込め、ゆっくりと全身を出した。
「気をつけてね」
そこにさっきまでの笑顔はなく、真剣な眼差しが俺を刺す。
「最近、紗彩さんとお兄ちゃんの周りで色々起きすぎだよ。 絶対におかしい、また何かあるかもしれない。だから・・・気をつけて」
「わかってる」
必要そうな物をカバンに適当に詰め込み、玄関で靴を履く。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
トントンと靴の先端を地面に打ちつけ、玄関を開ける。
太陽の白い光が視界にはいり、眩しさで目を細めた。
「すいません、お待たせしました」
「こちらこそ急に申し訳ない!」
土井が申し訳なさそうに頭を下げる。
車に乗り込み、警察署に向かう。
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〜警察署〜
「お、来たな」
俺を見て勢いよくパイプ椅子から立ち上がったのは紗彩だった。
「来たな。 じゃねぇよ」
紗彩の頭にチョップを入れ、言う。
「あ、暴行罪!ここには警察が沢山いるからな。お前は逃げられないぞ」
「そうか」
「おい、話を聞け」
紗彩を適当にあしらい、本来の目的を聞く。
「で、何がしたいんだ?」
「何が?」
「お前が何したいのかって聞いてんだよ」
そういうと、紗彩はあー・・・。と言いながら唇に指を当てた。
「私が須藤の取り調べをする。私なら何かを引き出せるかもしれない」
「現実的に、一般人が協力していいのか?」
そう聞くと、紗彩が鼻で笑った。
「いいわけないだろ。馬鹿。 でもな、バレて怒られたとしても、私達には関係ない。 それに、協力がないと、ここでこの事件は詰みだ」
紗彩はそう言った。
「じゃ、土井。私を取調室に連れて行け」
「わかった」
土井は指示された通りに取調室俺たちを案内する。
「ここだ」
「須藤はもういるのか?」
「いる。これから説明を・・・」
土井が話してる途中で、紗彩は扉を開けて中に入ってしまった
「はぁ・・・」
こっちが想像もしない行動をする紗彩にため息をを吐く。
土井の顔を見ると、俺と同じようにため息を吐いていた。
顔を見合わせ、引き攣った笑顔を作り頭を軽く下げると、扉が開き右手を思い切り引かれる。
「何ヘラヘラしてんだ、馬鹿」
無理やり取調室に入れられ、静まり返った個室に場所が移る。
紗彩はガタンと乱暴に椅子に座り、大柄な男に向き合う。
「久しぶりだな」
「おぉ、石塚か。久しぶり・・・」
須藤。体育教師だ。彼は現在、盗撮の容疑で勾留されている。
「さて・・・お前、そんなに金に困ってんのか?あそこの学校の教師は」
「別に、給料が悪いわけじゃないが、つまらないんだよ。 だから、馬鹿な生徒共を騙してやりたくなった」
「そうか」
犯罪をする理由は『つまらないから』
はっきりとした動機がないばかりに、その理由はかなり凶悪かもしれない。
「鍵は業者に頼んだと言っていたな、詳しく聞きたい」
「供給だよ」
「供給?」
紗彩が眉を歪める。
その反応を見て、須藤がゆっくりと続けた。
「そう供給。 盗撮した写真や動画を買う奴がいる。そいつらが金を出して協力してくれるんだ。つまり、スポンサーのようなものがついてる」
「モリアーティ?」
「ん?なんだそれは」
いや、なんでもないと紗彩は首を振り、口を開いた。
「ところで、飛び降りた生徒について聞きたい」
紗彩が写真を見せる。
飛び降りた生徒の顔写真だ。いつのまに用意していたのか。
「あーこいつか」
「分かるのか」
「三年生だな。 自分のグループを持っていて、いじめとは無縁のはずだ。家庭も裕福って話を聞いたことがある。 仲のいい友人は多いし、自殺する理由はないはずだ。 遺書は?」
突然須藤が饒舌になり、考察を交えた会話をする。
「遺書はない。 警察の調べでは自殺で処理するらしい」
「そうか・・・」
「だが問題があるんだ」
紗彩がそういうと、須藤の眉が歪む。
「こいつ、自殺する前に、翌日に遊ぶ約束を取り付けたらしい。 それも、自殺を行う30分ほど前だ」
「確かにおかしいな。 自殺する人間が翌日のことを考えるはずがない」
紗彩が机に手を置き、人差し指でトントンと机を叩き始める。
「それに、今千葉県で起きてる自殺4件に酷似している。 犯人がいるのだとしたら、同一人物だろう」
「犯人?自殺なのにか?」
「あぁ、共通点は2つあるんだ。 まず遺書がない。 放課後。 いじめなどで自殺する場合は昼間にするだろ、『お前らのせい』で死ぬと見せつけるためだ」
いじめではなく、4件の自殺。 時間は一緒。
唯一頭をよぎったのは
「・・・洗脳?」
「なに?」
紗彩が振り返り、眉を歪めた。
「いや、遺書はなく。同じ時間帯に自殺となると、洗脳くらいしかないよなって」
「もっと頭を使え、凡人は・・・いや、洗脳か」
紗彩が顎に手を当て考える。
「いやいや、凡人の考えだ。忘れてくれ」
「いや、可能性はあるんだ。 ある一線を超えた洗脳は超能力と言っても過言じゃない、洗脳か、洗脳に近い何かか」
紗彩はそう言うと、カバンから財布を取り出して500円玉と100円玉を取り出した。
「目を瞑れ、私が今からこれを握るからどっちに500円玉があるか当てろ。そうしたら500円はお前のもんだ」
そう俺に指示してきた。
目をつむる。視界が閉ざされ、聴覚が強化される。
服が擦れる音がして、次の瞬間声をかけられた。
「さぁ、目を開けていいぞ」
紗彩の声と共にゆっくりと目を開け、前に突き出された二つの拳を睨む。
「ルールは?」
「触ったり、私に直接的な害がなければなんでもありだ」
そう言われたが、特に思いつかないので、質問をすることにした。
「じゃあ、500円玉はどっちにあるか教えてくれ」
「アホか、そんな聞いたらゲームにならないだろ」
そう言いながらも、紗彩の目は左手に一瞬吸い寄せられた。
「左、あ違う。右、あー。紗彩から見て右」
「こっちだな」
ゆっくりと左手を広げると、100円玉が握られていた。
「視線を見たな。着眼点は悪くないが、私がそれを知らないとでも?」
そう言いながら紗彩はゆっくりと右手を広げると500円玉が姿を現す。
「で、これが洗脳と関係あるのか?」
「いや、まったく・・・とは言わないが、ほぼ関係ない」
「じゃあ、なんなんだ」
紗彩が俺を見つめ、ニヤリと笑った。
「洗脳ってのは本来時間がかかる。そのくせ永続的ではないからコスパが悪い。 そこでやるのが今の技法だ」
「ん?どういう事だ」
「片方は生きる何か。もう片方は死ぬ何か。これを選ばせる、まぁ実際に片方が生きる何かなのかはわからないが」
紗彩が机をトントンと指で叩きながら話す。
「これはゲームだ」
「ゲーム?」
「推理ゲームだ」
紗彩はニヤリと牙を見せた
「もし、そのゲームを断ったらどうする?」
「いや、断れない。 私なら、ゲームを断ったら家族を皆殺しにして、最後にお前を殺すって言う。 その後に、もし正解を引けたら全員の無事は保証する。失敗したとしても、死ぬのはお前だけだ。そう言うね」
「相手が喧嘩自慢や格闘家で、ゲームに漕ぎ着けるのに手がかかる場合は?」
紗彩が俺を睨み、ため息を吐く。
「その場合は、銃やナイフを使って脅せばいい。 人を殺す奴はそこら辺を確保するパイプがあるだろう」
確かに。人を殺す覚悟がある奴は、すでに裏の社会に足を踏み入れているかもしれない。
その時、パンと手を鳴らす音がした。
「須藤、お前は何も知らないみたいだな。私達は帰る」
紗彩がそう言い、立ち上がる。
すると須藤が口を開いた。
「役に立てなくて、悪かったな。あ、でも。俺の依頼者とお前らが調べてる犯人。と言うか。依頼者は一緒だと思うぜ、せいぜい頑張りな」
「あぁ、何か依頼者の情報をくれると助かるがな」
「悪いな、生憎、依頼者のイニシャルすら知らない」
紗彩がため息をつき、扉を開けた。
「行くぞ、翔真」
「あ、あぁ」
重い鉄の扉がバタンと大きな音を立てて閉まる
「もういいのかい?15分も話していないが」
「十分。と言うか、須藤は盗撮して売買しただけでそれ以外は何も知らない。 時間の無駄だったな」
「出口まで案内するよ!」
土井が慌てた様子で先頭に周り歩きだす。
警察署の中を歩く。
「で、さっきの話になるが、なんで高校生ばかり狙うんだ?」
「さぁな」
話していると、大きなホワイトボードに地図が貼られ、警察が数人それを見ている部屋の前を通る。
その部屋の前で、紗彩が立ち止まった。
「どうしたんだい?」
土井が紗彩に問いかける。
「あれはなんだ」
「あー、あれは高校生が自殺した学校をマークした地図だよ。 色々と頑張って調べてるんだ、まぁ成果はないけどね」
「そうか」
紗彩は地図を睨み、また歩き出す。
出口が近づき、光が見える
「今日はありがとうね。送るけど、どうかな?」
「いや、いらん。 仕事をしろ」
紗彩が冷たく返事をすると、土井はトボトボと警察署内に姿を消した。
紗彩がスマホを取り出し、地図を開く。
「何してんだ」
「マークをつけてる。さっき地図を見たからな」
待て、見た。なんて言えない。数十秒だ。
「覚えたのか?」
「あぁ場所だけな。千葉県地域の地図は小さな通りから裏道まで頭に叩き込んである。あとは重ね合わせて答え合わせするだけだ」
カチカチとスマホを触り、情報を入力している。
冬で寒い中、太陽の光がジワリと汗をかかせる。
スマホを触る紗彩の横でため息をつき、空を見上げる。事件を調べてるとは思わせないほど綺麗な青空が視界に広がった。