第三迷 4頁 『犯人の影』
どうなってるんだ・・・
施錠して、数分。具体的には2分から3分くらいか。
その短時間に荒らされたのだ。
紗彩がズカズカと入り、小さな窓を確認する。
「鍵がかかってる」
紗彩は倉庫内のあらゆるところに視線を巡らせる。
「紗彩」
「黙れ!」
紗彩に声をかけるとうるさいと一蹴されてしまう。
頭に手を当て、目を瞑る。 するとゆっくりと目を開き、空中文字を書く動作をした。
「違う。これじゃない。これでもない。これは・・・いや、別だ」
まるで蚊を払うように手を空中でヒラヒラとさせ、こちらを見つめる。
「翔真、古城」
「なんだ」
「はい」
紗彩が俺らを呼び、顔を合わせる。
「お前らなら、密室の体育倉庫に侵入する際どうやる?」
紗彩が捲し立てるように早口で言う。焦っているのだろう。 相手は透明人間なのだから。
「小さな窓の鍵を開けて侵入。 入ってきた窓を出入り口にして侵入するな」
「僕もそうします」
俺と古城は同じ意見だった。
実際そんなドラマも多数観てきたからな。
だが・・・
「確かにそれは可能だが、事前にいくつか準備が必要なはずだ。 私がそれに気づかないとでも?」
顎に手を当てながら紗彩が言った。
その通りだ、ドラマで見たりするのはあらかじめ準備が必要だ。 それは必ず目に入るし、出来たとしても音が鳴ってから約30秒程で終われるような手法はない。
「それ以外にも、犯人は何しに体育倉庫に何しにきた?」
「何かを回収しにきたとか?」
俺がそう言うと、紗彩が俺を睨み言った。
「何を?」
「さぁ?何かをだな」
顎に手を当てて考える紗彩を見つめる。
身体が徐々に左右に揺れてきた。
紗彩の癖の一つだ、深い思考に入ると身体が左右に揺れる。
「じゃあだ、仮に何かを取りに来たと仮定して、荒らす必要はないはずだ」
確かにそうだ。
「古城、ここまで荒れてるのは初めてか?」
「はい、初めてです」
俺の問いに古城が答えた。
なぜ、荒らしたのか。 ここまで荒れてるのはなぜか・・・
「あ」
ひらめき、つい出てしまった声に紗彩と古城の視線が集中する。
「なんだ、翔真」
「いや」
「言え」
紗彩に睨まれ、くだらない凡人の考えだが取り敢えず言ってみようと口を開いた。
「『荒らした』のではなく、『荒れてしまった』んじゃないか?」
「どう言うことだ」
紗彩が眉を歪め、首をかしげる。
こいつ、自分では何かをしないからわからないんだ。
「いやな、高いところにある物を取る時、脚立を使うんだが、急いでるとそのまま忘れるんだよ」
「そうか、でも脚立は倉庫にないぞ」
「いや、だから、ボールの籠に乗ったんじゃないか?」
そう言うと、紗彩が籠を持ち上げようとするが、重くて持ち上がらないらしい。
「こんな重い物を倒すくらいの体重か?生徒にはいないな」
「なら教師か」
俺らの会話を聞きながら古城が困惑する。
「犯人が教師ってマジで言ってるんですか?」
「マジだよ、この学校。裏では案外腐ってる」
古城の問いに答える。
すると、紗彩に呼ばれた。
「翔真、肩車してくれ、籠の近くにあった棚の高いところを見たい」
「あいよ」
紗彩の股に頭を通し、力を入れる。
流石に高校生の身体は重いな
「重いって言ったら殺すからな」
「大丈夫だ、お前には期待が40キロくらいある」
「殺されたいのか?」
頭上で紗彩が何かガサガサと触っている。
ゆっくりと横にずれながら細かく探る。
「止まれ、見つけた」
「何があった?」
「何もない。そこだけ、埃すらもない」
ゆっくりと紗彩をおろす
「どうだ?」
「空白の部分があった。サイズ的におそらくカメラか何かだろう」
「盗撮か? 体育倉庫で?」
体育倉庫で撮るものはないし、撮れたとしても棚のかなり奥まで入っていた。 あれじゃ何も見えない。
「いや、違うな。 保管だ、バレないようにするためだろう」
「保管?」
「女子更衣室で盗撮して、体育倉庫に保管するんだろ。 いくら教師とは言え、学校にビデオカメラを持ち込むのは怪しいからな」
確かに。
紗彩がいいのは間違いない。
「お前ら、何してんだ。 もう少しで最終下校の時間だぞ」
背後から声をかけられ振り返ると大柄の男がいた。
「須藤先生」
古城が、大柄の彼の事を須藤と言った。
須藤先生と呼ばれた男は体育教師だ。 以前、俺の事件を邪魔して紗彩を拘束しようとした教師だ。
それもあり、あまり好きではない。
「わかったよ」
少し怒り気味でズカズカと紗彩が体育倉庫から出る。
「ほら、お前らも帰れ」
そう言う須藤を見ると、服の袖に血がついていた。
「先生、服に血が付いてますよ、なんかあったんですか?」
「あぁ、今日の体育の授業中に派手に転んだ奴が居てな、保健室まで抱えたんだ。 その時に着いたんだろう」
話を聞いていると、須藤のはるか後ろから声が響いた。
「翔真!古城!帰るぞ!」
紗彩に呼ばれ、駆け足で帰る。
下駄箱につき、靴を履き替える。
「先輩、石塚さん。 今日はありがとうございました」
「まだ解決してないから、明日だ」
「そうだな」
そう言って玄関を出ようとした時、後ろから声をかけられた。
「珍しいな。お前たちまだ居たのか」
振り返るとツンツン髪の教師、及川がいた。
「今から帰るところです」
「そうか、何してたんだ?」
「体育倉庫を調べてました」
そう言うと、及川がメガネをあげニヤリと笑った。
「もしかして、『体育倉庫の幽霊』の話か?」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も、案外有名だぞ」
俺の後ろから紗彩が前に出て及川に質問を投げかけた。
「噂が出たのはいつ頃だ?」
「2ヶ月くらい前からかな」
2ヶ月も前か、それだけじゃ情報にはならない
収穫はなし・・・そう思われた。
「古城、2ヶ月くらい前には何があった?」
紗彩が振り返り、古城に投げかける。
少し考え思い出したかのように古城が口を開く。
「体育倉庫の小さい窓が割れちゃって、業者がはいりましたね。 実際に割れてました。確認してますし」
「どうしてもっと早く言わない!」
紗彩の叫び声が耳を刺す。
「いや、結構前の事ですし、あまり関係ないかもしれないと」
「関係ない訳あるか!これだから馬鹿は嫌いなんだ!」
ひどく怒った様子の紗彩を見て、古城の顔が強張る
「紗彩、そこまで。 今日は帰ろう」
俺に肩を掴まれ、紗彩は意識を引き戻す
紗彩はハッとして、頭を下げた。
「古城すまない。 私としたことが」
「すまん、紗彩もそんなつもりはなかったんだ、許してやってほしい」
「いえいえ、わかってます。 なんか安心しました」
古城のその言葉に俺と紗彩は眉を歪める。
「どういうことだ?」
「正直、この依頼は解決しなくても日常生活には関係ないんです。なので、割と適当に済まされるのではないかと、心のどこかで思ってました。 でも、さっきの様子だと、しっかりと向き合ってくれているんだなと思って」
「当たり前だ、依頼だからな」
紗彩が息を吐きながら呟くと背後から声がした。
「終わったかい?」
「はい、及川先生」
「じゃあ、帰りたまえ、明日は俺も調査に参加させてくれ、恥ずかしながら推理ってのに興味があるんだ」
ポリポリと頬を掻きながら微笑む及川を見て、紗彩が答えた。
「好きにしろ、ギャラリーは多い方が私の優秀さを思い知らせることができる」
腕を組みながら言う紗彩を一度見てから、及川に視線を戻し頭を下げる
「じゃあ、帰ります」
「おう、気をつけろよ」
もう黒に染まりそうな空の下、帰路につく。
明日で解決したいと、この闇が悪い方向にいかないと願うばかりだ。