第三迷 3頁 『体育倉庫の幽霊』
夕日に照らされた部室に生徒が三名。
俺と紗彩、それと依頼者の古城だ。
黒髪で大人しそうな一年生の古城は落ち着かない雰囲気で言った。
「体育倉庫の幽霊について」
「ほう」
紗彩がゆっくりと腕を組みながら返答する。
この依頼に興味を持ったらしい。
「非科学的な物は信じないタチだが、面白い」
紗彩の口角が自然と上がる。
本人は困っていると言うのに、面白いと断言してしまうあたり、やはり紗彩だ。
「で、詳細は?」
目を細めながら紗彩が言う。
「はい、僕たちはバスケ部で放課後は体育館を使用するんです。 部活が終わって道具を片すんですよ、ボールとか。 体育倉庫に人が居ないのを確認した後に施錠するんですが、中から物音がするんです。 足音や声が」
古城が俯きながら話す。
紗彩の方に視線を送ると、顎に手を置きながら天井を見ていた。
「質問だ」
「はい」
「似たような事象が発生してないか?別の場所で」
紗彩が質問をすると、古城が目を大きく開いて驚いたような顔をする。
「あり・・・ます」
「どこで?」
「女子更衣室です」
紗彩がふぅ・・・と息を吐き、俺の方に視線を送りニヤリと笑って視線を古城へ戻す。
「わかった。その依頼、受けさせてもらおう。 明日、部活が終わる頃に私達も体育館へ行く。施錠するタイミングに立ち会いたい」
「わかりました」
紗彩がそういうと古城が何度も頷き、了承を表した。
「さぁ、今日は解散だ」
紗彩が言った。
古城が椅子から立ち上がり頭を軽く下げ、扉を開ける。
「お願いします」
そう一言言って扉を閉めた。
「どうだ?紗彩」
「何がだ」
カバンに本やら色々と詰め込んでいる紗彩に問う。
「何かわかったか?」
「まぁ、情報が少ないからな、なんとも言えない。だが九割くらいはわかった。 早めに捕まえるぞ」
紗彩は荷物をまとめながら言った。
「捕まえる?幽霊をか?」
そう言うとゆっくりと振り返り、俺をまっすぐ見ながら紗彩が口を開いた
「馬鹿言え、相手は人間だ」
紗彩と一緒に部室を出て、廊下を歩く。
「人間?」
「あぁ、幽霊は存在しない。 私は16年生きてるが、一度も見たことないしな。 あ、だが全てを否定しているわけではない。 エンタメとして楽しむならいいと思うぞ」
確かにそうだ。 俺も17年生きているが、一度も幽霊を見たことがない。 男子ならある時で訪れるであろう厨二病。あれは他者には見えない偶像を作り出す
場合がある。
はっきり言って、幽霊が見えると言う人数より遥かに多いはずだ。 幽霊が見えると言う少数派の意見を信じるなら、厨二病も信じられるべきだろう。
つまり、そう言う事なのだ。 いや、暴論か?
「確かに、俺もみた事ないわ」
「だろ?」
下駄箱に行き靴に履き替え、校舎の玄関をくぐる。
「じゃあ、また明日」
「おう、明日」
紗彩からの挨拶に返答して帰路に着く。
「幽霊・・・ねぇ・・・」
夕日が照らす長い帰路をゆっくりと歩く。
原因を作り出してるとのが人間だと言うのなら、また犯罪だったりするのだろうか。
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〜自宅〜
玄関を開け、靴を脱いで家に入る。
リビングに入ると華奈がいた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「おう、ただいま」
良かった。 あの事件があり、過去の事を打ち明けてから多少は顔に生気がある。
以前は瞳に光がなかったが、今はある。 まだ少ないが笑う回数も増えていってる。
「今から夕飯作るから、少し待っててくれ」
椅子にカバンを乗せ、制服を脱いでハンガーにかける。
「今日の夕飯はなに?」
「んー、ハンバーグでもやるか」
「いいね」
冷蔵庫を見て材料を確かめる。 うん、ハンバーグくらいなら作れそうだ。
材料をボウルに開け、種を作る。
カチャカチャと調理を始める。
「お兄ちゃん最近楽しそうだね」
「そうか?」
リビングにある椅子に座りながら華奈が聞いてきた。
「そうだよ。 紗彩さんのおかげかな」
「おかげって、アイツのせいで疲れるけどな」
実際疲れるのだ。 ヒヤヒヤする場面も多いしな。
「ふーん・・・」
華奈がニヤニヤとする。
「なんだよ」
「べっつにー」
完成した料理をテーブルに運び、準備を進める。
「水飲む?」
「飲むー」
ウォーターサーバーで水を注ぎ、華奈の前に置く。
「ありがと」
俺も椅子に座り、手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
ハンバーグを切り分け、口に運ぶ。
案外上手くできたな。
「お兄ちゃんが入ってる部活ってどんな部活?」
「あぁ迷相部のことか?」
「何その変な名前」
全く同感だ。 変な名前の部活だよな。紗彩は満足しているからいいが。
「何すんのその部活」
「端的に言えば、お悩み解決部だ」
華奈はふーんと言いながらハンバーグを口に運ぶ。
もぐもぐと口を動かし、飲み込んでから話を再開する。
「じゃあ、助けてくれたのも部活動の一環?」
実際は一環ではなく、ただ紗彩が興味を持って勝手にした事だが、それを言うのは気が引けた。
「まぁ、そんなとこだ」
「ふーん、お礼言っておいて。紗彩さんに」
「わかった」
食べ終わった食器を片す。
「お兄ちゃん。私明日早いからもう寝るね」
「早い?何かあるのか」
「学校・・・久々に行こうかと思って」
驚いた。いじめがあったのは一年生の時だ、あれからニ年、三年生になって、もう少しで高校受験がある時期に入った。 学校に行かなくては危うい時期ではあるが、あんなことがあった手前、やはり心配をしてしまう。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「そうか、何かあったら連絡しろよ」
はいよーっと軽く返事をして、階段を上がっていく。
俺も皿を洗い終わったら寝よう。
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「おはよう」
「おう」
目が覚め階段を降りると、制服姿の華奈がいた。
久々に見た。 不登校になってから一度も見ていなかった。
「お兄ちゃん泣かないでよ」
華奈に言われ、初めて泣いている事に気づいた。
その時、案外疲れていたのかもしれないとそう感じた。
「じゃあいってくるね」
「行ってらっしゃい」
玄関で靴を履く華奈を見送り、俺も準備を始める。
ワイシャツを着て、制服を着る。
忘れ物がないかを確認して、リビングの電気を消し、家を出た。
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〜学校 放課後 時刻 17:45分 〜
今日は部活終わりに体育倉庫を調べると言って、現在は紗彩と共に部活が終わるのを待っている。
「汗臭いな」
「我慢しろ」
体育館や校庭を使う部活は発汗の量が桁違いだ。
仕方ない。
時刻が6時になり、部活の片付けを開始する。
「先輩、石塚さん」
奥から走ってきたのは昨日の少年、古城だった。
「おう、古城。きたぞ」
俺がそう言うと、古城は軽く頭を下げた。
「じゃあ、片すか。手伝うぞ」
「あ、ありがとうございます」
ガラガラとボールが入った籠や得点板を体育倉庫に押し込む。
その間に紗彩は倉庫内部を観察していた。
「これで全部か?」
「はい」
片付けが終わり、紗彩に声をかける
「終わった。 施錠するぞ」
「あ、あぁ」
はっきりとしない返事だ、何かあるのだろうか。
倉庫の扉を閉め、古城が鍵をかけるのを見守る。
「何かわかったか?」
「現在は特に。小さな窓は内側から鍵かかってる。施錠してしまえば密室になる。 中には人はいないのを確認しているし、おかしな物もなかった。 今日は収穫なしだ」
紗彩が解散だと、右手をヒラヒラと揺らす。
俺は古城と顔を見合わせ、体育館の出口に紗彩を追いかけるように向かった。
その時だ、背後からガシャンと大きな物音がなり、振り返る。
一瞬の静寂の後、紗彩の声が体育館に響いた。
「倉庫だ!古城、鍵を開けろ!」
「はい!」
体育倉庫の扉に駆け寄り、ガチャガチャと鍵を開ける。
紗彩が扉を開けると驚きの光景が飛び込んできた。
「なんだこれ」
まるで荒らされたかのように、ボールの籠が倒れてボールが散乱している。 得点板や、他の道具も荒れているではないか。
「冗談だろ、鍵は内側からかかっている。入れないし、現在も閉まったままだ、壁でも通り抜けたのか⁉︎」
紗彩の言葉に『幽霊』と言う二文字の単語が頭をよぎった。