第一迷 1頁 『そこにあった物』
もう16時頃だろうか。窓から夕日が差し込み、教室が夕日に照らされる。
「渡辺・・・俺はお前を信じてる。お前は優しい子だからな」
担任教師が寂しそうな顔で言う。 頭をカリカリと掻いてため息をつく。
そのため息は、生徒を守れなかった悔しさか、この状況に対してかわからない。
「そうだ、これ」
教師は自身の尻ポケットから一枚の小さな紙を出して渡してきた
「なんですか、これ」
「もしかしたら、そこだったら今の状況を覆せるかもしれない。 行ってみてくれ」
手渡された紙を開くと、見慣れない。 いや、一度も見たことのない部屋の名前が書いてあった。
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9月下旬
俺はいつも通り自分のクラス、2年B組に足を運ぶ。 9月だが、まだ夏の暑さが残っている気がする。
長い廊下をトボトボと歩いていると、背中を強く叩かれる。
「おはよ~!!翔真! あら、元気ないな。また寝不足か?」
「誠・・・まぁ、妹の事とかいろいろあるし」
「あんま無理すんなよ~?」
この気さくな男は森谷 誠 クラスは俺の隣の2年A組。
家庭は代々警察一家で、父親も母親も警察をしているためか正義感が強く、みんなを導くカリスマ性も持ち合わせている。 頭も良くてイケメン、女子にはモテモテだ。 スポーツも出来るとかチートスペックだ。 幼馴染で、誠、両親共にかなりお世話になっている。
「じゃ!俺こっちだから~、また後でな翔真!」
誠が教室に入ったのを確認して、俺も入る。
ガラガラと扉を開けて、着席をして机に突っ伏する。
誰かと話すことなんてない。 友達がいないのだ・・・
誠くらいしかこの学校で話す奴はいない。 昔、いじめられていた妹を助けるために無茶をしたことが原因らしい。 今は大丈夫だが当時は見ていられないくらい酷くて、その事に腹を立てていじめっ子に復讐をした。
それがやり過ぎてしまったのだろう。高校生になった今でも噂は絶えずに残っていた。
まぁ髪も金に染めているから、それも原因の一つではあるのだろうな。
始業のチャイムがなり、先生が入ってくる。
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いくつかの授業を終えて、クラスの話に切り替わる。
と言うのも、10月に文化祭が行われる。それについての必要不可欠な物や、予算の提示だろう。
今年はクラスTシャツという物を作るらしくて、実行委員がクラスの生徒から費用を徴収する。
こういうのは、学校の経費でどうにかならないものか。
いくらかを封筒に入れる。これは、一度生徒会の方で保管するらしい。 最初はみんな反対したが、このクラスに生徒会のメンバーが2人いて、金庫に保管するという条件で渋々了承した。
放課後になり、一人の男子生徒が話しかけてきた。
「渡辺くん。今暇だよね? このお金、生徒会室に持っていってくれるかな?」
「あ?自分でやれよそんなの」
「今忙しいんだ、頼むよ」
こちらの返事を待たずに金の入った封筒といくつかの資料をおいて去ってしまう。
「マジかよ・・・」
早く帰るために荷物を持ち駆け足で生徒会室に向かい、机の上に置く。
「帰るかぁ」
早く帰りたい一心で廊下を走り出す。
その時、俺に荷物を押し付けた生徒を見つけた。
「荷物は机の上に置いておいた!あとは頼む!」
「ありがとう!用が済んだら確認するよ!」
その日は足早に帰った。
妹が心配だったのだ、いじめにあってから学校にも行かなくなり、顔を合わす時間さえほぼない。 このままでは、妹の顔さえ忘れてしまいそうな気がする。
玄関の扉を勢いよく開けて、ドタドタと家の中に入る。
「お兄ちゃんうるさい・・・」
起こしてしまったのか、妹が顔を出した
「起きてたのか、華奈 ただいま」
よかった。変化は特にない
「今日は何してたんだ?」
「別に・・・ただ寝てただけ」
「そうか、たくさん寝ると元気になるもんな」
そういうと暗い顔をしたまま階段を上がって行ってしまった。しばらくして、バタンと扉が閉まる音がした。
その日は、家事を一通り済ませてから0時を回った頃に眠りについた。
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外が明るくなり、暗い視界に光が入る。
徐々に光は強くなり、ゆっくりと目を覚ます。
「遮光カーテンを突き抜ける太陽ってなんなんだ・・・」
自然には勝てないのを実感しつつ、ベットから身体をだす。 時間は10時だった。
「あ、え? 10時⁉︎ 遅刻じゃん!」
バタバタと慌しく準備を始め、階段を駆け降りる。
「華奈!兄ちゃん学校行くから!」
勢いよく玄関を開けて、外に飛び出す。
乾いた風が心地よく、太陽の暑さを忘れさせてくれる。
遅刻は決定だが、別に不良ってわけじゃない。
走っていっても損はないだろう。
学校につき、上履きに履き替える。
階段を駆け上がり、教室のドアを開けると視線が集中した。
「あ、渡辺くん。少しいいかな?」
授業中にも関わらず、立ち歩きガヤガヤと少し騒がしい。 教師も担任だけじゃなく他にも3人くらいいた。
「ん?なんかあったのか?」
生徒会役員。
昨日の少年に声をかけられて返事をする。
「お金はしっかり生徒会室に持っていってくれたよね?」
「あぁ、しっかり届けた。確認したんだろ?」
冷や汗が止まらない。 大体予想はついている
「それが、机の周りや、資料の隙間とかを調べたんだけどなくてね。もしかして・・・」
「待て! 盗んだりしてないぞ!」
疑いの目はこちらに向き、完全に容疑者と化した。
「渡辺、もし取ったなら正直に言ったほうがいい。警察沙汰になるかもしれない」
体育教師の男が言った。
ーー盗んでないって! なんで最初から疑ってかかるんだコイツらは!
体育教師の一言で、更に信憑性を増す。
問題のない教師と、問題しかない生徒なら、信じるのは教師の方だろう。
「違う! 俺は・・・本当に・・・」
言葉が出ない。 今の状況じゃ何を言っても意味がない。
「なにも言わないんだな?」
体育教師が言う。
違う。 大人はいつもそうだ。 『なにも言わない』ではなく、圧によって『なにも言わせない』空気を作り出す。
生徒の視線がたった一人の少年に集中している。
疑いが前提にあるのに、何かを言って覆すのはほぼ不可能に近い。
静寂の中、一人が小さな声で話す。
「でも、渡辺って家が貧乏だったよな?」
それを皮切りに、ガヤガヤと静かな一室に言葉が溢れ出す。
「喧嘩ばかりしてるって聞いたことある」
「万引きしたって噂あるよね」
「後輩から金巻き上げてるの見た人がいるって」
していない事が次々と出てくる。
極め付けは
「少し前に、中学生数人ボコったんだろ?」
「違う、それは妹が・・・!」
口にしてしまいそうだった言葉を呑み込む
「妹がなんだよ?」
「あ、いや・・・」
妹がいじめられていた復讐だ。 と言ってしまえば楽だが、それを言ってしまうと華奈がいじめられていたのを理由に、華奈のせいにしてしまう気がした。
更に疑いの目は強くなり、視線が注がれる。
非行ばかりあったわけではない。
喧嘩はする理由があるからだ。
カツアゲに見えたのは、後輩が落とした財布を持ち主に返す時だろう。
万引きに見えたのは、万引きをしようとした少年から商品を取り上げて、代わりに謝っといてやると店員に頭を下げていた所を見られたのかもしれない。
普通の人がすればなんでもない事だが、俺がすればそう見えてしまう。
その時、チャイムが鳴った
「よし、休み時間だ。 切り替えていこう!」
担任の言葉と共に、刃の様な視線が消えた。
担任は俺を悲しそうな顔で見て一言だけ言った。
「渡辺・・・お前は放課後教室に少し残れ、話がある」
そうして担任は教室を後にした。
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放課後、誰もいなくなった教室に俺だけが残る。
赤い夕日に照らされ、眩しさで目を細めた。
背後からガラガラと扉が開く音がして振り返ると担任がいた。
「悪い悪い、ちょい忙しくて。 渡辺・・・大丈夫か?」
悲しそうな顔で、とても優しい声だ。
「及川先生・・・」
2年B組の担任は及川と言う教師だった。
生徒との距離が近く、教師と生徒といいより、友達と言う感覚に近いかもしれない。
黒髪で少しツンツンとした髪型が特徴的だ。
メガネで、ネクタイをしっかり締めてすごく真面目な印象がある。 実際に真面目だが、イメージとは違くユーモアを含めた笑いが取れる。 そんな教師だ。
「先生・・・俺、本当に!」
「分かってる」
右手を前に出し、それ以上言うなと。
言葉を遮る。
「渡辺がした事じゃないのは分かってる」
「だったら・・・」
及川はため息をつく
「変えられないんだ。 あの数の疑いを、俺の言葉で覆せる気がしない。 世の中は民主主義の多数決。いくら正しくても、それを否定する数が多ければ、正しさは悪になる」
下を向いていた視線が徐々に上がり、俺の顔を見る。
「それでも、それでもな」
及川は言葉を捻り出そうとする
「渡辺・・・俺はお前を信じてる。お前は優しい子だからな」
及川が寂しそうな顔で言った。 頭をカリカリと掻きながらため息をつく。
そのため息は生徒を守れなかった悔しさか、この状況に対してかわからない。
「そうだ、これ」
及川は自身の尻ポケットから一枚の小さな紙を出して渡してきた。
「なんですか、これ」
「もしかしたら、そこだったら今の状況を覆せるかもしれない。 行ってみてくれ」
手渡された紙を開くと、見慣れない。 いや、一度も見たことのない部屋の名前が書いてあった。
「そこはある部活の部屋でね、部長しかいないんだけど、もう帰ったって別の先生が言ってたから、明日の放課後行ってみるといいよ」
もらった紙をポケットに押し込む。
最後の希望かもしれない。
「ありがとうございます」
「俺もなるべく協力するから、何かあったら言ってくれ」
及川は優しく笑い、ガラガラと扉を開ける。
「もう暗くなる。早く帰りなさい」
そう言って扉を閉めた。
及川の足音が遠ざかる。
荷物をまとめて、俺も教室を出た
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~翌日 放課後~
及川に渡された紙を頼りに、ある部室の前まで来る。
廊下に赤い夕陽が差し込み、影を長く伸ばす。 部活と言っていた。
及川は自分では覆せない状況をここなら覆せるかもしれないと。 一体どんな部活なんだ?
深く息を吸い、深呼吸をして扉の窪みに手をかける。
ガラガラと音を立てて、ゆっくりと開いた。
「すいません・・・」
扉を開けると、髪の長い少女が椅子に座っている。
本をパタンと勢いよく閉じ、俺をじっと見つめる。
それこそ、蛇のような眼光で頭の先から足の先までしっかりと見ているような感じだ。
「よく来たね。 さ、そこの椅子に座ってくれ。」
もしかして、意外と長くなったりするんだろうか。 部室にある時計をチラリと確認する。
言われた通りに椅子に座ると、少女は別の椅子を引き摺りながら持ってきて、向かい合わせで座った。
「要件は何かな?」
まるで子供のように目をキラキラと光らせ質問を投げかけてくる。
この子が、何かをしてくれるのか?
「何かあってきたんじゃないのかい?」
この子は一体・・・
「あ、ごめんごめん。コイツはなんだって顔をしているね。 私は石塚 紗彩 1年C組の生徒だ 君は?」
俺より歳が下・・・後輩じゃないか。
「俺は渡辺 翔真 2年B組の生徒だ」
紗彩と名乗る人物は、膝の上で両手をパタパタと動かし、瞳を覗き込むように見つめてくる。
身長は女性にしては少し高めで、160センチくらいだろうか。 髪は黒髪で、腰くらいまでの長さがある。結んでいて、キリッとまとまった印象だ。
「で?何かあるんだろう? だからここにきた」
ここに来る人はみんな『何か』あるんだろうか。
「ここはなんの部活なんだ?」
そいうと、フフンと鼻を鳴らし人差し指を立てた。
「当てて見てよ」
周囲を観察する。 まず、無駄な物があまりない。本がいくつか散乱しているが、読書が好きなのだろうか。
運動が出来るスペースもないから運動系じゃない。文化部だろう。
「読書部・・・とか?」
「ハズレ~」
ニコニコと心底楽しそうに笑う。
「ギブだ、何部なんだ?」
「教えてあげない!」
昔の妹を見ているみたいで楽しかった。
だがこんな少女に何が出来るんだ?
「わかった。なら機会があったら教えてくれ。 で、紗彩は何が出来る?」
「急に呼び捨て!? 距離の詰め方すごいなぁ」
目をパチパチと瞬かせて、話す。
「私が出来る事・・・見たい?」
「あぁ、出来るなら」
「いいよ」
ゆっくりと椅子から腰を上げ、こちらを少し見る
「じゃぁ、手始めに。 君は急いでるね。さっきからチラチラと時計を見てる。 それに兄弟がいる。肩に長い髪の毛が付いているから、姉か妹か。おそらく妹だろう。 姉なら助けはいらないと、そう言うと思うし。 でも付きっきりにはなってないから、妹さんは心の病気かな?原因は『イジメ』とか。 それと、君が依頼したいのは悪い事だね、目の下に隈がひどい、最近あまり眠れてないかな?」
一通り巻くし立てるように話したあと、ゆっくりと椅子に座る。
「どうかな? あってると思うけど」
そういうと、ニヤリと笑った。
「さぁ、時間は取らせない、要件は?」
これが、石塚紗彩との顔合わせだった。