8 異世界での転生
転生かぁ。生前の姿で転移してきた45歳。最初から転生出来たら、と言うのは投身自殺を選んだ自分からすると贅沢と言うものだ。そこら辺は弁えることとしよう。
シエルがやってくれると言った、転生魔術は本来、死を前にした自分に行使する魔術らしい。他人に転生魔術を行使するのにはそれとは比べ物にならない程の魔力が必要らしい。
自称日本一の魔力持ちのシエルなら出来る、らしい。でも疑っても仕方ない。
「じゃあ、まぁ部屋を変えましょう」
「ここじゃダメなんですか?」
「魔力が遮断された空間、結界内じゃないと加藤さんの魂に混ざり物が入るんですよ」
移動した先の部屋は、シエルと木剣で手合わせした魔力試験場だった。ここなら魔力が遮断されるのだろう。大規模魔術とか言っていたから、魔法陣みたいなのを描いたりするのだろうか。それとも長い呪文詠唱とか?
「じゃあ始めますよ」
試験場の真ん中でシエルは胸に手を当ててくる。
「未練、無いですよね」
「お願いします」
「まぁすぐに生まれ変わる訳じゃ無いんですけど」
ん?どういうことだ?
「んじゃま、選定の間でまたお会いしましょう」
待って待って、選定の間?なにそれ、ちょ。
めまいが来た、目の前のシエルの顔がぼやけて見える。膝から崩れ落ちるような感触。
白い。
また白かった。
今度は寝てない。立ってる。スーツ姿のままだ。シエルは、居ない。
周りを見渡してみると、人が並んでいるのが見えた。受付のようなカウンターもある。複数の受付みたいなところで、人々はなにやら手続きして受付の後ろに周ってどこかへ消えていく。
長蛇の列に顔を覗き込みながら人を探すシエルがいた。
「あれ?日本人なら何となくでも列に並ぶもんだと思ってましたけど、そこに居ましたか」
シエルは何やらパネルを持って走ってくる。
「ここはどこですか?」
「あれ?言いませんでしたっけ、選別の間ですよ?」
「そもそも選別の間って何ですか?」
「死者の魂が新たな肉体を得る場所です」
「死者が人間の肉体を得られない場合もあるんですか?」
「勿論、動物かもしれないし、魔獣かもしれない。大丈夫ですよ、転生する加藤さんはあの列に並ばなくていいですよ、わたくしめが受付しますので」
シエルは笑っていた。ちょっと不安になってきた。
シエルが指を鳴らすと、ソファが現れる。この空間は何でもありなのか。横並びに座る。
パネルを覗き込んでみる。プロフィール?
「って!加藤さん!童貞何ですか?!」
いきなり何をいいだす!事実だが。
「え?エロい店とかも行ったこと無いんですか?!」
「何か騙されそうで怖かったですし」
これも事実。
「まぁ、ここで嘘は通りませんからね」
「何で童貞まで知ってるんですか?」
「スキルですよ。この世界はスキルが明確化された世界なんですよ」
そうだった。
「ステータススキル、スキル、レアスキル、ユニークスキル、エクストラスキル、アルティメットスキルって序列があるんですよ」
「童貞って言うスキルはどんな効果があるんですか」
「いや、そんなスキルありませんよ。前の能力は現用のスキルに変換されるんですよ」
「そのスキルとは?」
「ユニークスキル、賢者です」
なんと!30歳童貞で魔法使いなら40歳童貞で賢者と言うことか!
「後5年転移が遅かったら、エクストラスキル、大賢者でしたけどね」
嬉しいような嬉しくないような。
「賢者は魔法を使えるんですか?」
「賢者は知識の探究者スキルです。魔法は関係ありませんよ」
文字通り、賢い者か。性に目を向けず勉強ばかりしてきたからか?いや、公認会計士の資格を取ってからは実務ばかりで法改正に伴う勉強を少しした位か?
そもそも魔法は小学校でも習い始めるらしい。この世界では誰でも大なり小なり魔法使いみたいだ。
「でも賢者は魔法、魔術の威力や効率を高めますよ。それに各種スキルの取得も容易になるんですよ、知識の探究者ですからね」
「元々の会計士はレアなんですか?」
「いえ、普通のスキルです」
「うぐっ!剣道初段はどうでしょう」
「ステータススキル、剣術5ですね」
落差が激しい。学生時代猛勉強した末に取得した公認会計士の資格が、普通のスキルとは…。無念だ。
「さて、賢者って言うのはもう1点の利点があります。初期スキルポイントです」
「スキルポイント?」
「各種スキルを獲得するのに必要なポイントです。賢者は最初から結構なポイントが割り当てられるんですよ」
なるほど、新たなスキルを持ってリスタート出来ると言うことか。どんなスキルを選べるんだろうか。
シエルがパネルを渡してくる。スキルリストになっているようだ。かなり種類がある。
あれ?ステータススキル、スキル、レアスキルまでしかない。
「ユニークとかそれ以上のものは無いんですか?」
「あ~、人生もそこまで甘くないんですよ。ユニーク以上は結構なポイントを持ってしても獲得出来ないんですよ」
いきなりチートと言うのは、やはりマンガの世界と言うことか。賢者だけでも喜ばしいと受け取ろう。
それにしてもスキルポイントは何に使えば良いのか分からない。ステータススキルはポイント消費も少なく、レアスキルはポイント消費が大きい。
「迷いますね」
「この選別の間に時間概念はありません、待ちますよ~」
「いや、助言的なものが欲しいんですけど」
シエルは考え込む。
「スキルには序列があるって言いましたよね?あまり高位のスキルを得るのは良くないですよ。順序立ててスキルを得ないと使いこなせませんよ」
なるほど、ごもっとも。そう考えると自ずと気になるスキルが目に入る。
レアスキル、全魔法適性、応用魔術適性、全物理攻撃適性。
これでスキルポイントはきっちり0に合わせられた。これにしよう。これこそ基礎的かつ重要なスキルだろう。
「あ、ごめんなさい、そもそも事項なんですけど。性は男で良かったですか?」
「それも選べるの?!いや、男でお願いします」
「これで終わりですね」
シエルはパネルを胸に押し当ててくる。するとパネルが吸い込まれるように消える。
「次に会う時、加藤さんは新生児ですよ。今後は一ちゃんとでも呼びましょうかね」
「そうですね、もっと気軽に話して下さい」
気付けば人とのコミュニケーションが苦手だった過去が嘘のようだ。
ソファ横に白いドアが出現する。これを通れば転生完了か。
ドアノブに手を掛ける。
人生の転機がまた訪れる。
やはり、また白い世界が広がっている。