38 結界都市滞在
正式なDランクギルドカードを発行して貰えた。
色も形も変わらないが、D、と言う刻印に見惚れてしまう。
シエルは掲示板を見ながら、何かを呟いている。
「何してるんですか?」
「何かさっき見かけた時より、依頼が減ってる気がしてね」
報告窓口のおじさんがドカドカと歩み寄ってくる。
「あんたが狩り過ぎたせいで、依頼解除してるんだよ!」
怒っている。あー、なるほど、狩猟制限が掛かったか。シエルの広域挑発で大分魔獣が集まってたからな。その中でレッドボア以外を狩りまくった結果だろう。
受付の男性職員が恭しくシエルに寄る。
「近日中に魔物、魔獣の周辺調査の依頼を出しますので、是非そちらをお受けいただければ…」
「えー。じゃあこの迷宮採掘とかダメなの?」
「困ります!迷宮への進入は全員のランクがB以上でなければ困ります…」
「じゃあ一ちゃんは迷宮外で待機して、俺らだけで入るのは?」
「それでは、加藤様のクエスト完了にカウントされませんので…その様な裏技的なことは困ります…」
シエルは大分ごり押ししている。
男性職員はクレーマー対応に困っているようにしか見えない。
ここは無難にD、Cランクの依頼が出されるのを待つのが、吉だろう。
「シエルさん、街の様子もみたいですし、ここは新しい依頼を待ちましょうよ」
「んぐぅ~。まぁ、一ちゃんが良いって言うなら構わないけど。俺としては一早くBランクにはなって欲しいもんだ」
「俺も同意見だ」
実力の伴わないランクの仕事を受けるのは正直辛い。何が問題なのか分からない。
しかし、こちらの意見は通った。冒険者ギルドを無事に去ることが出来た。
話は簡潔だ。正直、街中をもっと見て回りたかったのは事実だ。
シエルには車をアイテムボックスに収納してもらい、街を散策した。
八百屋:商業ギルド加盟店
精肉店:商業ギルド加盟店
穀物屋:生産ギルド加盟店
服飾店:商業ギルド加盟店
生地屋:生産ギルド加盟店
飲食店:商業ギルド加盟店
鍛冶屋:鍛冶ギルド加盟店
武器屋:商業・鍛冶ギルド加盟店
防具屋;商業・鍛冶ギルド加盟店
ほとんどの店がどこかのギルドに加盟している旨の看板を出している。一定の信頼確保だろうか。
国際標準のISO的なものだろうか。
またよく見かける商業、生産、鍛冶以外にもそれぞれ下部組織が存在するようだ。この結界都市だけで見ればこの程度なのだろうが、通常の都市には無い組織だろう。本部?みたいなのはありそうだが。
「とりあえず、宿屋だ」
「そうだな、もうすぐチェックイン時刻になるから、今の内かな」
そうか、ホテルみたいな立派なものは存在しないだろう。昨日みたく野宿するわけにもいかないか。それに他の冒険者たちも、自宅なり寮なり、住まいは確保しているだろう。例外的に流れてきた冒険者は宿を利用するのが常識か。
「一ちゃんは、どんなところが良い?」
どんな、と言われても、どんなのがあるのか、分からないのに、聞かれても困る。
「どんな条件で選ぶものなんですか?」
「風呂は部屋付きか、大浴場か、外の公衆浴場か。食事は宿屋のレストランで済ませるか、街中で済ませるか」
うーん、正直、ビジネスホテル程度しか泊ったことが無い身分からするとこれらの選択肢では選びにくい。
「ゴブリンが一緒に入っても迷惑にならないところ、ですかね」
「あら?そりゃまた随分なゴブリンに好待遇なことで」
「相当高い宿か、相当安い宿の二択だな」
え?究極の二択?
「まぁ、結界都市の中での高い、安いだから。他の都市とは比べてもね。よし!高い宿にしよう!」
結界都市の高い宿は、結果として、前の世界で言うちょっと贅沢なビジネスホテルだった。
最初はゴブリンを見た受付は眉をひそめたが、ロードであることを伝えると、態度が急変した。
やはりロードは相当な権威を持っているようだ。
認識票の納品の件もあるし、とりあえず3泊にした。
初収入、初支払いは宿代だ。1泊5万円、ゴブリンに追加料金は無いようだ。3泊で15万円。高い気もするが、今の通貨カードの残高からすれば安いものだ。
いやいや、この金銭感覚は気を付けなければ。散財は目の前だ。
部屋に風呂は各部屋についているし、大浴場もある。食事はフロント横のレストランが宿泊者割引で利用できるとのことだったが、街中の食事が気になったので、食券は買わなかった。
とりあえず、シエルとビーには風呂に入ってから、ロビー集合し、街中の食事処を探すことを約束し、各部屋に散った。
部屋はダブルベッドに従魔用のマットレスも敷かれていた。ソファーもある。残念ながらテレビは無い。受付に繋がる電話も無い。さすが結界都市。
でも、風呂とトイレは別だった。
さっそく湯船に水を溜め始めたのだが、気付く。
火魔法と水魔法でお湯を出した方が速い気がする。そして事実速かった。
ゴブリンは川でシエルに洗われていたが、さすがにボディソープまでは使っていなかった。
想像通り、茶色い泡立ちだ。
自然環境に配慮した石鹸でも、ゴブリン村に持って行っても良いかもしれない。
ロードは温かい水、お湯に興味津々だった。それを飲むのではなく、身体を洗うのに使うのだから、世界の違いに衝撃を受けていた。
「魔力の濃い温かい水は癒されるのである~」
もはや温泉に浸かるジジイ発言だ。
魔法で作ったお湯だから魔力が含まれているのか。心地よいのだろう。
自分も入ってみたが、そんなに感触は変わらない。
研究所での水槽生活に比べたら魔力の量など感じられもしない。
結界内での魔力の濃さも外と比べたらの話だ。
ついでにゴブリンの腰布も洗った。これが酷い汚れ具合だ。何度洗剤を付けて揉み洗って流しても茶色いし臭い。10回ほど繰り返し、ようやくまともになった。これは新しい腰布を買い与えるべきだろう。
「ハジメは女並みに長風呂だな」
ロビーには既にシエルとビーが待っていた。ビーは瓶ビール、おそらく大をラッパ飲みしている。
「おぉ、ロード、お前、ピカピカじゃねーか」
シエルも驚くロードの輝き。ロードの髪は白ではなく、透明に近いシルバーだったのだ。
それも意に介せず、ビーはラッパ飲みしながら宿を出て行く。腹が減ったのだろう。早めの食事だ。
街に出ると、販売店の多くは店じまいの支度をしている様子だった。
その代わりに飲食店の賑わいが増し、通行の邪魔にならない程度にテーブルと椅子が路肩に拡張されていく。
何でもある食堂街だ。
「やっぱ、肉メインだろ」
「そうだな」
「ロードも肉が良いよね?」
「生肉なのである」
ブレない。こちらとしても魔獣肉が多く流通している結界都市なのだから、魔獣肉の料理は食べたい。
「ここなんてどうだ。『肉と酒の交わり』店名からしていいだろ」
確かに。
「あの!」
店のドアを開け入ろうとしたが、外で接客していた店員に止められる。
「?」
「従魔をお連れのお客様はテラス席へお願いします」
テラス席には従魔連れの客。店内は従魔お断りの看板。
仕方ないか。
空席のテーブルに座る。
ガシャン!
ビーの椅子が座った瞬間潰れた。
「だからテラスは嫌いなんだよ。オイ!店内のソファー持ってこい!」
酔っているのか、ビーは尻もちを付いた失態に怒っている。
明らかに空気が悪い。店内から男性店員が急いでソファー、ではなく、オットマンを持ってくる。
「生憎、これしか御座いませんものでして、ご容赦ください!!」
メニューを置いて逃げるように去っていく店員。
「まぁ、良い酒でも飲んで、機嫌を明るくしましょうよ、ビーさん!」
「ハジメも飲め!」
えぇ~、アルコールハラスメント系?
「ドリンクメニュー寄こせ。どれが一番高い酒だ?」
選ぶ基準が間違ってる。キャバクラか何かとでも勘違いしてるのか…。とりあえず放置しよう。
「ロードは何系の肉料理が良い?」
「生肉であれば、なんでもいいのである」
単純明快。シエルにメニューを没収される。そして女性店員を呼ぶ。
「この肉野菜煮込みとステーキ3人前、んで、この各種揚げ肉の盛り合わせを生肉のままで。ゴブリン用だから。後、グラスワイン2つに、氷無しの水、コップなみなみで升付けてね」
なんか、後半変な注文の仕方が気になる。
シエルはビーからドリンクメニューを没収する。
「ビーはとりあえず、ビールを飲み切れ!持ち込み禁止だ、バカ」
「俺の酒はまだ決まってねーぞ!」
「一番良い奴頼んでやったから待てっつの!」
これは…もしかするのか?
いや、そんなお約束事項がここで起こるとは。
「先にお飲み物失礼します!…こちらで宜しかったでしょうか」
「宜しいです、宜しいです」
ワインはシエルと自分の手元に置かれ、升付きコップはシエルがビーの前にそっと置く。
「なんだこれ?」
「日本酒だよ。グイグイ行くなよ。サービスでコップ限界まで注いでくれてるんだから」
……。
「水みたいじゃないか!」
……。
「分かってないなぁ!高い日本酒は水みたいなんだよ!だからゆっくり味わうんだよ!」
……。
「そ、そうか」
……。
「どうだ、水みたいにグイグイ行きたくなるのを堪えて楽しむんだよ」
……。
「お。おぅ…美味いな。堪えるのがまた美味いところなのか…」
……。
「料理、お待たせしましたー」
さっきとは別の男性店員が料理をずらりと並べる。分かっているのか、生肉の盛り合わせはロードの前に置かれた。
「おぉー、いろんな魔獣肉なのである」
……。
「とりあえず、飲み干したら、料理だ。ビールならまだしも、食事中に日本酒とかは邪道だからな」
……。
「お、おぅ。食うか」
ワインを口にしてみる。ごく一般的なワインだろう。高くもなく、安くもなく、と言ったとことだろう。
料理は美味い。煮込み料理は肉の溶け具合が溜まらない。ステーキも昨晩の物とは比べ物にならない焼き加減と味付け。堪らん!
全員の食事スピードは速かった。
「あ、注文!」
「はい!」
男性店員が寄ってきた。
「あ、ごめん、他意はないんだけど、さっきのドリンク注文受けてくれた子、呼んでくれる?」
「は、はぁ」
……。
「お待たせしました、ドリンクのご注文ですか?」
「ごめんね、さっきのオーダーと同じで、プラスで、同じ形で中身をドワーフの酒でお願い」
「かしこまりました!」
何て理解の速い子なんだろう。見習わなければ。
それにしてもビーがこんなにもテンプレートなタイプだったとは。
でもドワーフの酒ってどんななんだろう。やはり強いのか?
「おまたせしました!」
速い!
もはやグラスワインは雑に置かれ、升付きコップが最優先される。
「…こちらがドワーフ殺しです…」
何て危険なネーミングの酒だ!絶対ヤバい奴だ。
ドワーフ殺しがビーの前に置かれる。もはや匂いで気付くのではないだろうか。
「食後の〆はやっぱり一気飲みだ!この量なら一口だろう?ビー、俺も付き合う!一緒にグイっと行こう!」
「おぅ!ハジメもな!」
「は、はい」
グイ!
ワインを一気飲みした。シエルは水升を一気飲みした。
ビーを見ると、顔を天に向けたまま固まっている。
「…ビーさん?」
動かない。
死んだ?!
ドワーフをも殺す酒で殺しちゃった?!アルコールハラスメント!急性アルコール中毒?!
「……スゥ」
一滴も零すことなく、飲み切ったまま、固まって寝ている。
シエルは会計札を手に立ち上がる。
「会計してくるわ~」
アルコールは好きだが、アルコールに弱い。
何とも悲しい宿命を背負っているのだ。




