32 魔物
全てを諦めて放心状態の時に、ゴブリン村の外から声が聞こえてきた。
「た、助けてほしいのだー」
走ってくるゴブリンは傷を負っていた。片腕を抑えながら必死な様相だ。
「隣の村の奴なのだー」
傷付いたゴブリンが村の入口付近で倒れた。
ゴブリン村の住人は総出で、傷付いたゴブリンの元へと駆け寄る。
「何があったか教えるのだー」
「お前の村の近くはオーガの縄張りに近かったはずなのだー」
「オーガから逃げられたのは幸運なのだー」
半身を起こしたゴブリンは泣いていた。魔物でも泣く、と言うことがあるのか。
「人間に襲われたのだー」
その言葉に反応した、シエルがいきなり割って入ってくる。
「お前の村はゴブリン何匹いる?」
「30位なのだー」
「襲ってきたのは何人だ?」
「10なのだー」
30匹の村に10人の冒険者?ゴブリンの戦闘力がイマイチ分からないが、どうなんだろう。
「シエルさん、10人って多いんですか?」
「少な過ぎる」
シエルは立ち上がり、アイテムボックスから日本刀を取り出す。
「隣の村まで案内できる奴は出てこい、一番足の速い奴だ」
シエルの顔が少しニヤけているように見えた。
「おらが最速で案内できるのだー」
出て来たのは、クロスボウを装備したゴブリンイエーガーだった。
「よし、一ちゃん、走るぞ。他は来たい奴だけ適当に付いてこい!」
イエーガーが走り、シエルが走り出す。慌てて走り出すが、イエーガーは予想を遥かに超えて速い。シエルは問題なく、付いて走っている。でもこちらは防具の重さもあるし、満足に走れない。
とりあえずは見失うことなく、遅れて走る。10分程度だろうか。全速力だった。疲れる。
イエーガーは木の上で隠れて様子見しており、木の下ではシエルが隠れている。
息を切らせていると、シエルに口を閉じるように手合図され、近寄るように手招きされた。
「一ちゃん、ランタンを持った連中が居る。何してるか見えるかい?」
…装備からして冒険者?何か地面にしゃがみ込んで…探し物?短剣やナイフを使って掘り返している?
「っ?!」
声を出しそうになったところを、シエルに口を塞がれた。
冒険者達はゴブリンの死体を漁っている。明らかに死んでいるであろう、ゴブリンの死体に剣を突き立てたり、抉ったりしている。
数は確かに10人だ。杖を持った奴は魔法が使えるのだろうか、2人いる。槍持ち、両手剣持ち、弓持ち、片手剣持ちが数人、大盾を担いでいるのもいる。
武器は様々だが、戦闘職ばかりで、獣人もいるように見える。
「一ちゃんは、ここで待機だ。絶対に姿を見せるな。イエーガー、合図するまで後続を待機させてろ」
シエルはそう言って木の陰から出て行った。日本刀だけでなく、いつの間にかアダマンタイトのフルプレートメイルに身を包んでいた。
「よう、お前ら、モグリの魔石ハンターか?」
シエルが歩きながら集団に向かって声を掛けている。
10人は一瞬、臨戦態勢を取り、ランタンとライトをシエルに向けるが、シエルが1人なのを見てか、武器を下げた。
「まぁ、かく言う俺もモグリな訳だが」
「夜中に単騎とは、あんたCランクか?」
「いや、Bランクだ」
何のための嘘だろうか。シエルはSのはずだ。
「俺も魔石集めで、ここらのオーガの縄張りをうろついててな。ハグレを狙ってたんだ」
「そうか、スゲーな。成果はどんな感じだ?」
「昼からで5、6個だな。割と運が良い」
夕方、林でオーガを跳ね飛ばした感じからは強そうには思えなかったが、あれは別で、真正面からなら中々手ごわい相手なのだろうか。
「こっちは全然だ、羨ましいぜ。なぁ、俺らと組まないか?俺らじゃオーガは厳しい。こっちからは牽制と援護が出来る。分け前は俺らは3で、あんたが7でどうだ」
どうやらシエルに共闘を申し込んでいるようだ。シエルは何やら露骨に検討しています感が見て取れる。
「ところでお前らの中に、テイマーはいないのか?」
「いないぜ」
テイマーって何だ?
「魔石でゴブリン狙うなら、最低でもチャンピオンだろう。テイマーに決闘を煽ってもらうのが、楽だろう」
魔物と決闘?冒険者同士ならともかく、魔物と決闘するような形式があるのだろうか。
「最近のテイマーはノリが悪いのが多くてな」
「じゃあ、索敵はどうしてるんだ?探知スキル持ちが居れば、魔石持ちの魔物、魔獣の区別位付くだろう」
ん?何だか説明がましい。もしかしてシエルはこの会話をわざと聞かせてくれているのか?誘導尋問?
「いたら、モグリの魔石ハンターなんて出来ねーよ」
「確かに。それにしてもやっちまったな。ゴブリンの村を潰したのは」
「まぁ、そこはお互いモグリ同士ってことで、よろしく頼むよ~」
「最近の事情には詳しくは無いんだが、ハグレもんは狩っても良くて、村潰しは無しだよな?」
「あんた、おカタイ系?」
空気が変わった。10人が武器を手にする力が増した気がする。目つきも変わった。
シエルは頭防具のガードを開ける音がした。
「いやいや、俺は柔軟なタイプだよ」
シエルは日本刀を左手にしたまま、右手を上げる。交戦の意思は無いと言う主張だろうか。
「でも、お前ら…挟まれてるよ?」
右手を回した瞬間、頭上のイエーガーが矢を放つ音が聞こえた。
矢は大盾を持った冒険者の肩に刺さった。
いつの間にか後ろに居たゴブリン達が一斉に飛び出して行く。
反対の林からも飛び出している。
挟撃だ。
飛び出したケンプファーが鉄の短剣を大振りに落とす。
しかし、冒険者は冷静にそれを盾で受け止めている。
ケンプファーの後ろから3匹のゴブリンが冒険者の後ろに回り込み、装甲の関節部にダガーを突き刺す。素早い連携だ。あの冒険者の失態は、ケンプファーの攻撃を受け止めたことだ。流すべきだった。動けなくなった冒険者はチャンピオンによって首を切断される。
片手剣持ちの冒険者はこの要領で各個撃破されている。
少し離れた場所に位置していた杖持ちの冒険者、おそらく魔法使いは、詠唱を始めている。
しかし、別の角度からであろうイエーガーの矢によって、詠唱中断となってしまう。
そして森の中からファイアーボールが複数放たれ、魔法使いは火だるまになって地面を転がっている。トドメとばかりに矢が放たれている。
槍持ちは、接近をさせまいとしている。薙ぎ払いを放ちつつも、ゴブリンの動きが早く、囲まれつつあった。槍持ちの足にイエーガーの矢が刺さり、片膝を付いた瞬間だった。ゴブリン一斉の飛び掛かりで血しぶきが漏れ出てくる。
残った両手剣持ちはしぶとく戦闘を繰り広げているが、1匹も倒せていない。各個撃破された仲間の死に様に恐怖してか、叫んでいる。
手の空いたゴブリンは残りを囲む。イエーガーも位置を変え、援護射撃体勢を整える。シャーマンは詠唱に入っている。
燃え盛る冒険者に容赦ない矢の雨。チャンピオンによる強力な一撃。
10人の冒険者は死んだ。
ただ、人が死ぬのを見ていることしか出来なかった。シエルに言われたからではない。本当に動けなかった。
ゴブリンは決して弱くない。体力は低いかもしれないが、素早く、しぶとい。
頭上の木の枝から降りてきたイエーガーが近付いてくる。
怖い。
「復讐完了なのだー」
「この村の埋葬準備をするのだー」
「人間の装備を持ち帰るのだー」
ゴブリン語が喋れるから、意思の疎通が出来たから、ただそれだけだ。
これが、魔物の姿なのだ。
「一ちゃん、分かった?これが魔物だよ」
へたり込んでいるとシエルから声が掛かった。
「冒険者には冒険者のルール、魔物や魔獣にはお互いのルール、冒険者と魔物の生存調整。まぁ、色々、あるってことだ」
「沢山肉をくれたお礼なのだー」
「使えないから貰って欲しいのだー」
ゴブリンが何かを渡してきた。財布だ。
折り畳み財布の中身は3枚だけだった。ギルドカード、戦闘要員派遣会社の身分証、あとはクレジットカード?それらが10個。
「い、いつも人間を襲うの?」
財布を渡してきたゴブリンに聞いてみる。
「え?別に人間の肉は美味くないから、襲わないのだー」
「でも獲物を運んでいる人間が居たら、人数によっては襲うかもなのだー」
「一ちゃん。これが非力だけど知能を持った、魔物本来の姿だよ」
シエルに念押しの様に肩を叩かれた。




