第五部 時の旅人
ギルドとソウマは、テーブルを挟んで正面に座った。ソウマさんは、バツが悪そうにしていた。
「いいんですよ、あの会話を聞いていたって」
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど…」
「まあ、あなたがあの本を見つけたということは、いずれ知ることになるということだったのでしょう。“時の旅人”さん」
ソウマさんは、観念したように微笑んで、らしくないような怖い笑顔を見せた。
「僕、何度生まれ変わっても同じ名前なんだよね。しかも、生まれ変わりすぎて、記憶がごっちゃになっちゃうし。未来に飛んだと思えば、過去に逆行転生したりでさ」
「その人生全てに唯一当てはまることは、幸せになれないこと、ですよね?これ以上生まれ変わりたくないと、魂は眠りにつこうとしますが、すぐに起こされてしまう。その影響が顕著に現れましたね。身長という時の象徴とも言えるものが止まったり、二つの人格を持ち合わせたり」
「どうして、僕の事をそんなに知っているの?」
「私自身が人生を、いや時を狂わされた相手もソウマだったのです。それを不思議に思った私は、調べてみたのです。時の館で。あなたは、元々、その時代にいないはずだった者であり、介入してはいけないのに、そうせざるを得なくなり、悲しい結末が待っている、と知りました。変えてみたくはならないのですか?『ソウマ』の運命を」
「僕は、色々な時を見て来たけど、僕がいるはずの時は見つからなかった。今生もまだ分からないけど、違うかもしれない。その運命を変えられるのは、僕がいるはずの時に生まれた時だろうよ」
「果たしてそうでしょうか。彼は諦めてしまっていると、館の主人様は悲しそうに語っておられましたよ」
それじゃあ、と言って立ち上がり、帰ろうとした時、
「でも、僕は諦めてはいないよ。幸せになる事を」
と独り言を言っていた。ある意味諦めていて、違う意味で諦めていないのが彼のようだ。だが、私は自分が知っている事を話しに来ただけだ。この時間ならば、なんとかフォニックスたちと遭遇せずに済みそうだ。これは決してフォニックスとの付き合いが面倒なのではなく、ただ今はそういう気分になれないというだけだ。
ライト君たちが帰って来てから、寝室に入るまでが、あっという間に感じられた。ベットの中で、ふと、物思いに耽っていた。
「今生での幸せ、か」
口に出すと、余計に虚しく感じられた。今生での運命も、幸せではないような気がするのだ。なぜなら、自分は追われている身で、いつ見つかるか分からない状況にあるからだ。順風満帆な人生なんてないのだから、もしかしたら乗り切って幸せを掴めるかもしれないが、そう願って消えていった人生たちは計りきれない。もうこれで、40回目になりそうになって来た。今生は失うものが無いように、1人で暮らそうと思っていたが、やっぱり誰かといたいという気持ちを捨てられない。後悔はしていない。自分が今、幸せだからだ。最近、たとえ結末が不幸でも、その途中が幸せなら、それでいいではないか、と思ってしまう。それは、館の主人様には諦めているように見えたのだろう。主人様は時を見守る存在なので、自分という特異な存在に目を向けていた。一度だけだ呼び出されて自分に起こっている不思議な現象を説明していただいたことがあった。だが、顔の記憶はなく、あるとすればすらっとした体とふんわりとした奇妙な妖気だけだ。魂と名が違う体と結びつくだけ、そんな感じがする。だが、今生が今までとは違うのは、二重人格である。とは言っても、だんだんお互いがお互いに近づいていっているところがある。今では記憶も同じになって来ているので、話さずとも自分の境遇についてわかるはずだが、おかげで悩みも2倍になった。さらに、何かを決める時レッドの意見も聞かなければならないのだ。おかげで、自分が悩みまくっているようになってしまっている。もっと言えば、二重人格のせいで、自分の性格が顕著に分かれ、評判も人によって違うものになっている。過去生の経験から、他人の意見はさして気にしていないが、やはり気になってしまう。
「ああもう。悩みは増え続けるばかりで減ってかないし、何やっても裏目に出てるような気がするし、今生を素直に楽しめないし…」
自分やその運命に悪態をついたとしても、何かが変わるわけではないが、なんだかイライラして来たのだ。忘れておきたかったことをわざわざ掘り返して来たギルド様に、少々恨みを抱いた。こうせずにはいられない、でもそれをしても何も変わらない、そんなループが延々と続いているような気がして、気が遠くなる時の旅人であった。この瞬間も、時の館の主人様はおかしそうに眺め、そしてこれからの展開を楽しみにする読者の目線で、様々な人生を見、正しい道へと歩ませるために出会いをさせたり、事柄を起こしたりする。それが仕事の主人様にとって、ソウマは大変興味深いものであった。




