第五部 この国にある秘密
その夜。ソウマは自室のベットに座り、ため息をついた。おぼろ月を窓から見ながら、昨日のことを思い出した。
なんとなく落ち着かず、植物の本を読んでいた時。ノックの音がして、
『入ってもいいか?』
とフウワさんの声。
『いいよ。どうぞ』
フウワさんが恐る恐る入って来た。そして、僕の前に小さな袋を置いた。
『バレンタインのチョコ、渡し忘れてて。買ったやつだけど』
『ありがとう。気を遣わせちゃったね』
フウワさんが一瞬俯いたのが分かった。
『ほ、本当は、渡し忘れてたんじゃなくて…。それ、本命チョコなんだ。渡そうかずっと悩んで、結局1ヶ月後のホワイトデーになっちゃって。チョコは昨日買ったけど』
時計を見ると、もう夜の12時を過ぎていた。確かにギリギリホワイトデーだ。フウワさんの気持ちには、自分もなんとなく分かっていた。
『ありがとう。こんな僕を好きでいてくれて。でも、これは受け取れない』
フウワさんの耳がパタンと下りたのが分かった。
『チョコは受け取って。捨ててもいいから』
フウワさんは、一切目を合わせずに、すぐに僕の部屋を出て行った。
「なんでだよ」
僕はまたため息をついた。自分には、彼女と結ばれてはいけないわけがあった。自分は追われているのだ。かなり身なりも名前も変えたので、すぐには見つからないと思うが、いつ見つかるか分からない。それに彼女を巻き込みたくないのだ。もう1人の僕とは、内側で繋がっているので、その事情を知っている。しかも、徐々に混合し始めている気がする。追手は大人数な上に、圧倒的な戦闘力を誇る。だから、決戦の時は1人で戦おうと思っている。勝てる気は全くしないが、彼らは大切な人たちだ。巻き込みたくはない。
『良かったのか?それで』
もう1人の僕が内側から話しかけて来た。僕たちはお互いをレッド、グレーと呼んでいる。
『レッド。僕はもう決めてる。付き合ってくれる?』
『お前が勝手に作った敵だが、文句は言えん。お前が大変な時に、俺はお前の中でぐっすりだったからな』
『レッド、その時が来たら、僕は全てを捨てて行く。それでいい?』
『未練はない。好きにしろ』
それだけ答えて、レッドは消えた。その後も、中々眠れず、図書室に向かった。元々外交官の宿舎の役割も果たしていたこの建物では、外交で手に入れたが、不要になった本が図書室に置いてある。図書室とは言うが、結界が張られていて保存が良く、本の数は図書館と言ってもいいくらいある。図書室のドアを開け、中に入り、ライトをつけた。ここには、古い部屋過ぎて照明がないのだ。不要になったと言うが、それは王族間の話で、僕たちからしたら充分過ぎる程素晴らしい本もある。好きな植物や動物の本は全て読んでしまったので、他のジャンルの本も見て回った。とある本棚の前で足を止めた。その背表紙には、『妖怪物語』と書かれていた。ページをめくると、『この本は、私の実体験をもとに書いたものである』と書かれていて、それはこの世界のことについてだった。話を読んでいくと、主人公は入り口に吸い込まれ、そしてそこで狐たちに出会い、様々な体験をしていた。なんとなく読み進めていくと、あるページで驚くこととなった。途中から出て来た狐の名前がキルラだった。キルラは、恨みの力に囚われてしまい、それ以来行方が分からなくなった悲しき女と言われる霊狐だ。その本によると、キルラはストキによって救われ、2人はやがて結婚したと書いてある。驚いた。これは、おそらく先代国王、ストキ様の評判を気にして手に入れた外交官はここに置いておいたのだろう。この本は仕舞っておいた方がいい、と本棚に押し込んだ。この本を書いた作者は、誰なのか見ていなかった。
翌朝、ソウマはずっと落ち込んでいても仕方がないと思い、彼女とは今まで通り仲間として関わって行こうと思った。下へ下りていくと、フウワさんが中庭にいるのを見かけた。
「おはよう、フウワさん」
なるべく笑顔で言ったつもりだ。彼女は一緒戸惑ったようだが、きちんと返事をくれた。
「おはよう。ソウマ。あの言葉、撤回させてくれ。これからは、仲間として過ごしていきたい」
ずいぶん強がっているのが、伝わって来た。
「うん。改めて、よろしくね」
そのまま、食卓に向かい、1人の部屋でこっそり電話をした。
『朝早くから、どうしましたか?』
電話の相手は、ギルド様だ。口ぶりから、今起きたとは思えない。きっと彼も早起きなのだろう。僕はあの本について話した。
『あの本、まだあったんですね。キルラについては、本当は秘密なのですが、特別に教えましょう。キルラは、今ストキ様のお嫁様となり、今や女王キクラ様のお母様です』
とんでもない秘密を聞いてしまった。
『今の話は、決して口外しないでください』
「あの本はどうしますか?」
『そのままにして置いて下さい。あなたのように偶然見つけた人には知る権利があるということでしょう』
この国の様々な秘密を感じた。




