プロローグ エントしか知らない秘密
三月。エントは朝早く起き、部屋のカーテンを開け、ため息をついた。
「誰にも言うなって言われてもねえ」
三月のこの日になると、いつもこの事を思い出してしまう。この日は、エントが母親の一族だけの秘密を教えられた日だった。どうやら火狐だけに教えるようで、俺だけ呼び出され、告げられたのだった。ベットに座ってそんなことを思い出していたら、時計の針は7時をさそうとしていた。兄貴、いや、兄者のように寝坊したくないから、気は進まないが部屋を出ることにした。洗面所に向かうと、ソウマがいた。しかし、なんだか元気がなさそうだ。
「おはよう。なんか元気なくないか?」
「ちょっとあれこれあって…」
ソウマは弱ったように目を逸らした。こういう時は、何も言わない方が良いと思い、それ以上何も言わなかった。
「なんか、重苦しい朝」
ソウマのいなくなった洗面所で、ポツリと呟いた。その朝ご飯は、ソウマとフウワがやけに静かだった。俺が憂鬱になっていたのもあって、話し出す人は誰1人おらず、静かな朝食だった。朝食を終え、辛気臭い雰囲気をなんとかしようと、庭先に出て、伸びをしていた。すると、誰かが来たのが分かった。この妖気の持ち主はよく知っていた。
「ギルド様…」
相変わらずどんよりとした自分を前に、ギルド様は優しい笑顔を見せた。
「どうしたのですか。今日はフォニックス全体が、暗いのですが」
俺は何も言えなかった。
「それはともかく、エントさん。今日はあなたに依頼があって来ました。知っているのでしょう?あなたの家に代々伝わる、秘伝の技の習得の仕方を」
俺はビクンと肩を震わせた。なんで知っているのか、恐怖心さえ感じた。第一、この方は優しさの中に様々な感情が隠れている気がするのだ。
「私もこの国の側近ですから。存在は知っていますが、もちろん習得方法は知りませんし。依頼というのは、その技を求めてある集団があなたの一族を探そうとしているんです。このままでは、あなたのお母様、弟様が危ないでしょう」
エントは、その話を聞いて驚いた。今まで、その技を求める者などいなかったのだ。なぜなら、その技は自らの力を高める技だからだ。しかも、その技を習得出来るのはこの世で1人だけだ。
「その技の持ち主が、先日亡くなられたと。そして、求めている集団はブラックスだと思われます。そこで、あなたにお願いしたい」
「その技を習得してください。そうすれば、彼らがその技を使うのは不可能になります」
「は?」
思わぬことに、声が出てしまった。技を覚えるための道は、そう簡単ではないのだ。だが、父を失って、母まで失うのは絶対に避けたい。
「やるしかない、ってことか」
「お願いします。これは、今後の我が国の命運を変えるかもしれないのです」
ぼんやりなんてしていられない。急に背筋が伸びた気がする。こうして、エントの挑戦が始まったのである。
エントは、誰もついて来てはいないか警戒しながら、試練の場所に向かった。その場所は、母が言っていた通り鬱蒼とした森だった。
「今までの経験の、全てをぶつけてやる!」
まず、この森を抜け、次に橋も船もない大河を通り抜け、迷路のような洞窟を通って、その祭壇に巣食う獣に力を示し、認められたものが習得出来るというわけだ。森はソウマの動きを参考にしながらすんなり通過出来たが、大河は流れに足を取られそうになりながらなんとか渡り切り、洞窟に至っては全くルートがわからず、帰り道も分からなくなりながらも、必死で洞窟を歩き回り、3時間もかけてようやく外に出られたのだった。
「死ぬかと思った…」
一本道を進んで行くと、大きな穴が空いた大樹に辿り着いた。穴の中から凄まじい妖気を感じ、それが近づいてくるのが分かった。獣はライオンの姿だった。
『この度の挑戦者は、お主か。一族のものであるな。見せてもらおう。お主の力を』
燃え盛る火の玉を大量に飛ばして来た。思い出せ。ギーヨ様の立ち回りを。自分は、そう考えると本人のような動きをすることができるようなのだ。これに気がついたのは最近なのだが。
『ほう。他人の戦い方を一瞬で自分の物にしておる。素晴らしい才能だ。こんな挑戦者は久しぶりだ』
あっと言う間に火の壁に囲まれてしまった。
『だが、まだ未熟だ。鍛え直してくるが良い』
巨大な火の玉を作り、自分に向かって落として来た。避ける術もなく、倒れそうになったが、自分がここまで来た理由を思い出した。
「まだ、終わってねえよ!」
自分は足を踏ん張り、火の玉を持ち上げた。
「これは、俺しか出来ないことなんだ。これができないと、いろんな人が苦しむことになるかもしれねえんだ。だから、絶対勝ってやる!」
火の玉を自分が操れるようになった。
「受けた技は、でっかくして返す!ビックカウンター!」
『やるではないか』
技は見事に獣に直撃し、大爆発が起こった。




