第五部 それぞれの新年
どうして、こんなことになったのだろう。ライトとエントは、光屋敷での新年会に参加していた。なぜ部外者である俺たちが呼ばれたのかというと、母はどっかに行き、父は仕事で集まれず、でもツーハとシャラト(ツーハの双子の弟)の身内がいないのはいけないと、形だけ来たようなものだ。しかし、初めて着た袴は動き辛いし、周りの妖気が強すぎてどうにかなりそうだ。父はともかく、母がいてくれたらどちらかで良かったのにとも思ったが、仕方ない、そういう人だ。
「兄者…。料理の味がしねえ…」
「エント。緊張するのは分かるけど、折角のご馳走だ。美味しく食べようぜ」
「ツーハこんなとこに住んででよく平気でいられるなあ」
「こんなに集まるのは新年だけらしい。普段は10分の1くらいだ」
みんなが羨ましい。今頃、何をしているのだろう。
「変わった雑煮やね」
ちょうどその頃、コウ達も昼飯を食べていたのだが、ふとスインが言った。
「雑煮の具材ってこれじゃないのか?」
「うーん、だいぶ前の記憶やけど、餅の形が違ったような気がするんよ」
「スインとアインは遠くから来たもんな」
「地域によって違うのか…」
「繋がってる人間界の場所によって変わるらしいぞ」
「へえ」
”境界“以外でも、稀に入り口が開き、繋がることがあるのは、コウでも知っていた。だけど、そんな影響があるなんて、聞いたこともなかった。世の中にはまだまだ知らないことがたくさんある。今年は希望のある一年になりそうだ。
穀物屋敷。イネイはため息をついた。1年の中で何が1番憂鬱かと言われれば、絶対にこの新年会である。なぜかというと…。
「イネイ!ぼーっとすんな!」
「はい!」
新年会は、男性と既婚者はただ料理を楽しむだけだが、未婚者はその準備や片付け、料理や酒の追加などの仕事をし、終わった後に二次会としてようやくゆっくりできるのだ。この風習、本当にやめてほしい。二次会の時。
「早く結婚して、子供を産むのがこの一族の風習だからねえ」
「でも、自分の人生。いい人と結婚したいし」
なんて声が飛び交っているなか、イネイはただ静かにおせちの田作りを食べ続けていた。おせちの中で一番好きなのだ。こんな好みだからだめなのは分かっているのだが、好きなものは変えられない。
「ねえ、イネイはいい人いないの?」
急に話をふられて、イネイは慌てて口の中の田作りを飲み込んだ。
「いない…といえば、嘘になりますけど…」
「へえ。どんな人?」
「明るくて、太陽みたいな人です」
「誰?」
「それは言えません」
いわゆる恋バナというものだが、思わず本心を語ってしまった。絶対叶わない恋だろうから、告白なんて頭は全くないのだけど。もう、自分の性質を、どうにかしたい。
「これが田作りですか。美味しいですね」
「ギーヨ様、食べたことなかったんですか?」
「うちの国には正月文化はありませんし。それにしても、美味しいですねえ。今度コウとやらに会いに行…」
「だめです!」
「なぜですか?」
「あまり外を出歩かないようにしてください!あなたは大国の王なんですよ?自覚持ってください!」
「はあい」
「子供ですか!」
「子供って本当か?」
安物のテーブルが揺れた。ヒノガが輝いた目でこちらを見ていた。
「ヒノガが1か月買い出しに行ってた時、偶然ギルド様って人に言われて気づいた。その人曰く僅かに妖気がしたって。全然感じないのに。不思議だよね」
ばたっと倒れるような音がしたと思ったら、ヒノガが倒れていた。
「ヒノガ?大丈夫か?」
「嬉しすぎて」
「あ、そういえば水をやらなくちゃ」
私が水がたっぷり入った大きなジョウロを持とうとすると、
「待て!そんな重いもの持つな!」
と怒られた。
「急に過保護にならなくても!まだ1か月も経って無いし!」
「まだ1か月も経って無いのに」
「いやいや、動物達を見てもらってる人に新年のご挨拶をしないなんて失礼すぎでしょ」
「別に来なくても良かったけどな」
「ひどいなあ」
「動物達もお前がいなくても大丈夫だし」
「ええ?分かったよ…」
結局、おせちだけ置いて来た。家に帰ると、既にライト君とエント君が返ってきて、普段着に着替え終わっていた。もうそんな時間だったらしい。
「いやー、思ったより早く終わって助かったよ。大人達が酔い潰れてくれて」
「ある意味地獄絵図だったけどな」
「そんなに?」
と話していると、ガッシャアンと音がした。
「ライト君!これどうやってつけるん?」
「姉さん…」
みると、スインさんがホワイトボードに足を引っ掛け、ホワイトボードのどこかが破損したようだ。
「意外とドジなんだよな、スイン」
「だって、しゃあないやん」
「一体、どこの部分だよ!これ」
それは、実は大切な事が動き出していた、新年の午後だった。
ちなみに、そのホワイトボードは使い物にならなくなり、結局捨てることになってしまったのだった。




