第二部 再び現る本能
「アインはもっと起きねえな。こうなりゃ思いっきり殴るか?」
フウワさんは全然起きないアインさんに苛立っているみたいだった。でも、殴るのはどうかと思う。僕はアインさんに近寄り、ほんのわずかの妖力をかき集め、悪夢解除の技を使った。すると、アインさんはばっと起き上がり、平常心を保っていられなかったのか肩で息をしていた。僕はその様子を静かに見ていた。この技は、悪夢を途中で打ち切るため、本人の感情の整理がつきにくくなってしまうのだ。でも、起きないよりはマシだと思い、この方法をとった。失敗はしなかったものの、やっぱり精神状態の方はおかしくなってしまったようだ。泣きながらこちらに攻撃をして来た。おそらく、妖石で抑えていた闘争本能が悪夢で受けた衝撃で爆破したのだろう。力の強さは妖気に比例し、感情が高ぶれば昂るほど体内を巡る妖気の量は多くなる。しかし、他人が感じる妖気は変わらない。そして、妖気を巡らす限界量が妖力だ。だから、今のアインさんは感情の高ぶりによって妖石ですら対応しきれない程の妖気が体内を巡っており、これを放っておくと妖力がなくなって戦うどころではなくなってしまう。さすが兄と思わされてしまう自分が情け無い。みんなは驚き慌てて技をかわした。もちろん、ライトさんみたいに話しても解けるが、多分今のアインさんにはライトさんの声なんて耳に入っていないだろう。もちろん、他にも解除方法はある。あんまりやりたくないが、仕方ない、1番知っているのは僕なのだから。僕はアインの後ろに回り、背中にそっと両手を置いた。少しひんやりした。アインさんの注意がこちらにそれると、僕はアインさんの想いがよくわかった。
『結局、自分は、何も変われていないんだ』
僕はアインさんの技が来るより少し先にアインさんとしっかり目を合わせて、
「アインさん、あなたの想いはよくわかった。でも、その想いに囚われすぎたために自分の大切な人を傷つけて、自分で自分を苦しめるようなこと、してもいいって、本気で思える?」
と言った。アインさんの動きが止まった。よかった。あとは、少しずつ言葉の力で落ち着かせていくしかない。
「僕は見て来た。アインさんの頑張ってる横顔や、ただひたすらに上へと行こうとする強い向上心、仲間を思いやる優しい姿を。思い出してよ。フォニックスに入って、何も変わってないって、本当に思える?」
アインさんの目に光が戻った。
「出来ることが増えて、攻撃技も使えるようになって、いろんな人に託された。これは、スインさんから聞いたことだけど。悪夢に騙されないで。あなたは、少なくとも僕のいたこの半年近く、確実に戦士として成長していった」
「姉…さん…」
「あなたは、ただ見ているだけで終わっていたあの頃の自分と全く違う人間になっている。それだけで、変われたってことになるんじゃないかな?」
「ありがとう、ムルル君」
アインさんは涙を拭き、立ち上がった。ちょっとよろけた気がするけど、大丈夫なんだろうか。
「ライトさん、エントさん、フウワさん、ムルル君、エヴェルを…」
アインはその場に座り込んだ。妖力を使いすぎたようだ。
「一旦休んでよ、アインさん」
アインさんは寝てしまった。しかし、気持ちよさそうに穏やかな笑みを浮かべていた。
「お前が、成長した6番か。ふむ。ずいぶんと変わったようだ。無傷で回収できただけよしとするか」
6…番?目の前の男の人は顔がやけに暗がりになっていて見えず、その不可解な言葉だけが彼の感情を映している。辺りを見回すと、ただ無機質な白い壁と同じく真っ白のベット、窓はなく橙色の照明一つが部屋を照らしていた。一体、どういうことなのだろう。他に何もなく、ドアも頑丈そうで鍵がかかっていたので私はベットにソファのように座った。首には首輪みたいなものがつけられており、技や特殊能力は一切使えなかった。しばらくすると、ゾロゾロと男の人が5人ほど入って来て、私は身長や体重など、健康診断のようなことをさせられた。一つ変わったことと言えば、目を見られたことくらいだ。そして、私の目の前にコップが置かれた。なぜか喉がすごく渇いていたので、私はそのコップに入った水を飲んでしまった。そこから意識が飛び、気が付けば私はベットに寝た状態で体を固定されていた。何が起きているのだろう。
…スインが起きない。無理矢理起こそうとするとムルルに止められるので、私はとにかく体をゆすり、名前を呼び続けた。スインは寝返りを一切打たないのでなんだか奇妙に思ってあえて体を横にしてみた。すると、勢いよくスインは起き上がった。でも、様子が変だ。この感じ、どこかで見たことがある。そうだ。殺戮兵器ソウマや、カリとハスみたいな感じで暴れ始めた。何が起こったんだ?夢の中でそんな変化が起きることなんてあるのだろうか?でも、とにかくやばい。スインの狙撃を敵にしてみると、正確すぎてかわすのは至難の業だ。




