第三部 不思議な影
エヴェルはぴくりとも動かなかったが、俺はなんだか違和感を感じた。足が全然前に進まない。そうだった。トルキに言われたことを、すっかり忘れていた。特殊能力なしで走ると、こんなに遅いのか。今すぐにでもエヴェルと目を逸らしたかったが、エヴェルを見ないと走って行く方向がわからない。エヴェルは手を挙げたかと思うと、手からゾロゾロと黒い塊が出てきて、俺たちの影に入ってきた。すると、急に体の自由がきかなくなり、勝手に両手を挙げていた。エヴェルは影から黒い手を出し、俺たちを攻撃した。何もできないので、ただただダメージをくらうだけだった。これが、実力の差というものか。だからと言って、諦める訳にはいかない。たくさんの人の協力を得て、ここまで来たのだから。とはいえ、限界は近い。どうにか脱出しないと…。その時、大きな爆発音がし、俺の体が大きく揺れた。そこにはちょうどエヴェルと目を合わせていなかったソウマがいて、自爆で影から脱出したようだ。相変わらず無茶ばかりだ。
「ずいぶんと力技だな。俺はいくらでも技を出せるのだぞ?一度脱出しても、何度も同じことを繰り返すだけだぞ?」
「わかってるよ。そんなこと。そして、僕の実力じゃあ到底勝てないこともね」
「では、なぜ脱出したのだ?ダメージが増えるだけだぞ?」
「僕の中にある、僕じゃない僕の力を借りる。どうやってできるのかわからないけど、それにかけるしかないんだ」
「何を言って…」
その時、ソウマの妖気ががらりと変わった。ジトッとした妖気だ。
「あれ…。どこ…?てき…おまえ…?」
「なんだ、こいつ。急に雰囲気が変わりやがった」
「てき…ころす…めいれい…」
ソウマ(?)はエヴェルに飛び乗り、技でエヴェルの目を開けられなくし、羽で飛んだかと思うとエヴェルを蹴り飛ばした。エヴェルが目を開けようとすると、その前に地面に潜っていき、地面から攻撃した。今度はエヴェルが攻撃をしたが、軽い身のこなしでかわし、パッとどこからか剣を出し、エヴェルの足に傷を負わせた。しかし、疲れたのか飽きたのか、座っていつものソウマに戻った。側から見ていても謎だったのに、エヴェルなんてわけがわからないだろう。エヴェルは先程までの冷静さを取り戻し、ソウマを弾き飛ばした。特殊能力に頼っている俺たちにとって、この戦いは相当厳しい。目を合わせずに戦うなんて至難の技だ。エヴェルは俺たちへの攻撃を再会した。だめだ。このままでは、やっぱり負けてしまうと思った瞬間、ツーハが飛んできた。しかし、目をエヴェルと合わせた途端に落ちた。一瞬、見間違いかと思ったが、何度見てもツーハだ。
「ガキは引っ込んでいろ。それとも、死ににきたのか?」
「ツーハはガキじゃない!ライ兄困ってるなら、ツーハいくらでも助けに来る!」
「バカ!ツーハ、なんで来た!帰れ!お前が来ていい場所じゃない!」
「ツーハはバカじゃない、ライ兄。ツーハは、できることがある!フラッシュ!」
エヴェルは目を閉じ、不意に俺たちを解放した。その時、ツーハは飛び、勢いよく帰っていった。その隙は、俺たちに十分なチャンスを与えた。やれやれ。妹に助けてもらっているなんて、俺もまだまだだ。そう思いながら、俺たちはエヴェルをぐるりと取り囲んだ。さすがのエヴェルも、全員と目を合わせることは出来まい。エヴェルはまた黒い塊を発生させようとしたが、ソウマがツルでエヴェルの腕を縛って阻止した。俺たちは、思いっきり自分の得意技をエヴェルにぶつけて行った。あの一撃が効けているようで、エヴェルの動きが鈍かった。やはり、ツルは破かれてしまったが、エヴェルは最初より明らかに体力を消耗していた。エヴェルは、思いもよらないことをした。なんと、自分の影に潜った。いや、待てよ。そういえば、シンも同じように瞬間移動をしていた。つまり、どこからか出てくるということだ。全く姿を捉えられずにいると、ソウマがこちらに走ってきた。もしかしてと思って振り向くと、やっぱりエヴェルが俺の影にいた。驚いて離れようとしたが、目を合わせた影響であまり速く走れなかった。ソウマは、今にも攻撃をくらいそうな俺を押し倒し、俺の影に自分の影を俺よりも照明側に前に立つことによって重ねた。エヴェルは蓋をされたように身動きができなくなった。俺は動かずじっとしていた。すると、みんなが歩み寄って来て、次々とエヴェルに自分の影を重ね、エヴェルを睨んだ。
「ふん。これだけで俺を倒せると思うなよ」
エヴェルは目配せをした。すると、妖獣と思われる熊が現れ、俺たちを殴り飛ばした。エヴェルは俺の影から脱出し、熊を撫でた。
「俺のペットだ。こいつにかかれば、家を潰すなど造作もない」
熊は勢いよく走って来た。大きな体の割に速く、逃げ損ねかけたが、熊の横腹の体毛に血が滲んだ。驚いてよく見ると、今山の狼、ロルが熊に噛み付いていた。熊はロルを薙ぎ払ったが、ロルに怯む様子はなかった。動物って、飼い主に似るのだろうか。




