怒るなよ嬉しいくせに
急にお邪魔したのはやっぱり迷惑だったわよね、と誰にともなく問いかけて、迷惑だったと思うよ、と自分の心が返事をした。
訓練をまだ続けたかったのかもしれないのに、中断させてしかも防護壁まではらせて、私何がしたいんだろう。アラン王子と会ってから、セレス王子からは二日は仕事で忙しくて会えない、という旨がラルから伝えられた。
毎日会っていたからかはわからないけれど、忙しいと言われると気になってしまう。
時間も取れないくらい忙しいのかしら、何かあったのかしらと気になって、そしたら今日は護衛にきてくれている騎士団の方が、今日はセレス王子は訓練にいらっしゃるみたいですよって言われたから、前にシリルにもよければ見にきてくださいって言われたし、と心の中で言い訳を何回も重ねて、練習場に足を運んだ。
こっそり見て帰るつもりだったのに、訓練場の雰囲気に怯んでいる間に見つかってしまったし、訓練を中断させてしまって、あまつさえ俺の部屋に、なんて気までつかわせてしまった。
凹むくらいなら、やらない方が良い。だから凹むのはなしだけど、何かこのお詫びをしたい。セレス王子って何が好きなんだろう。聞いてみよう。
「待たせてしまったね」
そう決意していると、ドアが開いてセレス王子が入ってきた。いつもとは違う軽装に、フワッと何かが浮き上がった気がした。今何が浮き上がったんだ?と思っているのも束の間に目の前に座られると、今度は緊張してきた。
「いえ、私の方こそ急にお邪魔して申し訳ありませんでした」
まずは非礼を詫びておかなければ。そういうと、セレス王子は優しく微笑んでくれた。
「来てくれて嬉しかった」
その言葉が本当なのか、それとも第一王子としてのお世辞なのかわからないけれど、怒ってはなさそうなことにホッとした。セレス王子の笑顔はその中にあるものが読み取りにくいな、と思ってしまう。
「訓練を中断させてしまったお詫びに、何かできることはありますか?」
そう言うと、セレス王子がカップに伸ばしていた手を一瞬だけ止めた。止まった?と思った瞬間には動き出していて、さっきの止まっていたのは私の見間違いか、と思う。
ラルがその後ろで、奇妙な顔をしたのもその時だった。変なことを言ってしまったのか、と思ったけれど、お詫びに何か贈りたいというのも失礼な気がして、こういう言い方になった。
「訓練は、もう終わってたので、あなたが気に病む必要はない」
そう言ってセレス王子がカップを口に運ぶ。見惚れるほど綺麗な所作に、ああこれが王家だなあと感心してしまう。けど言われた言葉に突き放された気がして、私も笑顔を作ったまま、カップに手を伸ばした。
訓練が終わってたから、気に病む必要はない、だから何もしなくていい、と言われた気がする。それならそれで受け入れなくてはならないのだけど、やっぱりまだそんなに距離は縮まってなかったのを再確認させられた。
二日会えなかっただけで、会いに来るとか、もしかして変なやつなのかもしれない。世間一般の感覚がわからずに行動してしまったことが悔やまれた。
部屋の中に満ちる沈黙に耐えきれず、カップを口に運ぶ時間が長くなる。
「最近、変わったことは?」
セレス王子がカップを置いてきいてくる。すぐにアラン王子のことが頭をよぎった。魔法のことは言わなくて良いだろうけど、会ったことは言っておくべきだ。
「アラン王子に会いました。庭園で薔薇を受け取りました」
「なるほど」
なるほど、ってどんな反応なんだろう。セレス王子は表情を変えずにまたカップを口に運んだ。アラン王子とのことをセレス王子に隠すのは良いことではない。どうせ誰か目撃者はいるだろうし、やましいこともない。だけど、何だか若干気まずい。
「さっき言ってた何かできること、という話だけど」
蒸し返される話にどきりとした。さっき何もしなくていいと言われたし、何言われるんだろう、と警戒する。
「できれば俺とも散歩してほしいな」
そう言ってセレス王子が困ったような顔で笑う。なんで誘っておいて、そんな顔をするんだろう、と思うけど、とりあえず頷いておいた。
「ありがたいお言葉です」
社交辞令なのか、わからないけれど、散歩を二人でするというのは良い案に思えた。歩きながらなら、会話ももっと弾むかもしれない。そう思ってセレス王子を見ると、やっぱり困ったように笑ったままだった。