敵か味方か
違う品種の薔薇が見頃ですよ、と声をかけられて、それなら、とまたアリと一緒に中庭に出た。中庭は美しい薔薇園になっていて、どの部屋からもみれるようになっている。そして、王宮に関係のない者は見ることすらできない、ということから、王宮に住んでいる人の憩いの場でもある。だからこそ、注意すべきだったのに、私の頭の中から、そんなことはとんでしまっていた。
「久しぶりだね。リリア」
アリと薔薇の花を見ていると、声をかけられた。その声に慌てて視線を伏せて膝を曲げた。相手は婿に行くとはいえ王家の人物だ。
「ご挨拶もせずに申し訳ありません」
「そんなにかしこまらなくていいよ。会う予定もなかったしね」
優しい声に心が和らぐ。まだレヴェールに行ってないことは知っていたけど、私たちが二人で会うことはなんとなく避けた方がいいんだろうな、と感じていた。二人で会うこと自体がタブー視されている気がして、婚約破棄を言い渡されてから一度も会っていない。お姿を拝見したのは、レヴェールに婿に行くことが発表されたパーティーだけだ。
「私はこれで失礼致します」
中庭は誰もがみているかもしれない場所だ。私がアラン王子のそばにいるだけで迷惑になるだろう。
「薔薇は美しいね。さすがデルロだ」
すぐにこの場を離れた方がいいとわかっているのに、その優しい声音に絆されるように、足が動かない。そうなんです、さすがデルロなんです。私が部屋に篭り気味だったのを見越して、こうやって外に出る口実をくれるんです。アラン王子と二人でデルロと会話したこともたくさんある。
「本当、ですよね」
小さく答えた言葉に、アラン王子がいつものように笑う。その隣で会話しているだけで楽しかった。願わくば、アラン王子もそうだったらいい。思いを断ち切るように、膝を曲げた。
「失礼致します」
これ以上ここにいて、二人で話しているのを誰かに聞かれたら、よくない噂が立つかもしれない。それは避けなければならない。
「待って」
かけられた言葉に振り向くと、アラン王子の側仕えのディークが薔薇を一輪差し出していた。赤い薔薇。受け取っていいのか、と逡巡していると、アリが前に出てくれた。
「ありがたく頂戴いたします」
アリの言葉にアラン王子の顔が寂しそうになる。それに気づかないふりをして、もう一度今度は会釈だけをして、足早に立ち去る。ゆったりと歩くことが美しいとされているけれど、今は早くこの場を立ち去りたいと思っていた。
自室に帰ると、何も言わずにアリが薔薇の花を渡してくれる。それを受け取って、ソファに座り込んだ。アリ以外の侍女を下がらせて、背もたれにだらしなくもたれる。
「受け取ってよかったのかしら」
「受け取らなければ、不敬になります。贈り物としてはなんの問題もないかと」
アリの言葉に救われて、ツヤツヤとした輝きを放つ薔薇を見る。すると、いきなり薔薇の花からきらきらした色とりどりの光が複数放たれた。何、と思って一瞬目を閉じると、その光は目の前を踊るようにふわふわと舞ってから消えていった。
「・・・」
アリが何も言わないのを良いことに、私は薔薇の花を両手で握りしめた。アラン王子は知っていたのかもしれない。私がセレス王子との関係に悩んでいること、それとも婚約破棄のお詫びのつもりだったのかも。一見何もないと思っていた薔薇に込められた魔法に、不覚にも涙腺が緩んだ。お遊びの魔法だ。なんの効果もない。わかっているのに、アラン王子の優しさに触れた気がして、いつものように励まされた気がして、涙が溢れた。アリがそっと差し出してくれるハンカチを受け取って、私は何に泣いているのかもわからないまま、泣き続けてしまった。