許しを得る
レティシア王女を訪ねると、レティシア王女は私の体調をまず心配してくれた。目の前に淹れられた紅茶が湯気を立てている。それをぼんやり見ていると、気持ちが少しだけ落ち着いた。
「アラン王子のことなのですが」
「話は少しだけ聞きました。私は、アラン王子がどのようでも結婚するつもりです」
その言葉に思わずレティシア王女を見つめると、レティシア王女は少し悲しそうに笑った。
「元々は私から始まったことよ」
「・・・。レティシア王女の幸せを願っています」
「・・・、ありがとう」
レティシア王女はそう言って、紅茶を一口飲んだ。私もそれにつられるように、カップに手を伸ばす。紅茶を飲むと、野いちごの匂いがした。
「アラン王子が目を覚ましたら、話し合うつもりよ」
「・・・、レティシア王女にだけ負担をおかけして」
「謝らないで、私が始めたことの責任をとっているだけよ」
レティシア王女は温かい目をしていた。レヴェールがアラン王子が乱心していることを知っても受け入れてくれるのはありがたい。だけど、レティシア王女の胸中を思うと、私も罪悪感を感じてしまう。
「・・・」
何も言えずに、もう一口紅茶を飲んだ。広がる香りに、気分は晴れない。アラン王子の乱心を、どう抑えていいのか検討もつかない。私のところに話が来るまでに、検討はし尽くされていると思っていた。
アラン王子も当然納得しての婚約破棄だと思っていた。
「アラン王子はなぜ、すぐに嫌だと言わなかったのかしら」
「私も同じことを思っていました。なぜ、一度納得したんでしょう」
「レヴェールとリモンのことを思ってのことよね。多分」
レティシア王女はそういうと、口元に手を当てて、物思いに耽るように沈黙した。邪魔をしてはいけないと思い、私も黙る。
アラン王子が一度はレティシア王女との婚約を受け入れたのは、リモンのことを思ってのことだろう。それなら、もう一度その気持ちを思い出してもらえれば、アラン王子の気持ちも落ち着くかもしれない。
「レティシア様、来客のようです」
リンさんがレティシア王女にそう囁く。レティシア王女は頷いて、その頷きでリンさんが扉を開けにいく。
「レティシア様、アラン王子が目覚められたようです」
入ってきた従者は、急いでそう言うと、またお辞儀をして出ていった。慌ただしいな、と思ったけれど、たくさんの人にアラン王子が目覚めたことを伝えなければならないんだろうな、と思うと納得できた。
「ちょうどいいわ。私、アラン王子に会ってくるわ」
「レティシア王女」
「あなたも同席してくれる?」
そう訊かれて、すぐに頷いた。レティシア王女が同席を求めてくれるのならば、私もアラン王子と話をしたい。それなら、逆効果にはならないかもしれない。
そう思って、二人でアラン王子の居室を目指した。
アラン王子の部屋にはたくさんの人が詰めかけているのかと思ったけれど、そうでも無かった。侍医がアラン王子の体調の確認をしているくらいで、それ以外に人はいなかった。王陛下も王妃もこれからのお見舞いに来るのだろうか、と思って勧められるままにベッドの側に座った。
レティシア王女がアラン王子のすぐ側に座っている。
「アラン王子」
「心配をかけたね」
レティシア王女の声にアラン王子が微笑みながらそう答える。その顔は私のよく知っているアラン王子の王子然とした顔だった。
「そんなことはありませんわ」
レティシア王女がそう言って、アラン王子に微笑みかける。居心地が悪くなるくらいには和やかな雰囲気だった。私が身動ぎをすると、アラン王子の顔がこっちを向く。それに、背筋が伸びた。緊張する。
「リリア」
「お加減はいかがですか」
「・・・だいぶいいよ。ありがとう」
その声が優しくて、私は自然と緊張がほぐれるのを感じた。レティシア王女がいるのも大きいと思う。二人きりにはなれなかっただろう、と思って、私がアラン王子と話をしたいと言ったのを止めてくれた周囲に感謝した。
「アラン王子、私とまだ結婚するつもりはおありですか」
レティシア王女の言葉に驚いて、レティシア王女の顔を見てしまう。その後、アラン王子の表情を確認すると、なぜか泣き出しそうな顔に見えた。なぜ、と思っているとアラン王子が静かに口を開く。
「まだ、結婚してもいいと?」
「もちろんですわ」
「したことを知っているだろう?」
アラン王子の声が震えている気がした。そこで、はたと気づいた。もしかしたら、アラン王子は自分の処遇がどうなるのかわかっているのではないか。
「私、レヴェールの王女ですの」
「・・・」
「貴方の乱心くらい、どうにかできますわ」
そう言うと、レティシア王女はそっとアラン王子の頬に触れた。その美しい手に見惚れていると、アラン王子の目から一筋涙が流れた。見てはいけないものを見た気がして、急いで目を伏せる。
レティシア王女の言葉はかっこよくて、そして優しくて、彼女が一国の王女なのだと言うことを改めて実感させられた。それと同時に恥ずかしくなった。
私がアラン王子と話して説得できるなんて思い上がりだ。この場を去りたい気持ちでいっぱいになったけど、いきなり席を立つことはできない。恥ずかしいけれど、この場にいなければ。
「リリア」
かけられた声に顔を上げるとアラン王子は流れる涙をそのままに、私に対して頭を下げた。
「すまなかった、怖がらせてしまったね」
それに対して急いで首を振る。怖かったけれど、私が謝罪を受けていい相手ではない。
「アラン王子は、いつでも国のことを考えるお方です。尊敬しております」
私がそういうと、アラン王子は困ったような顔をした。それはまるで自分のことを憐れむような笑みだった。
「リリアとの婚約破棄を告げられたとき、リモンとレヴェールのためになるのなら、と思ったんだ。本当に。でも、リリアがセレスのことを受け入れていると聞いたら、いても立ってもいられなくなった。リリアは自分といるはずだったのに、と思っていた。けれど、目が覚めたとき、自分が何をしでかしたのか、はっきりとわかった。あのまま永蟄居になってもおかしくは無かった。それを、国王陛下はそうしなかった」
アラン王子はそこで言葉を区切ると、唇を震わせた。涙が後から後から溢れてくるのを、私はただ見守るしか無かった。
レティシア王女が微笑んで、アラン王子にハンカチを渡す。その所作が美しくて、場違いにも見惚れてしまう。
聖女のようだった。
「たくさんの人に愛されていたのに。自分勝手なことをしてしまった」
「今から取り返せますわ」
アラン王子の言葉に、レティシア王女が強い口調でそう断言した。その言葉に背中を押されたような気が、私もした。もう一度背筋を伸ばして、アラン王子に微笑んだ。
「その通りです」
一度、切られてしまった関係だけれど、きっと今からでも遅くはない。私たちはそれぞれの国で、それぞれの責務を果たせるはずだ。
アラン王子はその言葉に頷いて、それからレティシア王女の手を取った。もう、大丈夫だと、そう思った。




