家族なので
アラン王子はしばらく目を覚さなかった。お兄様とお父様は王宮に滞在してくれていたから、私はすぐに二人に会えた。二人ともカンカンに怒っていて、王家との婚約はもう無かったことにしてもらう!と言っていたけれど、私がセレス王子に嫁ぎたいのだと言ったら渋々納得してくれた。セレス王子も王陛下も直接お父様とお兄様に会って事情を説明してくれた。アラン王子の暴走というしかない今回の騒動は、王家からベスティエ家へお詫びとして領地が送られることで話がついたらしい。
アリともすぐに会うことができた。私を見たアリは、泣き出してしまって私が困った。アリに怪我がなくてよかったと言ったら、申し訳ございません、と謝られた。アリは私のことを大切にしてくれている。
アラン王子のお見舞いは行かない方がいいとみんなに言われて行かなかった。アラン王子が目を覚ました時に、私が見舞いに来ていたと知ったらまた第二夫人に、となるかもしれないとのことだった。私はしばらく王宮でぼんやりしていることにした。
アラン王子のことは解決したようで解決していない。アラン王子が納得しないと本当の意味で解決したと言えない。アラン王子のご乱心は幸いなことに外部に漏れていない。
これも時間の問題かもしれないけど。
「リリア様、紅茶の替えはいかが致しましょう?」
「いただくわ。ありがとう」
レティシア王女がレヴェールに帰るまで、後数日しか残されていない。その間に、アラン王子を説得できなければ、婚約破棄に至るかもしれない。私が心配することではないと思うのに、ぐるぐると考えてしまう。
レティシア王女は婚約者を変えたことを後悔しているんだろうか。
「散歩に出るわ」
思わず立ち上がって、そういうと、急いでアリが準備をしてくれる。いてもたってもいられないとはこういうことを言うんだろう。私がアラン王子にできることはもうないと思う。
けど、レティシア王女に幸せになって欲しいし、両国の交友のことを考えても二人には結婚してほしい。
廊下を歩きながら、ずいぶんわがままな考えだなと思う。階段で、散歩に出るには下に降りなければいけない。ぴたりと足を止めた私をアリがじっと見ているのがわかる。
アラン王子の部屋は上だ。
「アラン王子はお目覚めになっているかしら」
私が小さく呟いた言葉を、アリは聞き逃さなかった。
「おそらく、まだかと」
「そう」
気にはかけても、会ってどうにかなるものでもない。私が話さなくても、ムルナ王妃や王陛下がどうにかしてくれる。
そのまま階段を降りた。
「美しいわね」
庭に出ると、デルロがバラの剪定をしているところだった。そう声をかけるとデルロはにっこりと笑った。
「リリア嬢、これはこれは」
「デルロ、ありがとう。いつも」
そう言うと、デルロは何も言わずに私にバラを差し出してくれた。受け取ると、いい匂いがする。
「アラン様も熱心にリリア嬢のことを気にしていなさったが、セレス様も熱心で、嬉しいことですなあ」
デルロが剪定をしながら、独り言のように呟いた言葉に、胸がちくりと痛む。アラン王子について行かなかったことを、心の奥では裏切りなのではないかと自分で気にしている。
デルロはアラン王子にあったことを知らないはずだから、何の気なしに口をついてでた言葉だろう。
「セレス様は小さい時から、変わらないのも可愛らしい」
「変わらないかしら?ずいぶんかわったように見えるわ」
「いつも、まっすぐなお人柄ですよ」
「・・・」
「アラン王子はそろそろ出発されるでしょう?寂しくなりますなあ」
デルロはそういって、ペコリと頭を下げて、次のバラの剪定に移った。渡されたバラの匂いをもう一度深く吸い込む。
「リリア様」
「ラル」
かけられた声に振り向くと、いつの間にかラルがそばに立っていた。ラルの顔はいつもより険しい。
「セレス様が、お話があるとのことです。急で申し訳ないのですが、お越しいただけますか」
その言葉にこくりと頷く。バラをアリに渡して、ラルの後ろをついていく。なんの話だろう。ラルは無言で前を歩く。
ついたのはセレス王子の執務室の前だった。
「こちらです」
執務室に入るのは初めてだ。ラルが開けてくれた扉から中に入ると、シリルもいた。
「呼び立ててごめん」
「いえ、何かあったのですか」
「アランのことだ」
執務室に置かれているソファに座る。執務室に置かれているものだから、いつもより人と人との距離が近い。シリルもセレス王子も顔が険しい。
「リモンとしてはこのままアランをレヴェールに婿に行かせることは難しいと言う話になっている」
「それは」
「レヴェールで何か問題を起こせば、それこそリモンとレヴェールの間の傷になる。それなら、アランが乱心していると言うことを正直に告げて、レティシア王女との婚約を破棄したほうがいいだろうと言う話が出てるんだ」
「そうなるとアラン王子は」
「蟄居になるだろうねえ」
シリルが静かな声でそう言った。その声は軽そうに聞こえたけれど、言葉の重みを感じさせないための配慮にも思えた。
蟄居を命じられれば、一生国のどこかでひっそりと暮らすことになる。アラン王子は元々第一王子だったお方だ。そんな人が、蟄居を命じられるなんて、今まで無かったことだ。でも、国民にはもうセレス王子が第一王子となることが発表されてしまっている。
アラン王子を第一王子に戻す、と言うことは国内に混乱を生むだろう。
「避ける、方法は」
思わず出た言葉は、もしかしたらアラン王子にまだ気持ちがあると疑われても仕方のない言葉だった。でも、私はアラン王子が一生どこかでひっそり暮らすなんて考えられない。
「レティシア王女にかかっている」
「向こうの王女様が乱心したアラン王子でもいいって言ってくれれば安心だよなあ」
「・・・」
乱心したアラン王子でもいい、とレティシア王女は言ってくれるだろうか。それとも、それは嫌だとなるんだろうか。レティシア王女にも幸せになってもらいたい。彼女は決して嫌な人ではない「レティシア王女と話をします」
「なんて?」
「どう考えているのかだけでも、知りたいのです」
「なら、俺からのお願いだ」
そう言ってセレス王子は私の手を取った。柔らかく握られた手に、優しさが滲んでいるようだった。
「責任を感じる必要はないけど、ぜひレティシア王女にはアランと話をするように言ってほしい」
「わかりました」
そういうと、目の前にいたシリルが少しだけ微笑んだ。私を安心させるような笑みだな、と思った。




